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鈴の音の子守唄  作者: トトコ
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第十二話 穏やかな狂気

カポカポと小気味いい蹄の音のみが耳に響く。

暗い森の中、ギルベルトはレイディアを前に乗せてゆっくりと馬を歩かせていた。

周りには人の気配など感じないけれど、レイディア達を置いて蔭達が王宮へ帰るわけはない。気配を消して追随しているのだろう。

「レイディア」

ギルベルトが耳元に口を寄せた。

「何ですか?」

「お前は本当にあの者達に何もされなかったのか?」

「どうしてそんな事を訊くのですか?」

「指が微かに震えていた」

レイディアは前を向いたまま答えなかった。

「…やっぱりあいつら消すか」

「止めて下さい」

「だが、あいつらは盗賊だぞ?どの道追われる身だ」

「それでも、です」

「そんなに民が可愛いか」

「当然でしょう。巫女とはそういう生き物なんですから」

その意味を理解してギルベルトは憮然となった。

「だが、俺の国で何かやらかした場合は話は別だからな」

「…その時は、仕方ないでしょう」

たとえ無償の愛情を注ぐ民の子だろうと悪さを働いたら庇う訳にはいかない。

「けれど、彼らはそんな事はしないでしょう」

「何故、そう言い切れる」

「頭目のドゥオという青年ですが、おそらく…“蒼闇の使徒”ではないかと。彼の瞳は鮮やかな蒼でした」

その言葉にギルベルトは少々意外そうな顔をした。

「“蒼闇”だと…。暗くて定かではなかったが髪はありふれた薄い茶色だったと思うが」

「もしかしたら大陸の者との混血なのかもしれません」

「誇り高い海の支配者、仮にも“蒼闇”の一族が盗賊をやるというのは到底考えられん」

数十年前に滅んだとされる海の一族。“蒼き民”とも呼ばれる彼らははるか南の海一帯を支配していたという。

「何か理由があるのかもしれません。盗賊に身を落としたのも…。彼らには何か事情があるように思えてなりません」

あの良識ぶりを見れば本当に盗賊かと疑いさえ抱く。あの快活さに後ろ暗い者特有の陰気さは微塵もない。“蒼闇”のドゥオと、アルフェッラの民で吟遊詩人でありながら盗賊の副頭目を務めているゼロ。よく考えてみると不思議な組み合わせだ。彼らの事を考えているとレイディアに回された片腕の力が強くなった。

「俺といるのに他の男の事など考えるな」

「…重要な事かもしれまっ…んっ」

最後まで言う前に口を塞がれた。驚いて逃れようと首を逸らしても、追いつかれて逃げる事が叶わなかった。

「んんっ…ふ…ぅぁ…」

強引ではあるが荒々しくはない口づけ。自由に口内を這い回る彼の舌に頭がぼんやりとして、強制的にドゥオ達の事を隅に追いやられる。

ようやく解放されても力が入らずギルベルトに身体を預ける形となる。

レイディアの髪に頬ずりするように身を寄せ、耳たぶを軽く噛む。しびれの走ったように身を強張らせた彼女に彼は呟いた。

「今宵は俺の部屋で休むがいい」

と。





ギルベルトは王城に戻っても、彼はレイディアを離そうとしなかった。

もう襲撃者達の掃討は済んだのだろう。城内は静けさを取り戻していた。ギルベルトに抱きあげられたまま城門を潜る。人払いは済ませてあるのだろう。王の部屋までの廊下で人と出くわす事はなかった。今二人がいるのは王の私室。もっといえば寝室だった。

誰が用意したのか寝室にはレイディア達の着替えが置かれていた。もしかしたら蔭の誰かなのかもしれない。もう夜も遅い時刻なのでレイディア達はそれぞれ身体を簡単に拭くだけにとどめた。

「レイディア」

彼が私を呼ぶ。その声に素直に従って寝台に近づく。

彼の寝台は王の物にふさわしく、レイディアが五人寝そべってもまだ余裕がある程に大きい。この部屋に、側妃は呼ばれない。伽をさせる時は王が後宮へ出向く。ここはギルベルト個人の部屋だからなのか他人を入れる事を嫌う。だが、レイディアはこれまでに何度かここに足を踏み入れている。

