表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鈴の音の子守唄  作者: トトコ
66/81

第六十一話

勇気を下さい。切り捨てる、勇気を。








鳥が唄う 風が輪唱する 水面に羽がひとつ落ちる


鳥は飛び立つ 風は羽を運ぶ 水面に羽を拾う手がひとつ


鳥の眠り 風の沈黙 水面に映る空と人


鳥の目覚め 風の歓喜 水面に映る波紋に歪んだ空と雲




撫でるように奏でられる滑らかなリュートの音と共に紡がれる唄を、観客はその流れに酔いしれ、煌めいた目でその唄い手を見つめた。その指が最後の一音をはじき終えると、一瞬の間を置いて盛大な拍手と歓声が、わっとあたりに満ちた。その歓喜する声に包まれた吟遊詩人は深々と被った帽子を取り、口端を挙げて軽く会釈した。その何気ない動作も様になり、その場にいる女達はそれにさえ歓声を上げた。

「どうも皆さん、聴いて下さって本当にありがとうございました」

人好きのする笑みに、聞き惚れる美声、さらには北方系独特の美しい容貌が加われば、女のみならず男たちも感嘆の溜息を洩らした。

「兄ちゃん、良い声してるね。どうだい、俺の酒場でこの町いる間、唄ってくれねえかい?」

「だったら、小汚い場末の酒場より、家の宿屋で唄っておくれよ。食堂も開いてるんだ」

吟遊詩人の帽子の中へと硬貨が投げ入れられる間、吟遊詩人へ勧誘の声がかかる。

「とてもありがたいお話です。ですが、僕は吟遊詩人。気ままに唄う流浪の旅人。青空の下が性に合っているのです」

吟遊詩人が丁重に断り、だったら食事には来いという誘いを受けながら聴衆を気分良く帰すことを繰り返すと、やがてその広場には人気が引き、人がいた時には感じなかった冷たい風が、吟遊詩人の裾を揺らした。

「………ずいぶん遅かったな、ドゥオ」

稼いだ金を懐に仕舞い、リュートの手入れをしていた吟遊詩人は、背後に人の気配に気付くと、顔をあげないまま背後に向かって話しかけた。それに陽気な声が応える。

「よっ、ゼロ。相変わらず盛況だったな。お前の唄を口ずさんで家路に着く親子とかと擦れ違ったりしてよ。いやぁ何処に行ってもおもてになって、ドゥオ君妬いちゃう」

「今は戯言を聞く気分じゃないんだ」

「つれないねえ、俺の女房は」

相棒の素っ気ない態度にも気にすることなく、ドゥオは笑いながら風に乱れた髪をかき上げた。立ち上がったゼロと連れ立って軽い足取りで歩き出す。ドゥオは他愛ない話題をゼロに振り、返される返答に声を上げて笑った。陽気な様子はいつも通りで、ボロボロの外套を纏っていること以外は、何処にでもいるような好青年だった。

「……さて」

しかし、薄暗い通りを抜けとっておいた宿の部屋に入った途端、ドゥオの顔は盗賊の統領のそれに変貌した。

「お互い報告し合うことがあるが、まずはそっちの報告を聞こうか」

ゼロは黙って懐に仕舞っていた羊皮紙を取り出した。

「十日ほど前に届いたものだ。こちらとバルデロが接触した。接触の許可は僕が出した」

「…へぇ」

「交渉にはガーナを行かせた」

ドゥオは技術者兼工作員としては非常に優秀な手下の名を聞き、羊皮紙から顔を上げて怪訝そうな顔をした。

「何であいつなんだ。ずっと地下に引き籠っていたくせに」

「バルデロの近くにいたのがあいつだったということもあるが…前々から、蔭の女性陣に興味があったらしい。…やけに乗り気だった」

「………まあ何事もなかったんならいいんだが」

ゼロの顔付きから、こちらが悪い状況にならなかったことを察し、幾分肩の力を抜いた。

無断で王の小鳥を奪い、あまつ行方知れずとなってしまったドゥオ達を、王は決して許しはしない。王に絶対の忠誠を誓う蔭達も同様だ。だが、あの中で一番話が分かる『ミレイユ』、ソネットという偽名を持つ彼女がそれに待ったをかけた。ソネットは以前顔を合わせた時に合理的な平和主義者だと自称した通りに極力流血沙汰を避ける方針を提示した。

