第五十四話
どうか私をお救い下さい
バルデロの王都を覆う今宵の空は快晴とは言い難く、今朝からぐずぐずと霙が降り続いていた。バルデロは南方寄りの東国である為か、比較的降雪量は少ない。こうして、雪になりきれぬ霙がよく降る。
「………」
ムーランはそんな空を温かい室内から見上げていた瞳を、ずっと直立不動で立ち続ける者へと向けた。いつ痺れを切らしてムーランに食ってかかるか待っているのだが、なかなか我慢強い。その忍耐に敬意を表して口を開いてやった。
「…ねえ、わたくし暇なの」
目の前の女官は目を細めたが、まだ何も言わない。ムーランはゆるりと口端を上げ、先を続けた。
「だから少しくらい、暇つぶしが必要でしょう」
女官は息を軽く吸い、腹に力を込めた。
「ムーラン妃、レイディア様がここから出ていく一因を作ったのは、貴女ではありませんでしたか?」
「あら、だって舞いを見たかったんだもの」
「………」
「それに、あの子を冷静なままでいさせてしまったら、それこそ貴女達にとって、困ったことになるんじゃない?」
ムーランは傍に控えていた侍女に酒をグラスに注がせ、美しく暖炉の炎を反射する角度を探しながら揺らした。
「……貴女は何処まで御存じか」
女官―確かサリーと名乗った―は慇懃で冷静な態度を崩さない。ムーランは小さく鼻を鳴らした。
「つまらない問い。最近のわたくしは、方々から問われることが多いのだけど、皆様はわたくしが“何”を知っていると期待しているのかしら」
「無論、貴女の我儘に折れて、祭りで舞を披露して下さったあの方のことを」
「そう、そうよ。あの子は負けてくれたの」
収穫祭が分岐点だった。そしてレイディアが祭りで巫女役を務めることになった原因は、ナディアの件。
自分こそが後宮の女主人であると勘違いし、挙句の果てに女官の一人を辞職に追い込みかけたナディアを、それでもレイディアは見捨てなかった。後宮の使用人の住居域で合わさったレイディアの瞳の色合いを、ムーランははっきりと覚えている。
「あの時点では、まだ表舞台に立つことを回避することも出来た。あの女を切り捨てればいいだけだもの」
ナディアの後ろにいたムーランを、見て見ぬふりをするだけで良かったのだ。簡単なことだ。王が訪う後宮に、いらぬ乱れを生む者など必要ない。ナディアが不慮の死を遂げても、誰も気にしない。レイディアの責任にもならないのだから。
「あの方は王より賜った後宮の者を管理する責務を全うしたまで。それに…あの方は、お優しい」
それはレイディアの弱みでもあると、ムーランは心の中で付け足した。
「ほんの数か月の牢生活を耐えきれば、家族共々レイディアが、少なくとも生活には困らないようには手配してくれたというのに……救いようのない愚か者を救おうとしたあの子こそ報われないわね」
レイディアがムーランの望みを聞いたのは、これ以上ナディアを追い詰めさせない為だ。なのに勝手に未来に絶望したナディアは、勝手に結論付けて安直な死を選んだ。自分の内側にしか目がいかなくなった彼女は、遺される家族のことなど考えなかったのだろう。
そんな愚か者を庇ったばっかりに、庇う者がいなくなっても、払った代償として自身が城を出ていくことになったレイディア。
「それでもまだ、あの子は人の声を聞くのでしょうね」
大して親しくもない者でも切り捨てないレイディアだ。外に出ても、同じように親しくもない者の願いを聞いてしまうだろうというのは想像に難くない。
「助けて、なんて願われていなければ良いのだけど」
「………」
願いは鎖。彼女から彼女を奪う戒め。
だからこそ、彼女は自身の不変を頑なに貫こうとする。それしか、確固たるものがないのだから。
それ故に消えかけた過去の恋に執着するのだろう。誰に強制させたわけでもなく自然と生まれた、エリックを大切にしたいと思う“自分”だから。それを揺るがすギルベルトは、レイディアにとって脅威以外の何物でもない。
「でも、レイディアが出て行ったことは、望みは潰えていない証でもあるのよね」
確証はないが、ギルベルトに対して抵抗力が無くなってきたとも取れる。
