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鈴の音の子守唄  作者: トトコ
23/81

第二十一話

屋敷内は台風一過みたいな惨状だった。


「…あの台風娘」

ソネットは呆れ半分、感心半分で呟いた。

目前の光景は死屍累々。天井を突き破って首から下がぶらぶら揺れている者や、壁に上半身が埋まっている者、床に沈められている人数は数しれず。

「エリカの進行を邪魔するなんてバカなことを」

エリカに人を殺しているという自覚はない。単に立ち塞がる障害物を取っ払っているだけだ。天真爛漫な子供が、笑顔のまま、バッタの足をもぎ取るのと同じで、彼女は無垢なだけに、残酷な行為に対して良心の呵責はない。

とはいえ、この被害者が一般市民でなかったのは救いだ。街中の悪党達の顔ぶれを把握しているソネットには分かる。転がっている奴らは全員裏社会のゴミ共だ。戸の前に倒れていた者にしても、下街で小ズルイ悪事をせっせとこしらえていた小物だ。だからエリカに掃除・・をしてくれた事に対して感謝の念を送りこそすれ、叱る気は毛頭無かった。


ソネットは生存者を捜しながら屋敷内を探って行く内に、階数が上がっていくにつれて倒れている人間の数が大幅に減っている事に気付いた。

「なるほど? 下層に形ばかりの駒を置いていただけか」

こいつらはこの街で雇われただけの者達だ。捕まえても大した情報は吐きそうもない。それでも、念のため、辛うじて息のある数人を配下に括らせることにした。

「こいつらは単なるハリボテ。ちょっとした目暗まし。真打ちは…」

ソネットは天井を見上げた。






シルビアは自分に熱い視線を向ける男に厳しい視線を返した。

「先王の弟君であられるエーデル公が、何故このような暴挙に出られたのですか?」

「わたしとてこのような手段には出たくはなかったのだよ。しかし、仕方がなかった。こうするしか姫を手に入れる事が出来なかったのだからね」

「…わたくしを?」

「そうとも。姫はすばらしく美しい。わたしはずっと姫を想ってきたのだよ。貴女が生まれた時から、ずっと」

シルビアは過去を思い起こした。

シルビアの実家はエーデル公の影響力の強い地方にあり、四季折々の催しや、親族のお祝いなどにエーデル公は、頻繁に顔を出していた。

一領主の、しかも子爵の位でしかないシルビアの家を王族であるエーデル公が気にかけて下さっていると、幼いシルビアは何の疑問も無く、純粋にエーデル公に好感を持っていた。


それが、いつの頃だったか、エーデル公が自分に向ける目に、居心地が悪くなった。幼少ながらに、彼の、純粋に子供を慈しむだけではない、下心の潜んだ眼差しを感じ取っていた。成長するにつれてそれは顕著になり、同じく不穏な空気を嗅ぎ取った父、ポルチェット子爵が、娘をエーデル公の前に出さなくなった。

その内に、シルビアの容姿と、教養の深さが評判となり、他の男達からのアプローチが始まったから、周囲にはエーデル公対策だとは気付かれなかった。そのおかげで、エーデル公がシルビアとの面会を求めても、子爵は愛娘を出し惜しみする親バカを演じて、のらりくらりとかわす事も出来た。

ところが、シルビアが大人の女性として結婚適齢期を迎えるころになると、エーデル公の追及が強まった。元々身分の差は歴然としているため、娘をエーデル公の屋敷に招聘する誘いを拒み切る事が難しくなってきた。でも、よりよい結婚の為、花嫁修業にエーデル公の屋敷に奉公に来いだなんて、どうして安心できよう?


そんな時だった。王宮からの手紙がシルビアの許に届けられたのは。

一人でいるところを見計らった様に現れたクレアは、王宮からの使者だと告げた。

…いきなり窓から入って来て、はいそうですか、と信じられる訳も無く、最初はエーデル公の手の者かと身を強張らせた。

それでも、結局彼女らを信用するにいたったのは、ひとえに根気強いクレアの説得と、十数通に及ぶレイディアの手紙のおかげだ。

エーデル公が、不穏な企みを考えていると、王宮側は嗅ぎ取っている。それを未然に防ぐためにもシルビアの協力が必要なのだと。レイディアの切々と訴えてくる書面に、協力はともかく、レイディアの人柄に興味を覚えた。