優しい口づけにそっと目を閉じる。側妃達にもこのような優しい口づけをするのだろうか。ちらと過ぎった考えを振り払う。どうでもいい事だ。私は彼が望むままに傍にいるだけなのだから。

「レイディア」

彼は何度も私を呼ぶ。宥める様に。招き寄せる様に。身体を這う熱い手は彼の内にある情熱をそのまま表しているかのようでレイディアを落ち着かなくさせる。けれど最後は何処までも優しい愛撫で溶かされて、彼の香りに包まれて穏やかに眠る。ここで眠る時にはいつも繰り返される事。


誰が信じるだろう。男女が寝室で薄い寝間着で二人きり。そんな密着状態であるにもかかわらずレイディア達の間には何もないなどと。

彼はレイディアの身体に触れるがそれ以上はしてこない。苦しいくらいの深い口づけを何度もされるが本当の意味でレイディアに触れた事はない。

いっそ壊してくれればいいのに、と思う時がある。そうすれば私は彼から離れられるのに。

なのにギルベルトはそれを見越しているのかレイディアを抱かない。レイディアはそれに危機感を持つ。まるで身体だけでなく心までレイディアの方から堕ちてくるのを待っているかのように、ギルベルトは一定以上彼女の中に踏み込んでこない。

「俺のものだ。全て。お前は俺の事だけ考えていればいい」

刷り込まれる命令。刻み込まれる紅い契約の印。

「ぁんっ…お…う」

「ギルベルトだ。呼べ」

ギルベルトはレイディアの首筋を強く吸った。

「ギ…ギルベ…ん…やっ止めて…見えるところに…痕は…」

「何故?俺のものだという印は必要だろう?」

時々意地の悪い言葉を呟くが、王のレイディアが眠るまで彼女を愛撫する仕草は何処までも優しい。けれどその優しさは秘めているものを抑えているかのようで、どうしようもなく怖いと感じる。


彼がこうしてレイディアを腕に抱いて眠る時は、決ってレイディアが不安定な時だ。ギルベルトは鈴主であるせいかレイディアの精神状態をたやすく見抜く。半身である鈴を求める事は、ひいては彼を求める事と同義になる。だからギルベルトが呼ぶ声に、レイディアは飼い主に擦り寄る猫の様にしな垂れるしかない。

ギルベルトはそれを分かってやっている。ゼロ達の手前、努めて冷静を装ってはいたが彼らが去った今震えが収まらない。よりによって指の震えを察知されるとは。鋭い彼はレイディアの隙を容赦なく突いてくる。

ある意味ギルベルトはレイディアにとって最も恐ろしい人だ。自分の中にどんどん浸食してくる彼に、染められぬよう必死で踏みとどまる。

いつかその恐れに耐えきれなくなった時、私は自らを差し出してしまうのだろうか…?

「城の…襲撃者は…どうなりましたか…?」

「お前が気にする事ではない」

白いシーツの波に広がるレイディアの艶やかな髪にも時折、口づけを落とす。

ギルベルトの膝元で暴動を起こした彼らは生きて牢から出られないだろう。王に刃を向けた者は、僅かでも関与した者も含めて全て死罪。法は絶対。罪を犯した彼らを救う余地はない。分かっているが気分が沈んでいくのは止められない。


彼はレイディアにそういう事を話そうとはしない。どんな目にあわせているかなど血生臭い事から彼女を出来る限り遠ざけようとするきらいさえある。こうして僅かなりとも政治に関わっている以上、全くの無縁ではいられないが、それでもそういう場面に立ちあった事は少ない。

