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鈴の音の子守唄  作者: トトコ
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第五十六話

今日この日から、新たな年が明けた。


年末年始はどの国も慌ただしく浮足立つ。ノックターンの王城も例に漏れず、王へ新年の挨拶に訪れる臣下や各国の使者の対応に、上も下も追われて落ち着かない日々が続いている。ラムールにとっても、それは決して他人事ではなく、朝食を食べ終えたら、王弟として、外交官として、王に恥じぬ態度で以て人前に出て行かねばならない。

「…ふぅ」

「どうしたラル。浮かない顔だな」

朝食を突いていたラムールはっと顔を上げた。

「あ、申し訳ありません、陛下」

折角陛下が久しぶりに朝食を、とお声をかけて下さったのに、その席で溜息など。しかし、ノックターン王はしょげるラムールを咎めはせず、食事の手を休め、肩肘を付いた。

「こんな私的な場で畏まるのは疲れるだけだ。公でない時は畏まらなくても良いと言っただろう?」

「あ、申しわ…あ、いや…はい、兄上」

ラムールの兄、そしてノックターン王であるオズワルドはそんな弟を見て愉快そうに笑った。謁見の間では決して見せないその表情も、食卓に肘を付くという行儀の悪さも、オズワルドが寛いでいる証だ。自分の前だからこそ見せるのだと思うと、少し嬉しかった。

「緊張してるのか? いつもやってることと大して変わらんだろうが」

「…はい。そうなんですけど」

確かにその通りだけれども、新年というだけで心持ちが変わる。新年を無事に迎えて、少しでも去年よりも立派に務めを果たそうと、背伸びがしたくなる。だが、ラムールの溜息の原因はそれだけではない。

「何だ。言ってみろ」

「……兄上を煩わせることでは」

「ラルは生真面目だな。いいから、たまには兄らしいこともさせてくれ」

ラムールはオズワルドの穏やかな顔つきを見て、おずおずと口を開いた。

「…この頃、少しだけ、マシューとの見識の違いがあったといいますか…」

「…ほう?」

オズワルドはちらりと室内を見渡した。今室内で控えているのは侍従長と数人の女官。しかしマシューの姿はない。

「マシューが僕に忠誠を尽くしてくれているのは分かっているのです。ですが…」

「いくら長年の主従だからといって、互いの全てを把握し理解するのは難しい。主従だからといって主張するものが必ず一致するとは限らない。それをどう折り合いを付けるか。そこにお前の力量が試される」

ラムールは教師に教えを請う生徒のように、オズワルドの言葉に耳を傾けた。

「臣下とどのような関係を築くかは、上の者次第だ。下の者の声を拾うか、己の持論を曲げずに従わせるか。だが、お前はマシューの言葉に頼り過ぎているきらいがある」


その通りだ。


これまで、マシューの言う通りにしていれば間違いはなかった。決して言いなりになっていたのではなく、自分なりに彼の言葉を咀嚼して、納得して取り入れてきたつもりだ。

だけど、バルデロで発覚したことだけは、ラムールはすんなりとマシューの言い分を納得することが出来なかった。その考えは今でも変わらず、マシューと平行線を辿ったままになっている。折り合いが付けないのは、ラムールがマシューを説得出来るだけの技量がないからだ。壁を超えるのに、頼ってきたのは他でもないマシュー。その彼を越えるには、マシューの力抜きで為さねばならない。

その策が、ラムールにはない。

「………はい」

「だが、それはお前の長所でもある」

ラムールは自然と下がっていた顔を少しだけあげた。

「臣下の声が間近で聞くことは、誰にでも出来るが、実行に移すことは難しい。だが、それだけ乗り越えた時に得るものは大きい。気長にやることだ」

「はい、兄上」

オズワルドはラムールの自慢の兄だ。兄の自信に満ち溢れた鷹揚なその笑みは、自分の不安を取り除いてくれる。けれど問題の詳細を、彼に告げる気はなかった。


この問題の中心に、兄が快く思っていない巫女姫様がいるから。


実力主義者のオズワルドは神だ奇跡だなどという抽象的な考えが嫌いだ。それ故に神秘の化身である巫女に対しても懐疑的で、兄と対照的な巫女崇拝者であった父王とは、生前、衝突が絶えなかった。今でも父王と意見を同じくする古参の臣下とも、何かとぶつかっている。

