証明
屋敷の中へと招かれたディラン達が通されたのは修練場のような広場であった。広場には既に三十人以上の人がおり、子供達は全員体躯が小さく、仮面年齢であることが一目で窺える。また、全ての子供達が紫髪と金髪の男女コンビを組んでいる。2組程男子が金髪で少女が紫髪のコンビもおり、ディランはこのあまりの光景に顔を顰めた。
逆に、先に集まっていた貴族達はディランを見て一瞬嘲笑の笑みを浮かべ、仲間内でヒソヒソと話し始めた。
「(ふんっ。仮面年齢がいなかったからと無理矢理引っ張ってきたのか。ガーネット侯爵家も堕ちたな。)」
「(まあまあ、収めてください旦那様。せっかく公爵閣下に御目通りする機会を得たのですよ。下手なことは言わないでください。)」
「(それもそうだな)」
勿論この会話の数々は神龍人であるディランは全て聞こえており、彼の溜息の原因となる。しかし、会話を聞いていたディランは、先程までの不快感が僅かに消えていた。他の者達が本気で成り代わろうとしているわけでないことが伺えたのだ。…ただ一組を除いて、だが。
ボラスに歩み寄ってきたのはヒキガエルを巨大化させたかのような風貌の男だ。
「これはこれは。ガーネット侯爵。お久しぶりですな。メラー子爵家の当主、ブラン・メラーです。」
「ふむ。久しぶりだなブラン。八年前の一件以来か?」
「そうですな。今日は息子とその従者が自分達が公爵家の探し人だと言ってきましたな。連れてきたのですよ。して、侯爵はどのようなご用件で公爵宅へ?」
「私も同じだよ。」
「ふむ。しかし、公爵が探していたのは仮面年齢の男女では?」
「?此方のむす…男の子は六歳だが?まあ、女子の方は九歳ではあるが。」
「そ、そうですか。しかし、うちの息子の晴れ舞台に侯爵にまで駆けつけていただけるとは…おっと、私はこれで失礼させていただきます。丁度レルンシュタイン公爵家の方々がご到着なされたようですしな。」
そう言うと、ヒキガエル…もといメラー子爵は自分の連れてきた子供の元へと戻っていった。そしてそれと入れ替わるかのように精悍な男性と白髪の美少女に率いられた十人ほどの集団が姿を現した。
そして、威厳のある重厚な声が広場に響き渡る。
「今日は私の捜索に協力していただき、感謝する!生憎私はこの後の予定が押していてな、早速この中に我が娘を救ってくれたものがいるのか確認させてもらう!まずは問おう!陛下の戴冠式の日、我が娘を救った、と言うものはいるか?」
男はそう言って辺りを見渡す。
「ほう。そこで手を上げている者。名はなんと言う?」
話しかけられたのは先程ボラスに挨拶をしてきたメラー子爵だ。子爵は一度仰々しく腰を折ると、話し始めた。
「はっ、私めはメラー子爵家の当主でございます。この度はレルンシュタイン公爵とお会いできましたこ___」
「御託は良い!時間の無駄だ。して、メラーよ。お前の横にいる二人がそうなのか?」
「はっ!」
「では前に来るが良い。」
「はっ!」
呼ばれたメラー家の三人は公爵家の者達の前に歩み出た。男はそんな三人に鋭い眼光を向けている。
「では、ディーとやら。我が娘を救出した際に使っていた魔法を使ってみてくれ。」
「は、はい!」
紫髪の男子の方が力強く返事をした。そして、なにやら長ったらしい詠唱を行いはじめる。
<<…のちからよ………我が………契約……………水纏>>
時間にして一分以上にも及ぶ詠唱の果て、男の子が行使したのは右腕に水の渦を纏う魔法。五歳前後に見える子供が行使したと考えればとても高度なものではあるが、それを見ていた男はメラー家の者達に侮蔑の目線を向けている。そして暫く黙った後、口を開く。
「ほお。いい練度だ。」
「あ、ありがとうございます!」
「しかし、娘を助けた者が使っていたのは全身への身体付与だったと聞いているが?」
「「っ!」」
男の子の方がわかりやすく跳ねた。メラー子爵は男のに小さい声で話しかける。
「どう言うことだ?」
男の子は少し体を縮こめた後、言葉を綴り始める。
「そ、その…あの魔法はとてつもない時間がかかるから、ますので腕だけ…」
「ほう?君は娘を助け出すまでにそれほど時間があったのかね?」
「は、はい…」
「それで、もう一つ。屋敷はどう燃やし落としたのかね?」
「それは…魔道具で火をつけて、まして」
「ふぅ…少年よ、一つだけ教えよう。私はそこにいるメラー子爵が属する中立派の、貴族のグループのリーダーなんだ。その私に嘘をついていたことがわかれば大変なことになるのはわかるな?」
男は若干の威圧を発しながら男の子を諭した。そして数秒見つめていると、男の子は突然泣き出した。