それはレイディアが争いを、血を嫌っているのを知っているからだ。ギルベルトは彼女が散らしていった命を人目を阻んでそっと弔っているのを知っている。

生き物に対する死、というものに敏感な彼女は敵味方関係なくその死を悼む。自分を傷付けた相手であろうと平等に。

巫女や神子とは少なかれそういう性質を持つという。あまねく生命を慈しみ包み込む無償の愛情を注ぐ存在。

たとえ死んだ相手であろうと、一時でも彼女に気にかけられる彼らに嫉妬する。湧きあがった感情をそのままレイディアにぶつける。

レイディアは首筋からへそのあたりまで滑りおろされた唇に、背筋にしびれが走って思わず声をあげてしまった。


レイディアにとってギルベルトは契約を交わした主だ。

だからだろう、ギルベルトにこうして触れられても心が軋む事はない。恐れているくせに仔猫にする様な愛撫で宥められてしまう。

だからこそ、絡め捕られる前に、逃げてしまいたい。けれど、逃げられない。抱かれれば、見切りをつけて逃げられる。なのに、彼は抱こうとしないから。

自分のものだと言ってはばからない王。それにレイディアは不満はない。自分からこの身を差し出したのだ。どう扱おうが彼の好きにすればいい。

噂で聞く非情で残酷な王そのままに、レイディアに対しても同様の扱いをしてくれればレイディアも心を閉ざせる。これ以上揺れる事はなくなるだろう。

そう思うのに、こうして労わる様に扱われたらレイディアはどうすればいいのか分からなくなる。

どうして……。

レイディアはすでに溶かされてまわらない頭を振りしぼってとりとめもない思考を眠りに引きこまれる寸前断ち切った。それ以上深く考えないように。


そうしなければ、見つけてしまうから…――――





レイディアの穏やかな寝息が聞こえる。

ギルベルトは腕の中のレイディアの寝顔をとっくりと見つめる。その表情が安らかなものなのを見てギルベルトも心が安らかになるのを感じる。

森の中、暗がりでも分かった。レイディアの顔色が青白かったのを。彼女のギルベルトの服の端を握る指が微かに震えていたのを確かに感じた。

しかしレイディアの揺れもあの時程ひどくはなかったので、どうやら未遂だったようだ。もっとも、そうでなければ、たとえレイディアが止めたとしても、今頃奴らは俺に八つ裂きにされていただろうが。


ギルベルトは昔を思い出した。まだレイディアがここに来たばかりで環境に慣れようと神経を張り詰めていた頃の事で今より隙があった様に思う。

その時にも、巫女を探す者達がレイディアに辿り着いた事があった。

そして…―――

ギルベルトは目を瞑った。思い出したことで再び沸き上がった怒りがギルベルトの腕に力を籠らせる。奴らにはすでに死んだ方がマシだという地獄を見せた上、あの世にもこの世にも留まれないように粉々に身体を砕いて捨ててやった。しかし、それでもギルベルトの怒りは収まらなかった。

苦しそうに身じろぎするレイディアに気付き、腕の力を緩める。身動ぎした際にかけ布がずれて、乱れた夜着から自分が刻んだ朱が覘いた。そのせいか普段より艶めいた彼女は少女というより女に近かった。

女に近づけているのは他ならぬ自分だ。

その事に満足を覚えてギルベルトの顔に険しさが薄らいだ。


あの時、救いだしたレイディアを見て、あの男達がしようとしたように、彼女をめちゃくちゃにしてやりたいという欲望に染まった。


壊れそうな彼女を無理矢理抱いて止めを刺して、完全に壊れたレイディアをここにずっと閉じ込めておくという卑怯な考えが頭によぎった。

強すぎる甘美な誘惑を退けられたのは、一重にギルベルトの理性が欲望にかろうじて勝てたからに他ならない。

そうでなければフォーリーがいくら諌めようと、声が諫言を提示しようと一顧だにせず舞台で王が巫女にするように、何処かに閉じ込めていただろう。

その誘惑は今でも完全に捨て去った訳ではない。彼女が他の者と言葉を交わすたびにその思いが首を(もた)げる。こうしてレイディアが鈴に安らぎを求める時、ギルベルトはレイディアと床を共にするが、決して最後までしない。ギルベルトの愛撫に対するレイディアの切なげな反応は、男としての本能を刺激され、彼女を抱きたい衝動にかられるが、理性を掻き集めて愛撫に徹している。

「お前は、俺のものだ…」

眠る彼女に唇を寄せる。すでにふやけるほど口づけを施した唇はしっとりとしていた。

抱かない最大の理由に、彼女が離れて行くのを恐れたというのもある。

身体はこの王宮に留められても心はそうはいかない。レイディアは自身を女として見る男を無意識下に排除しようとする節がある。だからレイディアの中には友人知人としての男しか存在していない。


