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鈴の音の子守唄  作者: トトコ
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第五十三話

視界が白い水泡に覆われ、耳が水で塞がれる間際に見えたのは、ゼギオスの顔、剥き出しの岩肌、それから、まるで空へ行くのを阻む堅固な壁の様な、灰色の雲。







荷運びの男達は森の中を進んでいた。

二月程前にバルデロの王都で祭りを堪能し、今は実家へ帰る為に馬車に揺られている。王都にいる時、顔見知りの酒場の店主と再会し、彼に頼まれて彼も馬車に同乗させ、他の街にも二つ三つ寄ったり、その途中で彼と別れたりなど、細々としたことはあったが、概ね予定通りに我が家に帰れそうで二人は安心していた。それに、仕事の終わりはいつだって解放感が伴うもの。思い浮かぶことはたいてい楽しいことだ。男達は各街で買い求めた土産や日用品を、三月ほど顔を見ていない家族が喜んで手に取る姿は、あと数日の道のりを乗り切る原動力になった。

「…今日はもう休もうか。丁度近くに川があるようだし」

馬の手綱を引きながら痩身の男は言った。男の言う通りに確かにさらさらと水の流れる音がする。

「だな。お天道様もぐずりだした」

隣に座る胡麻髭の男は賛同した。痩身の男は馬車を止め、身軽に御者台から降りて馬の装備を外す作業を始めた。胡麻髭男の方は今日の寝床となる場所を探しに近くの林を見に行った。それは幾らも歩かない内にそれは見つかった。

「お、こりゃいい」

男が見つけたのは枯れた大きな木。根元がぽっかりと開いて空洞になっていた。中は男があと二人寝そべっても、十分余裕があるほどに広々としており、野宿としては上等な宿だ。馬車も近くに置いておける。雪が降りそうな今の天候に、壁と天井があるのは有り難い。運が良い。胡麻髭男は満足げに頷いた。


男は馬車の方に戻り、火打ち石で火を起こし始めた相棒の脇にある鍋を手に取り、川を目指した。馬車や焚火の番は痩身の男。山菜を採りに行ったり、水を汲みに行ったりと細々とした仕事をこなすのは自分という役割分担が自然と出来ていた。

少し歩くと、木々の間から緩やかな流れの川が見えた。底が見える程に透きとおった水。一口口に含むと、冷え切った水が喉を潤した。

「…冷てぇな」

美味いが水を掬った手が(かじか)む程に冷たい。男は手を濡らさぬよう鍋一杯に水を汲み、ついでに腰に付けてある革袋にも水を入れた。

「……ん?」

さて馬車の所に戻ろうと立ち上がると、目の端に川原に布地が広がっているのが引っ掛かった。それは遠目にも人の形をしている様に見えた。誰かが洗濯物を流してしまったのかと、男は軽い気持ちで近付いた。

「……う…わああぁ!」

薄暗い中でもそれがよく見える距離まで来ると胡麻髭男は仰天した。それはまさしく人だったからだ。

人が下半身を水に付けた状態で川原に横たわっている。男は急いでその人を水から引き揚げた。髪が顔に張り付いて容貌は定かではないが、体付きからして少女のようだ。心臓に耳を当てる。顔色が死人のように青く、身体は冷え切っている。だが脈はある。希望を見出した男は自身の防寒具を脱いで少女をくるみ、柔らかな土草の上にその身を横たえると、心臓の上に手を置き両手を重ね、等間隔で押した。何十回か続けると、少女は水を吐いた。その頃には男は寒さなど忘れ、額には汗さえ浮かんでいる。男は相棒を呼んだ。

