加護の儀
ディランが前世を夢見、その仔細を両親に打ち明けてから三日。彼は両親によって教会に連れてこられていた。
「…では転生者達は全員、加護スキルを五つ授かる、と。」
真剣な顔でディランに尋ねるのは明らかに高価な法衣を身に纏った初老のエルフだ。
「はい。加護スキルに振り分けられるのか後天スキルに振り分けられるのかはわかりませんが…それと武器が一つ、と。」
「ふむ。他に判断基準はあると思うかね?」
「ええと、あっ多分ですがウィンドウオープン、と言うと思います!教会内じゃなくても帰りとかで。」
「それはなぜ?」
「夢の中のゲームで自分の状態を確認する為にいう言葉なんです。目の前にスキルや自分の能力値が出てくるんですよ。」
「ふむ…我々が使う秘匿魔術の範囲限定版、と言ったところか…スキルの数でわかるとは思うがその文言にも気を付ければ殆ど目星を付けることができるか…」
初老のエルフはしばらく考えに耽り、やがて顔を上げた。
「あい、わかった。国王陛下の言もあるのでこちらは協力しよう。じゃがガーネット卿、教会としてはスキルの情報は秘匿する、と決まっておる。のであくまでそちらに開示できるのはいまの条件に当てはまったもののみだ。また、国内でスキルを五種授かった者がそうじゃの…例年の平均値に達しなかった場合は開示せん。まあ十万を超える者が流れ込むのじゃ。世界中に国があるとはいえ、大陸を一国で牛耳るこの国ならば相当数が入ってくるじゃろ。この条件はあくまで上を納得させるためのものじゃ。」
「ええ、了解しました。ブレミ大司祭、御協力感謝申し上げます。」
話を振られたボラスは即座に条件を了承し、頭を下げる。現在ディランとボラスが対話をしているのはこのロゼリアにおける唯一存在する宗教の組織内で、この国において二番目に権力を持つ人物である。いくら侯爵、と言えども頭を下げるのは当然のことであった。
「なに、この話を持ち込んでくれて感謝しておる。幸いこの国が加護の儀を最初に行う国じゃからな。まだ次の国まで一週間もある。他の国々の教会にも伝達ができるわい。まあ、その国に報せるかは別の話なんじゃがの。」
「我が国はディランがいて幸運でしたよ。幸いなことに現宰相である私の息子だ。すぐに対応ができました。」
笑みを浮かべて話すブレミ大司祭にボラスも同調する。そんな二人を眺めていたディランに、不意に二人に視線が移る。
「さて、ではディラン君。君の加護の儀だけ先に済ませてしまおうか。」
「えっ?四日後にみんなとやるんじゃ…」
「加護の儀は五歳を超えればいつでもできるのじゃよ。だから今やっておいた方がいいと思うんじゃが。それとも四日後に再度訪れ、何百何千と言う人々の中待ちたいのかのぉ?」
「いえ!是非やらせてください!」
人混みが苦手なディランは直ぐに願いでる。ボラスとブレミはそんなディランを楽しそうに見ている。
「フォッフォッフォッ。では行くとするかのぉ。ついてくるといい。ではガーネット卿、儂はディラン君の加護の儀を執り行ってくるのでここでお待ちいただけるかな?」
「ええ。どうか宜しくお願いします。」
ボラスはベラミに再度会釈をする。その様子を確認したベラミ大司祭は部屋を後にし、ディランはその後をトコトコと追うのであった。
数分程廊下を歩き、辿り着いたのは顔の無い女神の像が安置された小さな部屋であった。ベラミ大司祭は中に入り、ディランを招き入れる。
「ではディラン君。そこの女神様の前で跪いて目を閉じてもらえるかの。」
「はい。」
ディランはなにも疑うことなく、指示通りに跪き、目を閉じる。
「では今から加護の儀を執り行う。“天に座す神々よ この小さき者に慈悲を与えその加護をもって導きを”」
ベラミ大司祭がそう唱えると共に、ディランのに温かい何かが流れ込んでくる。そして聞こえてくる懐かしい声。
『ひっさしぶりー!五歳まで生き延びれた君を祝福しちゃうぞー!』
ディランはこの声が谷岡真司の記憶の中にあった“GM”と言う人物のものであると瞬時に理解し、ゆっくりと目を開いた。眼前に広がるのは真っ白な空間と一つの机と椅子だ。
『あっ僕のことを罵ってるそこの君!ざんねーん!これは録音でーす!聞こえないよーんだ!では早速君達のチートに行ってみよー!そこにある机に座ってねー』
ディランは素直に机についた。
『今から君達の眼前にステータスウィンドウが表示されるよ!その中からパッシブ、アクティブ問わず五つまで選んでね!あとはアイテムボックス欄から一つ、武器を選んでね!選んだ武器は君の体内に収まって念じるだけで出てくるようになるよ!じゃ、説明しゅーりょー!全部選んだ瞬間にこの空間から解放されるからね!一度押したスキルは解除不能!じゃ、もう僕の声を聞くのも最後だろうからね!ぐっばーい!』
軽い挨拶で終わる放送と訪れる静寂。すると、ディランの眼前には夢の中で見たステータス画面が広がる。“トゥルー”と言うハンドルネームの下に広がっている二百を超えるスキルの数々。その中から本来であれば数時間は考え抜いて選ぶのであろう五つのスキル。しかし、ディランは事前に選ぶスキルを決めていた。この三日間、このロゼリアの世界とアナザーアドベンチャーの世界の相違点を母親と共に洗い出し、谷岡真司の記憶の中にあったスキルの中から最適の組み合わせを考えたのだ。
「えーと、お母様が言ってたのは“魔力増強Ⅹ”、“魔法刀術神級“、”魔力運用効率Ⅹ“、”アイテムボックス“、の四つだったね。あと最後は取れるなら”成長上限解放“取れなかったら”天賦の才“、と。あっ全部ある!よし!取っていこう!」
