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鈴の音の子守唄  作者: トトコ
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第三話 後宮でのお勤め

古くより、アルフェッラという神の愛し子と呼ばれる者が君臨する神国があった。


愛し子の目は漆黒の瞳で、全てを見通すような澄んだ瞳をしているという。

民にとっては、神殿の奥深くで民達の暮らしを見守る愛し子そのものが神に等しい存在であった。


彼の国はその子らの受ける恩恵のおかげで飢える事はなく、また天災にみまわれることもほとんどなく、他国が戦に明け暮れる時代にあって、そこだけが平和な国であった。

そんなアルフェッラを近隣諸国は手に入れようと試みたが、それも不思議な力に阻まれるように、アルフェッラの土地を他国の軍に踏み荒らされる事はなかった。


しかし、時は流れ、ついにそんなアルフェッラの侵略に成功した国が現れた。


彼の国に攻め込めばその国は天罰を下されるというのが常識としてあった中、新興国でもあるその国の王は恐れることなく攻め込み、ついに滅ぼした。


近隣諸国はその神をも恐れぬ所業に戦慄し、また、これだから野蛮な新興国は、と嘲り、近いうちにその国は滅びるだろうと噂しあった。


しかし、周囲の予想に反してその国は滅びるどころか、ますます国を大きくしていった。


見る見る間にその国が近隣諸国を自国の領土、または属国化して行く様を見て、諸国はその考えを改める必要に迫られた。


アルフェッラという絶対平和の象徴が崩れたのである。世界の常識が覆ったのを人々は悟った。


神は滅んだのかと、皆は戦慄した。そしてアルフェッラを滅ぼした国の王を、神に代わって天下を統べる王として見る者が出てきた。


しかし、人々はこうも噂しあった。

神国を滅ぼした国がなおも栄え続けられる理由。


それは神の愛し子が、捕えられて密かに国で生かされているのではないか、と。


証拠も根拠も何もない噂ではあるが、真しなやかに流れ、アルフェッラ征服から四年経った今でも愛し子の生存説は絶えない。


そんな噂を向けられる国の名はバルデロ。


そしてその国の当代君主、ギルベルト。レイディアが務める後宮の主である。






執務室の扉が叩かれ、ギルベルトは入室の許可を出す。

「失礼いたします」

落ち着きのある声と共に入ってきたのはまだ二十そこそこの若い男。

「テオールか。ご苦労だったな」

「は、滞りなく、ウェーリーは片付けました。報告書は後ほど」

テオールは几帳面に礼をした。

それに、ギルベルトは書類から目を離さず、鷹揚に頷く。

「で、訊きたい事でもあるのか?」

城の中で最も読めない男と称されるテオールの心情を看破した王に、テオールは身体を一瞬揺らした。

「それは…あらかた事後処理は終わっていたとはいえ、あのような形でわたしに任せて行かれてしまったので…」

そう、攻め落とした国での後処理を、よりによって王は突然、中途半端に放り出して帰って行ってしまったのだ。すでに難しい問題は片付いていて、後はテオールの権限でも事足りるものだったとはいえ、王の突然の帰還は不可解だった。

王の行動にケチをつける訳にもいかないので、隠していたつもりだったのだが。

「あれだけなら、王自らお仕上げになってからでもよかったのでは…と」

テオールは正直に思いを述べた。

「尤もな意見だな。……勘がな、働いたのだ」

「勘…でございますか」

ギルベルトは立ちあがった。テラスに続く窓辺に立った。

だが、ギルベルトが外の景色ではなくもっと別のものを見ているのに腹心たるテオールは気付いた。

「調べてもらいたい事がある」

唐突に切り出した王にテオールは背筋をいっそう伸ばした。

「なんなりと。陛下」



数分後、執務室を辞したテオールの、迷いのない足取りで廊下を歩く姿があった。






「夏妃様、お湯加減はいかがでしょう?」

「もう少しぬるめてちょうだい」

「かしこまりました」

ここは後宮の一角にある広大な浴場。


数人の侍女と女官、そして女奴隷に囲まれて良い香りのする浴槽に浸かっているのは、ギルベルト王の側妃の一人、夏妃の位をもつ側妃である。

「夏妃様、浴槽からお上がりになりましたら香油をお塗りいたしましょう。ロッチェからなかなか手に入らない、香りだけでなく、美肌効果も高いと評判の物を先日やっと手に入れられましたの」