「おい、ジャン! ジャン! 来てくれ! もうふ、もうふを、もうふ毛布!」

冷静に対処している様で、滅多に出くわさない事態に動転してしまっている男は、とにかく相棒の名と必要な物を叫んだ。

「なにもふもふ言ってんだ。はは、羊でもいたか?」

間もなく木々の間から気楽な様子で現れた相棒だが、水に濡れた少女を抱えた胡麻髭の男には彼の軽口に付き合っている余裕はない。

「違う! 毛布だ毛布! 荷駄からありったけ出してこい!」

ジャンの方も、相棒の腕の中のモノを見るやぎょっとして、急いで馬車に引き返していった。






「御機嫌よう、陛下」

ソネットは久しぶりにギルベルトの執務室に現れた。生死を彷徨う怪我を負い、それが快癒してから初めての謁見になる。ギルベルトは紙から目を上げ、ソネットを見た。

「…もういいのか?」

「ええ、すっかり。訓練もして、武器もこれまで通りに扱えます」

配下を気遣うような発言を意外に思いながらも、ソネットは平静に答えた。ギルベルトは頷く。

「では、早速だが任務だ。王都に入って来る者、既に入っている者、全て洗え」

少々嬉しく思ったのも束の間。いきなり無茶苦茶な任務を言い渡された。予想はしていたが。

「…確かに、最近各国の間者が急増してますけど…とても今のままでは回りません」

何処の国も鼻が利く者がいるもので、祭りを境に不審な者が急増した。戦の臭いを嗅ぎ付けて、そこに利益を見出す商人、兵役として雇って貰おうと集まってくる傭兵、そして、バルデロの動きを知ろうと送られてくる間者。人が集まるだけ、奴らにとっては好都合だ。そして奴らは集まった商人や傭兵に紛れていることもある。ギルベルトの命令の意図は分かりやすすぎる程分かるが、いかんせん、諜報部隊は現在人手不足だ。戦闘部隊はこういう細々とした任務には向かない。それはソネットが臥せっている時に思い知った。

かといって、ソネットとその配下だけでは、漏れが出てしまう。その任務を総出で取りかかる訳にはいかず、通常の任務も並行してこなさなければならないからだ。それを補うには…

「それで相談なのですが、一時期“鷹爪”の粛清を止めて頂きたく存じます」

“鷹爪”は目下ギルベルトの抹殺対象である。ソネットは身構えたが、しかし、ギルベルトはいきなり激昂したりはせず、続きを促した。

「…彼らの強みは団員の多さ。大陸中に張り巡らせた潜伏先。それに、どうやら、一国の軍で言えば参謀に値する者や中々小回りの利く工作員まで多数いるようです。私は、独断ですが、彼らのその能力と手を組めないかと取引を持ちかけました」

「ああ、そのようだな」

「…御存知でした?」

「お前が何か考えているのは知っていた」

勘の鋭いギルベルトだ。ソネットのこともお見通しなのだろう。ソネットは苦笑して肩を竦めた。

「敵いませんねぇ…ある程度交渉が進むまでは黙っておくつもりでしたのに」

だが、知っていながらそのままにしておいたということは、ソネットをそれなりに信用してくれているということでもある。忠誠を誓った主に信じてもらえるのは、やはり嬉しい。

「それで、陛下。“鷹爪”の処遇は?」

「……本当に利用出来るというならば、考えよう」

「ありがとうございます」

既に彼らの仲間を粛清してしまっているので、彼らの反発は必須であろうが、そもそもの原因は頭二人によるレイディア誘拐にある。先に喧嘩を売ったあちらが悪い。

ギルベルトの了承を得られてほっとしたが、ソネットの要件はこれだけではない。

「差し出がましいことは承知でお聞きしますが……何故、ネリーを? 私ではなく」

「納得出来ないか?」

「…確かに“二つ”の意味でネリーは適任でしょう。でも…」

蔭の諜報部隊副隊長。その地位に着くネイリアスを動かすということは、仲間内に通じる、ある暗示を示す。

「何だ」

「…いいえ。何でもありません。失礼致します」

蔭として個人的な感傷は御法度だ。ソネットは一礼して速やかに退出した。




ソネットのいなくなった後、ギルベルトは筆を置き、椅子の背もたれに背中を預けた。

「…あいつの言いたいことは分かる」

「是」

声が静かに応える。彼女の懸念は二つ。その内一つはともかく、もう一方――レイディアの方を気にしていた。

「レイディアはたとえその身が穢されようとも揺らぐことはないが、あれを呼ぶ声を無視出来ぬ故に、脆くもある」

レイディアが慈悲深く、理性的なのは、生まれながらにそうあることを求められた結果だ。それは自分を守らねばならない時、命取りになる。自分を優先出来ない性質を、ギルベルトは利用する。レイディアを妹のように可愛がっているソネットだ。それが嫌なのだろう。