二人で決めたのはパッシブの補正系を取る事だ。実はこのロゼリアでは、補正系のスキルは先天的、若しくは加護の儀のみでしか得る事はできないが、攻撃系のスキルの殆どは後天的に努力で獲得が可能らしい。そして“魔法刀術神級”を取るのはそのようなスキルが記録上存在していないためだ。谷岡真司の記憶から学べるのでいいだろう、との事である。
また、魔法の資質は神龍人の種族特性として必ず二つは先天的に備わっているらしく、必要がないとの事だ。また、冒険者をやるのであれば役に立つであろう“アイテムボックス“、そして千人に一人が先天的に持っていると言われている“成長上限解放”。ロゼリアではレベルやステータスが表示される事はないが、英雄に至る者は持っている場合が多いという認識があるらしい。
ちなみに、神級とはゲーム内にて努力で至れるスキルの極地だ。Ⅹは課金で獲れる最高峰のスキルに付く。
「よし!選び終わった。次は武器。これは竹俣兼光でいいはず。手入れの仕方なんてわからないし“不壊”はあって困らないしね!」
アナザーアドベンチャーにおける竹俣兼光、とはユニークレイドの貢献ランキング二位報酬で、世界に一つしか存在しない刃渡り八十五センチメートルの太刀である。“トゥルー”がメインで使っていた武器だ。付与は“雷纏”、“手入れ不要”、“不壊”、“居合強化”。神話では雷神を斬ったとされる刀だが、宿す能力は雷関連だ。唯一無二のユニーク武器なだけあり、その威力はゲーム内でも上位百に入るほどであった。
そうして選び終えたディランは次の瞬間、女神の像の前に戻っていた。
「ベラミ大司祭、多分終わったと思います。」
ディランは背後に佇んでいたベラミ大司祭と向き合う。
「ふむ。そのようじゃな。では確認するとするかの。この水晶に触れておくれ。」
差し出された水晶にディランの手が触れる、と同時に水晶の上にステータスウィンドウによく似た表示が現れた。
===============================================
ディラン・ガーネット
5歳
男
神龍人
先天スキル
水魔法の素質、火魔法の素質、龍化、飛行、龍の咆哮
後天スキル
エブレン王国語
加護スキル
魔力運用効率Ⅹ、魔力増強Ⅹ、魔法刀術神級、成長限界解放、アイテムボックス、魂装“竹俣兼光”
===============================================
「おお…話は本当じゃったか……ふむ?加護スキルが六つあるようじゃが?」
ベラミはディランのスキルを閲覧し、その余りの加護スキルの多さに感動しているのかうっすらと涙すら浮かべている。
「ええ、選んだのは五つです。多分この魂装、と言うのは武器だと思います。“魂装召喚”」
ディランが小さく呟くと、彼の手に鞘に収まった巨大な太刀が現れた。ディランの身長より多少は短い程度の大太刀は、当然の如く彼のバランスを崩した。
「うわっ!」
「おお!」
重さに耐えきれず、尻もちをつくディラン。ベラミはそんなディランを慌てて引き起こす。
「大丈夫かの?」
「はい…」
「ふむ…これは案外簡単に選別できるのぉ…」
「そうなんですか?」
「うむ。魂装、などと言うスキルは聞いたこともないんじゃよ。これを持つ者をリストアップするだけでもよかろう。それにしてもディラン君の加護スキルは初めて見るものが多いのぉ…成長限界やアイテムボックスは前例があるものの、他の三つは初めて見るわい。先天スキルで魔力増強、魔力運用効率が存在する、と言うのは聞いたがあるんじゃが、Ⅹなどと言う表記は初めて見る…転生者達の籠の儀が終わった後は本部のスキル全録編纂部が荒れそうじゃの…儂には関係がないからいいんじゃが。ではディラン君、自分のスキルは覚えたかの…っと君はいつでも閲覧できるんじゃったの。そうか、お布施が十三万人分減る、と言う弊害があるんじゃな…面倒くさいことになりそうじゃのぉ…まあよい。ディラン君、ガーネット卿の元に戻るとするかの。」
「はい。」
独り言も含めたベラミ大司祭の話が終わり、ディランは彼と共にボラスの待つ部屋へと戻るのであった。
「ディラン!戻ったか。ベラミ大司祭、ありがとうございました。で、どうだった?狙ってたのはあったのか?」
二人を出迎えたのは満面の笑みを浮かべたボラスだった。彼はベラミ大司祭に小さく会釈をすると、すぐに息子と向き合った。
「お父様。全部ありました!」
「そうか!よかったな。では明日から鍛錬だな。覚悟しておけよ?最高の環境を用意してやる!」
長命種であるボラスにとって、八十年ぶりに生まれた息子のディランは可愛くてしょうがないのだ。冒険者になる、と言うのであれば最高の準備をさせて送り出す、と言うのがボラスが決めた方針だった。彼は欲しかった物が得れた事で心底嬉しそうな表情を見せているディランの頭を乱雑に撫でる。
「うぅ…お父様もっと優しく撫でてください……」
「俺はエルフだからな。男には優しくねえぞ〜?明日からは夢を見る男だからな!ビシバシいくぞ!」
「はいお父様!」
「よーしよし可愛い子だ!ではベラミ大司祭、次は加護の儀の三日後に。本日は有り難うございました。」
ボラスはディランを抱え上げると、親子の触れ合いを微笑ましそうに見ていたベラミ大司祭に頭を下げ、ディランを抱っこしたまま部屋を出て行った。
評価宜しくお願いします。