大陸統一国家エブレン
『『『『『『『うおおおおおおおお!!』』』』』』』
貴族にあるまじき野蛮な怒声が響き渡っているのは大陸統一国家エブレンの王都にある貴族街である。本来ならば馬車や浮遊艇しか通っていないその大通りは現在、下は騎士爵、上は公爵家の縁者で埋め尽くされていた。当主達は全員王城前の大広間、又は謁見の間に集められているため、ここにいるのは子供や御隠居、第二夫人以降の者達だ。
8歳以下の子供であることを表す仮面を被った子供の中には見知らぬ貴族関係者に肩車されている者もおり、正しく無礼講が成り立っていることが窺える。そんな中、水の魔法で台を作り出し、その中に浮いている二人の子供がいた。二人は何やら口汚く互いを罵り合っている。
「なんで私も怒られのよ!?ディーが勝手にやったことでしょ!?自分一人で責任とりなさいよ!」
「ハッ主人と従者は連帯責任だ!主人がやった事を諫められなかった従者も悪い!してそこのチンチクリンよ、お前は俺のなんだ?」
「はああ!?こんなに口答えする従者がいるもんですか!ってかチンチクリンってなんですか!?私はもう150cmになったのよ!?そりゃあんたみたいな異常成長者から見たら小さいでしょうけどね!今に見てなさい!?ヒール履いて惨めな思いさせてやるわよ!」
醜い。外見しか相手を傷付けず罵る方法がないため、ディランとリアの間で飛び交う罵倒は常に身長関連である。当初は周囲の大人も二人を止めようと動いたが、話しかける度に二人が浮かんでいる水柱の高さが上がっていくため、やがて諦めた。
しかしその喧嘩もやがて終わりの時を迎えた。王都中に響き渡るほどの音量で、ファンファーレが鳴り響いた。先ほどまでの喧騒がまるで嘘のように静まり返った大通り。大通りに集まった約二十万人もの貴族縁者達は、老若男女問わずその瞳を魔力で強化し、視線を王城のバルコニーに向けている。これから起きる事から目を背けるような酔狂は誰も起こす気はない。ロゼリアにある八つの大陸の内、一つしか国が存在しない大陸は二つ。しかし、そのうち一つは魔の大陸と呼ばれる極限環境の大陸にある国で、その勢力圏は他大陸の小国と同程度である。故に、このエブレン王国こそが世界唯一の大陸統一国家なのだ。そんな国家が大陸を統一してから二百年、初めて国家元首が変わるその瞬間がこれから訪れる。
そして、遂に王城のバルコニーに一人の男が姿を現す。遠目からでもわかる煌びやかな装飾に身を包み、真白なマントをはためかせているその男だが、大通りに集まっている者達が注視するのはその身体ではなく、その男の頭の上に鎮座している質素な冠である。明らかにその男が身に纏っている服と不釣り合いなその王冠。しかし、その王冠こそがエブレン王国国王の証である。大通りに集まった貴族縁者の中には静かに涙を流している者もいれば、人目を憚らず嗚咽を上げているものもいる。
今日この日、国王派も貴族派も中立派もなく、エブレン王国全ての貴族の心が通じた。つい先日まで利権を争っていた貴族達が肩を組み、互いに涙を見せ、慰め合っている。その異様な光景は、やがて終わりを迎えた。新国王がその口を開いたのだ。そして、拡声魔道具を通じて響き渡る若い男の声。
『エブレン王国の民よ!その身分を問わず、我が言葉を聞け!我こそがエブレン王国国王!カイル・エブレンである!…それともこういった方がわかりやすいか?S-ランク冒険者“雷神の化身”カイルだ!』
その言葉に先程まで泣いていた者達は総じて凍りつく。今、新国王はなんと言ったのか。自らの耳を疑い耳を引っ張り、夢を疑い頬を抓る者達。それほど前にS-ランクと言うのは凄い称号なのだ。数多いる討伐者の中でも選ばれた存在である冒険者。そんな冒険者の中の頂点を極めし者達のみが認められるのがSランクなのである。しかし、カイル国王は驚いている者達の事など気にも止めず言葉を続ける。
『信じられねえやつは後でギルドにでも確認しろ!全情報を開示設定にしておいた!そして知れ!これからお前達を導く者は世界を知る者だと!八大陸を巡りし者だと!納得しろ!これから訪れるのは変革期だ!世界はこれから大きく変わる!そしてその爆心地はこのエブレン王国だ!ついて来い!必死にしがみつけ!生き残ったその先にある新しい世界を俺が見せてやる!』
余りにも粗暴な言葉遣い。大凡、国王の発していい言葉ではない。しかしm民は熱狂した。貴族は笑みを溢した。力が尊ばれるこの世界で、頂点にまで上り詰めた男が王となり、自分達を導くというのだ。大胆不敵な王の宣言は新しいエブレン王国の福音だ。ああ、これからが楽しみだ、と貴族達は思う。王が宣言したのだ。確実に変革は起き、多数が篩い落とされる。しかし、それを乗り切れば。乗り切れれば。どのような世界が待っているのか。どのような自分が待っているのか。全員が今から楽しみで仕方がなかった。短命種の家の者は必ず国王の言葉を語り継ぐと決め、長命種の家の者は必ず忘れまいと自戒する。
『ここに俺が王位を継いだことを宣言する!!!!』
『『『エブレン!エブレン!エブレン!エブレン!!』』』
王の宣言の終わりと共に同時多発的に発生した合唱。この宣言を魔道具越しに聞いていた大陸中の国民が、王城前の当主達が、貴族街の貴族達が口を合わせて自国の名を叫ぶ。
その合唱は王がバルコニーを去った後も続き、結局終わりを迎えたのはそれから二時間の時が過ぎてからであった。そして、今日の余韻を引き延ばすために、早速策略を練るために、夢を語るために、人々はそれぞれが決めていた宴会の場へと足を運ぶのであった。