干し柿
カーポートの下に、今年も柿がつるされました。
干し柿を作るのです。
まーくんのおばあさんが、まーくんのお父さんやお母さんに手伝わせて、柿の木からもいで、皮をむいて、白いひもに枝の所を通して、脚立に乗って、カーポートの下の、雨の当たらない所につるして作る、干し柿です。
ずらりと並んだ、干し柿です。
まーくんは、生で食べる柿も、干し柿も、あまり好きではありませんでした。
生で食べる柿は、ぬるぬるとして、べちょべちょとして、どろどろとして、そうかと思うと、筋が歯に挟まって、口の中が冷や冷やとして、やけに甘くて、おなかの中に入れば、重苦しい感じがしました。
干し柿は、お店で売られているような、白く粉を吹いた物は、その粉をなめると、少し、甘い味がして、おいしく感じました。
けれども、その粉が、指に付いたり、テーブルの上に落ちたりするのは、困ったことでした。
干し柿の実をかじると、それは固くて、力を入れてかみ切ると、べとべとと歯に付いて、口に入った分をかんでいると、ねちょねちょとして、そうかと思うと、やっぱりどろどろだったり、冷たかったり、口の中に甘い味のこびりつく感じがしたり、逆に味がしなかったりしました。
こんな食べにくい物でしたから、まーくんは、柿が好きではありませんでした。
ただ、小さく切られてサラダなどに入れられた物は、ぬるぬるすることも、べとべとすることも、甘過ぎることもなくて、好きでした。
カーポートにつるされた柿は、最初は明るいオレンジ色でした。
毎日見ていても、干せているのか、いないのか、よく分かりません。
けれども、一週間、二週間と時間がたつと、柿が段々と小さくなって、しわしわになって、黒くなっていくのが、はっきりと分かるようになりました。
小さくなって、しわしわになって、黒くなった干し柿を見て、まーくんのおばあさんが言います。
「ばばあみたいなもんだ」
なるほど、まーくんのおばあさんは、まーくんのお母さんと比べると、背は縮んで、顔にはしわがあって、干し柿のように見えないこともありませんでした。
ただ、色はそこまで黒くなかったので、おかしなことを言うなあ、と、まーくんは思いました。
秋が深まって、日が短くなりました。
お日様が低くなって、黒い柿と白いひもには、その光がよく当たります。
明るい午後は、すぐにオレンジ色の夕暮れへと変わります。
それから、暗くて長い夜が来て、またゆっくりと、朝日が顔を出すのです。
自動車の横に立って、干し柿を見上げて、まーくんのお父さんが言います。
「干せてきたなあ。いつ食べられるかなあ」
どうやら、まーくんのお父さんは、干し柿を食べるのが好きなようでした。
物欲しそうな顔で柿を見て、それから、自動車に乗って、お仕事に行きました。
柿が好きなのは、人間だけではありませんでした。
ハエやコバエが飛んできて、柿の上に止まります。
スズメやムクドリが、遠くから柿を見ています。
カラスは、柿の木に残された実をついばんでいます。
ネコは、干し柿には、まったく興味がないようです。
風に吹かれて、ぶらぶらと揺れる干し柿を見て、まーくんのお母さんが言います。
「いつまで作るんだろう、これ」
つまり、まーくんのお母さんは、柿が好きでも嫌いでもありませんでしたが、どちらかと言えば、好きではない方なのでした。
毎年毎年、カーポートの下にやってきて、その場所を使えなくしてしまう干し柿は、厄介で、面倒で、なんの役にも立たない居候だと思っていたのです。
柿をつるしてから、何日か、何週間か、時間がたちました。
おうちの外では、日が照ったり、月が照ったり、そうかと思うと、雨が降ったり、降らなかったり、強い風が吹いたり、吹かなかったりしました。
空気が段々と冷たくなって、赤色や黄色の落ち葉が、道を、からからと走ります。
まーくんは、暖かい服を着るようになりました。
そしてとうとう、柿はすっかり小さくなって、しわしわになって、黒くなって、干し柿になりました。
まーくんのおばあさんが味見をして、これでいいだろう、ということになりました。
まーくんのお父さんが、脚立に乗って、干し柿を取り入れました。
まーくんのお母さんは、柿がなくなって、ほっとしたようでした。
「ほら、食べてみろ」
そう、おばあさんに言われて、まーくんは、仕方なく、干し柿を口にしました。
お父さんは、もう三つ目を手にしたところでした。
干し柿は、見た目が、黒くて、ぼこぼことして、ざらざらとして、指でも、舌でも、同じように感じました。
それから、歯でかみ切ってみましたが、やっぱり干し柿は干し柿でした。
「あっ」
口の中に、渋い味が広がりました。柿の中に小さな種が入っていて、まーくんは、それをかんでしまったのでした。
柿の甘い味も、種の渋い味も、まーくんは、好きではないと思いました。
ただ、どちらも柿の味だということが、まーくんには分かりました。
干し柿を一つ、食べてしまうと、まーくんの手の中には、柿のへたが一つ、残りました。
乾いた色のへたでした。
干し柿は、まだ沢山あります。
まーくんは、もう一つだけ食べておこうと思って、手の中のへたを、テーブルの上に置いたのでした。
カビは生えなかったようです。
筆者は、子供の頃、柿も干し柿も好きではありませんでした。
今はどちらも好きです。
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