第四十九話
※残酷描写があります。ご注意ください。
ソネットは読んでいた紙の束を机にバサリと置いた。
前髪を横に払い、長椅子に身を預ける。苛立たしげに長椅子の角を叩く指先は強張っていて、暗に自分に近付くなと警告している。
「根の詰めずぎはよくないよ」
そんなソネットに、普段通りの調子で近付きカップを差し出してきた相棒であるネイリアスに一瞥をくれた。
「………ふん」
湯気が立つカップを受け取りながらも飲まずにそのまま机に置き、彼に背を向けるようにして長椅子にうつ伏せになった。
ネイリアスは仕方なさそうに笑い、ソネットが寝そべる長椅子の縁に腰かけ、自分のカップを啜った。
「君の代わりにおれが行くことになった」
はっとしたように見開いたソネットの瞳が、ネイリアスに向く。
「…本当に?」
「うん」
ソネットは黙り、ネイリアスもそれに倣った。
「もう…確定的ってことなの?」
暫くの沈黙の後、沈んだようにぽつりと漏らした。
「いや。でも、おれ達蔭に証拠が必要かい?」
「………」
「そんな顔をするんじゃないよ。何の為におれが副隊長に任じられているんだい?」
「…分かってるわよ」
「認めたくない?」
「仕事に私情は持ち込まないわよ」
「分かっているならいいよ」
ネイリアスは立ち上がり、ソネットに背を向けた。
「大丈夫。何とかしてくるよ」
「…それが、世に有名な対バルデロの戦ですね」
ゼロは火の中に爆ぜる木の実を取り出し、厚手の手袋を嵌めた手で丁寧に皮を剥き始めた。
「あの時、僕は自身の故郷だというのに、ひどく興奮したのを覚えています。詩人としての性として、美しく勇ましい唄を奏でようと頭で一杯でした」
一月足らずでアルフェッラを陥落し、巫女を奪った戦。どのようにしてアルフェッラを侵略したのか、巫女を奪い得たのか、様々な憶測が飛び交えど、事情を知る者は全て口を閉ざし、真実は誰にも分からなかった。だからこそ詩人の想像力を掻き立てたのだが、それが今、当事者の口から語られようとしている。戦にあまり興味のないゼロでも興奮を覚えた。ドゥオはいうまでもなく、剥かれた木の実をゼロの手から奪い口に頬張った。ゼロの睨みを無視してレイディアの方へ身を乗り出し、目を輝かせた。
「どうやってバルデロはアルフェッラまで辿りつけたんだ?」
「ドゥオ」
「いいじゃねえか。こんな機会滅多にあるもんじゃねぇし」
謎はまだある。バルデロとアルフェッラの国土は隣接していない。だというのに、バルデロは何処の国にも悟られることなくアルフェッラに入り、攻め取った。
「簡単ですよ。あの人は、海路をとったのです」
レイディアは地に落ちていた小枝を筆代わりに砂の上に簡単な大陸の図を描いた。それから船の絵を大陸の外――海に見立てた場所に描き、バルデロからアルフェッラの位置までを線で結び、出発点をとんとんと叩いて示した。
「バルデロはマッセルという古い大きな港町を一つもっています。マッセル港は、単なる漁港に過ぎませんが、四年前、あの人はそこを利用したのです」
ゼロ達はぎょっとした。
「冗談だろっ? この海域は、とても航海できるような海じゃねえ。漁船で行ったとでもいうのか?」
バルデロは海戦に秀でた国ではない。まして当時は大陸中に犇く小国の一つに過ぎなかったのだ。とても荒波に耐えられる船を持っていたとは思えない。
「流石に漁船ではありませんでしたが、実際に私はこの航路を下り、マッセルからバルデロに入りました」
「まじか」
「盲点でしたね」
大陸の東の海。その海を北に登ればアルフェッラに直接辿り着くことが出来る。だが、海路は陸路以上に危険で、何処の国も商人も海賊も、この海にだけは近寄らない。アルフェッラへは陸路が一般的だが、その陸路では、他国の関所を幾つも通過せねばアルフェッラまで行くことは叶わず、バルデロからならば順調にいっても一月はかかる。まして、兵を率いるならば、それらの国がバルデロ軍の通過を許可するはずがなく、通る為にはその国とまず戦になる。その都度侵略し、陸路を開拓しなくてはならない。費やす時間はまず二年は難い。普通に考えて、陸路では一月足らずでアルフェッラに至り、攻略するなど不可能だ。
