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最初のページは、美しい白から始まった

作者: ジャノジャ

 今となっては昔の事だが、霧に囲まれた大陸「アトランティス」には勇者達が存在していた。


 勇者の役割は当然、魔王討伐だ。かつてアトランティス大陸はアルビノの一族であるアトランティス王家によって統治されていたが、ある日、王家に黒き子供が生まれた。その黒い子供は生まれながらにして強大な魔力を持ち、ある者は恐れ、ある者は崇拝した。王家が混乱に陥った事は想像に難くない。そして最悪な事に、混乱の中で成長し己の力に溺れてしまった黒き子供は信者と共に自身が生まれた王国へ反逆し、王国領土の一部を占領してしまったのだ。この王国へ反逆した黒き者、そしてその力を継承した子孫達こそが魔王であり、勇者の因縁の相手なのである。


 さて、これから語るは「最初の勇者」の始まりの物語。勇者の冒険の幕開けである。


 ◎


 その少年は孤独だった。母は幼い頃に他界し、つい最近父も事故で亡くなった。親戚は一応いるが色んな意味で遠過ぎる。一人を好む性質だったばかりに、友達と呼べる者もいない。父の葬式を終え、間も無く始まった高校一年の夏休み。誰もいない実家は、恐ろしい程に静かだった。

 少年は静寂の中で何もしない。否、できない。リビングの床の上で寝そべり、ただ目を閉じているだけだ。成人にも満たない少年が一人で一体何ができるというのか? 少年には一緒に遊ぶ仲間も、支えてくれる大人もいない。唯一の肉親を失い初めて気づく孤独の絶望は心を蝕み、少年を緩やかに狂気へと導く。悲鳴を上げたとしても、誰も聞きはしない。これではいけないと、理性が警鐘を鳴らす。

 そうして何も起きないまま半日が過ぎ、やがて、混沌とした負の感情が思春期特有の突拍子もない考えと化学反応を起こす。ある種自暴自棄とも呼べる発想が少年の頭に浮かび上がった。


「……そうだ、旅に出よう」


 少年は孤独であるが故に何者にも縛られない。夏休みで丁度時間もある。どうなろうと全ては少年の自己責任。決まりだ。


 それからの少年の行動は早かった。一晩の内に家中から必要な物をかき集め、とりあえずの目的地を定めて翌朝には出発した。資金は幼い頃から父親に貯めさせられていたお小遣いを全て引き出し調達した。「将来役に立つから」と言われていたが成る程、確かに役に立った。塵も積りに積もった金額はなかなか馬鹿にできない。


 少年が旅を始め、最初に辿り着いたのは深い森の中にある「異文化」の廃屋だった。著名な考古学者曰く、世界中どこを探しても痕跡が見つからないにも関わらず確かに存在する「異文化」の残骸なのだとか。少年には詳しい事は分からないが、その建物が全く知らない様式で建てられている事は一目で分かった。ただ同時に、全く観光客受けしない様式であるとも感じた。その証拠に、少年以外の来訪者は一人も居ない。その廃屋もまた、少年と同じく孤独なのだ。少年が辿り着いたのもそのせいだろうか。

 少年は廃屋の中へ足を踏み入れた。外からでは何の建物かいまいち分からなかった、内装を見れば一目で理解できた。これは宗教施設だ。入り口から入って直ぐ正面の壁には形容し難い何かが描かれていた。どこか神々しい印象を受けるコレは、神だろうか? すると、壁画の前にある大きな台は捧げ物を置く為の物か。よく見れば、台の上には白い欠片が散乱していた。

 少年は徐に台の前に立ち、欠片の一つに手を伸ばした。特に妨害される事もなく、あっさりと欠片は少年の手に収まる。


「これって、保護とかそういうの、しなくても良いのかな……?」


 少年が発した言葉は、至極当然の疑問だ。白い欠片は乱雑に、誰の手も加えられず台の上に放置されてた。まるで、自由に取ってくださいと言わんばかりに。ただ、普通はこの得体の知れない欠片を取って行ったりはしないだろう。目の前には神が居るのだ。もしかすると天罰が下るかも知れない。しかし、少年は無意識下で神罰を恐れなかった。失うモノなど何も無いからだ。今の少年は無敵だ。