「…いくらでも血を被ろう。共に在れるなら」

ギルベルトの言葉に、シアは目を伏せた。


小鳥は森の中に棲み、木の実を食む。獅子は荒野を駆け、肉を食らう。

生きる場所の違う者同士が寄り添うには、相応の代償が必要だ。だから王は払ってきた。己の血と、小鳥以外の血を。

我こそが王者であると示す為。

王者のものは王者だけのものだと示す為。

だから、獅子は血を流すのを止めない。


止められないのだ。






クレアは苛々していた。

レイディアがいなくなって、もう大分経つ。手掛かりも殆どなくて、何処に行けばいいかも分からない。今のクレアを支えているのはレイディアが残した髪飾りだけ。クレアが彼女へ贈ったそれだけが、クレアがまだレイディアに必要とされているのだと思える(よすが)だ。

クレアの存在理由。それはレイディアの守人というお役目。クレアだけは蔭の中でギルベルトよりもレイディアの言葉を優先しても許される立場にある。

レイディアは物理的な暴力を振るわれて、それから身を守る術がない。逃げる為の俊足もなければ、武器も持てないレイディアは、彼女の代わりに彼女を守れる者が傍に必要なのに、クレアは傍に行けない。その守る対象がいない。

何処にいるんですか…俺の天女様。

「はぁ…」

レイディアを思っての溜息を何を勘違いしたのか、昼食の調達から戻って来たベルは、抱えていたパンを差し出した。

「待たせてすまんな。ほら、飯だ」

摘まれた樽の上で膝を抱えていたクレアは、ベルを見上げて何とも言えない気持ちになったが、素直にパンを受け取った。

「…どうも」

クレアが受け取ると、ベルは壁に凭れかかって自分の分を齧った。

「さて、これから何処に行こうか?」

「………」

クレアは答えられず、パンを口に含むことで返答を先延ばしにした。

ここはメネステ国。そして今クレア達がいるこの街は、特に交通の要所として重宝される街、チリス。

「ここの街は四方に道が広がっている。行こうと思えば何処へでも行ける。一つは俺達が通って来たバルデロへの道。二つ目はこの街を支配するメネステの王都へ。三つ目はラナン。これは北方行きだな。最後の一つは中央に行く道。その道をずっと行けばノックターンだ」

クレアも頭の中には大陸の地図が入っている。この大陸は、鳥が羽ばたいているような形をしている。羽ばたく羽先は北方。頭部は西。下腹部から脚にかけては南、臀部から尾の部分は東、そして背と腹部は中央に分けられ、さらに大陸の周りには凡そ数万もの大小様々な島が点在している。

ベルの言う通り、この街から何通りもの道のりが広がっている。だからクレア達はまずここに来た。人が集まる所は情報が集まりやすいから。けれど、期待通りに手掛かりは得られていない。

「ベルさん。お店で何か聞けました?」

「いや。それらしいお嬢さんは見なかったそうだ。もしかしたらこの街には寄ってないのかもしれないな」

バルデロから他国に行くなら、ここを通るのが簡単なのでよく使われるが、通らない道も当然ある。

…やっぱり、こんな安直な道は選んでないのかな。

寧ろ、レイディアを連れていった“鷹爪”を思えば、何処の街も通っていない可能性が高い。少なくとも、簡単に足が付くような真似はしないだろう。

なら、これ以上ここにいても無駄だな。

路銀は何故かシェリファン王子からたんまりと頂いた上、メネステ国内であれば底を尽きたらシェリファンの名で金を貰えるよう取り計らってくれたから全く心配ないのだが、時間には限りがある。期限は春まで。おそらく、春になれば、バルデロとアルフェッラは再び開戦を宣言するだろう。

「ベルさんはどっちに行きたいですか?」

「…俺が行きたい場所でいいのか?」

ベルは不思議そうな顔をしたが、占媛の占いで出た、探し人へと導く鍵は“杯”の札。その札は友人を意味するらしい。状況からして、それがベルを指すと判断したのだから、手掛かりがない以上、彼の好きに行動させてみるのも手ではないか。

