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鈴の音の子守唄  作者: トトコ
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第六話 王と女奴隷の密談

――――――――――――――封じた記憶がある。


それは、決して開けてはならない、禁断の箱。




「…貴方はそれを知って、どうするおつもりですか?」

暫く無言で見つめあった後、レイディアは尋ねた。

「あ?」

「巫女がいようといまいと、盗賊である貴方に関係があるとは思えません。余計な事に首を突っ込むと、突っ込んだ先に斬首台がある、ということになりかねませんよ?」

静かな声音で物騒な事を淡々と呟く。

「…俺が何処かの間者だとでも言いたいのか?」

「…そう聞こえましたか? でも何処かのまわし者でないのなら、そんな情報、命をかけて手にする価値などありませんよ」

「…何か知ってんのか? お前」

「さあ。少なくとも、この後宮では巫女がいるという話は聞いた事がありませんが」

後宮に巫女が閉じ込められているとしたらどれほど用心深く隠しても噂にならないはずがない。

男はレイディアを見つめた。その顔に嘘がないかどうか探る様でもあった。しかし彼女の声に嘘を見つけられなかったのか何も言わなかった。事実嘘ではない。

「そうか…ここに巫女はいないのか…」

「…」

「別にオレは巫女なんてどうでもいいんだがよ、あいつが…」

「あいつ?」

「いや…なんでもない」

はっとしたように口を噤み、男は首を振った。

「力になれなくて申し訳ありませんが、私にこれ以上言える事はありません。…これ以上同じ所に留まっていては巡回の者と鉢合わさないとも限りません。どうぞ、今宵はお引き取り下さいませ」

レイディアだってもう眠たいのだ。言い淀んだ隙を逃がさず、すかさずお引き取り願う。

「それもそうだな…。しょうがない、今夜は帰る」

「それがよろしいかと」

「だが…オレは諦めていないんでね。また来るつもりさ」

レイディアは顔を上げた。

「たいした収穫は無かったが、お嬢ちゃんに会えたのは儲けもんだった。ま、お嬢ちゃんがもっと大人の女だったらもっと良かったがな。オレ好みの女になりそうだしな。将来が楽しみだ。それじゃなっ! また会おうぜっ」

再び陽気な声に戻った彼は、高い城壁をいとも簡単に超えてあっという間に姿を消した。

「…………………」

レイディアは暫く男の消えたあたりを見上げていた。


再び鈴虫の声が耳に戻ってきた。月に照らされて伸びた草木の影の長さを見て、知らず知らずの内に男との会話に集中していたのだと気付く。


レイディアは髪を覆っていた布を取り払った。ひっつめていた髪もほどく。

「ここに、巫女はいませんよ…」

長時間結わえていたにもかかわらず、レイディアの髪はするりと背中に流れる。

風が優しくレイディアの頬を撫でた。

髪がレイディアの表情を隠す。レイディアは月を見上げた。



――――風にレイディアの癖のない深緑の髪がなびく…。







「何だと? もう一度言ってみろ」

「ですから、近々新しい妃が後宮へいらっしゃるので」

「そのあとだ」

「その方を出来る限り守らねばなりません」

「ではなく」

「なので今宵から妃方を少なくとも一巡はしていただきます」

ギルベルトは暫く無言だった。

「何故新しい妃を呼ぶのに妃達を巡らねばならん…」

「暫く王の訪れが途絶えた劣等感の塊でいる妃からのひどい嫌がらせから守る為に決まってます」

「つまり、お前は他の女の元に行けというのだな…」

「何か言いました?」

「いや、何でも無い。…正直、あいつらはもういらん。帰すなり臣下に下げ渡すなりして後宮から出してやりたいくらいだ」

椅子の背もたれに身体を預けて髪を掻き上げる。

「正妃をお迎えになさるというのならそうしても誰も文句は言わないでしょう。ですがこの時期、秋妃の位の妃を迎えると同時にそれをなさいますと、その方が正妃の第一候補として挙げられてしまいますよ?」