そうはさせない。俺なしでは立てない程に寄りかからせて、俺なしでは息も出来ない程に依存させたい。その他の男と同じに括られてたまるものか。

「堕ちてこい…俺の中に」


その時は…今度こそ、お前を壊そう。


離れられなくなったギルベルトに壊された彼女は、どんな目で彼を見るのだろうか。どんな目だろうとレイディアの中は自分でいっぱいのはずだ。その事に歪んだ愉悦を自覚した。

理性が欲望に勝てているのは、別にレイディアの心を慮っているからというわけじゃない。

欲望のままにレイディアを抱いて、一時の快楽の為に彼女を逃すのを恐れたからだ。

彼女の他にこれほど欲したものが無かっただけに、ギルベルトは慎重にならざるを得ない。結果、こうしてレイディアを曖昧なままにさせている。

「いっそ、抱かれれば、お前は楽なのだろうがな…」

そうすればギルベルトに対して壁を作ることもたやすいだろうに、ギルベルトがそれをさせない。

あるいはギルベルトは最も残酷な仕打ちをしようとしているのかもしれない。

レイディアの全てを手に入れて、永遠に傍に置いておくために、こうして飴だけを与え続けているのだから。



レイディアにフロークの姓を与えたのはギルベルトだ。フロークの名の通りに自分の傍から離れないように。


昔の物語にこんな話がある。

誰も信じる事が出来ない我が儘な暴君が、神の怒りに触れて、氷で出来た城に閉じ込められる話だ。

氷の王に死ぬまで寄り添った小鳥の名がフロークフォンドゥ。


王の傍に最後まで寄り添った小鳥の名を、レイディアに付けた。

ギルベルトの周りに誰もいなくなろうと、彼女だけは傍に置いておくために。


レイディアが巫女であった時、どんな事があったのかは知らない。

しかし、それも本当のところギルベルトはどうでも良かった。

レイディアを苦しめた事に怒りを感じるが、同時にそのおかげで、レイディアはいとも簡単に自分の手に渡った事も事実だからだ。


ギルベルトは真綿の鎖でレイディアを繋いでいるようなものだ。知らぬ間に繋がれている優しい呪縛。気付いた時には逃げる事さえ考えられない程に彼女が堕ちてくるまで。


ギルベルトはレイディアを腕に抱いて眠る。レイディアの木陰の様に清閑な空気はそれだけでギルベルトに安らぎを与えてくれる。手放し難いほどに。


本当に囚われているのは、果たしてどちらかなのか…―――。







『ミレイユのお菓子工房』の店主になる者に授けられるミレイユの名の意味は古代語で“鳥”を表す。裏の意味は王の鳥、つまり情報を王にもたらす諜報部隊の長を意味する。意味を知るものが少なくなった現在、普通に女性名としてよく使われもする名だが、それに紛れて古代語は今でもこうして隠語や暗号に使われる。

『ミレイユのお菓子工房』。王の鳥が王の為に情報(おかし)を提供する店。


「今回のおバカさんはベリーヤの犬だったみたいねぇ」

ソネットは今回の件についての近衛から挙がってきた報告書を、誰もいない深夜の厨房にて一通り呼んだ後くるくると巻いて、あろうことか極秘書類を肩叩きに使った。声は不快そうな声を出した。

「何を白々しい。知っていただろうに」

「そりゃベリーヤも候補だったけどね。一つには搾れんかったわけよ。王を狙う国の多いこと多いこと。それに加えてディーアちゃんの事もあるし、全く襲われる理由には事欠かない彼らだこと」

深夜だというのに今の彼女は相変わらず従業員のものと同じ可愛らしい服を纏ったままだ。髪の色が桃色になっており、頭の頂点で大きな団子に纏められている。ちなみにレイディアが吟遊詩人と訪れた時は赤毛だった。見るたびに彼女の髪の色は変わる。