生まれてからずっと、レイディアの意識は一人だけのものではなかった。けれど逃げ出したという今回の衝動は、明らかに彼女のもの。
〈私達は、いつも、いつでも、何処にいても、共にあるのです〉
ムーランの記憶の中で、反響するレイディアの声に問いかける。
ねえ、でも、それを越えなければ貴女はいつまで経っても…――
「――それじゃあ、つまらないわ」
ムーランはグラスをテーブルに強く音を立てて置いた。
これを克服出来るかは、彼女とギルベルト次第。特にレイディアは馬鹿が付くほど生真面目だから、ギルベルトがそれを打ち破れるかにかかっている。
……生真面目と言えば、あの子の兄も、彼女と似た性質だったとか。
「兄妹共々、もっと気楽に生きてもいいでしょうに、難儀なこと」
「……今、何と?」
ムーランはうっとりと微笑み、サリーの瞳を射抜いた。
「後宮でレイディアとずっと一緒に遊んでいられたら、毎日楽しそうだと言っただけよ」
暇を潰しながら、ムーランは待つのみだ。
ここ暫く、あれだけ頻繁に開いていた妃同士のお茶会が、全く開かれていない。
レイディアは馬車が大きく揺れた拍子に目を覚ました。レイディアがこの馬車の主達に助けられたのは一昨日のこと。目を覚ましたのは昨日だ。今は彼らに連れられて、彼らの故郷を目指している。今のレイディアは、まだ本調子でないと断じられ、温かい毛布に包まって、彼らに介抱される身だった。レイディアにとっては初対面でも、どうやら彼らにとってはそうではないらしく、まるで庇護すべき子供のようにレイディアの世話を焼いてくれる。
それに、この子も。
レイディアは自分の腕の中で目を瞑る五つほどの小さな男の子を見下ろす。彼と出会ったのは昨夜。レイディアの意識が戻って間もない頃。
「………」
レイディアは息を吐き、子供を抱き直してそっと子の背を撫でた。
レイディアの意識が戻って少量のスープを頂いた後、レイディア達三人は炎を挟んで向かい合った。
「お嬢ちゃん、一晩中眠ってたんだよ。一時はどうなるかと冷や冷やしたんだが、きっと飲んだ水も少なかったのが良かったんだろうな」
胡麻髭の男が顎を撫でながら当時の状況を語る。川に落ちた時に水に叩きつけられた衝撃が蘇る。その時点で意識を殆ど失ったのであまり水を飲まずに済んだのだろう。レイディアは椀を脇に置き、出来るだけ姿勢を正して礼をとった。
「…助けて頂いて、どうもありがとうございました。ええと…」
「そうだった。俺の名前はジャン。で、こいつは仕事の相棒でガラック」
痩身の男は自分と、次いで隣を指差した。レイディアは二人の名を呼び、改めて礼を述べた。
「いやいや、倒れている人を見捨てるなんて鬼のすることだ。それに、お嬢ちゃんとは妙な縁なあるみたいだから、尚のこと放っとけなくてね」
レイディアは首を傾げた。
「…何処かで、お会いしましたか?」
レイディアの記憶には何処を探しても彼らはいない。ジャンはガラックに小突かれてはっとした。
「あ、いや、まあ、ちょっと。お嬢ちゃんは俺らを知らないんだろうけど…」
ジャンは手を振って言葉を濁した。ほんの数カ月前、二人が巻き込まれた事件で彼らは出会った。しかし当の彼女は気を失っていたので男達が一方的に知っただけだ。それに、彼らは金貨三枚を口止め料に貰っている。今更返せと言われても困るし、彼女にとって思い出したくない記憶かもしれず、態々掘り返して少女を動揺させることもないだろう。
「それでお嬢ちゃん、どうしてこんな所にいるんだい?」
彼女が一人で川辺に倒れていたという状況を見れば、川に落ちたという災難な事故にあったと察するのは簡単だ。だが、ほんの数か月前、彼女はここよりずっと遠くのバルデロにいたのだ。流浪の民でもない少女がこんな遠くの地にいることが不思議でならない。何より、ジャンが彼女と共に馬車に詰め込まれ、何処かへ連れ去られようとしたあの夜に出会った男が許すとも思えない。