あれはまだ収穫祭前の頃だったが、その時点で既にソネットはドゥオ達に取引を持ちかけていた。収穫祭後に大きく事態が発展し、その話は暗礁に乗り上げてしまったかに見えたが、ソネットはバルデロ王に直談判し、交渉を再開することを許された。

よくもまあ、さぞ自分達を八つ裂きにしたがっているだろうあの王にそんなことを訴えられたものだ。あちらにしてみれば、ドゥオ達は誘拐犯だ。それも公になれば国賊に指定されるほどの。

それを許した王の顔を思い浮かべる。噂に違わぬ如何にも冷徹な容貌、そして、こちらの内情も全て見抜いてしまいそうな双眸を。

「………許した時の顔を見てみたかったな」

さぞ苦りきった顔をしていたことだろう。

「殺されるぞ」

「簡単には殺されねぇさ」

ともかく、交渉は無事に行われた。それだけで上々。こちらの非が大いにある為に相当な譲歩をする形となったのはご愛嬌だ。

ドゥオの望みは一族の宝を取り戻すこと。それが叶えば多少の不利益は何でもない。それを補う稼ぎ道は確保してある。ソネットはその宝の情報と引き換えにこちらに協力するよう要求してきた。王侯貴族は反吐が出るほど嫌いだが、今回は事情が事情だ。

ドゥオは差し出された羊皮紙を開いた。この中にはそれらの交渉の詳細が書かれているはずだ。


“――という訳でどうにかあちらと休戦というか、共同戦線みたいな約定が決まりました。それにしてもバルデロの王は羨ましいですね。あんな多種多様な綺麗どころを沢山侍らせて。いやね、俺は別に罵られたい願望なんてないんですけど、ちょっとだけ「お前はそんなこともできないの?」って見下されてもいいかなぁなんて――”


「………」

「あちらはこちらを狩ることは…暫定ではあるけれど、なくなったから、少しずつバルデロに手下達を戻している」

「……ふぅん」



“―― 一先ず、こちらの人海戦術と蛇の道を活かした力が欲しいらしいので、それと引き換えにまだ生きてる仲間の釈放と、目を付けていた腐れ貴族の屋敷の侵入を黙認してもらうなどを認めてもらいました。デートは認めてくれませんでした。向こうは常時人手不足で、個人個人の実力はあれど、やっぱりあれだけの人材を見出して育成するのは難しいのでしょうね。知ってます? 蔭は雑用もできるだけ自分でこなさなければならないらしいのですよ。いわば近衛に床掃除をさせるみたいなもので、勿体ない事この上ないですよね。雑多なことを我々に押し付けてもっと重要なことに人手を回したいからってんで、交渉なんて畑違いの俺でも案外上手くことを運べました。いやはや、交渉上手な女ってなんだかドキドキしますね。うかうかしてたらあちらの要望だけ押し通されそうな押しの強さでしたよ。気の強い美女は大好きです。いやね、俺は特に踏みつけられる趣味なんてないんですが、ちょっとくらい爪先でつんつんされてもいいかなぁなんて――”


「……何であいつ、こんなに弾けてんだ」

「出向いた(からす)…ミレイユとその配下の女が、ガーナの理想に限りなく近かったらしい。始終興奮状態だったと付き添わせた配下が言っていた。それが文章に現れただけだろう」

「…あいつ、相変わらず微妙な性癖してんだな」

過剰な加虐は求めてないが、ちょっとだけ弄られたい程度の被虐趣味があるガーナ。主従関係はあれど、地下の隠れ家に籠っていることが多いガーナに、男同士の付き合いとして女を斡旋したりするのだが、彼の趣向に合う女を見繕うのはいつも骨を折る。美人が良いだとか金髪が良いだとか、ふくよかな体型が良いだとか、そういう単純な注文ではないからだ。とはいえ、極端な性癖でないだけ犯罪に発展する危険性は殆どないのは有り難い。仕事もできるし、少々の面倒は許容範囲内だ。