「…お前がその娘を推したのだろう」

「ええ。家柄はそこまで高くはなくともご本人の気質は十分正妃として勤まるでしょう。新しく入られる側妃様――シルビア・ポルチェット様は勉学に大変熱心な方だそうで、ご容姿の方も大変美しいと評判でございます。そういう方を推したのですから本当にそうなさっても全く問題ありません」

どうなさいますか?というレイディアの顔を一睨みし、ギルべルトは結局折れた。投げやりに承諾する。

「…いいだろう。今宵から妃共を通ってやろうではないか」

心底嫌そうな顔をしてはいたが、通うと言ったからにはその通りにするだろう。

用は済んだとばかりにレイディアは一礼した。

「そういう事ですので私はこれで」

「待て」

そのまま、出ていこうとするレイディアをギルベルトは呼びとめた。

「何でしょう」

「こちらへ来い。レイディア」

その意味をレイディアは察した。思わず後ろの扉を見る。今は執務室に二人。外に衛兵がいるが。厚い扉の為そうそう中の声は聞こえない。

手を差し出したままの彼をレイディアは見つめた。

「…これからまだ仕事が残っているのですが」

「お前が第一に優先すべきは俺だ」

当然のように言い放つ。レイディアに反論する様子は無い。

ギルベルトは勝ち誇ったような表情を浮かべた。

「良い子だ」

諦めたように近づいてきたレイディアを抱き上げて膝の上に乗せる。王の椅子が二人分の体重を支え、微かに軋む音がした。

安定感を失って咄嗟にレイディアはギルベルトの首に腕をまわした。

その時、彼の匂いが鼻をくすぐった。香水や香のような人工的なものではなく、彼自身の匂い。もう、すっかり慣れてしまった匂いだ。

「相変わらず軽いな。もっと食べろ」

レイディアの頭を覆う布を取り去り、隠された顔をあらわにする。レイディアは吟遊詩人にしたようには避けなかった。

「食べていますよ?忙しくてそれどころではない時もありますが」

ひっつめていた髪もほどかれ、髪を後ろに払われる。軽い嫌みを言いながらもされるがままだ。

ギルベルトはレイディアの頭を抱えたまま自分の方へ引き寄せた。

「…ぅん」

徐々に深くなっていく口付けにレイディアは苦しげな声を漏らした。微かに開いた口を割ってギルベルトの舌が入り込んできた。

「ふっ…っぁ」

執拗に絡めてくるそれからレイディアは逃げようにも頭を固定されているのでどうにもならない。彼の両手はレイディアをより引き寄せながら彼女の身体を服の上から撫でまわす。

ぞくりとしてレイディアは身体を震わせた。口付けしたまま、彼が微かに笑ったのが分かった。

ギルベルトは暫く堪能したあと、ゆっくりと唇を離す。二人の間に銀色が糸を引いた。

レイディアが息を上げているのにギルベルトは何ともない。少々ムッとして上気した顔で王を睨んだ。彼にとっては赤く潤んだ目で睨まれてもそそられはすれ、恐れるものではない。王は笑った。