相棒のガラックは会っていないから知らないが、彼女を大事に抱きこんだその男のことを、ジャンは忘れろと言われても消し去ることは出来なかった。彼はジャンのことを一切詮索せず、真っ先に聞いたのは彼女に触れたか否か。その後も彼女にかかりきりで、いつの間にか少女を連れて何処へ去っていたが、ほんの少し居合せただけのジャンにさえ伝わった男の彼女への慈愛。だからジャンは少女がその男と一緒でないことに、違和感を感じた。
事故に遭ったのなら、その男がレイディアを探さない筈がない。早く、返してやらねばと。元の自然な形に戻さねばと、何故だか当然のように思ってしまった。
「君の体調が良くなったら、近くの大きな街まで連れて行ってあげよう」
レイディアの肩が微かに上がった。
少女がきちんとした家の娘であるのは食事の作法をひとつ取ってみてもすぐに分かる。貴族でなくとも名のある名家ならば、大きな街に行けば役所か、貴族にかけ合い、上手くすれば故郷まで送ってもらえるかもしれない。男達はもう実家まで目と鼻の先まで来ているので、流石にバルデロまで送って行ってやれないからそう申し出たのだが、少女は目を伏せ、首を振った。
「……いいえ、それには及びません」
すぐに感謝の意を述べられると思った男達は顔を見合わせた。
「え、と。どうしてだい?」
戸惑う男達に、少女は暫し躊躇した後、ぽそりと告げた。
「………私は、行く所がありますので」
「………」
男達は再び顔を合わせた。
「でも…これから冬になるってのに、一人じゃ何処にも行けないだろう? 冬の間だと行商人もあまり出ないし。それに、ここまで誰かと一緒に来たんじゃないのかい?」
「ええ…まあ」
「じゃあ、その人達を探さないと。その人らに迎えに来てもらう為にも、やっぱり大きな街に行って」
「いいえ、私…明日の朝になったら、一人で歩いて行きますから」
思いがけずきっぱりとした口調だった。少女は男二人に見つめられる中、その拒否を取り繕うかのように続けた。
「…送って頂くまでもありません。一人で、大丈夫です」
人気のない森の危うさを知っている男達は少女の無謀さが、世間知らず故だと映る。意識不明の重体で、つい先程目が覚めたばかりの少女が次の日には一人で行く?
「馬鹿言ってんじゃない。こんな森のど真ん中に女の子一人を放り出せる訳ないだろうっ」
反射的に腰を浮かせたジャンとは対照的に、胡麻髭のガラックは逆にどっしり腰を落として厳めしく腕を組んだ。
「……もし、俺達の迷惑になるとか考えているんだったら、いらぬ心配なんだぞ」
「…私は、貴方達こそ心配です」
彼らに聞こえないよう呟く。今この時だけは、レイディアは誰の監視下にもいない自由の身だ。だが、そんな状況も彼らと行動を共にすれば長くは続かないだろう。それに、レイディアを匿うことになれば、彼らをどんな面倒事に巻き込んでしまうか分からない。
自力で西には行けない。街に出て自分の軌跡を残すことも出来ない。アルフェッラにもバルデロにも戻れない。ならば、常に頭の中で鳴り響く鈴の音の唄を抑え込み、正気を保てている内に、終わらせてしまおうか。洞窟の奥深くでも、海の底でも。誰もいない何処かへ。
だから
「私は……」
レイディアは開いた唇を、すぐに閉ざした。
何かを言いかけたのに、突然周囲を見回して何かを探り始めた少女に、男達が首を傾げていると、温かい毛布から抜け出て、巨木の外へと歩き出した。男達はぎょっとした。少女は薄着のままだったから。
「ちょ、こらお嬢ちゃん、まだ立っては駄目だよ」
「声が…」
「声? ここには俺達以外誰も…」
慌ててジャンは自分の娘の為に買った物を彼女に巻き付けてやった。それでも腕が剥き出しのままでかなり寒い筈だ。けれど少女は寒さなど感じないどころか、衣を着せられたことさえ気づいていないかのように、覚束ない足取りながらも足早に森の奥へと進んでいく。
「何処行くんだ、待ちなさ…」
「お前は火を見ていてくれ。俺が行く」
ガラックはジャンを押しとどめ、自身も防寒具を羽織って既に小さくなってしまった少女の背を追った。
腹を貫かれた時、自分はここで死ぬのだと理解した。