流石に、後宮入りまでする事に戸惑いはあったが、実は王宮には、シルビアの想い人がいた。これまで年に一度か二度しか訪れることが叶わなかった王宮に、ずっといられるならシルビアの想い人とも会う機会が増えるかもしれないと、ちょっとした下心もあって、ついに承諾した。


娘の突然の後宮入り宣言に、両親は腰を抜かしそうになったが、後日、正式に後宮入りの打診が来たことで、子爵達もようやく首を縦に振った。


「わたくしは、もう後宮の一員です。エーデル公がわたくしに無体な事をなさいますと、貴方様のお立場が悪くなってしまいますわよ?」

「なに、心配はいらぬ。やつがわたしを捕える事は出来まいよ」

妙に自信満々なエーデル公を訝しむ。顎に指を掴まれるままにエーデル公を見上げる。

「…どういうことでしょう?」

「姫は何も案ずる事はない。わたしに全て任せておけば、明日には至高の王冠が貴女の頭上で輝いていることだろう」

シルビアは目を見張った。冠の拝受を許される女性は、この国ではただ一人。

「貴方はっ! 何という事を恐ろしい事を…っ」

それ示唆する意味に気付き、思わず叫んでしまったシルビアにエーデル公は諭す様に語った。

「あの青二才に国などというものは荷が重い。わたしこそが王に相応しいのだよ。そしてその隣にいる妃も国で最高の女でなければならぬ。分かるな? 姫も側室の位では不満であろう? わたしのものになれば、今すぐに正妃として遇してやろう」

「わたくしはそんなもの望んでおりません!!」

シルビアが目一杯叫んでもエーデル公には通じない。駄々をこねる子供を見る様な眼差しだ。

「もうじき王城で合図の煙があがるだろう。そのときこそ、わたしが王宮に参入し王の椅子に座る」

エーデル公はシルビアを情欲に染まった目で視姦した。シルビアはこれから身に起こる事態を予感して身を震わせた。縛られた縄は緩む気配はない。太鼓の様に脈打つ心臓に合わせて呼吸が早まる。

エーデル公の手がシルビアの衣に手を差し入れた。


「そこまでです」






「何でこんな事に…」

胡麻髭の男は項垂れた。自分達は注文の品を王都まで運んで来ただけだ。なのにどうして今こんな状況に陥っているのか。胡麻髭の男と痩身の男は、広く豪奢な一室の隅で身を縮こませ、互いの膝を突き合わせていた。



納品日にきちんと間に合ったにもかかわらず、難癖をつけられて支払う代金を値切られた。この額では家に帰りづらいと、他の仕事を求めた。簡単な日雇いでもいいから、と藁にも縋る思いで必死で街の店を訪ね回った。けれど、今王都の人口は飽和状態なのか、働き手に困る事はなく、男達を雇ってくれる店はなかった。それから、むしゃくしゃした思いを持て余した男達は、偶然通りかかった酒場に入り、店主相手に愚痴を溢す事にした。

そこで出会った面長の細身の男。しっかりとした仕立ての服と、礼儀正しい態度を見て、ついつい信用してしまったのが運の尽きだった。

割の良い仕事を紹介してくれるという彼。最初は半信半疑で、少しでも怪しそうな雰囲気を感じたら一目散に逃げればいい。お金よりも命の方が大事だ。そう考えてここまでついていった。しかし、彼らの心配をよそに、ここで与えられる仕事はごく普通の仕事だった。


商家の持ちものらしいこの屋敷には、数人の使用人と、護衛達しかいなかった。主である商人はたまに来るだけだったから、ここは別宅か何かなのだろう。そう思って男達はすっかり安心して、屋敷に届く荷を運んだり、屋敷の草むしりをしたり、外を護衛する人達に食事を運んだりするなど、真っ当な仕事に専念した。

こんな簡単な仕事で通常の収入の十倍が手に入る、という怪しさ満載な項目については、完全に忘れた。どうせずっとここに雇われる訳ではないし、後何日かしたら約束の報酬を貰ってここを後にするつもりだったからというのもある。

そして屋敷内での仕事にも慣れ、同時に契約期間が迫ってきた頃、状況は一変した。

主である商人が、屋敷に現れた。それだけではなく、護衛達が屋敷内を圧迫した。内外を護衛達は徘徊するようになったのだ。商品を盗まれないために警戒しているというには、今更過ぎるし、空気が重すぎた。しかも、男達は監視する様な視線に晒され、この厳重な警備は自分達を逃がさないための防壁なのだと気付かされた。だが、今更気付いてももう遅い。腕っ節の強そうな男達に囲まれ、ただの荷運びの男達に大人しくしている以外に為す術はない。