巫女姫の名を口に上らせただけで叱られたりはしないが、進んで口にすることでもない。


これ以上、この話を続けたくなくて、ラムールは話題を変えることにした。

「陛下は、臣下達への挨拶を済ませた後は…」

「ああ、予定通り、一月程城を空ける」

「はい、伺っております。…あの、それで、その機会にあの方達をお探しにもなられるのですよね。少しでも手掛かりが見つかれば良いですね」

「何故俺が探すのだ。あれらのことは、軍に任せている。俺は討伐に専念せねばならん」

ラムールは眉を下げた。

「しかし…」

「それに心配? しているに決まっているだろう。あれを放っておけばどのような面倒の火種になるか、考えただけでも頭が痛い」

オズワルドの懸念は王として、政治面にのみ目が向いている。そのことが、発言以上に、その瞳が語っている。

それが、ラムールには哀しくてならなかった。


ラムールが国を留守にしている間に城から失踪してしまったその人達を思い出す。

普段より特に親しくはなかったから、顔もあまり覚えていないが、折を見て声をかけた時、控えめな印象を受けたのは覚えている。

その人達自身に対する個人的な思い入れや、親しみを感じてはいないけれど、事情が事情なだけに、ラムールはその人の身を案じている。

「それに、あの方の失踪は、もしかしたら王妃様が…」

「ラムール」

オズワルドの声に黙らされ、ラムールは肩を強張らせた。

「覚えておくが良い。たとえ限りなく黒に近くとも、決定的な証拠がない限り、口を閉ざしていることだ。…確実に、思い通りに事を運ばせたいならな」

その言葉を最後に、オズワルドは食事の間を出ていってしまった。


機嫌を損ねてしまったな…


食事の席に一人となったラムールは、これ以上食事をする気になれなくて、手を振って皿を下げさせた。

兄に、後宮の話を持ち出すのは早計だった。兄弟水入らずの食事の席で出す話題としては失敗だった。けれど、言わずにはおれなかった。確認せずにはいられないのだ。例え望む返答を得られなくても。

「…はぁ」

オズワルドは同腹である自分に対しては良き兄であるが、その他…特に次兄や後宮の女達に対してはとても冷たい。無関心であるとも言える冷淡な対応に、ラムールはいつも焦りにも似た思いを抱くのだ。

次兄とは、複雑な事情があるから、良好な関係を築けないのも無理はないが、後宮は王の私的な空間の筈なのに、そこの住人に対して、王としての義務以上のことを施そうとしない。


血を分けた弟としては、もっと素のオズワルドを出せる人が増えて欲しいわけで…。


だからあの人に、密かに期待したのだ。けれど、あの人でも駄目らしい。これで何人目だろう。もう、失望して肩を落とす気にもなれない。

それでも自分自身が、彼の君に抑えきれぬ思慕を抱え、切ないながらも満たされる心の温かさを知っているだけに、そのような想いを兄にも感じさせてくれる誰かを期待せずにはいられないのだ。

…兄上からしてみれば、余計なお世話なんだろうけど。

王弟として跪かれる地位にいても、外交官として国政に関わり始めても、やはり、まだ次こそはと自分は願うしか出来ない、ただの無力な子供だ。

「…武運を、兄上」







レイディアが荷運びの男達の故郷アドスの村に身を寄せて一月が過ぎようとしている。その間に新年を迎え、アドスでの生活にも慣れてきて、レイディアの生活は平穏そのものだった。

レイディアの一日はとても単純だった。

ジャンが申し出てくれたので、彼の家に労働力と引き換えに居候させてもらっているのだが、与えられた主な仕事と言えば、水汲み、鶏の卵の回収、倉庫から(たきぎ)を一日分だけ取り出す、子供の世話、というものだった。