「“鷹爪”は今回無関係だったしな」

「ねー。私をもってしても首領が見つかんなかったし、見つけたと思ったら何にもしないでさっさと出て行っちゃうし。やっぱ巨大組織の頭は違うわね」

まあ、そうなんじゃないかと思ってはいたが。“鷹爪”は人に従ったりしない。特に国のお偉いさんなどには。

しかし気になるのは…

「ベリーヤって今こっちを襲う余裕なんてないはずでしょ? そいつらに手を貸した黒幕がいるはずよ。吐いた?」

ベリーヤは今内情が不安定だ。この国を狙う動機はあるにはあるが、今は国の事で手いっぱいのはず。

「拷問したが、吐く前に毒を盛られて黒幕は分からなかった」

どうやったのか知らないが、何処の誰かさんがベリーヤを唆してこちらに刃を向けさせた。そして失敗すると見るやさっさと始末。自分の顔を一切出さず、自分の手を一切汚さず。

「ふぅん。蜥蜴の尻尾切り、か。やっぱ近衛の坊ちゃん達は詰めの甘いこと」

しかも今回はあっさり引いた事でも、本気で王の命を狙ったわけではない事が伺える。まるで、何かを探るかのように。

…気味が悪い。

ソネットは微かに目を細めた。

「…わたし達蔭がそれをやると寧ろ正常に話せなくなるほど精神がイカれるが」

「エリカはどうしたのよ? 専門のあの()に任せりゃ、狂う事もなくペロッと吐かせられるじゃない」

狂った方が幸せなんじゃないかというほどのものを、正気のまま味わわせるのに長けた蔭の一人。

「…今現在行方不明中だ」

「またぁ? ちょっと散歩しに秘境にでも旅立ったの?」

「かもしれんな。何にしても、いつもフラフラしているあれは当てに出来んな」

「お腹がすいたら帰ってくるでしょ」

「…あれは(あそこ)を食堂か何かとしか思ってない様だしな」

「ま、今回はあの子が出るまでも無かったしね。だいたい見当付いてたしさ。捕えたのに殺されちゃって詳しくは分かんなかったけど…いたんでしょ?」

「…ああ」

芸人の一座に扮した襲撃者達程度の数では、到底城の制圧など無理だ。しかし黒幕はどうでも彼らは本気だった。当然、伏兵を用意しているはずである。

「街に潜伏していた奴らはこちらで潰しておいたが、黒幕の事を知らない下っ端ばかりだった」

「と、いうより奴ら全部が使い捨てってことでしょうよ」

黒幕は本当にベリーヤの兵を文字通り捨て駒にした。腹が痛むのはベリーヤのみだ。


そして、未遂に終わったとしても唆されたとしても、命を狙われて黙っている王じゃない。


ご愁傷様。ソネットはさして同情したふうもなく心の中でベリーヤの検討を祈った。

ソネットは天井に向かって報告書を投げた。目にもとまらぬ速さで報告書が消えた。

「それはそうと、ディーアちゃんの調子は?」

「浚われた夜は王の御傍でお眠りになったが、数日経った今、もういつもの通りだ。何も心配はいらない」

「そう。よく王が生かしたわね」

「そうひどくは扱われなかったというのもあるが…あの方の()がいたからな。レイディア様の手前、下手な事は出来ない」

「そうなんでしょうけどね」

そうでなければ、今頃彼女を浚った彼らを地の果てまでも追って行って、ずったずたに殺しているだろう。“鷹爪”の頭目に情報を売った奴も分からずじまい。未だに残っている情報屋は実に厄介だ。

声は報告書を丁寧に懐に仕舞った。

「ではな」

「あ、ちょっと」

何だ、と振り返るとまた何かが投げられた。

反射的に掴むとそれはお菓子の様だ。籠に入れられて投げられたそれは綺麗に包装されている。

「お姉さまから、愛をこめて」

茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせたソネットに声は珍しく笑った。全体的に青い色合いのその菓子はセミュロンゼリータルト。レイディアの好む菓子の一つ。本当はすぐに送りたかったが、情報収集に忙しくて今になってしまった物。

「届けよう、必ず」


声は菓子を崩さぬよう大事に懐にしまい、籠を返して天井から姿を消した。


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