渡し守に屈したか報告せよ
お読み頂き有難う御座います。
とある心理テストを参考にさせて頂いております。
異世界から、王子の花嫁を迎える国があった。
何十年も掛け複雑な術式を組み、沢山の財を注ぎ込み、迎えた花嫁と結ばれる王子は、叡知を齎す花嫁と共に悠久の平穏な治世を叶える。
故有って己の世界から弾かれ、疎まれた美しい乙女は美しい王子の妻となり、共に幸せに末長く。
憧れの話。
選ばれた花嫁は、幸せ者だ。最初は驚き、嘆くことがあっても、直ぐにこの国が誇らしい国だと考えるだろう。
この国の者は誰もがそう信じていた。
そして、それで成り立っていた。
「私は恋人がいるの」
異世界の乙女は、硬い声と表情で告げた。
だから、花嫁にはならないと。
「……?恋人?それは、気のせいだよ。私が傷付くかもと気になるのか?過去の事は水に流してあげよう」
あまりに利己的な言葉に、一瞬激昂し掛けた乙女は怒りを押し殺した。
「私には、初対面の人と、結婚する気はないの」
「心配ない。今までも全てそうだったが、直に慣れるさ。この国にずっと住んでいたかのように、誇りを持てる」
「いい加減にしてくれる?誘拐した国に誓う誇りが生まれると本気で思っているの!?」
話は平行線。
相性は最悪だった。
「だが、君と私が結ばれなければ沢山の犠牲が無駄になる」
「勝手に遣ったお金を私のせいにして、ツケを払わせようってこと!?」
「何を怒っているのだ?ああ、呼んだ当初は怒るものだったか。勿論金銭は好きに遣って良い。それで、何が出来るんだ?前の乙女は農業が得意だった。その前の乙女は……」
「誘拐しておいて使い潰す気なのね」
「私と婚姻して欲しい。粗方願いは叶えよう」
「帰ってください」
「では、婚姻しなくて良い。何か叡知を齎してくれそれなら」
「帰って!!帰ってよ!!」
一番目の王子は国一番正直で美しかったが、失敗した。歴史をあれだけ学ばせたのに。
彼は次の日乙女の部屋へは来なかった。いや、来ようとしたのだが、病に倒れてしまったようだ。
「ひとりめの王子が失礼をしました」
「な、何なの……」
「先に謝罪をした上で、貴女の要望を伺うべきでしたね。我々の勝手でお呼び立てして申し訳有りません」
申し訳なさそうな二番目の王子に、乙女は少しだけ昨日のキツい言動を申し訳なく思った。乙女の世界には居ない綺麗なキラキラ光る髪が、瞳が乙女の心を揺らす。
「お花は好きですか?お近づきの印に、これを」
「あ、有難う御座います」
乙女は恐る恐る見たことの無い花を受け取った。
馥郁と香る、甘い香りにうっとりとする。こんな花は、恋人からも受け取ったことはない。
時間をかけ、王子はささやかなプレゼントや会瀬を繰り返し、彼等の仲はゆっくりと深まっていく。
乙女は硬い表情を綻ばせ、笑顔や愚痴を溢すようになった。
「貴女は、帰りたいのですか?」
「だって、向こうには……恋人が」
「その方はどんな方?」
「カレは小さい頃から不治の病気なの。実は、世界一偉いお医者様が私のパパなんだけど、私はそのお手伝いをしていて、ずっと看病を」
乙女は過去を思い出し、清らかな涙を落とした。
「私はずっと何も出来ないカレをフォローしてあげてきたの。何でもしてあげたわ。私がいないと何も出来ないの。きっと、死んじゃうわ。寂しがってる」
「そうなんですか、そんなに彼を愛しているんですね。それでは、貴女を向こう岸に渡してあげなければね」
「そうなの。お願い、帰して」
「ですが、残念ながら時間が掛かります。恋人のためにこの世界の薬草を使って、薬を作っては?」
その素晴らしい提案に、乙女の顔が輝いた。
「本当!?」
「ええ、この世界には貴女の国にない薬草が有るでしょう。特効薬が作れるかも」
帰ることが出来て、不治の病の恋人を助けることが出来る。希望は叶えられる。
乙女は、精一杯この世界の文字を学び、文献を開き、薬草を摘み……薬を作った。
乙女の為に、沢山のひとが笑顔で協力してくれた。
「流石偉い医者の娘ですね」
「本当!?」
「ほう、こんな効能が見つかるなんて。貴女は得難い方だ」
「私、凄い!?」
「美しい乙女よ、賢くて素晴らしい私の……」
薬草園や、王宮内。図書館や、街中で頬を寄せ合い、手を繋ぎ……寄り添うふたりは誰がどう見ても、仲睦まじい恋仲だった。
だが、その時間ももうすぐ尽きる。
「貴女が帰る準備が整いました。どうか、私に一晩だけでも」
「王子様……。私、カレを愛しているの。だけど、貴方も諦められない」
「ええ、分かっています。私の事はどうか舟賃とでも、思ってください」
乙女は、涙ながらに二番目の王子に身を任せた。情熱的に、深く深く。
一夜だけでは終わらない、ひとつき程に延び、そして、万能薬は完成した。
そして、乙女はカレの元へ戻る。喜び勇んで、王子の贈ってくれた美しいドレスを翻し、カレの元へ走った。
「ねえ!!私、戻ってきたわ!!貴方を救う万能薬を持って!!」
白いベッドに寝かせられた恋人は怯えていた。
「何なんだ、その変な服、その格好」
「え?」
王子に与えられた、有り得ない程に豪奢で非現実的な服を指摘され、乙女は愕然とした。
異世界に召喚されていたとは咄嗟に説明が出来ず、口ごもる。
不穏な目線は止まらず、大きく開いた胸元を隠すように自分を掻き抱いた。
「お前、一体何をしに来たんだ?」
「あ、あのね。こ、これは、違うの」
これまでのカレとは違う、余りにも冷たい視線に乙女は怯えた。
どうして?