 ただ、無敵だからといって何もしない訳にはいくまい。


『――――』

「うん? 何だ……?」


 何者かが、少年に語りかける。


『――聞こえ――か?』


 少年の持つ欠片が仄かに光始める。少年が顔を上げれば、壁画の神も同様に光を帯びていた。


『――勇者様。聞こえますか? ……どうやら、やっと、繋がった様ですね』


 少年の頭に響いたのは、美しい女性の声だった。少年の中に浮かんだ疑問が言葉となる前に、美しい声が続きを告げる。


『私は、アトランティス王国第四王女、「異界の巫女」のシザンサス・アトランティスと申します。ずっと、勇者様をお待ちしておりました』

「勇者って……おれの事か?」

『はい、その通りです。勇者様、どうかアトランティスを救ってください!』


 少年が事態を飲み込めないまま、状況は変化する。白い欠片が勝手に少年の手から離れ、宙に浮く。そして台に放置されていた欠片も浮かび上がり、一つ一つが組み合わさり始めた。ただ、その光景を表すとすれば、「修復」という言葉ではなく「創造」なのではないかと、少年は直感で感じた。


 完成したのは、一本の純白の剣だった。端から端まで全てが白で構成されている、まだ穢れの無い剣だ。


『余り、時間がありません。勇者様がソレを手に取れば、「つながり様」のお力で勇者様をアトランティスに転移させる事ができます。ただ、そちら世界に帰れる保証は、ありません。考える時間が無くて申し訳ないのですか……どうか、ご決断を』

「決断って、言われても……」


 剣は、手を伸ばせば届く位置に浮かんでいる。掴むのは簡単だ。訳の分からない話だが、少年は決断せねばならない。勇者、勇者だ。剣を手にすれば少年は勇者となる。少年は必要とされているのだ。必要とされているのなら、応えた方が良い。

 だが、一度勇者になれば帰れる保証はない。……そもそも帰る場所などあるのだろうか。少年に家族はもう居ない。誰も帰りを迎えてくれない。今通っている高校にだって、知り合いは居ても友達はいない。勉学に熱心な訳でもなければ、部活に打ち込んでいる訳でもない。将来の夢というのも特にない。強いて言うなら一人で普通に生きたいが、今はできない。近いうちに今の家を出てどこかの世話にならないといけないだろうが、正直そんなものは望んでいない。


 なんだ。未練も、何も無いじゃないか。


 少年は、手を伸ばした。剣は不思議と温かかった。


『勇気ある決断に、感謝を――』


 少年の視界が白に染まる。それは果たして勇気だったか。何にせよ少年は決断した。剣が激しく輝き、廃屋の中が光に包まれ、そして――


 ――少年はこの世界から消えた。


 ◎


 最初に少年が目にしたのは真っ白な女性……否、少女だった。


「お待ちしておりました、勇者様」


 まだ少し幼さが残る少女の顔からは、意外にも大人びた雰囲気の声が発せられた。少年はこの声に聞き覚えがある。


「改めて自己紹介を。私の名前はシザンサス・アトランティス。アトランティス王国の第四王女であり、異界の巫女です」


 そう言って少女――シザンサスは少年に微笑みかける。少年は思わず息を呑んだ。何しろ、シザンサスは現実離れした美しさを持っていた。

 新雪の様に白い肌に、真っ直ぐ伸びた白い髪。彼女の纏うドレスもまた澄み切った白だ。ただ一ヶ所、彼女の目だけはルビーの様に紅く輝いている。シザンサスはいわゆる、アルビノの少女だった。見た所、少年と同い年に見える。


「勇者様……あなたの名前を教えて頂けませんか?」


 そう言われて、少年はハッとした。そうだ、相手が名乗ったのならこちらも名乗らなければならない。人との繋がりおいて、当たり前の礼儀だ。


「おれは……おれの名前は柳沢……柳沢計、です」

「ヤナギ、ザワ、ケイ……ヤナギザワ、ケイ……ふむふむ……」


 シザンサスは噛み締める様に少年の名前を何度も呟く。名前とは他者がいて初めて役に立つもの。少年の「柳沢計」という名前は、今、この瞬間、その存在意義を取り戻した。


「ケイ様、ですか。とっても素敵な名前ですね!」

「いや、そんな大した名前じゃ……」


 慣れない称賛を受けてケイはシザンサスから目を逸らす。そこで、やっと王女意外の存在に気付いた。周りには甲冑を着込んだ兵士が何人も、ケイを囲む様に並んでいた。彼らの警戒心がヒリヒリとケイに伝わってくる。ケイはもう一度、息を呑んだ。

