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目覚め

豪奢な部屋の中心、巨大なベッドの上でその少年はうなされていた。窓から侵入する月明かりに照らされているその顔は幼児特有の中世的な顔立ちで、燃え盛る炎のように真っ赤なその髪と眉毛は汗でびっしょりと濡れている。


「ハァ…ハァ…」


 額に脂汗を浮かべ、急に起き上がる少年。


「今のは…僕は…いや俺は……」


 小さな手で頭を押さえる少年の顔は苦痛に満ちている。


「僕はディラン・ガーネットだ…いや…元は谷岡真司、か…」


 目を閉じ、思い起こせば瞬時に浮かんでくる谷岡真司としての人生。が、少年は自分の本質はディラン・ガーネットである、と感じていた。


「全員がそうなのか、僕が失敗なのかはわかんないけど僕はディランだ…谷岡真司さんは記憶ではなく記録としてしか感じられない…」


 少年が見たのは谷岡真司の二十七年間の人生の夢。だが、その夢は当初こそ混乱を招いたものの、根付くことはなかった。夢の中に出てきた“エイガ”のようなものである、と少年は納得し始めていた。


「だけど、あれが前世なのはほぼ確実、か…あれが真だとするなら、これから世界は大きな変革期を迎えることになる…」


 少年は幼い容姿には似つかわしくない口調で独り言を続ける。


「僕はどう動くべきなんだ…?ガーネット侯爵家の三男、純粋な神龍人、前世の記録…考慮すべき点が多すぎる…いずれ何処かの婿に、と伝えられてはいたけど…今見た夢が本当ならこの世界には未知が溢れてるはずだ……そうだ!決めた!冒険者になるぞ!」


 五歳児らしからぬ思考を辿ったかとおもいきや、ディランは最後には未知への探究心、という実に子供らしい理由で将来を決めた。そして、決断を下したディランの動きは速かった。


「まずはお父様とお母様に今見た夢のことを伝えよう。で、冒険者になるって言わなきゃ!」


 ディランは小さな体をベッドから下ろし、スリッパを履くと部屋のドアに走っていく。そして、ドアを開くとそのまま真っ暗な廊下を駆けていった。途中で止めるメイドや騎士は一切無視し、神龍人の身体能力を生かして廊下を駆け抜けたディランは、甲冑に身を包んだ騎士が二人、佇む大きなドアの前で止まった。


「ベック!モラン!通して!はやくはやく!」

「坊ちゃん!なんでこんな真夜中にここに!?」


 突然現れた主君の子供に目を白黒とさせる二人の騎士。


「お父様とお母様に伝えなきゃいけないことがあるの!」

「それはそんなに急ぐ必要のあることなんですか?」

「坊ちゃん!明日は加護の儀ですよ!十分な睡眠を…」


 いつになく興奮した様子の小さなディランを二人は止めようとする、がディランに留まる様子はない。


「急ぐの!タイムイズマネーだよ!」

「た、タイムイズマネー…?坊ちゃんそれはどこの言語で…」

「本当に急ぐんですね?」


 現状、関係のない問いを行うとしてモランを制し、ベックがディランに尋ねる。


「うん!早く伝えなきゃ!」


 即答するディラン。ベックはそんなディランの目を見つめ、やがて視線を上げた。


「わかりました。モラン!ディラン様を閣下の執務室に案内して差し上げろ。俺は閣下とエレン様を連れて来てもらうように次女に連絡する。」


 ベックはそう言うと、右耳を押さえ、通信魔道具に話しかけ始める。ディランはモランに手を引かれ、ドアの前から離されてしまった。


「え!?僕がそこの中に入ればすぐじゃん!なんで執務室なの!?」

「坊ちゃん、旦那様にもエレン様にも準備があります。今は執務室の控え室に参りましょう。軽食でもとって落ち着くことが大事かと。」

「ええ…出来るだけ早く伝えなきゃ…」

「賊の侵入などではないのですよね?ならば少し待っていただく必要がございます。」

「はい…」


 不承不承、と言った様子でモランに手を引かれていくディラン。そんな彼にモランは甲冑の下で微笑みを漏らすと、歩むペースを緩めた。この小さな主君が初めて自分達騎士に頼ったのだ。自分だけではなく、騎士団全員が最大限期待に応えてやりたい、と思っているのが通信魔道具から聞こえてくる喧騒から伝わっている。


「坊ちゃん、ではあちらの控え室で待ちましょう。旦那様のご到着まで暫くかかると思われますが、その間遊戯や読み聞かせなどは必要ですか?」

「ううん。大丈夫。」

「そうですか。先程料理人の方に軽食の用意を伝達しておきましたので、もう暫くで届くと思われます。」

「ありがと!」

「いえいえ」


 素直に感謝の意を伝えるディランにモランは笑みを漏らした。そうしてニ人は他愛のない会話を続け、時が過ぎて行った。



「…と言うことで、僕は将来的には冒険者になろうかと。」


 自分の夢の内容を語り終え、ディランは真剣な顔で目の前に座るエルフの男を見つめる。ディランの父で、エブレン王国の宰相を務めている、ボラス・ガーネット侯爵である。ボラスは頭痛を抑えるように頭に手をやり、溜息を吐いている。