今までは優しかったのに。
自信の無い声で、優しく話してくれていたのに。
どんな時も笑顔を絶やさなかったのに、そんなに体調が悪いのだろうか。
乙女はベッドに近寄ろうとすると、近付くなと冷たい声を投げつけられた。
「暫く見ないからホッとしていたのに。また俺を苛めに来たのか?今度は、一体何をしに来たんだよ。言っておくがこの部屋には監視カメラが付いてるからな。前みたいに自作の変な泥入り飲み物を無理矢理飲ませようとしても無駄だぞ」
「そ、そんな言い方!!それに、変な薬じゃない!!ちゃんと私が愛を込めて作った薬をそんな風に思ってたの!?」
「お前の父親は、薬事法違反で逮捕されたぞ。お前が俺に無理矢理飲ませた劇薬を管理出来なかった罪でな」
嘘。
何で、パパが!?
パチリ、と瞬いたテレビにニュースが映る。
何故か乙女の家が大写しに映っている。そして、乙女の父親の名前がキャスターによって無感情に読み上げられて行く。
そして、呆然とする乙女の名前まで。殺人、未遂!?
ニュースは、淡々と進んでいく。
「何で世界一偉いパパが逮捕されなきゃいけないのよ!?そ、それに、わ、私まで!?」
「お前がおじさんの薬を盗んだからだろ!!それで俺を長期に渡って殺そうとした罪だ!!」
恋人は、力一杯ブザーを鳴らした。そして、背後のマイクに大声で叫ぶ。
「助けてくれ!!あの女が乱入して来たんです!!殺される!!」
「違う!!私は、ずっと体の弱い恋人の貴方が心配だった!!
だから、薬を作ってあげてただけよ!!」
「嫌がっても無理矢理飲ませてきただろ!!お前みたいな悪魔、誰が恋人なもんか!!弱る俺を見て張り付いて看病の真似事して嘲笑ってた癖に!!俺をダシにして俺の親まで騙していた癖に!!」
「違う!!私は、今までは薬を間違ったかもしれないけど、今回は!!それに、乱暴しないで!!貴方の子が居るかもしれないの!!」
バタバタ、と廊下を走る靴音が響き渡る。
「私は貴方の為に!!」
押さえつけられながらも叫んだ言葉は、カレには届かない。人で覆い隠され、そして……。
「乙女は帰したのか」
「ええ、向こう岸に是非とも!と言われたので、対価を得てから渡しました」
「乙女の腹には?」
「我が子は此方に」
侍女の腕の中でキラキラと光る髪の赤子が、すやすやと眠っている。
「では良き日に回収を」
「ご苦労であった」
一番目の王子は、跪くキラキラ光る髪の男に頷いた。
「それにしても、何故乙女は渡れるまで誘惑を退けなかったのだろう。恋人は余程の善き男なのだろうか」
「仮にそうだとしても、首に吸い痕だらけですよ。しかも、他の男に贈られた下品で扇情的な服を着て見舞いに来る女性を、君は素晴らしい恋人だと赦す男が居ますかねえ」
「愛が有れば赦すのでは?」
「残念ながら凡人の身なれば、我が身に置き換えては怖気が致します」
偉い医者の娘と豪語しながらも、大したものを産み出せない紛い物。それなのにこの国の者達へ劣っているだのなんだのと暴言を吐いていた。
だが、諦めて放逐する直前で発見した。赤子の奇病に効く薬を。
「帰りたい。向こうへ戻りたい。私を認めていてくれたあの国へ渡してよ……。愛しい、私だけの愛するカレの子供がお腹にいるのよ……」
……容疑者は、雑談には応じるものの……口を閉ざし……時折……。
尚、父親である……被告は容疑を認めています……。しかし、娘の……被告は容疑を否認しており……事件の解明が……待たれます……。
誰が一番悪いのか