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鈴の音の子守唄  作者: トトコ
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第十話 王と盗賊と女奴隷

――王城が騒がしい。


ギルベルトは人事の様に思った。ソファでくつろいでいる彼と、警戒してピリピリとした空気を纏いながら傍に控える護衛達とは対照的であった。

楽団の一部に賊が紛れているのは最初から分かっていた。情報等は殆どなかったが宴の際に何となく察していた。ギルベルト以外に気付いている者などいなかっただろう微かな邪な空気を嗅ぎとってレイディア達に捜査を命じた。

そしてギルベルトはあらかじめ昼間のうちに今宵の兵の見回りを変更させ、不自然でない程度に人員を増やした。中には隊長階級の兵も出向かせている。

賊と分かって楽団達の王城の滞在を許可した。やれるものならやってみろという無言の挑戦状を叩きつけてやった。しかし、賊はすぐに行動には起こさず、楽団の一員として慎重に振る舞っていた。実際、無関係の楽団や兵や女官達は気付きもしなかっただろう。単純に宝物目当ての小物にしては手並が鮮やか過ぎる。奴らの目的は城中の宝物などではない。


――俺の命、か。


ギルベルトは様々な国を蹂躙し、傘下に収めている王だ。狙われる理由など外にも内にもありすぎて何処の手の者なのか分からない。

だが、誰の手の者だろうがここに辿り着く事無くじきに終わる。何人かは生け捕りにして背後関係を吐かせればいい。しかし、ギルベルトの眉宇は晴れなかった。彼が気にかかった事はそれとは別なものだったからだ。



―――チリィーン



その時だった。ギルベルトの懐から涼やかな鈴の音が響いた。何の音だと周りを見渡す護衛達を尻目に懐に手を差し入れそれを取り出す。手のひらには小指の爪程の小さなまっさらな純白の鈴。鈴は警告するように切なげに鳴く。

「陛下っ」

一人の兵士がギルベルトに駆け寄ってきた。

「陛下、ご命令通りあらかた賊は取り押さえました……陛下?」

跪いて報告をしていた兵士は反応の無い王に訝しがった。

「……」

ギルベルトは何も言わない。じっと手のひらを見つめていた。

「…陛下、捕えた者は如何なさっ…」

何を見ているのだろうと訝しがってギルベルトに再度問いかけた兵士は固まった。顔を上げて突如こちらを見下ろした王の瞳に射抜かれて兵士は身がすくんだのだ。

「…捕えた者達は牢に引っ立て、他に仲間がいないか吐かせろ。それと手引きした黒幕も。背後関係を明らかにした後もろともに消せ」

淡々と呟く王の顔に何の表情もない。兵士は床に叩きつけんばかりの勢いで頭を垂れてその場を逃げるように立ち去った。

「……陛下、どちらへ」

まだ若かった兵士よりも熟練の護衛達は王の気迫に気押されはするものの言葉も出ない程圧倒された訳ではなかった。無言で立ち上がり出て行こうとする王を慌てて呼びとめた。

「ついてくるな」

「しかし…」

「…俺に、同じ事を二度も言わせる気か?」

「…っ」

護衛達は打たれるように一斉に跪いた。

王はその様子を見る事無く部屋を出て行った。




ギルベルトはソネットからの菓子に付随していた紙を握りつぶした。

「王よ…」

廊下を歩く王に上から声がかかった。

「ああ、まんまと出し抜かれたようだな…」

「…申し訳ございませぬ。この失態は我が命で…」

「いい。お前の部下で歯が立たないのならそれなりの粒なのだろう。俺が行く」

「部下にはすでに後を追うよう言ってあります。どうか…ここはわたしに…」

静かに怒り狂う王を諌める。その瞬間、声に向かって短剣が投げつけられた。叩き落とさなければ喉元に突き刺さっていたであろう容赦のない速度で。…余計な御世話だと言う事か。



単身馬に乗り、駆けだす王に、声は密かに溜息をついてその後に従った。







「ん…」

レイディアはうっすらと目を開けた。

「ここは…」

粗末な天井を見上げる。少なくとも後宮ではない。

「そうか…あの人に連れ去られたんでしたね…」

次第にはっきりしてくる頭で今の状況を理解した。

縛られてはいなかったのでとりあえず身体を起こす。

室内は暗く、全貌は明らかではないが、あばら家というほどひどくはなもののこの木造の家は一般庶民の家より小さいし作りが荒かった。窓にはガラスは張られておらず、格子が嵌っているだけだ。家というより納屋といった方がしっくりくる。