それはもういい。遅かれ早かれ、いずれこうなることは予想していた。だけど、どうしても譲れないことがある。
自分の血で汚れてしまった、腹の下にある我が子。この子だけは、守らなければ。
誰か、誰か。この子を助けて。
寒いのは気温の所為だけではなく、血が大量に流れ出てしまったからでもあるのだろう。もう目も霞んで殆ど見えない。我が子の顔を最期に見たいのに。男達がもう一度剣を振り上げる気配を感じた。今度はこの子ごと貫くつもりだ。
神様。どうか私の最後の願いをお聞き下さい。彼の方をお遣わし下さい。今この世でこの子を守れるのはただ一人。
「…み、こ……さま」
力を振り絞って求める存在を口にした時、鋭い草笛の音が静寂が支配する森に響き渡った。
ガラックは必死に少女を追った。まだ目覚めて間もないくせに、ほんの少ししか食事が喉を通らなかった程に弱った身体のくせに、少女の足は男の足で追いつけない程速い。
何処に行く気なのだろうか。突然顔付きが変わったかと思うと、声がすると言って歩き出した。普通の少女でないのは当初から何となく分かっていたが、それにしても少女の行動は読めない。
とにかく夜の森は危険だ。野盗以外にも夜行性の獣が多く生息しているのだから。
「おおい、ちょっと待ってくれっ――…あ?」
ガラックは少女の名を呼ぼうとして、まだ少女の名を聞いていないことに気が付いた。
そうこうしている内に、レイディアは目的地についたのか足を弛めた。ガラックはほっとして自分も普通の歩く速さに戻して後に続いた。
「こんな所に来ても何もないだろ? さ、外は寒いから戻ろ…」
少女は手近な木の葉を一枚千切った。そして柔らかくも鋭い草笛の音を鳴らした。
途端、先程の静寂が嘘のように森がざわめきだした。
あちこちで息を潜めていた鳥達が一斉に羽ばたきだしたり、囀り始めたのだ。森にこれだけの鳥がいたのかと驚く程の数が木々の間を飛び回る。
「な、何だ何だ?」
ガラックが頭を庇いながら周囲を見渡していると、自分達が向かっていた方向も微かにざわめいているのが聞こえた。これまでガラックは気付かなかっただけで、向こうに誰かがいたらしい。少女の知り合いかと思ったのだが、その数人の気配は逃げるように消え去ってしまった。
レイディアは殺気立つ気配が消えたことを確認すると、草を鳴らすのを止め、草叢をかきわけて再び歩き始めた。男達の野営地からどれだけ歩いたのだろう。ほんの数歩の気がしたし、一刻かもしれない、一日歩いていた気もする。
草叢を抜けると同時に、鼻孔に血臭が流れ込んできた。
「………」
さくりさくりと草を踏みしめながら、血臭の源へ近づく。レイディアの視線の先には、血に塗れた、女が一人。
音が鳴ると同時に凶手達は去って行った。そして入れ替わるように近付いてくる気配。
「………私を呼んだのは、貴女ですね」
透き通った声が降って来た。森の静寂を支配する夜の様な涼やかな声音。囁くように小さな声なのに女の耳に苦もなく染み込んだ。その声に導かれて、女は見えない筈の目で、確かに少女を見た。
まるで天から舞い降りてきた天女と見まごう、美しい少女。
「あ…あ…」
この少女が誰なのか、女は確信した。寒さとは違う震えが女の体に走る。ああ、神様。
「巫女さ、ま…どうか、この子を、この子を」
女は最期の力を振り絞り腹の下にいた子を少女に押し出す。少女はすぐに子を受け取ることはせず、血に濡れるのも気に留めず女の傍らに膝を着いた。
「手当を…」
女に触れ、傷の全貌を見た少女の手が止まった。女の傷は未だ生きているのが不思議な程に深い。
「この子を、この子を、たすけて」
女はもうレイディアを見上げる力もなかった。聞き取りづらい声でひたすら子を頼むと繰り返す。それもだんだん小さくなりつつあった。少女は女の手当を諦めて、女の血で濡れている幼子を受け取った。
巫女を呼び出す程に、母の想いとはなんと強いものか。
この女性の身の上など一切分からないけれど、レイディアは頷いた。
「…いいでしょう。守りましょう、貴女の御子を」
女はその言葉を聞くと、ほっと息を吐くとそのまま息を引き取った。決して安らかな死ではないのに、その顔は安らかだった。