抵抗さえしなければ危害を加えられる様子は無かったから、びくびくしながらも男達は寄り添いあってこの事態から解放されるのを祈った。

しかし、期待は虚しく、雇用期限がきても男達は拘束を解かれる事はなく、どころか、与えられた階下の部屋から最上階に移された。不安倍増である。庶民は豪華な部屋に案内されると委縮するといういい例だ。

今度は何なんだ、と怯えながら部屋に入ると、そこには意識の無い少女が豪奢な寝台に横たえられていた。男達は首を傾げた。こんな綺麗な少女、この屋敷にいただろうか?その疑問は晴れる事無く、男達は彼女の世話を命じられたのである。



「俺達、どう考えてもヤバい事に巻き込まれてるよな…」

「だよな。しかも、見ろよ。この女の子、きっとアルフェッラ人だ」

少女の髪は癖の無い深緑色をしていた。肌は白く、思わず触ってみたくなるほどになめらかだ。色素の濃い髪と白い肌は北方地方の特徴だ。目が閉じられている為、瞳の色は分からないが、きっと瞳も北方の特徴に多い灰色をしているのだろう。

「綺麗な子だな…何でこんな遠い国にいるんだろ?」

「だよな…ここの商人には北方系の血縁者でもいるんだろうか?」

親類縁者を託すにしては、彼らへの念押しがしつこかった。


〈この御方は、本来ならばそのご尊顔を拝する事さえ叶わぬ尊い御方。お前達の様な下賤の者が近づいて許される方ではない。お前達に一時でも託すのは不愉快極まりないが、致し方ない。このお方の御世話を命じる。だが、くれぐれもこのお身体に触れぬように〉


なんだか色々酷い事を言われたが、委縮しきっていた彼らに気にする余裕はなかった。殺されたくないばかりに、その命令にへりくだり、今こうして少女を遠巻きに見ているしかない。

「…というか、触れもしないのに、どうやってお世話しろというんだ」

「目が覚めたらこの女の子の命令を諾々と聞けってことなんじゃねぇか?」

この少女が身に付けているものは、仕立ては悪くないが極々質素な服だった。多分、何処かのお金持ちの家で奉公している娘だろう。なのに、あの商人の態度はまるで王侯貴族にするような扱いだった。

どう考えても訳アリな少女である。一般庶民の男達には手に負えない何かがあると見た。

「…何がどうであれ、俺達の現状が変わんねぇなら考えたって無駄だ」

「だな」

結局大人しくしているしかない。振り出しに戻った男達の背後で、少女の身動ぎする気配を感じた。

「やっとお目覚めか?」

「この子何か事情知らねえかな?」

少女に対する好奇心と、今の如何ともし難い現状の打破への期待で寝台に近寄った。

「う……ぅん」

少女は呻きと共に寝返りをうった。気分はどうだい?と尋ねようとした瞬間。


少女は悲鳴を上げた。






エリカは屋敷の何処かにいた。何階かさえ分からないのは、気の向くままに階段を上ったり下りたり、廊下を突っ切ったりして正確な位置が分からなくなったからだ。けれどエリカは何の不都合も感じなかった。エリカにとって目的地の場所(レイディアの居場所)でないなら何処であろうと一緒だからである。