「お前が語ることが全て真実だと言うのはわかった。夢の内容が想像物だと言うには些か長過ぎるし、凝り過ぎている、と言うのもわかる。」

「では…!」

「だが何故それが冒険者に直結するのだ…」


 ボラスは再度溜息を吐き、とんでもない話を持ち込んできた息子の隣に座る妻に目線を向けた。


「エレン、お前もなんか言ってやれ…」

「では、まず確認ですわ。貴方、ギフトで嘘はない、と判断した、と言うことでよろしくて?」

「ああ。」


 ボラスは首肯する。エレン、と呼ばれた婦人はその様子を確認し、ディランに視線を向けた。


「ディラン。貴方は私の可愛い可愛い息子よ。出来れば冒険者にはなって欲しくないんだけれども…」

「お母様!僕は夢の中で見ました!数々の幻想的な風景を!ダンジョンの最奥に眠る試練と褒美を!様々な大陸と国々を!それを見たいんです!知りたいんです!だから行かせてください!」

「でも…ディランはまだ五歳なのよ?いくら先祖返りの神龍人とは言え冒険者は危ないしまだ決めなくても…」

「ダメ…ですか…?」

「うっ…」


 最愛の息子に上目遣いで見つめられ、たじろぐエレン。そこに助け舟を出したのは父親であった。


「ディラン。わかってくれ。お前を危険に晒したくないんだ。お前がこの話を今日中に持ち込んできてくれたのには正直感謝している。今から動き、明日の加護の儀を延長した上で転生者を探し出し、把握しておくつもりだ。だがお前が冒険者になる、と言うのは話が別だ。だが出奔して討伐者ギルドにでも登録されたらたまったもんじゃないからな。条件をつける。まずはこのままうちで勉学と鍛錬を積むこと。次に王立学院に合格し、冒険者コースを第五席以内で卒業することだ。いいか?」


 ディランは父親が提示してきた条件に頭を巡らせる。そんなディランに横から母親が語りかける。


「私からも条件を出します。二十年に一度、必ず顔を出すこと。そして貴族籍は抜かないこと。繋がりは持っていなさい。」


 エレンは夫の当主が条件付きとはいえ認めた以上、反対は続けられない、と考えたのか、条件を追加した。ディランはそんな母親を見つめ、やがてボラスに視線を戻した。


「わかりました。その条件、飲みます。絶対に学院を主席で卒業してみせます。」

「よく言った!ではディラン、エレン。すまないが私は今聞いた話の件で動き始めなければならない。これでお開きと…」

「お父様」


 執務室をさるように伝えてくるボラスをディランが止めた。


「どうした?」

「先程、お母様が仰っていたギフト、とはなんのことですか?」

「ああ、あれか。アレは俺が加護の儀で授かった能力でな。絶対看破、と呼ばれているものだ。他人の語る事の真偽がわかる。これは家族と国王陛下しか知り得ない情報だから黙っているようにな?」

「は、はい!お父様の情報は禁じられていなくても漏らすつもりはありません!」


 釘を刺されたディランは即座に頷く。ボラスはそんな息子の様子に笑みを溢した。


(前世の記憶に多少は影響されてるようだが芯にあるのはディランだな…よかった…急に知らない男の人格が乗り移ってたら実の息子を幽閉なり追放なりする必要に駆られたかもしれない、と思うとゾッとする…)


「では二人共、すまないが一人にしてくれ。まずは陛下に進言しなければいけない。」

「ええ。わかりましたわ。ほらディラン行きましょう?まだ深夜二時よ。寝かしつけてあげるからベッドに戻りましょうね。」


 エレンはそう言ってディランを抱き抱えた。ディランは抵抗する事なく大人しく抱かれ、連れ去られて行ったのであった。


 ボラスの執務室を去り、ディランの私室に戻ったエレンとディランはベッドの上で横になっていた。ディランは自分の顔を見つめ、髪を梳いているエレンに話しかける。


「お母様。」

「なーに?」


 エレンは優しい声で返事を返す。


「大好きですお母様…でも……僕が怖くはないんですか?」


 ディランは目に涙を溜め、尋ねる。エレンはそんなディランの問いに心底理解出来ない、と言った様子で聞き返す。


「なんでそう聞くの?」

「だって僕は二十七年の月日を追体験したんですよ…?寝る前の僕といまの僕は別人なのかもしれない…今はまだディランでいられているけど明日にはシンジ・タニオカになっているのかもしれない…そんな息子が…」


 エレンはディランに最後まで言葉を紡がせず、その豊満な胸に頭を抱え込んだ。そして、ディランの頭を撫でながら語りかける。


「貴方はディランよ…私の愛しい、愛しいディラン。大丈夫。貴方は強いから。絶対に自分を見失わない。もし、もし貴方消えかかっても私が絶対に引き戻してあげる。貴方の前世のシンジって人には悪いけど消えてもらうわ。だから大丈夫よ。絶対に大丈夫よ。」


 ディランは母の語る言葉に安心感を覚え、やがて夢の世界に旅立っていく。胸に抱いていた恐怖はすっかり消え去り、二回目の夢を見る。


 前世の自分、谷岡真司が今の自分に笑いかけ、別れの言葉口する夢を。彼が少しずつ光の粒子となり霧散しながら頑張れ、と語りかけてくる夢を。


 エレンはその夜、眠りながら涙を流し続ける最愛の息子の頭を抱え、世が明けるまで撫で続けた。彼がどこにも行ってしまわないようにと願いを込め、きつく、きつく抱き締めながら。

 


素人が手慰みで書いているものです。しばらく書くつもりではあります。よければ評価宜しくお願いします。

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