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鈴の音の子守唄  作者: トトコ
33/81

小話集(後日談)

これは、活動報告で2010年3月14日と5月3日に載せた小話の再録と、第三十話後の小話(書き下ろし)です。

小話1

『ある日常』


 

自室の小窓の戸が叩かれる音が聞こえ、レイディアは近づいた。


「何か用ですか?」

窓を開けて、外を見れば手に持った小石を弄びながらこの国の王がこちらを見上げていた。

「用がなければ来てはいかんのか」

軽々と窓を飛び越え室内に入ってきたギルベルトに溜息をつく。

「貴方はこの国の王ではありませんでしたか?」

「だからなんだ」

「…もういいです」

言っても無駄だと早々に諦めたレイディアは首を振った。

「お仕事はもうよろしいので?」

「こんな夜更けだぞ? とっくに終わらせている」

「そうですか。普段からそうして妃方を訪ねて頂きたいのに」

「…それこそ無駄な足運びだ」

「キリエ様などは一番格下だから王の訪れが少ないのだと卑屈になって嘆いておいでです。慰めに行っては如何でしょう」

「断る」

にべもない。予想はしていたので大して落胆はしなかった。

「…で、本当に何しに来たんですか。無駄な足運びとおっしゃいますが、ここにいらっしゃる事ほど無駄な事はありませんよ」

「…俺にとっては無駄ではない」

レイディアには聞き取れなかった。聞き返そうする前にギルベルトが寝台に近づいたので咄嗟に止めた。

「まさかここでお眠りになるつもりで?」

「何か不都合でもあるのか?」

「不都合も何も…」

それ以前の問題だ。いつもいつも思うが、何故ギルベルトはレイディアの部屋の寝台で眠ろうとするのか。

「この寝台は一人用です。二人では狭いでしょう」

ただでさえ体格の大きいギルベルトが寝そべったらレイディアの寝るところがなくなってしまう。

「そんなことはない」

寝台に腰かけたギルベルトはレイディアを抱き上げ、自分を下に敷く様にして後ろに倒れ込んだ。

「重くないですか?」

「お前の身体など羽毛と大差ない」

そこまで軽く無い筈だが、どうあってもこのまま眠るつもりのギルベルトに何を言う気力も失せた。

そして同時に気になった事をそっと訊いてみた。

「…何かあったのですか?」

日々拡大していくバルデロを背負う王。毎日の激務で疲れない筈は無い。それをレイディアに見せようとはしない。でも、たまにこうして唐突にレイディアの許に訪れては共に眠る事で、何かしら伝わるものもあった。

「…何もない日などない」

目を瞑ったままギルベルトは囁く様に答えた。

それはそうなのだろう。刻々と変化する国際情勢。国内は言うに及ばず。

「…たまには、ゆっくり眠りたいだけだ」

それをいち早く察知して、国の内外の敵の罠にかからぬよう常に目を光らせていなければならない彼が、本当にゆっくり出来る時間は少ない。


レイディアは知らない。彼女の香りが沁み込んだ寝台はギルベルトのお気に入りだということを。どんな薬よりも効く精神安定剤だという事を。

何をしている自覚は無いが、レイディアを抱き込み、頭を撫でる彼は、とても穏やかそうだ。


レイディアは大人しくその胸に頭を預けた。




※3月14日活動報告にて掲載



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小話2

『それは、きっと―――』



それは、レイディアが後宮で働く様になって日も浅い頃の事。


ある天気の良い日。レイディアは突然ギルベルトに街へ連れ出された。

王城から歩いて一刻。初めての街にレイディアはただ圧倒された。

「………すごい人」

「これでも少ない方だ」

「これで?」

「何だ。人が珍しいのか? これまで万人に傅かれていた者が」

「……人が沢山いても、私の前で口を開く者は限られた者だけでしたから」

人の活気というものに初めて触れる。勿論王城だって沢山の人がいるし、活気があるのだが、人のもっと原始的な力、生きる為の力から発せられる声というものはやはり隣人との繋がりが密接な庶民ならではだ。