「こちらの報告は以上だ。お前の方はどうだった」

「………ああ」

ドゥオはゼロの言葉に頭を切り替えた。上質な巾着袋を懐から取出し、机の上に中身を丁寧に広げた。ゼロは机を見下ろす。

「これが…」

「お嬢ちゃんの報酬は、とびっきりだった」

何粒もの海色の宝石が、机に敷かれた麻布の上に転がる。芸術品鑑賞を趣味とするゼロでも、思わず惚けるような溜息を吐くほどの美しさだった。

「こんなに…」

「流石のオレも、こんなに奮発してくれるとは思わなかった」

「確か、この宝石は、元は首飾りになっていたんだったな」

「ああ。『蒼闇』を三百粒も使った、そりゃあ目も眩む綺麗な物だった。オレは完全体は絵だけでしか見たことはないが…親父によく聞いたものさ。これで、三分の二」

「…そうか」

目の前に輝く海色の宝石は『蒼闇』と呼ばれ、宝石の名と同じドゥオの一族が代々守ってきた秘宝である。けれどドゥオが幼い頃に一族が襲われ、『蒼闇』が奪われてしまった。

ドゥオは、それを取り戻そうとして、大陸に降り立って以来、ずっと盗賊稼業に身を置いている。卑劣な奴らの手で奪われた宝だ。欲しいのは、裏の情報。裏の伝手。一族の宝を取り戻す為に、手を悪事に染めることは必定だった。

そんなドゥオは去年の春、バルデロを訪れ、レイディアと出会った。

レイディアはドゥオの身の上を察し、盗賊と理解した上で何かと便宜を図ってくれた。ギルベルトの意思に反し無闇に蔭が手を出さないよう指示したのもその一つだ。そして、最大の便宜は今回の“墓参り”の報酬だった。

〈エリックの元へ連れて行って下さるお礼に、貴方が探している物を用意してあります〉

レイディアをバルデロの王宮から連れ出し、僅かな日数ではあるが共に旅をした。

〈『蒼闇の使徒』の一族…彼らの生き残りなんて絶望視されていたけれど…無駄にならなくて良かった…〉

その野営の中、火を囲って夕食をとっていたある晩に、レイディアは言った。

ドゥオはこちらをひたと見据えるレイディアを見返しながら、メネステ国王太子が城下に出て行ってしまった際のことを思い出した。その捜索にドゥオ達は手を貸した。そして密かにかわした会話の中に、レイディアはドゥオ達へある信号を送っていた。


バルデロを出たいと。


あの時点ではバルデロから逃亡する明確な決意はなく、迷いもあったのは見て取れた。まるで言い訳のように外出という意味合いで伝えられた。ギルベルト抜きの遠出を、彼女は望んでいた。それをレイディアはドゥオに頼んでいるのだと捉えた。

ドゥオは口に出さないまま、それを了承した。

まさか大陸で至上とされる巫女をいつまでも連れまわすことはできなくとも、彼女が行きたがっている場所へ連れて行くことはできる。護衛としてもドゥオの実力なら問題はない。あの王の鼻を明かしてやりたいという悪戯心もあった。もしかしたら、自分の故郷を見せられるかもしれないと期待さえしたかもしれない。

とにかく、時期を待った。けれど待つまでもなくそれはずぐに訪れた。レイディアが祭りで舞を披露した。アルフェッラがバルデロに降って以来、初めて表舞台に立った鮮やかな夜。

あの舞が合図だと判断した。

そうしてレイディアを連れ出すと、彼女はその報酬にと、ドゥオが求めてやまない一族の宝を提示した。

「でも、流石に釣りが出るよなぁ」

レイディアを連れ出す行為は文字通り命がけだった。だから相応の報酬を期待してはいたが、期待以上の報酬にドゥオは少々極まりが悪かった。報酬を受け取った後は、ゼロはともかくドゥオはソネットから貰った『蒼闇』の情報を元に捜索を再開するつもりだった。

あくまで依頼はレイディアを一時的にバルデロから引き離すことまでだ。生半可な場所では簡単に居所を掴まれてしまうから、思い切って西方まで足を伸ばす行程を立てたのは、そういうことだった。