「お前の望み通り妃達の元に行ってやるんだ。これくらい甘んじて受けろ」

「どんな…理屈…」

ギルベルトはレイディアの髪を梳いた。愛しげに、もう一度軽く口付けをする。

「お前の頼みだと思っていなければやってられんということだ」

唇を離す際、軽く彼女の下唇を吸ってやる。レイディアは膝から降りるとすぐさま乱れた服と髪を直した。

あっという間に元の目立たない装いのレイディアに戻りギルベルトは感心したように呟く。

「被り物をして少し俯くだけで大分変わるものだな」

「顔の表情を分からないようにすれば自然とそうなります」

レイディアは今度こそ出ていこうと足早に扉に向かった。

「レイディア」

「…まだ何か」

レイディアは目だけを王に向ける。

「あの吟遊詩人と親しいそうだな」

レイディアは身体ごと振り返った。ギルベルトの目と真っ向から対峙した。

「少々語弊があるようですね。親しいと言われる程、互いを知っている訳ではありませんが」

「ほう?出掛ける約束を交わしたのにか」

「…」

ばれてる。とっくに知られているだろうとは思っていたが。

「仕事の一環です」

言いきった。しかしギルベルトの追及は止まなかった。

「出掛けるのがか?男と?二人で?」

どう言い繕うかいい案がまだ浮かんでいなかったので、レイディアは言葉に詰まった。しかし、意外な事にギルベルトは追及の手を引いた。

「---いいだろう。行って来い」

「…よろしいので?言っときますけど、道中刺客を潜ませるのは止めて下さいね?」

「お前がそばにいるのにそんな危険なことするものか」

いなきゃするのか。そう思ったが口には出さなかった。

「気になる事もあることだしな。行くのは構わん。どうせ二人きりではないのだから」

その意味をレイディアは嫌というほど知っていた。





レイディアが部屋から辞して、一人になったとたんに無表情になった彼に声がかかった。

「陛下」

姿は見えない。男女の区別がつかないその声は天井から聞こえてきた。

「なんだ?」

背もたれに背中を預けたまま、なおざりに答えた。

「さっきの話ですが」

「レイディアが俺以外の男と出掛ける件か?」

先程のレイディアに対するように余裕気な表情はどこにも見当たらない。冷やかな声に声はしばし黙った。

「そんなに気に入らないのなら止めろと、一言言えば済んだことでしょうに…」

彼女は王に逆らえない。そういう契約だ。

「仕方無かろう。仕事と言われれば何も言えん。…気になるというのも本当だしな」

ギルベルトはこの面白くない事態に憎々しげに天井を睨んだ。

「…わたしを睨んでも何もなりませんよ」

「いっそ、レイディアの言ったようにお前を送り込んでやりたいくらいだ」

「…わたしは構いませんが…」

実行に移したら彼女は怒るだろうと言外に告げる。ギルベルトは舌打ちした。

「言ってみただけだ」

「左様で」

かなり本気交じりの冗談もあったものだ。だが、王が冗談だと言えばたとえ九割が本気だとしても、冗談になるのだ。

「…だが、その間、見張りは怠るなよ」

「御意」

声はそう言うと、レイディアが去って行った方へと消えていった。


ギルベルトは椅子から立ち上がる。日も高い今の時間は窓から美しい庭園が臨める。

今のギルベルトにはそんなもの何の気晴らしにもならない。

自分はしたくもない妃達の相手をせねばならぬのに、レイディアは他の男と出掛ける。

人の気も知らないで、仕事となると一切の私情を断ち切るレイディアをこの時ばかりは苦々しく思う。

「…妃達を一巡したら、この程度で済むと思うなよ」

親指で唇を撫でる。その言葉を聞く者は誰もいなかった。







その日、久方ぶりに王の御渡りの知らせが後宮に入った。

後宮の女達が沸き立つ。特にローゼの宮の者達は特に凄かった。

「良かったですね!」

「お身体を磨き上げた甲斐がありました!」

侍女女官達がローゼに次々喜びの声をかける。嬉しそうな声音につられて、最初はさも何でもない事のようにお高くとまっていた彼女もだんだん嬉しそうに顔を綻ばせた。

「まあ、わたくしを最初にお選び下さるのは光栄な事ですけど…」

「そうですわね! 王が一番寵愛なさっているのは夏妃様ですから!」

「ふふ、そんな事無いわよ」

謙遜しつつも当然という様な態度だ。ローゼは上機嫌で搾りたての甘い果実水を口に含んだ。

その様子を見て女官達も一安心した。今までローゼの不機嫌は溜まる一方だったからだ。癇癪を起して些細な粗相で首にされては堪らない。


こんな絶妙な時に王が御渡りになるのだ。王の間の良さに女官は感謝の念を送る。

「やはり、ローゼ様が一番の寵妃ね! こうして忙しい合間に真っ先に来られるのですから」

「そんな方にお仕え出来る私達の格も他の宮の方達に比べて、いっそう上がるってものよ」

女官達がローゼの不機嫌を知った王がその機嫌を直してもらうために訪れるのだと信じて疑わなかった。

「こうしちゃいられない! いつもより張り切って宮を綺麗にしなくっちゃ」


たむろっていた女官達は女奴隷達に指示を与えるべく慌ただしく動き出した。


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