「ディーアちゃ~ん。迎えに来たよ~」

しきりにレイディアの名を呼びながら部屋という部屋を覗きまわった。途中で何ごとかを叫びながらエリカに突進してくる奴らがいたが、既にエリカの記憶に彼らはいない。

その階の扉を全て開け終わった時、何処からか悲鳴のような声が上がった。

エリカは上を振り仰いだ。

「ディーアちゃんっけ」





同時刻。エリカのいる階層よりずっと階下にいたソネットも同様の悲鳴を聞いた。

「ミレイユ様。どうかなさいましたか?」

「今、声が」

「何も聞こえませんでしたが…?」

ほんの微かな音でしかなかったが、情報を司る蔭として聴覚を鍛えられているソネットにとって、葉擦れの音を聞き分けることだって造作もない。

「上へ。急ぐわよ」







レイディアは夢を見ていた。かつての懐かしい夢。


夢の中でのレイディアは今より少し幼い。幼いレイディアはとあるところを目指して一目散に駆けていた。

角を曲がると目当ての背中が現れた。レイディアは嬉しくなってその背中に飛びつく。

その衝撃に少し前かがみになった背中は、すぐにレイディアに向き直り、優しく抱きしめ返してくれた。


ああ、愛しい過去だ。一番幸せだった頃の、記憶。


幼いレイディアは幸せそうに目を細め、その胸に頬ずりする。大きな手がレイディアの頭を抱えてくれる。きっと自分と同じ表情をしている顔を見上げた。

交わされる口づけ。それはどんな甘露よりも甘くて。レイディアは大好きだった。


現在いまのレイディアが切なげに眺めていると、突如として周囲の景色は一変。真っ黒に塗りつぶされた。

どくん、とレイディアの胸が不安に揺れる。


これ以上見ては駄目だと警鐘が鳴る。けれど、レイディアの意志に反して情景は進む。


幼いレイディアは依然とその胸に抱かれ、安心しきってその身体を委ねている。

周りの変化にも気付かず。目の前の幸せだけを見つめて。その幸せが薄氷の上であるものとも知らずに。

幼いレイディアを撫でる腕が突如荒々しい獣のそれに変わる。

逃げて。

現在いまのレイディアの懸命の呼びかけに、幼いレイディアが応える筈も無く、幼いレイディアは不思議そうに見上げている。


次の瞬間、目の前に繰り広げられた光景に、レイディアは我を忘れた。



「いやあああああああああああああ!!!」







リリ―――ン…  リリ―――ン…


ギルベルトの懐にある鈴が忙しなく鳴り始めた。手を差し入れ取り出すと、微かに振動が伝わる。

この音は…

「…」

この鳴り方は警鐘の音。レイディアの心が崩れかけている。

ギルベルトは馬の速度を上げた。





エリカは最上階に辿り着いた。

「ディーアちゃ~ん? 何処ぉ?」

ふかふかな絨毯の上をひた歩く。階下とはまるで違う豪奢さにエリカが気遅れする訳も無く、上等な一枚板の扉を豪快に開けては、隣の部屋を、という作業を繰り返した。

そんなエリカを狙った苦無くないが息を潜めてエリカを窺っていた。その先端はエリカの首に標準を定めている。

音も無く、その苦無が放たれる。正確に、エリカの首裏へと飛んでいった。

放った者は、苦無に貫かれ、エリカが倒れ伏す瞬間を待った。


ぱしっ


「何これ?」

エリカは振り向きもせずその苦無を易々と受け止めた。背中に目でもあるかのようだ。

しかもあろうことか、後ろを振り向いて敵を探す事さえせず、その苦無を放り投げてレイディアの捜索を続行した。

「ディーアちゃ~ん? エリカだよ~」

攻撃をかわされた挙句、完全に無視された刺客は憤懣やるかたなく、勢い余ってエリカの目の前に躍り出た。

「お前如きが慣れ慣れしくレイディア様の名を呼ぶなっ!」

その言葉にエリカは初めて反応した。

「ディーアちゃん知ってるの? 何処にいるか教えて?」

「誰が教えるものかっ。それに、居場所を知ったところでお前には関係ない。今ここで死ぬのだからな」

武器を構えた敵に対して、エリカはきょとんと首を傾げた。

「死ぬ? ………誰が?」




階上を駆けあがったソネット達は、最後の一段を踏みしめた直後、大轟音に出迎えられた。

「もう…今度は何よ!」

ソネットは音の方へ駆けた。何となく察してはいたが。

その現場は角を曲がるとすぐに辿り着いた。ソネットの視界に真っ先にエリカの背中が目に映った。

「あ、エリカ、やっぱりここに来てたのね」

ソネットはエリカに駆け寄ろうとして、踏み留まった。

絨毯のあちこちが焦げている。戦闘があったのは間違いない。だが、エリカの服は煤で汚れていたが、怪我はなさそうだ。視線は自然とエリカの足元に向かう。赤黒い何かが潰れていた。

「……」

エリカは無言でその塊を見下ろしていた。その表情は伺い知れない。けれど、今この時のエリカに近寄る事は自殺行為だと知っている。背後の配下が警戒して臨戦態勢をとる気配を感じた。