国家間のいざこざとは一切関わらない…つもり、だった。

「変なところで律儀な奴だな」

「…うっせ」

ドゥオは蒼色の髪をかき上げた。

「行方知れずのまま…ってのは、気持ち悪いもんな」

レイディアの予定と自分の予定に食い違いがあるのは当たり前だ。オレにはオレの、彼女には彼女の事情がある。だが、その所為で事態はひどく面倒なことになっている。

「……なあ、オレさ、お嬢ちゃんの乳母って女に会ったんだ」

「彼女の話にあった女性か?」

ドゥオは頷き、彼女と出会った経緯とそこで交わした会話を余すことなく語った。


宝物庫に乳母のネルマがいたという話に怪訝そうな顔になり、『蒼闇』だけでなく他の宝物も数多く保管されていたことを聞くと、ゼロは不思議そうな顔に変わった。

「彼女は、そんなに宝石や美術品が好きなのか?」

「嫌いな奴なんていねえだろ。そうじゃなくて、無用な争いを避けるためにお嬢ちゃんが巫女の名の元に預かっていたんだと」

分からないという風に首を傾げるゼロにドゥオは簡単に説明した。

「貴重な物を所有していた家が没落なり断絶なりした場合、それらの宝はだいたい何処かに流れちまうだろ。そうして、各地を転々としていく内に情報が拡散して、周囲に埋没する」

没落の際のいざこざに紛れて紛失、ないしは破損してしまい、誰にも顧みられることなくそのまま、ということもよくある話だ。そうでなくとも価値ある物には必ず偽物も付き物で、本物は容易く闇に隠れてしまう。だが数奇な縁によって思いがけない所から表へ出てくることもある。

それを、レイディアは回収していたらしい。

確かに、権力者の元には、歓心を得ようとする者の手によって高価で希少な物が集まりやすい。巫女という地位は、そういった意味で最適だ。

アルフェッラは絶対中立国だった。建前では同盟国は存在しない。あくまで、アルフェッラを尊崇し、アルフェッラの繁栄自主的に支えたいと申し出る友誼国が存在するだけだ。そのアルフェッラは、かつて戦の調停に引き出されることもあった。大陸が戦乱期を迎え、あまりに戦に関わる国が多くなると、中立を保ったまま調停することが困難になった為に、アルフェッラが出向くことは殆ど無くなったが、本来、戦の無血による鎮圧は巫女の大事な役目であった。

「中立を保ったまま調停することが困難になったからっていうのは表向きだ。アルフェッラの中央のお偉いさん共が、戦争中の国なんて危ない所に自分達の大事な“みこ”が行くのを拒んだんだとよ」

万が一のことが起こって、自分達に富を与えてくれなくなっては困るから。

「…それは」

「でもよ、だからって“みこ”達は何もしなかったわけじゃなかった。役目を果たせなくなった当時の“みこ”から、何かしらやってたみたいだぜ。戦へ突き進む歯車を少しだけずらすようなことを」

「宝石集めっていうのもその一環か?」

ドゥオは頷き、あの夜ネルマが自分に語った科白を、滔々と詩を詠むように口を開いた。

「〈愚かしい話ですが、人というものは生きてゆく上で必要がなくとも争う生き物です。己の権勢、富、名声…身勝手な所有欲が、国を動かし、人を煽り、世を脅かす。己の国を護る為の戦ならばいざ知らず、無為に兵の命が散らされる戦というものは、残念ながら存在します…例えば、ここに納められているような、希少な宝も、戦の切欠には十分でしょう?〉……だとよ」

戦というものは複雑に利害が絡み合い、一方向から見ただけでは全貌は見えてこない。対戦国以外の利害や都合、時には、個人の都合も。

需要があるから生産される。戦も同じだ。

大義名分という名の綺麗な絹を一枚剥がせば、誰もが呆れる馬鹿馬鹿しい動機なんて、ザラなのだ。

欲しいから奪う、気に食わないから潰す、妬ましいから陥れる。

「…これだから貴族連中は嫌いなんだっ」

「由緒ある宝は、その対象に成り得る…それを、中立である“みこ”が、趣味と称して積極的に集めたんだ。戦の種を予め回収する為にな」

たかが宝石。集めたところで回避できる戦なんてたかが知れている。別の理由を作り出して戦を始めるだけだ。

「それでも…それでも、誰かにとって大事な宝物が、血を吸うことはなくなる」

自身こそ『蒼闇』を取り戻す為なら、たとえ手が血に染まろうとも構わないと足掻いてきたのだ。実際何度も罪に手を染めている。人を殺めたこともある。陥れたこともある。こうして綺麗な手のまま『蒼闇』を受け取ったことは初めてだった。

