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「で?入ったはいいけど精霊によると家は正面玄関以外トラップだらけらしいわよ?」

「うーん…」


 リアはこれからの行動の予定を隣にいるディランに問う。ディランはしばらく考え込んだ後、口を開いた。


「よし!燃やそう!」

「は!?」


 リアはディランが導き出した狂気的な結論にスットンキョンな声をあげる。


「ばっかじゃないの!?中の人死んじゃうじゃない!」

「しー声が大きいって。別に死なないよ?リア覚えてない?二ヶ月ぐらい前、リアとの接近戦…」

「は?は?ああ!エッチバカ助平!」


 リアは何を思い出したのか、顔を真っ赤にしてディランに拳を突き出した。しかしディランはこれを難なく回避、リアの背後に回ると抱き締めるような形になり、素早くリアの仮面を外すと手を口に乗せ、塞いだ。


「だからリア、煩いって。それにあれは武装解除させるって伝えてたろ?」

「う゛ぅ…!」

「とりあえず手離すぞ。魔法発動したらすぐに突っ込め。向こうは混乱してるうちに殺る。必ず二人は残せよ?」

「ウ゛―!」

「い・い・な?」

「(コクコク)」

「よし。」


 ディランに手放され、地面にへたり込むリア。心なしか、先ほどとは違う朱色に顔を染めているように見える。ディランはそんなリアのことは気にすることなく、右手にはめている指輪に魔力を通し始める。


<<生み出されし焔よ 生命を渇し、燃やし、その糧とせよ 炎人>>


 ディランの短い詠唱が終わると同時に燃え上がるディランの身体。その燃焼は数秒間続き、やがて鎮火した炎の中から姿を現したのは不気味な姿になったディランであった。露出している腕や首筋には赤紫色の亀裂が無数に入り、先ほどまで美しく輝いていた紫の髪を燃え盛る炎を纏っている。心なしか身長ものびており、発している雰囲気は先ほどまでの悪戯小僧、と言ったものではなく、覇王と表現されるべきものだ。そんなディランはさらに詠唱を重ねていく。


<<炎よ、爾は我が其方に与えし役割のみを果たすべく生まれ出る 生命を活かし、生かせ 魂亡きものを燃やし尽くし その短き定めを終わらせよ 選別の炎>>


 ディランの手の先から流れ出る細い鞭のような炎。それはゆっくりと屋敷へと伸びていき、やがて小さな火花が屋敷に飛び散った。そして一気に広がった。それまで赤ん坊でも避けれるほどの低速で屋敷に迫っていた炎は、火花が接触した面から一気に燃え盛った屋敷の炎と繋がり、取り込まれていく。

 リアはこの現象を確認するやいなや、先ほどディランに外された仮面を付け直し、なんの躊躇もなく巨大な炎壁と化している屋敷に突入した。彼女は知っていたのだ。ディランの炎が自分を焼くことはないと。そして屋敷の中にいるであろう犯罪者は確実にパニック状態に陥ると。なにせこの魔法を初めて喰らったのは彼女だ。元々ディランが夢の中で見たと言う武器破壊の火魔法を改善して出来た魔法。初見でそれを喰らったリアは、自分が燃え果てる、と言う錯覚に実際やけどを負ってしまうほどのパニック状態に陥った。故に彼女は今回の敵もそうなるだろう、と思っていた。


 屋敷に突入したリアは、彼女が触れ合うことの出来る唯一の精霊である風精霊に先を導いてもらっていた。本来ならば行く手を阻んでいたであろう数々のトラップはディランの炎によって次々と破壊されていく。外からディランが操っているのだ。彼は炎人の身体強化魔法でさらに強化した神龍人の聴覚で、リアの一挙手一投足どころか十歩先の行動の予見まで行い、彼女の弊害になるものに優先して炎を回していた。そして、リアがやがてたどり着いたのは屋敷の最奥。地下の牢屋の前であった。


「はあ…どうしようかなあ…」


 気怠そうに呟くリア。それも仕方のないことだろう。なんせリアの視線の先には十人を超える大人の男達が待ち構えていたのだ。しかも高価な魔法無効結界を張っているのか、ディランの魔法が届いておらず、リアも精霊を見失ってしまっていた。


「テメエ何もんだ!!?」


 男の一人が叫び散らす。


「はあ…」


 明らかに知能が低い事が窺える顔を隠した相手に素性を尋ねると言う行為を行い、叫び散らしている男にリアは溜息を吐いた。そして、敵を排除するべく一歩踏み出した、が、二歩目を踏み出そうとしたところで眉を顰め、歩みを止めた。彼女の視線の先に、短刀を首に押しつけられた白髪の少女が現れたのだ。一眼で明らかに高位貴族の子女とわかるような魔導服を身につけた十代中盤ほどに見える少女は、体に力が入らないのか気絶しているのか、身体が重力に逆らっておらず、少なからずもリアを動揺させることに成功した。彼女は一瞬、最悪の可能性を考えてしまったのだ。が、すぐにその考えを否定するように首を横に振り、目の前で少女の首にナイフを突きつけている男に声をかける。