「エリカは死なないよ」

塊に向かって話しかける。驚いた事にその塊はまだ息があった。聞きとりづらい声が絞り出される。

「バ…バケ……モ・ノが…っ」

「違うよ。エリカはちゃんと人間」

おもむろに塊の腰あたりに蹴りを振り降ろす。

「ぎ…あああああああああ!!!」

耳障りな音がして、塊は撥ねた。それでも死なないあたり、こいつの生命力は相当なものだが、腰がイカれた今、ここで死ねた方が幸せだったかもしれない。何故なら、もし助かっても半身不随になるだろうから。もうまともに歩く事さえできない。どころか、この満身創痍の状態では、腕もまともに使えなくなる可能性も高い。この敵に残された未来は完全な植物人間になる他無くなったのだから。

エリカを挟んだ廊下の向こう側から近づいてくる足音がする。恐らくこの騒ぎを聞きつけたこの塊の仲間だ。

ソネットは意を決してエリカに向かって叫んだ。

「エリカ。一人だけでいいから生かして。一人だけでいい。後は好きにしていいから。いい? 一人だけは残しなさい!」

珍しい事にエリカはちゃんと振り返った。

「あれぇ? みっちゃん、奇遇だね~」

「はいはいそうね。本当に泣きたくなるほど偶然だわね。いい、もう一度言うわよ? 絶対全員はのしちゃだめだからね!」

「…え~?」

「え~じゃない。今はまだ我慢なさい。あっちで捕まえるエーデル公との関連を吐かせるんだから。ちゃんと出来たら美味しいお菓子三日分作ってあげる」

「十日分」

「だめ。四日」

「…一週間」

「駄目だっていうの。五日」

「むぅ…六日」

「…しょうがないわね。それでいいわ」

「やた」

もはや目前にまで迫ってきた黒い敵。抜き身の剣を構えながらエリカに突進してくる。

エリカは満面の笑顔で敵の陣中に飛び込んだ。







扉が蹴破られ、大勢の兵士達が雪崩れ込んできた。

エーデル公は突然の闖入者を睨みつけた。一つしかない出入り口を塞ぐようにして立つ王宮の仕官服を纏う青年と、その周りを守る様にして剣を構える兵士達。

「何者だ貴様! 誰の御前だと思うておる。お前達っこの無礼者を捕えよ!」

商人風の男達を振り返り命令した。しかし、男達は兵士達の乱入と同時に捕縛された為に命令を遂行する事は適わなかった。

「ご機嫌麗しく、エーデル公」

突然の侵入者が王の側近の一人であることに気付いたエーデル公は、警戒しながらも声を荒げる事無く対応した。

「これは、誰かと思えば、王の一の側近であられるテオール殿ではないか。こんな物々しい団体を引き連れて、一体何のご用かな?」

「貴方を罪人として王城へ連行するためですよ」

「はっ何を言うかと思えば…テオール殿? わたしがいつ、どんな罪を犯したというのだ? 一体何処の不逞の輩がそんな根も葉もない讒言を陛下の耳に入れおったのかしらんが、とんだ無駄骨であったな」

「根も葉もない? 本当にそうでしょうか?」

「そうとも。地位も身分もあるわたしが罪を犯す必要が何処に?」

「そうですね…その地位に満足していらっしゃらないから、でしょうか?」

「何だと?」

「貴方は常々近しい者に、一地方の領主という立場に不満を漏らしておられたそうですね」

「いくらかお互いの認識に齟齬があるようだな。わたしは不満など口にした事はない」

「では、貴方が軍備に力を入れていた事に関しては?」

「王は数多の国を傘下に収める苛烈な君主だ。いつ何時、他国に攻め入られるか分からぬ故な。常に防衛を心がけて置くのは当然であろう?」

テオールは懐から紐で綴じられた紙束を取り出してエーデル公に見せた。

「これは?」

「ここ数年間で王都の軍に入隊した者達の名簿です」

エーデル公は一瞥した。

「知らぬ者達ばかりだな。こやつらと今と何の関係がある」

「おかしいですね。実はここに挙がっている彼らは皆ノノリズ地方出身の者達ばかりなんですが」

「…わたしの領地出身の男達が王都の兵となってもおかしくあるまい?わたしとて全ての領民を覚えているわけではない」

「では…何故その者達はこうして出身地を偽っているのでしょうね?」

ここに書かれている者達の出身地は全てばらばら。一見エーデル公とは無関係の様に見える。

「知らん。わたしはこやつらの事など一人も知らぬ。こやつらが何故出身地を偽っていたかなど知る筈があるまい。もしその事で変な言い掛りでもつけようというなら承知せんぞ?」

