ぷろろーぐ
「ちょっと、京! どういうつもり?!」
相馬京は悩んでいた。
「私を置いていくなんていい度胸じゃない!」
この掴みかかってくる──
「待ってるようにって言ったでしょ!」
高飛車な──
「私が寂しいじゃない!!」
…………わけではない幼馴染に。
▽▽▽
「はい、ネクタイ緩んでいたわよ。キチンとしなさい!」
小野町夜子
「まったく……何で置いていくのよ?」
亜麻色の髪にたまご肌、つり目だが愛くるしい顔立ちにメリハリの利いたスタイル。
去年、一学年にしてミスコン優勝を果たしていた。
「あっ、もしかして日直だった?」
学内の試験では常に十位以内をキープし、体力測定では非公式だが日本新記録を更新。
授業態度も良好で、教師からも信頼されている。
「それなら昨日の夜までに言っておいてよね! 慌てて飛び出す羽目になったじゃない!」
まさに眉目秀麗、才色兼備を地で行く完璧少女だ。だが──
「なあ、いいのか?」
「ん? ……なにが?」
「ただの幼馴染になってるぞ?」
「! しまった! 暴力系するの忘れてた!」
…………なんか、残念だった。
▽▽▽
俺の幼馴染の夜子は、何故か暴力系を目指しているらしい。
……え? 何を言ってるかわからないって?
安心していい。俺もだから……。
夜子との付き合いはそこそこ長くて、幼稚園の頃からだ。
俺が初めての友達だったらしくて、知り合って以来ちょこちょこと俺の後ろをついて回ってた。
だが、何故か小四の頃に学校からの下校道で
「きょう! わたし、暴力系になる!」
と言い出した。
当時はどういう事かよく分からなかったが、今にして思えば、どう考えても血迷っているとしか思えない戯言だ。
何せ、この後に続く言葉が
「きょうのために! おによめになる!」
だったから。
まさかの逆プロポーズからの恐妻宣言。
しかも本人はそれを認識せず
「待っててね、きょう! わたし、立派な暴力系になる!」
と意気込む始末。
もうね、俺ぽかーんってなったよ。
当時は暴力系も鬼嫁も分からなかったから。
いいと思うよ?
暴力系ツンデレ幼馴染とか。
サブカルチャーにそれなりに詳しくなった今では理解もある。
だがその暴力が自分に向かうとなれば話は別だ。
どう考えてもただの犯行予告だ。
いや、むしろ私刑宣告か?
まあ、気になって意味を調べた後の俺は震え上がったさ。
全くもって杞憂だったわけだが……。
▽▽▽
「うう、何してるのよ、私……。ちゃんと暴力系できてないじゃない……」
生まれ持ってのものか、夜子は暴力系が向いていなかった。
「これじゃあ、京をメロメロにできないよぅ……」
あー、へこみ出した。
しかも色々とダダ漏れ。
……はあ……。
しょうがない……。
「ちゃんとできてたぞ」
「えっ、ホント?」
「おう!」
「……でもどこが?」
「あーほら、さっきネクタイ直してた時さ、結構勢いあって掴みかかってるみたいだったぞ。なかなかいい線行ってたと思うぜ?」
「ホントに?! やったあ!」
と、こんな感じに毎度毎度忘れてはへこみ出し、それっぽいところを指摘しなければ立ち直らない。
しかもへこみながら「ノーサツできない」だの、「京がメロメロにならない」だの色々垂れ流し状態になる。
………………可愛い……。
って違う違う!
俺の感想は置いておいて、夜子は根本的に暴力系が向いていない。
適性で表せばEとかFと表示されるに違いない。
それくらいは向いてない。
……最初はかなりビビったけどな……。
考えて欲しい。
つり目美人がそのつり目をさらに吊り上げて、勢い良く詰め寄ってくる。
……普通に怖かった。
…………まあ、すぐに「髪が跳ねてるから直すわね」とか、「顔色が悪いわよ?ちゃんと寝てるの? 膝枕してあげるからちょっと仮眠しなさい」とか世話焼きが飛び出してくるから、すぐに慣れたけど……。
それに後者は役とk──ごほん!
とにかく!
夜子はあくまで自称暴力系(笑)だ。
ツンデレですらない。
何せ──
「ふへへぇ……。ちゃんとできてたぁ。京もこれで意識してくれるよね♡してくれなくても、もっとアプローチすればいいもんねー♡ ふふーん♪」
とか両頬に手を添えながらモジモジと呟き続けているから。
……マジで可愛い……。
ごほん!
だからこの物語は──
「あっ、京! そろそろ電車の時間! 日直なら急がないと!」
「しまった! ナイス、夜子! 委員長にどやされるところだった!」
二人で走る。
この物語は俺が暴力系幼馴染に悩まされるものではなく──
「そういえば、ママが京に遊びにきなさいって言ってたわよ? 放課後うちに来ない?」
「いや、一昨日行ったばかりじゃん……。宵子さん催促多過ぎないか?」
「そう? 私は京と一緒にいれて嬉しいけど?」
「…………」
俺が可愛い幼馴染に悩む物語だ。
ちなみに俺の名前は京だ。
断じて京ではない。