ドナドナ
総人口730万人を誇るロゼリア最大の都市、エブレン王都。エブレン大陸の中心に位置するその巨大都市は、大きく分けて四つの区画に分けることができる。先ずは中心に位置する王城。アナザーアドベンチャーの説明文では総面積350,000㎡とされている巨大な敷地には、最も高いところで120mにも至る巨大な魔法建築物の王城が聳え立つ。その王城を囲む様に存在するの9000以上の屋敷と王室、貴族御用達の店が並び立つ貴族街。その煌びやかで綺麗に整えられた街並みは平民であれば誰もが一度は目にしたいと願っているらしい。そしてその外周に壁を隔てて存在するのが平民街とスラム街である。ゲーム内の設定では東京の世田谷、目黒、品川、大田区より少し大きい程度、と言うとてつもない広さを誇る平民街。平時ならば魔導機関車が複数走っているが、未だに一睡もせずにお祭り騒ぎをしている者も多く、掃除が追いついていないのか線路も道もゴミで溢れている。スラム街も無料の賄いが振る舞われ、スリのカモが増えと賑わいを見せており、なんと場所によっては平民街よりも綺麗になっている。
そんなエブレン王都の貴族街を現在一台の馬車が走っている。周囲は祭りに合わせ、徒歩や乗馬で移動している中ただ一台走っているフルサイズのこの上なく馬車は目立っている。行き交う貴族関係者達は口々にその馬車について噂しており、果てにはガーネット侯爵家の正気を疑う輩まで出始めている。その様な会話は当然中に乗っている神龍人であるディランの耳にも届いており、彼はしきりに溜息を吐いていた。
「お父様…馬車と言ってももっと小さいのにしたほうがよかったのでは…道端でも酒盛りをしてる様な現状でこの大きさの馬車を走らせるのは迷惑ですよ…」
「そうだったかもな…でも公爵家への礼儀でもあるんだ。わかってくれ。」
「お父様も僕たちを見逃して差し出さなければこんなことには…」
そう言って鬱屈な表情を浮かべるディラン。しかし、ボラスは顔を顰める。
「そうは言ってもな…向こうは新国王への嘆願権を使ってお前らを探し出すって案まで出てるらしいんだよ…流石にそれでお前らが露見すると俺の貴族としての立場がちに落ちかねない。」
「なんでそこまで…」
「あれ?お前知らないのか?」
公爵家の気概に疑問を呈したディランにボラスが訪ねる。しかし、なんのことだかすらわからないディランは首を傾げるだけだ。
「何をですか?」
「なにをってお前、助けた子の事だよ。」
「ええと、白髪で十代中盤ほどの発育。以上…?」
記憶を掘り起こしながらディランが答えると、ボラスが若干驚いたような顔になる。
「なんだ、知ってて助けたんじゃなかったのか。じゃあ教えてやる。お前が助けたのはレルンシュタイン公爵家長女のエリザベス・レルンシュタインだ。歳は16、今年王立学院を卒業したばかりだな。種族は天族、品行方正な外面、波の魔法師団団員にも勝ると言われている魔法の腕、そしてなによりもその身に宿す美貌はあらゆる貴族にとって垂涎の的だ。まあそんな完璧お嬢様なんだが今まで異性に興味を示すことがなくてな。婚約者は一時期はいたらしいが相手方が賠償金を支払って破棄、それ以来はいない。で、そんな娘が異性に興味を持ったって事でレルンシュタイン公爵は大盛り上がりってわけよ。」
どこか嬉しそうに話すボラスと対照的に、ディランの顔は話の進行と共にどんどんと引き攣っていっていた。彼はなんとなく話の行く末を察したのだ。そして、ボラスの語りが終わったのを確認すると、ディランが口を開いた。
「あの、お父様…僕婚約は嫌ですよ…」
「は?なんでだ!最高の相手だぞ!あっ、ゴホンっ」
ディランの言葉に若干の過剰反応を見せたボラスは一度咳払いをすると、ディランの言葉を待った。
「…僕は冒険がしたいって前言いましたよね?」
「ああ、言った。」
「冒険者になりたいって言いましたよね?」
「言ったな。」
「それなのに公爵家の長女と結婚!?嫌ですよ!婿に行くのも家臣になるも絶対嫌です!冒険者になれないのならば家を出る所存です!」
「うっ…だが!公爵家長女だぞ!俺の立場的に逆らえねえんだよ!良く考えろディラン!大国エブレンの公爵家がバックにつくんだぞ?莫大な資金、普通なら使えない浮遊艇、果てには国が管理してる転移門すら使えるかもしれない!冒険するには最高の環境じゃねえか!」
「そ、それは…」