朝はアンの手伝いをしながら、中々起きてこない子供達を起こしにかかり、起き出すと同時に騒ぎ出す子供達に配膳し、共に食事を頂く。毎朝この繰り返しだ。


それが済むと、それぞれ思い思いに過ごす。

子供達は椅子からお尻を剝してあっという間に遊びに駆けていってしまう。家長のジャンは薪割りや、家や道具の修繕をしていることが多い。彼の妻のアンはアンで家事に勤しむなり、近所の女達と談笑したり、次から次へと摘まれていく破れ物を繕ったり、牛や山羊の乳を加工したりしている。


この村は、時間の流れが穏やかだ。皆生き生きしていて、それでいて、緩やかで。

この村の外では、冬にも関わらず争っている者達がいるということを、忘れてしまいそうになる。


「…じゃあ、次の問題は…西方にあったかつての大国イタンを滅ぼした国の名は?」

トントン

「えーと…あーと…ジャノ? ジャー…ジャム…」

「降参?」

カラカラ

「待って! え…あ、そうだ、ジャムステアッ」

「はい当たり」

レイディアは正解した子に小さく笑いかけた。

機織りの音が優しく奏でられる一室で、レイディアが小さな子供相手にものを教える光景も、この頃のアドスの日常として溶け込んでいた。


自由時間にも機織りをしているのは、単純にお金になるからだ。最初こそアンの手伝いの為だったが、定期的に村の物を街まで売りに行った時、レイディアの織った布が意外にも高く売れたのだ。あまり国外の輸入品が入って来ない地方の街では、レイディアの織る布の柄や刺繍の模様が珍しいのかもしれない。

ジャンはその売れた金額をレイディアに渡してくれた。レイディアはここに置いてくれる宿賃として受け取りを拒否しようとしたが、いつまでもここにいるつもりはないなら、路銀は必要だろう、と諭されて有り難く受け取ることにした。

ジャンと話し合った結果、宿を提供してくれる礼として、金額の半分を渡し、残りをレイディアの取り分ということにしている。

確かにいつ終わりが来るとも分からない今の状況で、多少の蓄えがあれば安心できる。急いで村を出なければならなくなった時、持ち合わせがなければ逃げても、遠くまで逃げられない。

それに、機織りや糸紡ぎの単純作業は、レイディアの性に合っているようで、最近では子供達を相手にしながら色々な編み目や文様を考えるのが楽しみだったりする。


もう何十問目も答えた少女を機を織る手を休めず褒める。

「シイナは賢いのね」

「へへぇ、お兄ちゃんみたいになれるかな」

「貴女の頑張り次第よ」

「うん、がんばるー」

単調な機織りに、子供の勉強を見ることになったのは、シイナというお迎えの家の子供が、隅で隠れて勉強していたのをたまたま見かけたからだ。

村に数冊しかない書物を、読めもしないのに懸命に眺めている姿を、レイディアが見かけ、気まぐれにどういったことが書かれているかを教えたら、もっと教えてほしいとせがまれたのが始まり。今では、シイナや他の子にも暇があれば簡単な文字や算術、歴史を教えている。

この時代、何処の国でも庶民の識字率は高くない。

この時代の勉強とは、貴族の義務。裕福層が教師を雇うのは優越感の為だ。学び舎の施設はあっても、女性に門徒は開かれていない。女は子が産めて家事が出来れば問題ないとされるのが一般的な常識だからだ。その認識は貴族の間でも変わらない。女性も女性で、学ぶということすら意識にないほどだ。

シイナの場合は特殊で、最も身近だった兄が村で初めて王都に出仕することが叶ったのだという。そんな兄に憧れを抱いたその結果が、村の誰よりも学ぶことに意欲的させたという訳だ。