外はまだ暗い。気を失ってそう時間が経っている訳ではなさそうだ。

部屋を見渡す。何もない。男の姿も。

レイディアは逃げるべきか迷った。そもそもここが何処なのか分からないし、今は夜だ。

膝立ちになって窓の外を見ると森だった。とすると、この家は昔の森番が使っていたものだろうか。

月の光さえ届かない森は不気味の一言に尽きるが、レイディアにとっては寧ろ安息の空間である。

「目ぇ覚めたか」

振り返ると一つしかない扉からボロボロの外套を纏った男が入ってきた。闇に溶ける色のせいで闇が声を発したように見えた。

「…こんばんは」

しっかりとした足取りでこちらに近づいてきた男は呆れたように溜息をついた。

「…暢気に挨拶してんじゃねぇよ。なんかこう…言う事とかあるんじゃねぇ?騒ぐとかさ」

「? でも騒いだって仕方ないではありませんか」

「心底不思議そうに聞かれても困るんだが…」

「言いたい事もあるにはありますけど…また来るような事を言ってましたし、実際貴方はそれが出来てしまう人なのはこないだでよく分かりましたから」

「…お嬢ちゃんといると調子が狂っちまうな」

大げさに溜息をついて肩を落とす。

「…まあいいや。浚ったのはあんたに話があるからだ」

「そうなんでしょうね。庭先でもない奥の回廊で私を待っていたくらいですし」

「察しが良いな」

「それほどでは。あの人には到底及びません」

「あの人?」

「…半分は本能で生きている様なただの知り合いです。それで、私にどんな御用でしょう?」

「そんなの一つだろう? 巫女の居場所だ」

「この間と同じ問答を繰り返すおつもりですか? 巫女はいません」

「……俺は嘘をつくヤツは嫌いなんだ」

「私が嘘をついていると?」

「…俺が、お嬢ちゃんの正体を掴んでいると言っても、そう言えるか?」

レイディアは一瞬息がつまった。

「私の正体…ですか」

「ああ。故国を征服した国の後宮で働く希少なアルフェッラ出身の女奴隷の正体、だ」

「正体だなんて大仰ですね。私はただの一小間使いでしかありませんよ」

「へぇ、陰から黒い奴らに守られているお嬢ちゃんが、ただの、ねぇ?」

「……何の事ですか?」

「お嬢ちゃんに近づこうとしたらわらわらと出てきて邪魔してきた奴らだ。ありゃどう見たって正規の兵じゃねぇよな。さしずめ裏のお抱え部隊ってところか」

何も言わない彼女をひたと見つめる。フード越しでも分かる、突き刺さるような眼差しを感じた。

「そんな奴らに守られてるお嬢ちゃんはどう考えたって唯者じゃねぇだろ」

「……彼らは無事なんでしょうか」

レイディアが彼らの存在を認めた事で男も悟ったようだ。

「やっぱり……そうなんだな」

「彼ら、は?」

譲らない彼女に苦笑して答えた。

「心配すんな。殺しちゃいねぇよ。無傷じゃねぇが死にはしねぇ」

レイディアはその答えに安堵のため息をついた。しかし安心している場合でもない。

「じゃあ、認めるのか? お前が…――」

レイディアは服の裾を握りしめた。



「――巫女の侍女だってことを」



レイディアは目を点にした。

「……巫女の、侍女ですか?」

「ああ」

「それは…どちらの方に聞かれたのか知りませんが、情報屋の方ですよね?」

巫女の情報は最も扱いが難しい。世間的には死んだとされる巫女の情報はどれも曖昧で、殆どがガセネタだ。正確な情報などそうそうない。さらに王は巫女に関する情報のやり取りの一切を禁じたため殆どの情報屋は巫女に関しての情報を手出ししない。下手すれば王の手の者に闇に葬られるからだ。それこそ裏の、それこそ闇と同化したような情報屋しか巫女の情報は扱えない。ここ数年で数多くいた情報屋はだいぶ減ってしまった、とソネットから聞いた。残るはソネットでさえ手こずる腕利きばかりだとも。

その残った腕利きの情報屋はいつも決まってこういうらしいのだ。後宮に勤めるアルフェッラ出身の女を尋ねろ、と。

レイディアに言わせればとんだ迷惑だが、情報屋から得た情報をもとに彼女の許まで到達するにはあらゆる障害を乗り越えなければならないので、存在は知っていてもレイディアが実際に会ったのは片手に満たない。直に会えるものはそれを乗り越えられた相応の実力者ということになる。目の前の男も、そういう事だ。

それにしてもその情報屋がレイディアを巫女の侍女だと踏んで情報を流していたとは。


「巫女はいないと何度も言っているのにおかしなことですね」

「……」

「しかし、申し訳ありませんが私は侍女ではありませんよ」

しかし男は疑いを解いていないのか尋問は止まない。

「お嬢ちゃんは城や街にも自由に出入り出来るんだってな。普通なら一月も前に申請してやっと許可が下りる様な面倒な手続きがいるってのに。なあそれって巫女を世話するのに好都合じゃねぇか?」