故に、当時バルデロからアルフェッラに至るまで経由し得る親アルフェッラの国々は、互いを疑った時期があった。アルフェッラを裏切り、バルデロと手を組み、アルフェッラへの道を提供したのではないかと。
けれど、レイディアの言う通りギルベルト王が海を経由したのなら、それらの過程は全て必要なくなる。東の海は何処の国の物でもない。
「しかし…あの王はよくこの海を渡ろうなんて考えましたね。大胆というか、無謀というか…」
ゼロは呆れたように首を横に振った。
東の海。魔の海域と船乗り達から恐れられるほどに荒れた海。ただ波が高いだけの荒れ具合ではないのだ。巨大な怪魚がいるとも、海へ誘う魔物がいるとも云われ、海に出たら帰って来られないと恐れられている。
それが真実かどうかはさておき、恐ろしい海には変わりなく、熟練の漁師でさえ、通常の漁は近海に甘んじている。現在の造船技術は彼の海を容易に航海できるほど高度ではなく、幾つもの海流がぶつかる海原は、大きな船をも容易く呑み込み、貿易の運搬路にも使えない。一年の半分以上が時化に見舞われているこの海域で、何日も航海しようなどと考えるのは正気の沙汰ではない。
けれど、だからこそ、その荒海がアルフェッラを他国の侵入を防いでいる壁の一つであった。東の海の経由が可能ならば、バルデロからアルフェッラまで凡そ三日。だがその危険性はその利便性を補って余りある。これまで試そうとした者は皆無ではないとしても、成功した者はいなかった。
「当然ながら、当時はかなりの反対にあったそうです」
然もあらん、とドゥオは頷いた。
「だろうな。こんなめちゃくちゃな作戦は普通は相手にされない」
最終的にギルベルトが押し切ったそうだが、結果は成功。その成功は、大陸を揺るがした。常識が覆った瞬間だった。だが、その計画はギルベルトにとっても賭けだったのではないか。
「でもよ、海を渡ったとしたら、どうやってこの海を乗り切ったんだ? まずは余程の玄人の船乗りを同乗させるだろ? それから頑丈な舷にして、船首は勿論鋭く波切りせにゃならん。それから…」
レイディアは首を振った。
「勿論、東の海をよく知る者は乗せていましたし、出来るだけ強く速い船を造ったのでしょうが、あの人は荒れた海を乗り切った訳ではありません」
ゼロのレイディアの為に実を剥いていた手が止まった。
「…どういうことです」
「東の海は荒れてはいなかった、と言ったのです」
「まさか」
レイディアは笑むように、僅かに唇を歪ませた。差し出された熱い実に礼を言い、息を吹きかける。
「…アルフェッラへ出征する時、そして私を連れて帰還する時、東の海はそれは漁師も首を傾げるほど、穏やかに凪いでいたんですよ。何故かね」
「そんなことが…」
それは、まるで…まるで…
レイディアは実を少しだけ齧った。とうとう、話す時が来てしまった。
「…順調にあの人がアルフェッラの要所を落としていく中、私が箱に閉まった“あの日”が、やってきました」
■ ■ ■
バルデロが侵攻してきたという報告が上がって来た時、神殿は殆ど動かなかった。神殿には平安で気だるげな空気に満ちていた。侵略に対しての対抗策など大してとられず、兵をおざなりに動員しただけで、後は何もしなかった。ただ何とかなると、最後に負けるのはバルデロだと嘲笑さえして、誰もが日常を営んでいた。
「ねえ、巫女様。本日は如何いたしましょう」
「もう巫女様のご結婚の日が間近に迫っているのですもの。新しいお衣装を新調いたしましょう」
侍女達も普段と変わらない。彼女らの関心はレイディアの衣装と婚儀のことだけ。今度こそ滞りなく進められることだけを気にしている。
「……戦の状況はどうなっているの?」
ここのところ塞ぎがちな主人が、漸く口を利いたかと思えば戦のことばかり。侍女達は困ったようにレイディアに笑いかけた。
「まあ巫女様。そのようなことを考えるのは軍人の仕事ですわ。わたくし達はここで待っていればよろしいのです。きっと何日もしない内に、戦勝の報せを誇らしげに掲げていずれかの将軍が巫女様の御前に馳せ参じますわ」