レイディアは同時に勉強を見ていた例の女性から引き取った子供に声をかけた。

「ダレンは書けた?」

ダレンと呼ばれた子供はこくりと頷いて、土の上に書いた字をレイディアに見せた。

「上手になってきたわね」

ほんのり唇に笑みを浮かべて頷くダレンの頭を撫でてやった。


ダレンは声を失ってしまっていた。以前は話すことは出来ていたらしいので、おそらく母親を亡くしたことが原因だろう。一時的なものであってほしいと思うが、とにかく、呼び名がないと不便であるから、レイディアがダレンと名付けた。彼はまだ自分の名前も書けず、名を知る手段がなかったから。


ダレンはあまりレイディアから離れたがらないが、子供の力というのは凄いもので、村中の子供達がぐいぐいダレンの手を引っ張って、いつの間にか悪戯仲間にしていた。まだ引き摺られている感はあるが、子供の緊張をほぐすのは、同じく子供であった方がいい。勉強をシイナ達に教えていることもあって、最近レイディアの周りは子供達の声で溢れていた。

「ねー次の問題は?」

トントンと休まず機織りをするレイディアに、シイナは次を催促してきた。子供は一問一答形式にすると、あれこれ説明するよりも興味を持ちやすい。子供達がそれぞれ何に興味を抱いているかも察しやすい。

これはクレアの経験が役に立った。クレアは机にじっと座っているのが苦手で、どうやって学ばせるか頭を悩ました時期があった。


そんなことを思い出しながら、次の問題を考えていると、室内に一つだけある窓の戸が叩かれた。

「……どうしました?」

木の板で出来た窓を上に押し上げると、村の子供達がいた。彼らの顔付きを見て、また何か悪戯でも企んだのだろうかと、勘ぐる。現に一人の子の手には…。

「その鶏は?」

すると子供達は一斉に口を開いた。

「アーちゃん家のっ」

「これ胡桃っ」

「マイヤもあるよ」

「お肉ぅ」

「お菓子っ」

「……?」

矢継ぎ早に口を開かれ、レイディアが首を傾げると、年長組に当たるジミーが説明した。

「えっと、何かさ、いきなりこいつらがお祝いしたいって言い出して」

「お祝い?」

新年の祝いは既に済んでいる。祝うべき行事など次の種蒔き祭まで無かった筈だ。

「赤ちゃん、生まれたでしょっ」

「オーちゃん家のっ」

「…ああ」

それを聞いて、レイディアは納得した。年が明けると同時に、この村に赤ん坊が生まれた。新年早々にめでたいと、新年の祝いと同時に村人達は子の誕生を祝った。新年の祝いに上乗せされて数日続いた騒ぎは、しかし子供達は殆ど加わらせてもらえなかったのが不満だったようだ。基本的に宴会は宵に始まり、子供達は早々に寝かしつけられるからだ。


それらの事情から鑑みて、大人達とは別に、自分達で祝いたい。と、そんなところだろう。


「あとお姉ちゃん達のもっ」

「私達も?」

「ダレンのお祝い、してないじゃん。ダレンも新しい仲間なのに」

視線を感じて後ろを振り返ると、ダレンはじっとレイディアを見上げていた。

「皆にお祝い、してもらう?」

ダレンは小さく頷いた。頬が少し赤い。皆の歓迎する気持ちが嬉しいみたいだ。

「じゃあ、祝ってもらいましょうか。良かったわね」

ダレンに手を伸ばして頭を撫でた後、レイディアは子供達を見渡した。

「それで、何をしてくれるの?」

子供達はレイディアの同意に気を良くして、いっそう明るい顔で声を揃えた。


「これから、甘いお菓子を作って皆で食べるの! 一緒に作ろう?」


レイディアは思わず笑ってしまった。

子供達がお祝いにかこつけて、甘い物を食べようという可愛らしい計算も含まれていると、見抜いてしまったから。




子供達の突発的な提案の結果、急遽お菓子作りをすることになった。

庶民のお菓子には普通砂糖など使わない。砂糖はとても高価で、庶民にはそうそう手が出せないからだ。また、牛や羊の乳も、保存の為に殆どがバターやチーズ、ヨーグルトに加工してしまうので、生地は水で作れるパイが一般的だ。小麦粉と、バターと水でパイ生地を作り、甘みは秋に採れた木の実で賄うパイを、ここらの地域ではショレーという。