「こりゃひでぇ…」
やっとのことで鳥達を掻い潜って追いついたガラックは、レイディアの肩越しから覗きこみ、痛ましそうに顔を歪ませた。
「まだ助けられるか?」
レイディアは首を振る。
「…そうか」
ガラックは胸に手を当て、項垂れた。少しの間、少女と共に女の冥福を祈った後、顔を上げたガラックはレイディアの腕の中に収まる子供に気付いた。
「ん…その子は?」
「彼女の子供です」
「そうか…きっと獣から子供を守ったんだなぁ」
幸いなことに、ガラックは女の死体の前に、つい先程までいた何者かの気配については―傷の原因が獣以外の可能性があることを失念していた。レイディアも特に訂正しなかった。
「彼女を埋葬しなくては…」
「あ…ああ、そうだな。向こうに戻って道具を持って来よう」
ここにいた者達が戻って来ないとも限らない。その前に、ここを去った方がいい。
ガラックが踏みしめて通って来た草の道を引き返すのを見送った後、レイディアは腕の中に大人しく収まる子供を見た。血で汚れてはいるが、擦り傷が手足に少々あるだけでこの子に特に酷い傷は見られない。ガラックの言う通り、彼女が守ったのだろう。ただ、心は暫くの休息が必要のようだ。母親の亡骸をずっと凝視して、泣きもせずぼんやりとしている。無理もない。目の前で母親を亡くしたという現実を受け入れるには幼すぎる。
「…私の声が聞こえる?」
「………」
何度か子供に話しかけてみたが反応はない。
子供の歳はシェリファンより少し幼いくらい、五歳程とあたりをつけた。子供の様子を見ていると、子供の鎖骨あたりに刺青が彫られているのが見えた。
「これは…」
こんな小さな子に、と不審に思いその紋様を覗きこみ、はっと息を呑む。
一度表に出たら、再び裏に戻ることは許さない。…ということでしょうか。
刺青の紋様に気を取られている内にガラックがジャンを伴って戻って来た。
ガラック達が女を運び、近くの小さな丘の上を選んで葬ることにした。埋葬を終える頃には、レイディアの手は女の血に加え、男達と共に土を掘った為に泥だらけになっていた。
「さあ戻ろう。お嬢ちゃんも、その子と一緒に少し身体を洗った方がいい」
「はい」
レイディアは子を振り返った。
「…行きましょう」
子供は盛り上がった土を見つめたまま微動だにしなかったが、レイディアがそっと手を握り引いてやると大人しくついてきた。
「なあ、あの子は何だ?」
ジャンの問いにガラックは答えた。
「さっき埋めた女の子供らしい。あんな状態では素性も事情も何も聞けなかったが、小さな子をそのままにもしておけねえだろ」
「そうだな」
レイディアと彼女に引かれて歩く幼子を見る。王都で酒場の店主を拾ったことといい、少女といい、今回の旅は妙に拾い物が多い。
少女が何故この親子の窮地に気付けたのかは分からないが、とにかく、これで少女には明日の朝になったら一人で行くという選択肢はなくなった。女を安心させる為だろうが、少女は子供を引き受けたのだ。流石に無一文の状態で、かつ子供を一人抱えていては何処にも行けない。
今夜の宿である巨木まで戻ると、ジャンはレイディアにかけあった。
「なあ、お嬢ちゃん。俺の家に来るかい? お嬢ちゃんはまだ体力が戻っていないだろうし、この子は母親を亡くして一人ぼっちだ。地方の街はあまり治安も良くない。こんな状態じゃ街に出たって、変なことに巻き込まれるのがオチだ。幸い、今年の蓄えはたんまりある。二人くらい村で養うのは簡単だ。何もねえ小さな村だが、のんびり過ごすにはいい所だ。だから冬の間は家で過ごしな、な?」
「……でも、私はお金も持っていませんし」
ジャンは笑った。
「じゃあ、俺の女房の家事を手伝ってくれればいい。俺の家族は村で一番の大所帯なんだ。目を離せばすぐに喧嘩始めて暴れ出すガキばっかりでな、人手はいくらあっても困らない。それが宿代だ。どうだ?」
「………」
レイディアは少しの間考え、寝かせた子供を見て、再びジャンに向き直った。
「…暫く、ご厄介になります」