レイディアに耳障りなことを教えたくないというよりも、詳しい報告の内容は彼女らも知らないのだろう。彼女らは興味のないことは耳に入らないという都合のいい能力を持っている。レイディアは肩を落とした。
「………衣装のことはまだいいわ。お下がりなさい」
侍女らを下がらせ、一人になったレイディアは窓辺に立つ。窓辺からは庭園が覗くが、ここから臨める庭園はエリックと会っていた庭園とはまた別の庭だ。
咲き頃の女郎花の黄色い花弁が庭を彩っている。エリックを偲ぶものが見つからず、窓辺から目を離し、今度は室内の植木の金木犀に目を止めた。こちらも美しく咲いて、橙色が目に鮮やかだ。けれどやはり興味は持てなかった。
外には女郎花、中には金木犀。季節はすっかり秋だ。秋は降臨祭の季節であり、同時に今年はレイディアの伴侶を娶る儀式も行われることになる重要な時期だ。神殿はその婚儀に目が行って今は取るに足らない小国との戦など相手にする暇はないのだろう。
正式な婚礼より前に処女を第一伴侶に捧げる異例の儀式。
それこそレイディアにはどうでもいいことだった。
「………」
レイディアは手を握り締めた。バルデロが今何処にいて、どの砦を攻めているのかも分からない。どれだけの被害が出て、今どちらが優勢なのか。戦など生まれてこの方、経験したことなどなく、戦とはどんなものなのか分からないが、人が実際に死ぬのだというのは知っている。
ユリウスは無事だろうか。そしてエリックは? 何処に行くかは話してくれなかったけれど、今回の戦と無関係とは思えない。
最近見ることが叶わない顔を思い描き、最後に会ってからの日数を数えてみた。
エリックはあの夏の日以来、全く会えていない。兄ユリウスも、戦以前より自身の縁談を捌くのに忙しく、会う機会がめっきり減ってしまった。バルデロの襲撃の報を受けてからそちらにかかりきり。やはり会えてない。
兄は、出陣して現場で指揮を執る地位にある。
心配でないわけがない。こんなにも不自由な身を実感したことはなかった。不安ばかりが募って、戦のことに気を取られて、食欲も失せた。情報を得ようにも、周囲の者達はレイディアを神殿奥の居住区域から出そうとはしない。戦の詳細を知る者も近くにいない。レイディアは行き場のない苛立ちを持て余した。
ぼんやりと眺める金木犀から外へと誘う甘い香りが、レイディアの鼻孔を擽った。
「………」
今日も庭園に出てみよう。
何も出来ず、彼にも会えないと分かっていても、レイディアは午睡の間を抜け出すのを止めなかった。いつ帰ってくるかは分からない、と彼は言った。だから、もしかしたら今日かもしれない、と淡い期待を抱いて…同じ数だけ落胆したけれど。
帰って来た彼に、あの時の答えを言いたいから。
そして、遅々として進まない時間に焦れ、漸く午睡の時間がやってくると、レイディアは侍女が下がるのを確認するや、すぐさま寝台から抜け出し、縁側へと寄った。
「何処に行くの?」
心臓が、止まるかと思った。
俄かに激しく鳴り始めた心臓を抑え込んで振り向くと、入り口付近の柱に寄りかかっているユリウスがレイディアを真っ直ぐに見つめていた。
「……お、兄様」
どうして、ここに。
「…あの、戦は」
「何処に行くの?」
ユリウスはレイディアの言葉に被さるようにして返答を求めた。今日の兄の様子はいつもと変わりないようで、何処か威圧的だった。底の見えぬ沼を覗くような不安を覚え、レイディアは一歩だけ、後ろに下がった。
それがいけなかった。ユリウスはレイディアが自分から離れたのを敏感に感じ取り、困ったように首を振った。レイディアの肩が強張る。
「…レイディアは約束破りの悪い子だね」
「…え」
いつ約束を破ったというのか。
「ねえ、レイディア。誰に会いに行くの?」
レイディアは違和感を持った。何故、庭園に出る理由が人と会うことなのだと分かり得るのか。嫌な予感が、レイディアの胸をざらりと撫で上げた。
…兄は、知っている。