「まあ、それは楽しみだわ。貴女が塗ってちょうだい」

「光栄でございます」

別の女官が負けじと夏妃の気を引く。

「夏妃様、その後は冷たい飲み物などはいかがでしょう? 良い香りの花とハーブからつくられた、巷で絶品といわれるお茶ですの」

「素敵ね。ぜひいただくわ」

「かしこまりました」

こんなふうに妃に取り入る光景は珍しくない。特にローゼは他の妃と比べて実家が高位の貴族なのでなおさらだ。

その中で、使い終わった容器などを黙々と片づけている少女が一名。レイディアである。


バルデロの後宮には側妃と侍女、そして大勢の女官と女奴隷がいる。

妃の位には四つあり、上から春妃、夏妃、秋妃、冬妃となっており、妃の頂点、春妃は正妃である。

以下の妃は側妃とみなされ、妃の実家や王の寵愛の具合で位が決まる。


そして、その妃達の世話をするのが女官と侍女である。

侍女も女官も殆どが貴族出身であり、庶民出の者も、良家や富豪の子女ばかりだ。

女官と侍女の違いは、侍女は妃個人に付く宮女で、妃が実家から連れてくる者が大概であり、女官は後宮そのものに帰属し、書類上は後宮の各宮に勤めることになり、結果その宮の主人に仕える形となる。


基本的に侍女と女官は同位の位置づけだが、権勢を誇る妃の侍女は時に女官より上をいく。なぜなら常時、妃は自分の意向を侍女を介して下の者に伝えるからだ。より身近にいる侍女が力を持つのは自然な成り行きである。


そして女奴隷は、その侍女、女官らの指導の元、後宮勤めをする一般庶民出の娘の授かる位である。

奴隷といっても王城に勤める身。後宮において最下層にあり、請け負う仕事も殆どが雑用とはいえ、身元の確かな者でなければなれない。女官らに比べ自由に制限は多いが、囚人のように人として扱われない、ということはなく、城下の娘の憧れの仕事でもある。その女奴隷も、女官と同様に妃に仕える。


そして今、レイディアの目の前で昼風呂を堪能しているのが王家に縁のある名門デノスリット公爵の娘、ローゼ・デノスリット。

王族縁の者は赤味がかかった色の髪が多いが、彼女も例に洩れず、赤い艶やかな薔薇色をしており、アーモンド色のぱっちりとした瞳は蠱惑的だ。豊満な肉体を惜しげもなくさらしている美女は、後宮で今最も幅を利かせる妃だった。


ローゼは己の美貌に磨きをかける事に余念がなく、こうして日の高いうちから湯に浸かることを好む。

一度入る度に多大な労力を要するこの沐浴は、多忙なレイディアにとって迷惑この上ない行事だが、女官達にとってローゼに取り入る絶好の機会で、大歓迎といったところだ。

レイディアは一通り片付け終わると、用向きはないかと事務的に聞き、なさそうなので一礼して浴場を後にした。






レイディアは後宮の門に向かっていた。正確にはその向こうにある本城へと。

レイディアは表向き、ローゼの宮に籍を置いているが、実際こなしている仕事は多岐にわたり、行動範囲は一つの宮に留まらない。

尤も、知る者は殆どいないので、後宮の女達は容赦なく仕事を言いつける。そのため合間を縫って城へ出て行くレイディアの多忙さに拍車がかかる訳だ。

女奴隷や女官は配属された宮に常務するものだが、レイディアは例外なのである。




「おう、ご苦労だな」


門に辿り着くと、レイディアに気付き、話しかける者がいた。門番のベルである。

可愛らしい名前に反して、厳つい顔でがたいのいい体つきの男だ。本人は名前のそぐわなさを気にしているようだが、レイディアは全然気にしなくていいと思っている。


彼は確かに不器用な男だが、口は固いし誠実な、信頼に値する男なのだ。ここに来た当時から彼には世話になっている。

時々照れたように頭をかくベルを熊さんみたいで可愛いと後宮で密かに人気なのは知らぬは本人のみだ。

「通るのか?」

こくっと頷く。

ほれ、と身体をずらして道を開ける。

傍を通る前にレイディアは巨漢を見上げた。

「ベル」

何だ、というように首を傾げられる。

「…何か変わった事はない?」

「そうだな…何処そこの高官が妻に浮気がばれて愛人と三人修羅場になったとかいう、どうでもいい話以外に変わった事はないが…」

本当にどうでもいいのでそのまま通り過ぎようとしたが、レイディアの背中にさらに声がかかった。

「ああ、そう言えば…こないだの宴に呼ばれた楽団達に王が暫くの滞在を許したとかで、王の滅多にない厚遇によほど気に入られたのだと、呼んだ役人らが鼻高々としてたな」

レイディアは足を止めた。

「…それは本当なの?」

「ああ、役人達が声高に言っているのを聞いた」

「そうでなくて」

「王が許したという事か? 本当だよ。俺もここから聴いただけだし、がくに精通している訳じゃないが、いづれも一流の演奏だったと思う。歌舞の方も素晴らしかったと運よく見れた同僚も言っていた。王が気に入られるのも当然だろう」

「……そう。それは素晴らしかったのでしょうね」

レイディアは暫く沈黙した後、それだけ返した。

「レイディアは聴けなかったのか? それは残念だったな。楽団達の滞在している所に行けば、もしかしたら聴けるかもしれんぞ」

レイディアはさして興味なさそうに言った。

「…そうね、一度行ってみるわ」


そうして今度こそ、レイディアは門をくぐって城へと出て行った。


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