人ごみを眺めるレイディアの手をギルベルトは掴んだ。

「この中に入るのですか?」

「当然だろう。ただ眺めて何になる」

それはそうだが…。

「…どうして手を繋ぐんですか?」

二人の指が一本一本絡まった手を見る。

「お前は知らないだろうがな。夫婦というのはこうして繋いで歩くものだ」

「そうなのですか?」

「ああ」

非公式で正式ではないが、レイディアは一応内縁の妻だ。

レイディアは世間を知らないのであっさり信じた。




二人は人ごみに逆らわず街を練り歩いた。レイディアは時折ギルベルトが差し出す物を食べたり飲んだりするだけで自由に周りをキョロキョロした。

「普段からこんな事をしているのですか?」

「いや。だが、王位を継ぐ前は、ユサ――フォーリーの息子だ――とたまに街に繰り出ていた」

「そうですか」

お金の使い方や、交渉の仕方が慣れている訳だ。


少し人ごみから離れた場所で休んでいると、斜め向こうに何やらきらきらした露店があった。

レイディアの興味を察したギルベルトが連れて行ってくれた。

「装飾屋だ」

上品な赤い布で屋台が覆われているその露店には、店一杯に装飾品が飾り並べられていた。

「ようこそ御二方。良かったら見てってよ」

「奇麗…」

「安物だ。ほぼ色石か玻璃ガラスだ。あとは粗悪な貴石か」

それでも、数珠状の腕輪や、クルミガイの耳飾り、花型の髪飾りは目に楽しかった。女官達がもっと高価そうな物を仲間内で自慢しあっていたのを見た事があったが、自分には無縁なものだと思っていた。

「……」

目の前に無い色は無いんじゃないかというくらい色とりどりだ。忙しなく目を動かしていく。

そして、一番手前に、ガラスのビーズブレスレットを見つけた。

それはまるでレースの様に編まれていて、色合いも濃い緑と薄い緑で統一されていて嫌みがない。

「気に入ったのか」

ずっとそこに目を止めていたのに気付かれた。

「あ、いえ…」

レイディアが何か言う前にギルベルトはさっさと勘定を済ませてしまった。

「ほら、腕を出せ」

ブレスレットの留め金を器用に止める。

「あ…りがとうございます」

日に反射して緑が透けて肌に映った。





レイディアは腕のブレスレットを見て昔を思い出していた。

「………」

今日は久々に皿を割って女官から小言を貰った。だから思い出したのかもしれない。

当時は失敗も多く、密かに落ち込む日があった。思い返せば、そんな時に限って彼は街に連れ出したてくれたように思う。


それは、きっと―――


と、その時、部屋の窓が叩かれた。

レイディアは無言で窓に近づく。外にはギルベルトがいた。

「…何でしょう?」

「気晴らしに付き合え」

別に、落ち込んではいないのだけど。

そう思うが、レイディアはギルベルトの伸ばされた手から逃れはしなかった。

身体が浮き、窓辺を超えて大人しく彼の腕の中へ。

…その代わり、ブレスレットの色が、貴方の瞳の色と、私の髪の色に似ていたから目に付いた、なんて言わないけれど。




そして、かつてと同じ様に、二人は指を絡めて街を歩く。




※5月3日活動報告にて掲載


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小話3

『後ろで交わされたかもしれない会話』



「レイディア!」

シェリファンが人波を抜けてレイディアとリックの許に戻ってきた。

「お帰りなさいませ、殿下」

「楽しかったですか?」

「うんっ。皆良い人ばかりだった。今度開くっていう演奏会の招待もされたぞ」

「それはようございました」

リックも嬉しそうに相槌を打つ。


そんな様子をフォーリーは横目でこっそり見ながらほっこりしていた。

椅子に座るレイディアと、それを気遣う様にして立つリック。そして彼らに温かく見守られている子供シェリファン

彼らの組み合わせはまるで……

「あら、いやだ。わたくしったら。……うふふ」

特にシェリファン王子の可愛らしさはかつての王ギルベルトを彷彿とさせた。王も乳母であるフォーリーに対してあんな風に慕ってくれたものだ。


「ねぇ、陛下、そう思いません?」


その時、後ろに立つ本人を振り返らず話かけた。

「………」

「まぁ、陛下。そんなぶすくれたお顔をなさいませんと」

「ぶす……」

「彼らの仲睦まじ気な様子に焼きもちなさるなど子供ですか。全く、クレアではないのですから」

「……クレアと一緒にするな」

「私からしてみれば皆同じですよ」

彼が乳飲み子の頃より育ててきた彼女には、流石のギルベルトも敵わなかった。





王の登場に演奏会の会場が一時、浮足立つ様子を後ろから眺めていた。

そしてギルベルトが貴賓であるシェリファンに近づき、何事かを話して知る様子も。緊張しながらもそれに答える王子も。その後ろで深々と頭を垂れるレイディア達も。

「…どうせ、公の場ではレイディア様にちらとも相手にされないのですから割って入るだけ無駄ですのに」



ほんの少しの苦笑を交えながら、可愛い子供達をフォーリーは見守り続けたのだった。




※書きおろし



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