「ひぐっ…ひぐっ…父上が、父上が僕がやったって言うから、、ひぐっ…その時間はいたずら、ひぐっ…してて、怒られたくなくて、、ひぐっ……」
「ふむ。これはどう言うことだメラー子爵?」
「ひっ!」
男に睨み付けられたメラーは情けない声を出し、後退している。
「どう言うことか聞いているのだが?」
「っ!そ、その、私の息子が嘘を吐きまして!」
「ほう。貴様は仮面年齢の息子の嘘すら見破れない無能だと?」
「ち、違います!そのっ」
「もういい。追って沙汰は下す。帰れ。不愉快だ。」
「お、お待ち__」
男がメラー子爵から視線を逸らすと、子爵は男の背後にいた騎士達に腕を掴まれ、引き摺り出されていく。そして子爵が出口にまで連れて行かれたところで、男が声をかけた。
「お前が連れてきた二人はレルンシュタイン家で暫く預かる!お前への沙汰は追って伝えるぞ!」
「お待ちを〜!」
子爵は耳障りな残響を残しながら退場していく。それを見届けていた他の貴族達は顔が青くなり、震えている。
「公爵閣下!そ、その」
そんな中一人の貴族が声を上げ、男が反応する。
「うん?なんだ。」
「実は、髪色と年齢のみで二人をこの場に連れてきてしまいまして、今聞いたところ御息女の救出には関与していない、と伝えられたのですが」
「ふむ。して?なにが言いたい。」
「そ、その大変申し訳ないのですが、関与を二人が否定している以上この場を失礼させていただきたく」
「許す。次からは事前に確認をするように。」
「はっ!」
貴族の男はそのまま連れてきた二人を引き連れ、広場を退出する。それを見ていた他の貴族達は次々と声を上げ、退出していき、結果場に残ったのはディラン達三人だけであった。
男は最後の一人が退出したのを確認すると、ボラスに声をかけた。
「残ったのはお前だけかボラス。」
「そうみたいだな。」
男は小さく溜息を吐く。
「はぁ…なんであーやって俺に顔売りにくるかなあ……まあいい。で?お前が連れてきたのはその二人か?」
男はそう言ってディランとリアに目線を向けた。睨まれた、と感じた二人は小さくたじろぐ。
「そう睨みつけるなルクス。俺の大事な大事な息子が怯えてるじゃねえか。」
「なんだ?こいつお前の息子か。あれか、あの転生者に呑まれなかったってのはそいつか。」
「ああ。その息子だよ。ディラン、こいつはルクス、ルクスレルンシュタイン。一応公爵をやってるやつだ。」
「は、はじめまして。ディラン・ガーネット、六歳です。」
ボラスに挨拶するように促されたディランは礼を執る。ルクスはlその様子を面白そうに見つめ、小さく笑った。
「おいボラス。こいつ本当にお前の息子か?礼儀がなってるぞ?」
「どう言う意味だよそれは。ってか早くその試験だかなんだかをやらせてやってくれ。嫌がってるとこを結構無理矢理引っ張ってきたんだよ。」
「そうなのか?わかった。ではディラン君、救出に使った魔法を見せてくれないか?」
ルクスはディランに優しく話しかけた。しかし、ディランは難しそうな顔をしており、ルクスの顔が陰る。
「どうしたんだい?見せてくれるだけでいいんだけど…」
「い、いえ。その、どっちを使えばいいのかな、と思いまして。」
「ああ、屋敷を燃やしたのと自分を燃やしたのとどっちを使えばいいのか迷ってるのか。ふむ。では強化の方をお願いしようかな。」
「わかりました!」
ディランは大きく頷くと、詠唱を始めた。
<<生み出されし焔よ 生命を渇し、燃やし、その糧とせよ 炎人>>
短い詠唱が終わると同時に燃え上がるディランの身体。数秒後、炎の中から姿を現したのは露出している腕や首筋には赤紫色の亀裂が無数に入り、先ほどまで美しく輝いていた紫の髪を燃え盛る炎を纏ったディランであった。
「お、おおおお!凄いな!その詠唱に込めたイメージはどういうものなんだ!?いやそもそもなぜそこまでの強化を維持し続けられる!?」
炎人と化したディランに詰め寄るルクス。ボラスはそんなルクスをとめる。
「おい、怖がってるって言ってんだろ。下がれ。ごめんなディラン。この馬鹿は領地経営そっちのけで魔法研究所の所長やってる魔法馬鹿なんだよ。ちと興奮しただけだから怖がる必要はない。」
「領地経営は優秀な者達に任せてるからいいんだよ!」
ルクスはボラスに小さく反論すると、後ろにいた娘に視線を向けた。
「それよりエリー!この子で合ってるのかい!?」
ルクスが問いかけた先にいたのは顔を真っ赤にして何度も頷いている白髪の少女。彼女は一度大きく息を吸いこんだ。そして、数秒ほど間を開けてから、
「そ、その!助けてくだしゃっ!」
盛大に噛んだのであった。