 兵士達は皆、腰に剣を携えていた。本物だ。ケイが少しでもおかしな行動を取れば、いつでもケイを切り刻めてしまえるだろう。

 ……剣といえば、あの純白の剣はどうしたのだろうか。ケイはふと自分の手を見た。有った。純白の剣は、最初からケイの手に握られていた。それは雲の様に軽く、剣を握っている実感がまるで湧かない。


「ケイ様」

「は、はい!」

「ケイ様は、このアトランティスを救う勇者です。その……剣こそが、勇者である証!」

「勇者、か……。具体的に、おれは何をすれば良いんですか?」

「…………魔王討伐です」

「魔王……!」


 ケイはだんだんと事態を飲み込めてきた。自分が置かれている状況は、正に剣と魔法の世界の勇者だ。ケイは、異世界転移を成し遂げたのである。


「さあ、ケイ様。魔王討伐には様々な準備が必要です。参りましょう! 私について来てください!」

「あ、わ、わかりました!」


 シザンサスは自信に満ちた表情で歩み始めた。それを見て、ケイもまた自信が湧き上がってくる様な感覚を覚える。そんな立派の王女の背中について行こうと、ケイが足を上げたその時、兵士の一人が声を上げる。


「シザンサス様! そちらではありません! 逆です! 逆!」

「へ?」


 一転して呆けた表情になる王女様。ケイはずっこけた。


 ◎


 それから、ケイは豪華な屋敷の中へ案内された。ケイが召喚されたあの場所は、異界の神を祭る神殿だったらしい。シザンサス曰く、つながり様も異界の神の一柱であり、最高神の様な立場なのだとか。


 ケイは屋敷の一室でシザンサスからこの世界の詳しい事情を聞いた。アトランティス大陸は霧に囲まれた大地であり、その霧に入れば二度と帰って来られない。それ故に、大陸の中の限られた資源で人々は生活しなければならなかった。一歩間違えればすぐさま滅びかねない人々を導いたのがアトランティス王家であり、王家に代々生まれる異界の巫女である。

 異界の巫女は、霧の外に居るという異界の神々の神託を受け取り、政治に反映してきた。魔王が現れたこの時代に、異界から勇者を召喚したのも神託によるものである。勇者が覚醒すれば、魔王を討ち倒す事もできるだろう、と。


 ……シザンサスがこれだけの内容を説明するのに、丸二日かかった。


「――以上が、ケイ様を召喚した経緯です」

「……終わった?」


 ケイとシザンサスがいる部屋は、酷い有り様であった。この王女、喋る内容を忘れては資料を引っ張り出して、また忘れては引っ張り出してを繰り返し、お陰で部屋の床は紙で埋め尽くされていた。召使いや近衛兵が片付けようとすると王女が怒るので、結局話が終わりケイがぐったりするまで惨状はそのままだった。


「はい! これでお勉強の時間はお終いです! ……何か忘れている気もしますが」


 ケイは気付いていた。肝心の魔王が何なのかまだ聞かされていない。だが、もう夜も遅く、疲れていたのであえて黙った。


「まあ、良いでしょう。さあ、明日からは訓練を始めましょう! 勇者は訓練しないとへなちょこだって、神託にありましたので」

「神託酷くないですか?」


 ケイの指摘にシザンサスは思わず笑みを浮かべた。そして、「それでは」と部屋を片付けてもせずに出ようとするシザンサス。ケイは扉に手をかけた彼女を呼び止めた。


「あの、王女様」

「何ですか?」

「王様に謁見とか、偉い貴族の人に挨拶するとか……そういうのはしなくて良いんですか?」

「……良いんです。お父様も、他の方々も、皆、忙しいから……。それに、勇者様の事は全て私に任されてますので」


 そういう彼女の顔は、どこか寂しそうだった。まだ、ケイにはわからない事だらけだが、少なくともシザンサスは悪い人ではないとケイはこの二日間で思った。だから、そんな彼女を、ケイは……。