「何か…守られちまった気分だ」

心を。その事実がらしくなく胸を震わせた。

アルフェッラでも感じた熱さを再び感じ、それを鎮める為にドゥオは口を覆って鼻で深く息をした。


湿った笑い声をあげるドゥオを、ゼロは懐かしい昔の記憶と共に眺めた。

ドゥオが幼い頃に一族は滅亡の危機に遭い、その際に一族の秘宝が持ち出され、大陸にばらまかれてしまった。それを取り戻す為に、海の民であったドゥオは大陸に降り立った。しかし、海での生活しか知らない当時まだ少年だったドゥオは食事にさえ困窮し、行き倒れていたところを、吟遊詩人として故郷を離れたばかりの自分が拾ったのだ。

もう、十年以上経つ。

「……彼女を探すのはいいが、どうするつもりだ? 僕はもう手を尽くした。聞き込みも情報屋にかけあっても、彼女の影さえ見えない」

彼女が川へ落ちていく光景は瞼の裏に焼き付いている。眠っていても頻繁に魘される。その時は決まって無力感に苛まれ、焦燥感に突き動かされて寝台から飛び起きてがむしゃらに捜索した。今日の演奏でも観客達にそれとなく聞いてみたが、収穫は零だった。

「ああ、その前にな、相談したいことがある」

ドゥオは厳しい顔つきを取り戻してゼロと目を合わせた。

「なあ…ずっと気にかかっていたことがあったんだ。何であんなに早くお嬢ちゃんの兄さんがオレらに追いついたのかってな」

ユリウス達の行動の機敏さを不審に思っていた。あそこは一応はアルフェッラ領に入っているとはいえ、深い森の真ん中だ。何も手掛かりがない状況で森の中から少人数の団体を見つけられるとは考えられない。

「でもよ、あの墓があることを知っていれば、話は簡単だよな」

ドゥオはあの時のやり取りを思い返した。

あの晩、ドゥオ達は墓の近くで天幕を張り、焚火を囲っていた。夜空に星はなく、夜色の雲に覆われていた。翌日からは西に向かうはずだった。ドゥオ達の話を聞きながらも常に墓石を気にしていたレイディア。炎が揺れて、ユリウスが現れた。焚火の灯りや煙など、近くまでこなければ分からない。的確にあの場所を知らなければ、到底説明がつかない。


そしてそれは事実だった。


ネルマは五年前、レイディアの望み通りエリックの亡骸の一部を持ち出し、墓をあの場所に作った。そこまではレイディアの望み通りだった。

だがその後まもなくユリウスに捕まり、神殿の宝物庫に入れられた。そしてユリウスはエリックの墓の場所をネルマを装ってレイディアに知らせた。

「お嬢ちゃんに墓の位置を記す地図を送ることを決めていた。念の為に文字を使わないようにしたらしいが、それが仇になっちまったな。その地図の作り手がネルマなのか兄さんなのか知りようがない」

「既に四年、いや五年前から少しずつ線を張られていたわけか」

「ああ、もう一つおまけにいうと、エリックとかいう男の亡骸の残りは、神殿にあるんだと。お嬢ちゃんが眩しげに語っていた、あの庭園に」

「何だって?」

エリックは罪人として葬られた。であればネルマが持ち出した部位以外はとうの昔に獣や鳥に食われるなりされている筈だ。それが優しさからくる行いだとは、二人とも思っていない。

「では、やはり彼女はあそこに来るところまではユリウスの計画通りか…」

あの時、ユリウスはあの場所は初めて知ったような科白を吐いていたが、あんな小手先、あの男なら息をするように容易にできるだろう。ゼロも不審に思っていたようだ。その件に対して驚くことはなかった。

「……それともう一つ。彼女がバルデロを出たことを、素早く察知できるイイ耳を持ってるみたいだな」

「…ああ」

レイディアがバルデロを出たことは厳重に秘されていた。如何にバルデロの動向を常時注視していたとしても、王宮の奥の情報を間を置かずに入手することが、果たして可能だろうか。