「わたしがいない間、良い子にしていると約束したのに…それに隠しごとまで。悲しいよ」
兄を傷つけた罪悪感と約束を破ったわけではない、と相反する反抗心が胸の中で鬩ぎ合い、兄の言葉の裏に潜む非難に、口が利けなくなった。ユリウスに対しては強硬な態度をとれなくなってしまう。
けれど、まだレイディアは安心していた。どうせ庭園にエリックはいない。心を落ち着かせ、どうにかこの場は切り抜けようと口を開こうとした。
けれど、ユリウスの笑みが、それを許さなかった。
「……レイディア、彼をわたしに紹介してくれないのかい?」
午睡の間の柱に寄りかかっていた黒い影が、ずるりと態勢が崩れ、部屋に倒れこむ。
「――――」
“それ”を見た時、息が出来なくなった。
それが何なのか、レイディアは知っている。
「エリ…エリック」
足から力が抜け落ち、レイディアはよろめきながら彼に近づく。俯いた顔を持ち上げて彼と確認する。
「エリック…」
その場にへたり込んで、彼を揺すった。頭の何処かで起きるはずがないと分かっていても。気を失っているには、彼の背の傷は深すぎた。
レイディアは腰を攫われて、エリックから引き離された。
「いや……離して」
エリックの傍を離れたくないレイディアは、エリックの方へ両腕を伸ばし、ユリウスの腕から逃れようとと強くもがいた。けれど腕一本で軽々とレイディアを持ち上げる兄には敵わなかった。
「こんなものに触れては駄目だよ。君が穢れる」
冷たい言葉と共に、耳元に彼の息がかかり、レイディアの背筋は泡立った。
「彼は…!」
「わたしより、こんなものの方が大事なのかい?」
いつもの、“優しい兄”ではない。戸惑うレイディアに見せつけるようにして、徐にエリックの首筋に抜き身の剣を当て、躊躇いなく引いた。
「――――!!」
その様をつぶさに見てしまい、声にならない悲鳴を上げた。
レイディアは無我夢中でエリックに駆け寄ろうとしたがユリウスは許さない。彼は汚らわしい物を見るようにエリックを見下ろし、舌打ちをした。その音にかっとなったレイディアは兄に噛み付いた。
「止めてください! 何てことを…」
「何をそんなに慌てるんだい? 彼はもうとっくに死んでいるよ。…バルデロの軍勢に、殺されてね」
「バル…デロ」
残酷な宣告が、いっそ優しい響きを伴ってレイディアの耳に吹き込まれる。認めたくない現実を突きつけるように、切断面からは殆ど血は出てこない。
「これには本当に失望したよ。宦官の割には真面目に職務をこなすから神殿においてやったのに……よりによって君を誑かすなんて」
徐々にユリウスの言葉に憤りが滲み出てくる。ユリウスはレイディアの腰を抱いたまま、エリックの身体に再び剣を閃かせた。ぎらつく銀の刃が右に払い、左に払い、垂直に彼に突き刺さした。それでも憤りが収まらないのか、骸を刻み続けた。次第にその剣捌きは荒くなっていく。
既に亡き者だとしても、苦痛の悲鳴を上げぬ骸だとしても、目の前で恋した相手が無残に切り刻まれるのに、耐えられるわけがなかった。
「――――もうやめて!!」
ユリウスは剣を止め、半狂乱になって叫び頭を振り乱すレイディアの様子を淡々と眺めた。
「どうして?」
目の前の光景に衝撃を受け、思考が麻痺する。呂律が回らない。
「かれ…は…私、のだいじな」
「恋人?」
レイディアの言葉を引き継いだ冷えた言葉に身を竦ませると、ユリウスは強引にレイディアを寝台に連れ戻した。その力強さに、兄が軍人なのだと改めて知った。
「…あ」
その時、レイディアは気付いた。気付いてしまった。神殿専属の庭師の彼が、戦に駆り出されるなんて本来はあり得ない。
軍部に権限を持つ、誰かが、態々捩じ込まなければ。
「……お兄…様」
「いけない子だね、レイディア。わたし達の間に隠しごとや嘘はなしだと、約束しただろう?」
「…どうして、彼を」
「余所見なんて許さない」
レイディアは知らない誰かを見ているような気持ちになった。
これは、誰だ。
兄は…ユリウスは、こんな暗い眼差しでレイディアを見下ろしたりしない。