「この中にエーデル公の知らない者がいるはず無いではありませんか」

「……どういう意味だ?」

「どうもこうも、この中の者達は以前、貴方に仕えていた者達ばかりではありませんか。ノノリズ地方出身でない者も若干中に含まれていますが、その者もかつて貴方が王子であった時代に常に身近にあった古参。貴方側の人間です。確かに、こんなに大勢いるのですから、全員は覚えていられなくとも、まさか全員忘れるわけはないですよね?」

「………」

「この資料は軍部のある方にご協力いただいて作成した物です。そして全ての軍の人間をふるいにかけたところ、入隊時に記載する事項に不審な点が何人も出てきました。そしてどういう訳かそれは貴方に繋がる者達ばかりなんですよ」

「………」

「さらに、この者達は定期的に集まって何やら話し合ってしたようなのです。その現場を押さえられた彼らは押し入ってきた衛兵達にいきなり切りかかってきました。一体何を話していたんでしょうね。よっぽど聞かれて困るこ…」

「言いがかりだ! わたしは王位など狙っておらん!!」

「おや、わたしは貴方に王位簒奪の疑いかかっていると言いましたか?」

テオールの飄々と告げる態度にエーデル公は烈火の勢いで怒鳴りかかった。

「う……五月蠅い五月蠅い五月蠅い!! わたしこそが王に相応しいのだ! あの青二才などに、あの兄と呼ぶのも忌々しい男の血の引いた男なんぞに王位を奪われたわたしの気持ちが分かるものか!!」

恥も外聞も無く喚き散らすエーデル公に、いつもの勿体ぶった鷹揚な態度は微塵も無かった。

「あの男なんぞよりもわたしの方がずっと貴い血流であるのに!! 王太子として生まれるのはわたしだったはずなのに!! 王として至高の位に君臨するのはわたしであったはずなのに!! わたしの人生はあの男とそれを産んだ売女のせいで全てめちゃくちゃにされたのだ!!」

「……」


確かに、先王、つまりギルベルトの父の母である女性は下級貴族の出だ。先々王は当時エーデル公の母を側妃としていた。まだ、エーデル公が生まれる前の話だ。数多いる妃の中で最も身分の高い女性だったエーデル公の母は、将来春妃の位に就くことを自他共に認める一の妃だった。そして行く行くは王の子を身籠り、国母として国に君臨するという、女としての最高の栄華を約束されたも同然であった。


しかし、それが実現する目前にして、その未来は砂と消える。


ある時、一人の下級貴族の娘が冬妃として入宮した。その娘は大層美しく、瞬く間に王の歓心を大いに買った。そして、後宮の女達の妨害も虚しくついに夏妃の位にまで上り詰め、エーデル公の母をも凌ぐ王の一の寵姫となったのだ。

それでも、まだ春妃の位に立つことを有力視されていたのはエーデル公の母だった。何故なら春妃になるには高貴な身分が必要だという不文律があったから。

けれど、先王の母は春妃に就いた。先王を身籠ったからである。

女好きであった先々王は多くの女と多くの子を為したが、誰か一人の女に特別な情をかける事はなかった。先々王は妃達に自分を適度に悦ばせ、欲望を満たしてくれることだけを求めていた。だから、たとえどれだけ子を身籠ろうとも、その女を春妃の位に就かせる事はなかった。城の誰もが、王太子はエーデル公の母が生む子とするつもりだからだと思っていた。なのに、先王の母の妊娠が判明するや否や先々王は迷わず春妃の位を与えた。前代未聞の速さで。建前として身籠った女性には、身分に限らず春妃の位に就く権利が生じるため、臣下は意見する暇も無く、先王の母を王妃として仰ぐことになった。

それに激怒したのはエーデル公の母であったのは言うまでも無い。けれど、先王の母は無事に先王を産みおとし、その地位を不動のものとした。その二年後、エーデル公を産んでも、もはやどうしようもなかった。