「はあ…手放すなら今のうちだよ?わたしならお前らは死ぬことはないから…」

「ハッこっちが有利なのに手札を手放すわけがねえだろ!お前は誘拐対象じゃなかったがその服、それなりの金にはなるだろ。どうだ?今降参すれば傷付かずに済むぜえ?」

「生憎身体を委ねる相手は既に決まっていますので。と言うよりあなたたちに残された猶予は多分あと数秒ですが…いいのですか?」

「はあ?こっちは魔導警報張ってんだよネズミ一匹迷い込んじまったようだが俺らを始末できるほどの人数が入ってきたらすぐわかんだよばーか」

「ああ…」


 リアは理解した。この男達が屋敷の状態を知らないのだと。知っていればこれほどまでに強がれる筈がないのだから。


「ではせいぜい楽に逝けるようお祈りします。」

「はあああ?テメエ何言ってん___」


 男が最後まで言葉を発することはなかった。リアの背後から一瞬何かが光ったかと思うと、男達は一斉に葛落ちたのだ。まるでエネルギ供給が切れたロボットのように、糸が切れた操り人形のように、眠るように彼らは崩れ落ちた。


「リア、案内ありがとうな。」

「ディー遅い!一瞬人質取られちゃったじゃないの!で?全員殺しちゃったの?」

「いや。思ったより弱かったから全員生かした。まあもう二度と下半身が使い物になる日は来ないだろうけどね。」


 リアの隣にディランが並び立つ。彼の体表は相変わらずヒビ割れており、髪は燃え上がっている。


「ディー、なんで魔法無効結界内でそれ維持できてんの?」


 自身が魔法を使えないのに、ディランが使えていることを疑問に思ったリアが訪ねる。


「ん?ああ、それか。いやだってこの結界、外からの魔法攻撃の侵入と結界内部での魔力変換現象の阻害だけだろ。元々発動してたのは解除されないよ。まあ、魔力変換が出来ないからもうこの強化も解けるけど。」


 と、ディランが言ったところで丁度彼の体が元の状態に戻った。赤黒い筋は消え、髪は元の滑らかな紫髪に、そして身長も戻る。


「ほらね。さて、じゃあそろそろ行こうかリア。憲兵が近寄ってくる音が聞こえる。」

「そう言うのはもっと早く言うの!ほら!とっとと退散するわよ!」


 ディランが屋敷に接近してくる兵士の存在をリアに伝えると、彼女はディランの頭を軽く小突いてからすぐに来た道を戻る。ディランは微かな違和感を感じて地面に伏している男達と少女を一瞥するも、それ以上は特に何も感じることが出来ず、リアの後を追うのだった。



(ああ、待って…お礼を…お礼を…ああ……)


 もしディランがこの時違和感を追求し、相手の状態を確かめていたのならこの少女の運命は大きく変わったのだろう。だが、ディランは何もしなかった。それがどのような結果をもたらすのかは今は神のみぞ知ることである。



『でぃーらーんーくーん?なんで憲兵からの報告で屋敷が燃えて敵対勢力が全員気絶してるって言われたのかなあ?ねえねえ?兄ちゃんはその何もしないように言ったよねえ?ねえねえ?言い訳ぐらいは聞いてあげるよー?』


 屋敷を無事脱出し、未だに戴冠式の熱気で盛り上がる貴族街のメインストリートに戻ったディランとリアは、ケルビンからの通信を受け現在裏路地に入っていた。

 そしてリアの精霊経由で聞こえてきたメッセージ。明らかに怒りをひめたその声色に、ディランは小さく震える。彼は知っているのだ。自分を溺愛している兄だが、怒った時は容赦がないと。そして質問形式で怒っている時はもう罰が決定した後だと。何を言っても無駄だと悟ったディランは、言い訳を諦めた。


「打撃音が聞こえたので一刻を争う状態だと判断。物しか燃やさない炎でトラップごと屋敷を燃やした後に突入。救出対象が人質に取られたので殲滅。報告は以上です。お叱りは後でお受けいたしますので今は戴冠式を楽しんでくださいケルビンお兄様。あと五分ほどで始まりますので僕はこれで失礼させていただきます。」


 リアが指し示した精霊のいる場所に事務報告のような内容を告げたディランは、リアが精霊を送るのを確認するとその場を離れた。勿論リアは精霊に返答を受け取らないように指示してある。どうせ怒られるのであれば目一杯楽しんだ後に怒られよう、とディランとリアは目線での会話で決めたのである。そうして二人は貴族で溢れかえったメインストリートの雑多に紛れ込み、出来るだけ近くで城が見える場所に到達しようともがくのであった。


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