ディランが口走った出奔、と言う言葉にたじろぐも、ボラスはなんとか切り返す。果たして二人の言い争いだけを見て、片方が数百年間大国の宰相を務めたと思えるのだろうか、と言うほど低次元での言葉の応酬を暫しの間交わす二人。しかし、やがてその言い争いはディランの揚げ足取りで終焉を迎える。
「お父様!最初に言ってましたよね!品行方正な外面、と!実は何か大きな問題があるんじゃないですか!?あるんですよね!ね!?」
「あっ…いや、それはだな…」
「言えないほど酷い事なんですか!?」
「いや…そうではないんだが…はぁ…まあいい。そこまで言うのであれば俺はお前が反対する限り全力でバックアップしてやる。よく考えれば公爵家の不興を買うのとお前を失うのでは後者の方がデメリット大きいしな…お前が俺のせいで出奔なんざしたら翌日には嫁―ズにスラム街に追い出される気がするわ…」
ディランの説得を諦めるボラス。しかし、彼は打算ばかりでディランに婚約を勧めているわけではない。エリザベス嬢のある一面を知っているからこそ、ディランを全力で説き伏せようとまでしていたのだ。
(まあ、会って話さえすりゃディランも考え変えるだろ。)
そう呑気に考えるのであった。
♢
やがて、ディラン達が乗っていた馬車が停止する。馬車のドアがガーネット家の家臣であることを報せる固有のパターンでノックされ、ボラスの、「開けて良い。」の一言を受けて開かれる。
「ディラン、行くぞ。リアもだ。」
「はい…」
「はい。」
ボラスが項垂れているディランに声を掛けると、辛そうな返事が戻ってくる。なお、リアはディランの一従者であり、家柄的に公爵家の敷地を踏むことは許されない。よって本来なら馬車で待機であるが、今回はディランとともに捜索の対象になっているので同行をすることになっている。
「いい加減諦めろ、って。」
「諦めてますよ…本当に婚約を迫られても断っていいんですね?」
「ああ。」
ディランはボラスの返事を受け、仮面をつけて佇まいを直してから馬車を出た。そして、眉を顰める。
「お父様、なんですかこれ。」
「いやあ…なんなんだろうな…」
ディラン達三人が馬車から降りた先に見えるのは十を超える馬車の行列。それぞれが違う家紋をつけたその馬車達は、王都にあるガーネット侯爵家邸宅より一回り大きい屋敷の前に停泊している。
「男爵家と子爵家ばかりか…なんとなく想像はつくが…バカなんじゃないのか?」
ボラスは呆れた、と言わんばかりの声を出した。
「何かわかったんですか?」
ディランがそんな父に尋ねた。
「ああ、ほら今屋敷から出てきた奴らを見てみろ。」
ボラスが屋敷の方に顎を向ける。ディランはなにがあるのか、と視線を向け、困惑した。屋敷から出てきたのは三人。丸く肥えた50代程の男、同じように丸々と膨らんだ体型の仮面を付けた紫髪の少年、そして背の低い金髪の少女だ。ボラスはディランが視認したことを確認し、言葉を続ける。
「どう言うことだかわかったろ?」
「え、ええ…」
「ちなみに、公爵家が出した情報は紫髪の仮面年齢の少年と金髪の仮面年齢の少女であること、ディーとリアと呼び合っていたこと、そして男子の方が肉体付与を行なっていたこと、だ。まあ大方似せりゃ行けるかもしれない、とか思ったんだろうが…ディラン、タメ口は終わりだ。こっからは当主になるからな。」
ボラスはそこで言葉を切り上げ、表情を締めた。屋敷から老執事が歩んでくるのが見えたのだ。そして静かに馬車の横で立って待つボラス達に老執事が接触した。
「お久しぶりです、ガーネット侯爵。」
「ああ、久しいなレオポルト。十年ぶりか?息災のようで何よりだ。」
「ありがとうございます。ガーネット侯爵もお元気なようで…して、失礼ながらも本日のご来訪の理由をお聞きさせていただいてもよろしいですかな?当家の方では予定に入っていなかったものでして。」
レオポルトはディランに品定めをするかのような目線を一瞬向けつつ、ボラスに質問を投げかけた。ボラスは特に気にした様子を見せず、要件を伝える。
「いや、なに。今レルンシュタイン公爵が紫髪の少年と金髪の少女のコンビを探していると聞いてな。うちにその条件に当て嵌まるのがいたから連れてきたまでだ。」
「…そうでしたか。では此方へ。」
レオポルトはそう言ってボラスに道を示し、先を歩き始めた。ボラス達はそんなレオポルトの後を歩くのであった。