エーデル公は母親の愚痴を子守唄に育ってきた。先王やその一族に憎悪を向けるのは当然の成り行きではある。しかし、その暴挙を許すわけにはいかない。


「はっだがしかし、残念だな。この一覧の他にまだ手勢はおる。今頃王の首と胴体は離れ離れになっておろうよ。だが、急げばまだお前らの飼い主の死に目に会えるのではないかな?」

「心配には及びません。貴方の企みは全て潰えておりますので。王が亡くなる事は万に一つもございません。そして貴方が王位に就くことはもっとあり得ません」

「な……なんだと?」

「この一覧表にいない手勢とやらが、長い年月をかけて軍に潜んでいた古参の一族の私兵の事を言っているなら、とっくにセルリオ殿によって捕縛されています」

「ば………馬鹿な馬鹿な…計画は完璧だった筈…」

「テオール殿。こやつらの仲間も皆縛っときましたぞ」

扉の隙間からダイダスが顔を覗かせた。

「ご苦労様です。一人で何十人も任せてすみませんでした」

「なぁに、あんな軟弱共、一捻りだ」

にやりと笑って扉を大きく開け放ち、背後で大量に打ち上げられた魚よろしくのた打ち回っている男達を顎でしゃくる。

わなわなと震えるエーデル公にダイダスは笑った。

「残念でしたな。公の計画は全てこちらに筒抜けでしたよ」

軍部の協力者なるダイダスを見てエーデル公は青ざめた。第一軍大将軍。実質的な軍の頂点に君臨する大将。それも、名ばかりではなく、その腕っ節のみでそこまで昇り上がった実力派。戦場では鬼神にとたとえられる恐怖の代名詞。

「そ、そんなはずは…奴らは完璧だと!」

「奴ら? 貴方に甘い顔して近付いてきたロジェスティ家の商人の事でしょうか? 貴方は彼らにも利用されていたんですよ。気付かなかった貴方が迂闊でしたね。そして彼らもまた、今頃縄についていることでしょう。向こうには向こうで別部隊が行っている筈ですので」

「バカなバカなバカな……わしの計画の邪魔はさせん! ゼオ、ゼオはおらぬか!!」

エーデル公は癇癪を起した子供の様に最後の希望を呼んだ。

「お呼びでしょうか? 殿下」

ダイダスの後ろからひょっこり現れた者を見つけ、エーデル公はやや顔を緩ませた。

「おお、そこにおったか。この無礼者共を始末せい! もう一刻たりとも、こやつらの顔は見とうない」

しかし、細身で面長の男は、彼に向けて薄笑いを浮かべるだけで、指一本動かそうとはしなかった。

「どうしたのだ? お前ならばこのくらいの人数、容易いであろう? 何をしておる。さっさと始末…」


「茶番は終わりです。殿下」


面長の男は恭しくそう述べた。蛇の様な、薄ら笑いを浮かべたまま。

「ちゃ…ばん、だと…?」

「要は彼もこちら側だったというだけのことですよ」

テオールは腕を上げ、兵達にエーデル公を取り囲ませた。

「捕えろ」

「…は、離せ! 下賤の身でわたしに触れる事が適うと思うのか!!」

「全く貴方は最高の道化でした。殿下、貴方は面白いくらいにお上手に踊ってくれましたよ。私の示唆するままに」

ゼオは愉快そうに嗤った。紛れもない嘲りを感じ、エーデル公はゼオを射殺さんばかりに睨みつけた。

「騙したのか! 裏切者め! 今まで良くしてやってきた恩を忘れたか!!」

「貴方の恩と言うのは領民から貪った金子のことですか? 身分にものを言わせて奪った希少な宝石の事ですか? それならば全て横領の証拠品として陛下に提出してありますよ。証拠としてはこれ以上ない物をすすんでお渡しくださって大変助かりました」