 まあ、それはともかく。


「それと王女様」

「……何でしょうか」

「片付けてください」

「…………明日やります」


 そう言ってから、扉がバタンと閉められる。確かにシザンサスは悪い人ではないが、残念な人であるとケイはこの二日間で確信した。


 ◎


 ケイは寝る前に、純白の剣を片手に屋敷の庭へ向かった。これまでを思い返せば、随分と突拍子もない展開だった。突然旅に出て、突然異世界に呼ばれて、突然勇者になった。そういえばこうなる切っ掛けとなった廃屋は、この世界の建物となんとなく似ている気がする。今一度確かめる事など、もうできないが。

 それを言うなら、実家だってそうだ。誰も居なくなったあの家はこれからどうなるのだろうか。もう少し、目に焼きつけておくべきだっただろうか。

 夜風がケイを扇いだ。目元が何故だか冷たいなったので、ケイは手で擦って誤魔化した。それから、純白の剣を構えて、素振りの練習を始める。


「ケイ様、訓練は明日からですよ」

「……! 王女様」


 いつの間にか、シザンサスが近くにいた。今の彼女は昼間の時の様なドレスではなく、目立った装飾の無い白のネグリジェだった。月の光とも相まって、彼女は神秘的な美しさを放っていた。

 ケイは赤面しながらも、シザンサスの方へ向き直った。


「王女様は、どうしてここへ?」

「……月を観に来たの」

「月?」

「ええ。ほら、綺麗でしょう?」


 見上げれば、夜空には見事な満月が輝いていた。ケイが元居た世界と、変わらない。


「……あのね、ケイ様。勇者召喚には孤独な人が選ばれるのですって」

「…………」

「だから、私は、できるだけ勇者様のお力になりたいと思ってました。寂しい思いは、嫌ですからね」

「おれは……」

「でも、やってみると色々と難しかったです」


 シザンサスは、精一杯笑った。


「……王女様は、頑張ってると思います。まだ始まったばかりですし」

「ふふ、ありがと。……ねえ、これから私達、長い付き合いになると思うの。だから、その、もう少し砕けても、良いんじゃないかしら?」

「え……? でも……」

「ところで、あなたは何歳なの?」

「……十六歳です」

「私も十六よ。うん、だから、ね? かしこまる必要なんて、ないでしょ……?」


 シザンサスは少し顔を赤らめながら、ケイを上目遣いで見つめる。それは、とても、ズルイ。


「うう、わかった、わかったって……」

「えへへ、やった。それじゃ、私の事を王女様って呼ぶのも、やめて欲しいな」

「それじゃあ、どう呼べば……?」

「そうね、何かあだ名を考えてくれる?」

「あだ名って……」


 ケイはいきなりそこまでいって大丈夫だろうかと不安になる。だが、降参してしまった手前逃げる事はできない。


「えっと、シザンサス・アトランティスだから…………「シア」とか、どうかな?」

「シア……シアね。うんうん、良いわね、気に入った! ふふ、あだ名を付けてもらうなんて初めてよ」

「え、友人からとかからは……」

「…………」

「……ごめん」


 ケイは一瞬で察した。


「……私からもあだ名を付けてあげるわ。えーと、確か、や、ヤナギ、ヤナギ――」

「柳沢」


 初めて聞いた時、噛み締めていたのではなかったか。


「ヤナギザワ・ケイだから……ヤケ?」

「……ケイでいいよ」


 ははは、とケイは笑う。釣られてシザンサスも笑い出した。二人の笑い声が、夜空に響く。


「ねえ、ケイ」

「何だい、シア」

「月がこんなに綺麗なんだから……一緒に、踊りましょ」

「え、でもおれ、踊りなんて……」

「いいから」


 シザンサスに手を引かれ、ケイはその拍子に純白の剣を落としてしまう。でも、良い。両手が空いたではないか。シザンサスが両手を繋ぎ、ケイを優しくリードする。


「……結構上手よ、ケイ」

「……シアのリードが上手いんだよ」


 シザンサスの白い肌は、意外と温かかった。この温もりは決して忘れられないだろう。


 ケイは思う。どこか自分と似た所もある彼女と、シザンサスと一緒にこれからを歩いてみたいと。シザンサスもまた、同じ気持ちだった。


 月明かりに照らされて、少年と少女が踊る。穏やかな夜風と共に、二人っきりの夜が過ぎていった。

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