「…仕事上、許可を頂いているだけですので」

「へぇ、唯の・・女奴隷でしかないお嬢ちゃんにそんな重要な仕事を任されんのか。どんな仕事だろうな」

「……」

「ちょっとお嬢ちゃんにはまだいろいろ聞ける事がありそうだ」

瞬間、レイディアの視界が反転した。

「俺は盗賊だぜ? 必要とありゃ非道な手段だって厭わない」

押し倒されたと気付いたのは男の肩越しに天井が映ってからだった。

「…暴行ですか? 拷問ですか? 凌辱ですか? 好きになさい。何をしようが得るものはありませんが」

レイディアの口調は冷静そのものだった。それは経験からくる言葉のようだった。男が息をのむ気配が伝わってきた。

「……」

「そこで、同情なさるお顔をされるとは確かに悪党ではなさそうですね」

幾分柔らかくなった声音に男は知らず入っていた肩の力を抜く。

「お嬢ちゃんは…この状況に何も感じないのかね?夜に男と二人きりなんだぜ?」

男の手はレイディアの両手首を掴み、レイディアの頭上に固定している。

「このような状況は初めてではありませんから」

ならず者相手では下手に騒いだり、抵抗すると余計に煽ることになる。興ざめさせるためにもレイディアはあえてどうでもよさそうな態度を取る。

「明日の仕事に差し支えそうなので早く帰していただきたいのですが」

「ほんとなら…出来れば明日の朝までには帰してやるつもりだったが」

被った外套から覗く彼の瞳は蒼い。夜闇でも分かるその色は海洋そのものだ。だが今は硬質な剣を思わせる。

老人や子供には手を出さないと言っていただけあってやけに良識のある盗賊だ。浚っても殺さずに帰してくれるつもりらしかった。本当にレイディアが巫女とは無関係であった場合、だったが。

「早くしねぇと黒い奴らが仲間をつれてここに来ちまうな」

空いている男の手がレイディアのスカーフに伸びた。

抵抗出来ぬままレイディアの髪を覆っていた薄絹が取り払われ、艶やかな深緑の髪が露わになる。

それと同時にレイディアの容貌も男の前に晒された。

「お嬢ちゃん……―――」

レイディアの顔を覗き込んだ男が息をのむ気配がした。

男の顔がレイディアに近づく、もう少しで鼻先が触れそうなほどに。


バタンっ!!


その時突然、部屋の戸が開かれた。蹴破られたという表現がふさわしい。

「ドゥオッ! 貴様何やってる!」

戸口に立っているのは、あの吟遊詩人だった。






「ゼロ…」

ドゥオが茫然と呟いた。

「何やってんのか訊いてんだよ」

険しい表情で男に詰めよる吟遊詩人に男はうろたえた。

「いや、これは…」

しどろもどろに言い訳を始めようとした男に吟遊詩人は険しい表情そのままに言い放った。

「まず、その子からどけ!」

…今の二人の構図はどう見ても今にも襲おうとしている男と押し倒されている華奢な少女。

男は弾かれるようにレイディアの上から飛びのいた。

「や、その…それより…なんでここに…」

完全にテンパっている男に吟遊詩人は冷たい視線を投げかけた。

「こんな人気のない森の、明かりの無い小屋で、夜、男が女性を押し倒しているという状況に何の弁解を聴かせてくれるんだ?」

「で…でもよ。俺は…」

なおも言い募ろうとする男にもはや一瞥もくれず吟遊詩人はレイディアに近寄って優しく抱き起こした。

「大丈夫?」

身体を起こすと結わえていた髪が床に流れた。

「大丈夫です…それよりどうしてここに?」

「城に盗賊が出て…それで貴女の事が心配に…」

「ゼロ…このお嬢ちゃんな…」

気まずそうに男が口を開いた。

「お前には後で話す事がある。だが今は黙ってろ」

ゼロはぴしゃりと言い放った。普段の穏やかな物腰とは想像もつかない。何をそんなに怒っているのか。

「すみません、こいつには後で良く言い聞かせておくから…」

「…」

「俺はお前の為に…お前巫女に会いたいとか言ってたじゃねぇか」

「黙れといっただろう。人一人攫っておいて何が僕の為だ」

「でも、このお嬢ちゃんは…」

「黙れと…」



「盗賊“鷹爪”頭目、ドゥオ・ガレール、及び副頭目、ゼロ・ルーフォア」



凛とした声が室内に響いた。

男二人は少女を振り返った。その目は驚きに見開いていた。

レイディアの(おとがい)がゆっくりと持ちあがった。






美しい(かんばせ)に飾られた夜の帳よりなお深い漆黒の瞳が、二人の男を真っ直ぐに見つめていた―――


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