クレアは彼の手の中のパンの具材を盗み見した。たっぷりの野菜と添える程度のハム。

レイディア様が好みそうな組み合わせだな、と何となく思った。

「…そうだなぁ」

ベルはパンを咀嚼しながら考えた。

ベルは始め、クレアに友人の女性に大事な髪飾りを届ける為についてきてほしいと頼まれただけだった。



子供が一人で旅をするのは危険極まりないので、子供が好きなベルは快諾したはいいが、休暇届けを直属の上司に申請しようとしたら、一月かかると言われた。

ベルは滅多に休暇を取ったりしないが、昔一度だけやむを得ぬ事情で休暇申請をとったことがある。既に知り合いとなっていたレイディアに相談して休暇を取ることにしたのだが、その時はほんの一日で許可証を受け取ることが出来た。だから二度目の申請で一月と言われて驚いたが、下っ端の身ではどうすることも出来ず、クレアに謝りに行かなくては、と肩を落としたベルの前になんとダイダス大将軍が現れた。


度肝を抜かれたのは上司も同じだった。当然だ。上司といっても所詮下っ端を数十人束ねる程度の位にある男だ。しかも戦に出ることはまずない後宮警備。もっと言えば後宮内でも外側を任される末席。軍部内では立場は弱い。大将軍などすれ違うことさえ稀な雲の上である。

茫然とする二人など気にせず、その大将軍様はベルの肩を掴むと、そのまま連れ出し、とある一室に押し込んだ。勿論、ベルには何が何だかさっぱり分からない。


〈御苦労。ダイダス殿は下がってもらえるだろうか〉


部屋は無人ではなかった。室内にはなんとメネステ国の王太子シェリファンとその従者がいた。ダイダスとシェリファンが二言三言言葉を交わすと、ダイダスは部屋を出て行った。

シェリファンの住居区画に置いて行かれて混乱するベルに、王太子殿下は口を開いた。

〈お前がレイディアの友人とかいう男で間違いないか〉

〈…は〉

幼いとはいえ王族、それも次期国王である王子に直接声を賜って恐縮するのと同時に、厳つい顔の所為で女友達に恵まれなかった自分にとって貴重な彼女の友人と他人に言われるのに面映ゆくなった。しかし、それを何故殿下が知っているのか。レイディアが語ったのだろうか?

〈名は?〉

〈ベル・ランドルと申します〉

〈休暇を取りたいそうだな〉

〈は、はい〉

〈好都合だ〉

つい先程、取る必要が出来たばかりだが。…しかし、それが殿下とどんな関係があるというのか。

〈それは、どういう…〉

〈お前は信用出来る者だと聞いている。お前を見込んで、内密に頼みたいことがある〉

〈は〉

〈レイディアの行方を探ってほしい〉

ベルは殿下の御前というのを一瞬忘れ、目を見開いた。

〈…レイディアが、行方不明?〉

確かに最近会っていないが、いつもレイディアと会う約束など交わしていないし、これまでも互いの都合で一月以上顔を合わせない時もあったから気にしていなかった。誰かが失踪したという噂も聞いていない。とはいえシェリファンが嘘を言っているのでもなさそうだ。言う必要もない。

〈事情はお前が気にすることではない。見つけた後も我らの方で対処する。ただ、お前はレイディアの行方を捜すだけでよい〉

〈……〉

〈路銀の心配は無用。休暇期間も最大で一年程伸ばせるよう計らおう〉

一年…下っ端風情が纏めて取れる日数ではない。

〈何故…わたしを?〉

シェリファン付きでもない自分にその任務を与える意図が分からない。人を探す役職にないベルでは、捜索すると命ぜられてもどうしたらいいか分からない。内密という条件付きならば、尚更。