「お……おのれぇぇ!!」

兵を振り払い、壁に飾られた豪奢な剣を手に取り、ゼオに切りかかろうとした。


「がっ…はぁ!」


「無駄な抵抗はお勧めしませんな。怪我が増えるだけですぞ」

それより素早く動いたダイダスがエーデル公を壁に抑えつけた。

「エーデル公。いや、罪人、イルギス・エニュス・エーデル。麻薬取締違反及び、領民からの異常搾取、そして王の妃であるシルビア妃誘拐罪でお前を死刑に処す」

テオールは彼を見下ろし罪状を事務的に言い渡し、兵に命じてエーデル公を連行させた。





反逆という二文字が出てこなかった事をダイダスは訝しげに思った。あらかたの兵が退出し、部屋には少数の衛兵とテオール達だけとなったので、テオールは種明かしをした。

「ああ、その事ですか? 今回の事を反逆などで公にするつもりはありませんから」

反逆の罪を除けば、エーデル公の罪は比較的に小さい。軍備の強化のための税の過剰な取り立てや、麻薬を秘密裏に生産し、街に流して儲けていたのは勿論許される事ではないが、死刑には出来ない。エーデル公の血筋は彼自身が言う通り位が高い。その身分から、滅多なことでは死刑に出来ない。犯した罪は重いものの、先王弟という身分も相俟あいまって、下される判決は精々謹慎処分か、領地削減程度だ。


それこそ謀反などの十悪の一つでも侵さない限りは。


とはいえ、エーデル公を謀反という形で摘発する訳にはいかなかった。エーデル公の起こした事件を、内乱ではなく、あくまで公個人の犯した罪として断罪するというかたちで処置しなければならなかった。

何故なら、エーデル公の身分はそれだけで利害関係を生むからだ。

国内にエーデル公の、というよりはその一族の味方は多い。もし謀反として断罪した場合、それに便乗してエーデル公を旗印として事を起こす者が出てくる危険性があった。例えエーデル公を死刑に処しても、その者達との内乱が勃発しかねない。民にも被害がおよび、国が乱れる。

そうなってしまったら、バルデロが多くの国を相手に戦火を広げている今、敵対している国はこれ幸いと、こちらに攻め入ってくる可能性がある。よって、王はバルデロに余計な火種を作りたくはなかった。

けれど、いつか必ず戦の旗を掲げて立ち上がるエーデル公をそのままにもしておけない。


そこで考えたのはシルビアを利用する事だった。


エーデル公はどういう訳か一回りも二回りも歳が離れているシルビアに執心していた。それを察知したソネットが王に耳打ちした事で、この計画が浮かびあがった。

レイディアも独自に調べ、シルビアの素質を評価した。妃として申し分ない令嬢。入宮してもなんら不思議はない。

レイディアは単純に、今回のエーデル公の協力者であったロジェスティの商家のライバル関係であるシルビアの母の実家、ノートレスタ家の増大を促すため、ひいてはロジェスティの牽制を狙っていたが、王はそれ以上にシルビア自身を利用する事にした。

それが、シルビアと王の仲睦まじい様を城の者に見せつけ、嫉妬に狂うエーデル公にシルビアを拐かすよう仕向けることだった。


憎い男の息子である王が、自分の固執する娘を手に入れる。王達が憎くて仕方が無いあのエーデル公がそれを黙っている筈はなかった。

五参式は、王と姫との同衾にて終了する。だから、その最終日が、勝負だった。

妃の強奪は王への反逆に等しい重罪である。その上、その妃への恋にとち狂って騒動を起こしたとなれば、民はエーデル公に呆れの念しか送らない。エーデル公の支持者達も、その事が公になれば、例え真相を知っていても、強く出られない。何故ならエーデル公は恋という極めて私事わたくしごとな事情で断罪されるのだから。それを援護すればいい笑い物だ。

「なるほど…」

全てはギルベルトの掌で踊らされていたというわけか。ダイダスは納得した様に頷いた。


が、ダイダスははっとして後ろを振り返った。背後では兵に縄を解かれ、助け起こされているシルビアの姿があった。

「シルビア妃。お怪我はないか?」

助けに来た者の事を失念するなんてとんだ失態だ。ダイダスは反省の念を込めて、努めて優しくシルビアに話しかけた。

叱責されても仕方が無いと、ダイダスが半ば覚悟したが、シルビアが自分を見つめる瞳に怒りの色はなかった。


「…わたくしは大丈夫ですわ。……ダイダス様」


シルビアがダイダスを見つめる瞳。色事に疎いダイダスとテオールは気付かなかったが、隅で見ていたゼオとクレアには分かった。


上気した頬、潤んだ瞳、甘く歪む唇。紛れもない、恋する乙女の姿がそこにあった。


「無骨な武人とたおやかな美女か。なかなか面白い組み合わせじゃないか」

「知らねぇよ。勝手にすればいい」

「…クレア、何処に行く気だ?」

ゼオは出て行こうするクレアを呼びとめた。

「…レイディア様の許だ」

嫌な予感がする。クレアはゼオを一瞥する事無く飛び出した。


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