レイディア達も、それを作ることになった。

いつの間にか増えていた子供達を纏めてジャンの家の台所を借りようと、許可をもらいに、ガラックの妻モリーと豆の皮を向きながら談笑していたアンにかけあう。

「ガキ共ったら、お菓子食べたさにレイディアを巻き込んで…小癪だねぇ」

モリーは呆れを含んだ笑いを漏らす。アンも似たような表情を浮かべていた。

「作ってもいいけど、あんまり材料を無駄にするんじゃないよ」

台所の主であるアンの許可が降りて子供達は歓声を上げた。

「胡桃を入れて!」

「マイヤの実もっ」

「キイチゴは?」

子供達は、甘い木の実ばかりに気を取られている。レイディアは苦笑して、腰に纏わり付いているダレンをあやしながら材料と器具の準備を始めた。



「あ、小麦粉が無くなったよー」

子供達を、冬でも取れる実を採取しに行く組と、パイ生地を作る組に分けた。少ししてパイ生地組から声が上がった。実を切り分けていたレイディアが振り向くと、シイナが空になった小麦粉袋を振っていた。

「じゃあ、食糧庫から取って来ないと」

「あ、いいよ。私達が行くっ」

「僕も行くっ」

レイディアが包丁を置いて行こうとすると、子供達はシイナを先頭にわっと台所を飛び出して行ってしまった。小麦粉一袋を目と鼻の先の食糧庫まで取りに行くのに大人数である必要はない。しかし、子供達は集団行動が好きなようで、何故かダレンをも巻き込んで大所帯で食糧庫へ駆けていった。

ほんのひと時、静寂の中に一人となったレイディア。


―カラン


何かが落ちる音がして下を見ると、さっきまで握っていた筈の包丁が、足元に転がっていた。

「………」

レイディアはしゃがみこんで拾おうと手を伸ばしたが、包丁は再びレイディアの指の隙間をすり抜けて床に落ちた。繰り返すこと三度。


持ち上げることさえ、出来ない。


レイディアがしゃがみこんだまま、両手で顔を覆った。

「………忘れていたわけでは、ないのですけど」

ギルベルトとの約束。全て覚えている。

街を歩く時は手を繋いだり、出掛ける時は行き先を告げなければいけなかったり。それから必要以上に異性と関わらないこととか、包丁は人のいない所では使ってはいけない、など多くの口約束を交わした。

それらは殆ど強制力を持たないものだったけれど、一つだけ、命令を含んでいるものがある。

指の隙間から、拾われるのを待っている包丁を見下ろす。

「……身体は、貴方の言葉に従うのね」

離れていても、この身は彼の王の物なのだと、思い知らされる。

分かっていたいたけれど、いざ実際にこの身で体感してしまうのとでは、心に訴えかけられる強さが全く違う。



ばたばたと子供達が駆けてくる音が聞こえてきた。

「お姉ちゃん。小麦粉持ってきたよ」

「あれ、しゃがみこんでどうしたの?」

「……包丁を落としてしまっただけよ」

レイディアは素早く包丁を手に取り、子供達に背を向けて作業を再開する。子供達も早速小麦粉を足そうと袋を開けた。


と、その時、隙間風が流れ込み、レイディア達の身体を掠めると、子供の一人が鼻をむずからせた。


「は…はぁっくしゅんっ!」


小麦粉の目の前で、くしゃみなど風を巻き起こす行為をした場合、小麦粉がどうなるか…。


「…あーっ何すんの!」


子供達の悲鳴に驚いてレイディアが振り返ると、さらに後続のくしゃみが発せされる。

子供達の悲鳴以上の音量でくしゃみが二度三度続き、さらに他の子にまで伝染してしまったものだから、くしゃみの音が止まる頃には、近くにいた子供とレイディアだけでなく、台所中が真っ白に染まってしまった。



…角を生やしたアンの顔が、今から目に浮かぶようだ。




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