それが可能だとすれば…すなわち…


「……口は災いの元、だよ」


その決定的な言葉を紡いだのはドゥオでもゼロでもなかった。二人の間に緊張が走った一瞬後には、二人は反射的に臨戦態勢をとった。

「お前…」

「こういう時は『お邪魔します』っていうんだよね。お邪魔します」

侵入者の正体を知るなり、ドゥオとゼロは顔を顰めた。

「何でこんなところにいるんです…エリカさん?」

「ああ、それと、こんばんは、も」

エリカはいつの間にか開けられた窓に足をかけて軽々と部屋に入ってきた。ちなみにここは三階だ。

「何しに来た。オレ達はあんたらと手を組むことになったはずだ」

「知ってる。ゼギーちゃんが言ってたからね」

ドゥオはゼギーという言葉で思い出した。以前山で会った時は若い男も一緒にいた。名は確かゼギオス。その男は今この場にいない。

「そのゼギーちゃんは何処にいるんだよ」

「さあ」

「一緒じゃないのか」

「今はね」

「………」

正直な話、ドゥオはエリカを苦手としていた。行動が読めないからではなく、性格の不一致だ。必要以上に喋らないエリカに、ただの能天気でないことが知れる。取り繕って作られたのでない不気味さとでもいうのだろうか。

“鷹爪”を狩るのでなければ、早速協力を取り付けにきたのだろうか。

「で、そろそろ質問に答えてくれ。何でここにいる。迷子にでもなったか?」

「…鷹の人達に言いに行ってきてって言われたから。ディーアちゃんのお兄ちゃんとのことで協力することは感謝するけど、こちらの内情に踏み込むな、だってさ」

部屋の空気が、ずしりとした重量を伴って二人の肩に圧し掛かった。それは一瞬であったが、気のせいではなかった。その重さを作り出したのはエリカだ。

質問を変えるべきだった。どうしてここが分かったのか、にするべきだった。

「…どなたの指示で動いているんです?」

「ないしょ」

最早ドゥオ達には、エリカのあどけなさで警戒を解けるほど、蔭達との繋がりは薄くなかった。

エリカがここにいる理由は行けと言われたから。誰かは知らないが、恐らく途中で合流した蔭だろう。ゼギオスではないのは確かだ。ゼギオスではエリカを使い走りにはできない。さらにはドゥオの居場所をすぐさま突き止められるほどに情報収集力に長けている。あまつさえ、自分たちはいつでもお前達を監視しているのだと牽制さえかけてきた。ソネットを思い浮かべたが、すぐに打ち消した。彼女は今回は王都組のはずだ。

「…こちらに悟らせるなんざ、怖い相手だな」

「そだね」

お互い手は組むことに同意はしたが決して仲間になったわけではない。そこから内部情報の洩れを事前に防ぐのは当然のことだ。正直情報管理が徹底されている蔭の情報はとても魅力的で、今後の活動を有利に運ばせる為を思えば、裏切り者を先に捕えて情報を聞き出したいという下心はないと言えば嘘になる。

「…分かった。その件に関しちゃ、あんたらの腹を探る真似はしない」

だが、ドゥオは大人しく引き下がった。裏切り者を暴くことは自分達の仕事ではない。情報がほしいならソネットあたりに持ちかければいいだろう。エリカとことを荒げるのは避けたい。今の自分達は誰よりも先にお嬢ちゃんを見つければいいだけだ。アルフェッラの者達よりも、バルデロの手よりも。

ドゥオの目配せで意向を察したゼロも頷いた。

約束をした。離れてしまったら、全力で探す。何処かに捕まってしまっても、取り戻すと。

たとえ、自分の意思で離れたのだとしても。


ドゥオは武器から手を放して、構えを解いた。

「で、態々それだけを言う為に来てくれたのか? ご苦労なこって」

「お腹空いた」

「え?」

「お肉食べたい」

「あ?」

「お酒はいらない。マイヤの果実水が飲みたい」

「…ここで食べる気なんですか?」

「お兄さん達は沢山食べさせてくれるって言われた」

「誰だ、オレ達を財布扱いした奴は」


その夜、ドゥオ達は高級娼婦三人を買えるほどの飲食代をエリカによって散財させられた。







その日、アドス村のある山の麓の街には張り詰めた空気が立ち込めていた。

以前よりこの街にノックターン軍が中継地点として訪れることは通達されていた。その当初から街には少しの期待と多大な不安感が漂っていたが、ノックターン軍到着の当日を迎え、いっそう緊張感は高まった。