こんな熱い手でレイディアを掻き抱いたりしない。
こんな食らい付くような口付けなんて知らない。
「…や……やめて、嫌です」
寝台に押しつけられ、兄の手が衣に忍び込んできたことに気付いて身を捩った。兄を除けようと振り上げた手がユリウスの手と合わさった。ユリウスは指を絡め、レイディアの指先の一本ずつにも吸い付くような口付けを落とした。
兄は何をしようとしているのか。答えを知っている本能の声を、レイディアは拒絶した。
誰か嘘だと言って。
そうしている間も衣装を乱される。恐慌を来たし、レイディアは兄から我武者羅に逃れようとした。頭を振った拍子に、切られた時に転がった、こちらを向くエリックと目が合った。薄く開かれた瞼の奥、虚ろなその眼差しを、見てしまった。
「エ…エリ」
湧き上がった気持ちは何だったのか。ただ、歯が噛み合わず、凍えるように身を震わせていたのを覚えている。
「寒いの? レイディア」
素肌を這うユリウスの手の熱が移ったように身体は赤みを帯び始めているのに、レイディアの心は裏腹に凍りついていく。
「レイディア。レイディア。愛しているよ。誰よりも、何よりも」
ユリウスはレイディアの顎を掴み、顔を自分の方へと戻す。
「…たとえ誰かと夫婦の契りを結んでも、どれだけ多くの男が君に群がっても、わたしは君の最愛の兄のままでいられる」
「お兄…様」
「それでもいいと思った。どうせそいつらには君の特別な地位は与えられない。わたしは君の唯一で在り続けられるなら…と」
ユリウスは苦しそうだった。
「なのに、君はわたし以外をその心に受け入れた…」
手首を折れそうなほど強く握りしめられ、レイディアは顔を歪めた。
「わたしの二人きりの兄妹の片割れ。なのに神殿という名の籠の中に繋がれて、“みこ”の名前に縛られて…」
ユリウスは手の動きを休めず呟き続けた。
「アルフェッラが変わらない限り、君はわたしだけのものにはならない」
身体を這い回る手は、レイディアの抵抗を易々と抑え込む。その手は紛れもない男の手だった。女を善がらせることに慣れた、男の指。
ユリウスはレイディアを妹なんて見ていない。
恋した相手の前で犯される恐怖と、混乱と、着衣を乱されほぼ裸体となった己の姿に、レイディアの精神は限界を迎えた。
「ずっと一緒に生きていけるなら、わたしはどんなことでもしてみせる。神殿を掌握する前に横やりを入れられたけど……まあいい」
「っ…や、やめ」
ユリウスは耳を甘噛みし、膝裏を撫でる。喘いだレイディアの唇を貪り、空気の代わりに舌を侵入させた。
レイディアは疲れ始め、抵抗する力も弱くされるがままになった。意識などとっくに朦朧となっている。けれど、一つだけ、エリックの瞳だけが、レイディアをこの場に留めていた。けれど唯一の抵抗する意識を保たせる気力の源は、同時に死体の前で行うという常軌を逸した行為と直面させることになり、レイディアは泣き叫んだ。
「い、や…嫌ですっ……お兄様、お兄様お兄様!!」
力を振り絞り、寝台を引っ掻いて、エリックへと手を伸ばした。だが、その手は易々とユリウスに捕まり、同時に腿を掴まれた。
「レイディア、忘れないで。たとえどれほど離れていても、君が帰る場所はわたしの許だということを」
その言葉を最後に、レイディアの意識は真っ白に染まった。
彼に与えられた破瓜の痛みに視界がぶれ、そのままレイディアの理性が空高くに投げ飛ばされた。空に散った心の破片を拾い集める術を、レイディアは知らない。
いつも一緒
いつまでも一緒
いままでもこれからも
ずっと
ずっと
ずっと
ずっと。
イツダッテイッショ カレトトモニイキテ シ ヌ
この時の記憶は、殆ど残っていない。
朧げに覚えているのは、絶え間なく突き上げられる熱さと痛みと、馴れぬ快楽。
ただただ噎び泣いて、ユリウスの為すままに最後まで受け入れることしか出来なかったこと。
レイディア達の行為を見つめ続けたエリックの眼に、見ないでと叫んだこと。
そして何度も復唱させられた約束だけが鮮明で、レイディアの胸の奥に、今も深く、杭が穿たれている。