〈お前はレイディアの友人なのだろう?〉

殿下は彼女の味方が欲しいのか。まだ完全に自分を採用するシェリファンの意図を掴めない。

〈……一つ、よろしいでしょうか〉

シェリファンは軽く顎を上げ、発言を許した。

〈レイディアは、誰かに連れ去られたのでしょうか〉

シェリファンは溜息を吐いた。

〈……分からぬ。ただ外は、彼女にとって誰よりも危険だということだけは確かだ。彼女の身の安全を第一に確保する。それがお前の任務だ。受けてくれるか?〉

ベルは、連れ戻せと言わない王子に気付いた。

〈……御意〉

ともあれ、王子の頼みごとにを拒否することなど門番のベルには出来ない。だが一つ問題が。

〈あの、同行者がいても?〉

〈内密だと言ったのを忘れたのか?〉

〈ここで勤めているクレアという少女で…彼女はレイディアを慕っているので、問題はないかと〉

名を聞いた途端、シェリファンの顔が一瞬年相応になったが、顔を下げたままのベルは気付かなかった。

〈…あいつなら良かろう。合わせて休暇の許可を出す〉



そんなこんなで、あっという間にベルの休暇届けが受理され、予定通り三日後には王都を後にすることとなった二人だ。

旅立つ際にダイダスから実用的な短剣を贈られ、シェリファン殿下からはベルが手にしたこともない多額の金を渡されたが、ベルは却ってこの任務の重要性を暗に言い含められているようで、素直に有り難がることが難しかった。

さらに王都を出た後で、クレアの目的もレイディアの捜索だったというのを白状された。それにより、どうやら自分は知らない、知る必要のなかった上層部の事情に巻き込まれ、クレアからは護衛という名の子守に任命されたのだということを、悟った。

一度に色々な状況が変わって気疲れを感じたベルだが、久しぶりの外の空気はベルにとって悪いものではなかった。

クレアにも水を向けられたことだし、どうせレイディアの手掛かりがないのなら、好きな場所に行ってみるのも面白いかもしれない。

…次にレイディアと休憩する時に、この旅で見つけた茶葉を使うのも良いな。

事情をよく知らないベルは、クレアとは違い気持ちに余裕があった。そして美味い茶葉が揃っている国は、と考え、西を指した。

「ノックターンに行ってみようと思う」

「ノックターンか…北西に向かうんですね」

そんな感じで二人の旅は再開した。








…温かい。

レイディアは自身を包む温もりと、周囲の音で目が覚めた。

「………」

自然と目が開く。薄暗い。だがすぐ近くで火が焚かれているのが分かった。ぱちぱちと火が爆ぜる音と、壁に炎の影の揺らめきが映っている。

ここは何処。

レイディアの身じろぐと、声がかかった。

「お、気が付いたかい?」

痩せた男性がこちらを振り向いていた。男の存在に気付いていなかったレイディアは身を固くしたが、彼はレイディアに気遣うような笑みを向けている。男が身体ごとレイディアの方を向くと、男の背に隠れていた炎が直に目に入り、レイディアは突然の明かりに反射的に目を細めた。

「あの…」

咄嗟に出たのは掠れ声。喉が張り付いた様に上手く出ない。

「ああ、すぐに喋らないでいい。お前さんは一晩寝込んでたんだから。今スープを作っているんだ。起き上がれるかい?」

レイディアは頷くと、男性の手を借りてゆっくりと起き上がった。そして気付く。自分を覆っていたのは何枚も重ねられた毛布であることと、自分が下着同然の薄着であること。

「あ、えっと、一応目は瞑ってたんだけど、こんな寒空の下で濡れたままにはしておけなくて…」

レイディアの薄い肩が覗くと、男は慌ててレイディアと距離を取った。

「…ああ、目が覚めたんだな」

そこへもう一人、顔の下半分の胡麻髭が印象的な男性が入って来た。

「ああ、お帰り。たった今、目が覚めたところだ」

「あの、貴方達は…」

「俺達はあちこちの国を回って荷を運ぶ仕事をしているもんだ。怪しい者じゃない。色々話さにゃならんことはあるが、まずは冷え切った身体を暖めてやらんとな」

胡麻髭の男は火にかけた鍋からスープを椀に移し、レイディアへ差し出した。レイディアは椀を受け取る。蓮華の様なものは入っていない。少しお椀を調べてから、レイディアは直接椀の縁に口を付けた。

「…温かい」


あまり味はしなかったが、仄かに生姜と山菜の香りがした。


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