ただの国軍ではないのだ。常なら一生身近に(まみ)えることの叶わない、我が国を支配するノックターン王が引き連れた軍なのである。

ノックターン王に暗い噂は聞かないが、権力者の不興を買って良いことなど一つもない。町長をはじめ、街での有権者達は万が一にも失礼があってはならないと、通達がもたらされた直後から準備に奔走した。

そして将に今、その結果が報われるかどうかの裁断が始まろうとしている。


町長はからからに乾いた口内になけなしの唾を作り出すと、絶大な存在感を放つ殿上人の前に平伏し、努めて平静な声を出した。

「…ようこそおいで下さいましたノックターン国国王陛下。わたくしはこの街イラムの町長モームと申します。卑小なる我が身に御尊顔を拝し奉る栄誉をお与えくださりましたこと感謝の言葉も御座いません。どうぞ我が街にてごゆるりとお寛ぎ下さり、旅の疲れを癒し…」

「長口上はいい。遠征先で肩の凝ることはしたくない。形式ばった礼など城だけで十分だ」

どうにか途切れることなく挨拶の言葉を述べていた町長は、突然挨拶を遮られ、調子を崩した。

「あっ…は、ははっ、これは気が利かず、申し訳ございません。そうですな、陛下は長旅でお疲れのご様子。で、では、先にお部屋の方にご案内させて頂きます」

しどろもどろな町長は脂汗を拭きながら町長は平身低頭な態度を崩さず、街で最も上等な宿に案内した。


その様子を何の感慨もなく眺めながら、ノックターン国王オズワルドは案内されるまま、自室の半分ほどの広さの部屋に通された。そこで恐らく街では最高級品であろう茶や食事が饗され、その給仕にはそこそこ美しい女が宛がわれた。

その場面だけを切り取ればただ遊びに来ただけのようだ。だが、オズワルドは観光に来たのではなく、戦場に赴くために城を出たのだ。けれど途中立ち寄る街は全てこの街の町長と同じような対応をする。無駄な慣例と思えど、変える理由もなく好きにさせている。街の者達は身分が高いものに対して最高のもてなしをすることで、街に災難が降りかからないようにする、というよりもただできるだけのことをして安心したいのだろう。だが、いい加減うんざりしていることもまた事実。

「――それで陛下、我々の街が誇る品を是非お目にかけて頂きたく存じます」

一人でぺらぺらと街の特色を述べていた町長が手を叩くと、様々な品を抱えた使用人達が部屋に入ってきた。それらを見て、オズワルドは内心顔を顰めた。

この街にいる理由が行軍であるのだから、保存の利く食糧の提供は有り難いが、宝石や衣などはオズワルドにとっては逆効果だった。将校の中には宝石や絹で鎧を飾り立てる者もいるからこの悪習はなくならない。

他の街でもしていたように形ばかりの礼を述べ、適当に数品貰って後は下がらせようと口を開きかけたオズワルドよりも先に、町長は積み上げられた布の山から一つを取り上げオズワルドに披露した。

それを目に入れたオズワルドの眼が大きく開いた。折り目の繊細さよりも、それを彩る刺繍に目を奪われる。

「ご覧下さい。こちらは今一番街で注目されている衣で御座います。美しい模様で女達に人気でして。是非王都(トレリアル)の王宮にいらっしゃる王妃様や王女様に…」

「……誰だ」

「は? 今なんと…」

「その衣を作った者は誰だと訊いている」

「……はあ、実は我々はその者を存じません。なんせ街の者ではなくここから近い村の者が作っているらしく、衣を卸しに来るのも村の男達ですから…」

「その村は何処にある」

空気がおかしくなったことに町長は怯えた。

「…陛下?」

「答えろ」

「あ、あの…アドス村という…山の上の…」

オズワルドは立ち上がった。王以外の者達はオズワルドの急な言動に驚き、室内は静まり返った。オズワルドはそれには見向きもせず、訳が分からず哀れに震える町長を見下ろし、ただ一言命じた。

「案内しろ」

「……は、はいっ」


オズワルドが歩き出したことで、周囲も慌ただしく動き出した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
登録させていただいています→「恋愛遊牧民R+‐Love Nomad R+‐」
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