特訓は憎き人間の為に
やや小さ目な空き地にて書店の店員は、手元の妖怪本を開きながらセレナの己を知る特訓に付き合わされていた。
「まずはなんて書いてあったっけ?」
「妖怪の体の頑丈さだが、これも調べるのか?」
ちなみにセレナはふたたびコートと帽子でしっぽと耳を隠している。特訓中に第三者に見られると厄介だからだ。
「うーんそうだな…。お前、ためしにわたしを全力で殴ってくれ」
「えっ、い、いいのか?」
「わたしから頼んだことなんだから怒らないさ。ほれ、遠慮せずに来い」
「…じゃあ、行くぞ?」
店員は手に持った本を閉じるとゆっくりとセレナに近づき、本の角を使って思いっきりどついた。ガツンという鈍い音が響く。
「ちょ、ちょっと…。本の角を使うのは聞いてない…」
殴られた個所を抑えながらジト目でセレナが抗議をする。
「あれ?痛かったのかい?」
「ちょっとだけ痛かった」
「ちょっとだけ…?成人男性が本気で殴ったっていうのにちょっとか…」
「わたしって強いからな」
「末恐ろしい子だな…」
店員は苦笑しながら手元の本に目を落とす。
「次はなんだっけ?」
「『五体がバラバラになるような怪我を負っても一晩で完治する』だけど…。これはどうする?」
「五体がバラバラかぁ…。さすがにこの場で両手両足を切り落とすのは嫌だな」
「それに一晩はかかるっぽいしな」
一晩で治るのもどうかと思うが、と、店員は心の中でひっそりと思う。
「でもまあ、指一本くらいならいいかな…」
セレナはそう呟くと刀を取り出し、刃に左手薬指の第一関節あたりを押し付けた。
「それ」
と、刀を振り、指を切り落とした。
「って、お、おい!?なにしてるんだ!?」
「なにって、身体能力の確認だよ」
「だからってそんな簡単に指を切り落とさないでくれよ…」
店員が引き気味に苦言を呈する。
「まあ見てみな」
セレナは薬指の先が消えた左手を掲げる。するとやがて、何事も無かったかのように薬指が再生する。
「おお、この治癒力はなかなかすごい」
「なんなんだその治癒力は…」
「この前胸を銃で撃たれたけど、少し痛かっただけですぐ傷も治ったからね」
「この化け物…」
「化け物ですけど何か?いいから次、やるよ」
「はいはい。えっと、次は…。『妖怪は人間を襲い、捕食する』…え?」
「これはお前を食べないとだな」
「いやいやちょっと待てちょっと待て!」
セレナの言葉に店員は慌てて本を閉じ、セレナから距離を取ろうとするが
「そんな速さでわたしから逃げられると思ってる?」
あっさり回り込まれ首根っこを引っつかまれる。
「ここで僕を食べるのは約束が違うじゃないか…」
「ふふ、冗談だよ。食人はもう試したからこれは飛ばそうか」
「君の冗談は冗談に聞こえないんだよ…」
店員はため息を吐きながら閉じた本を開きなおす。
「…そうだ。そういえば君の名前はなんだ?」
「名前?なんで教えないといけないんだ?」
「名前がわからないといろいろ不便じゃないか」
「そうは思わないけど。お前とかでいい」
「そんな固いこと言わなくてもいいじゃないか。ちなみに僕はケントっていう名だ」
「別にお前の名前なんざどうだっていいけど、わたしはセレナ」
「セレナか。ありがとう」
「そんなことより、さっさと次の特訓行くよ」
「はいよ。えっと次は、『妖怪は人間よりかなり長命で、千年以上は余裕で生きていられる』。」
「それは試しようがない。はい次」
「…えっと、『妖怪は人間より精神面が脆く、いわくつきの物品ならば妖怪に致命傷を与えることもできる』だって」
「そこがちょっと興味深いんだよね…」
セレナが顎に手を当て、考え事をするそぶりを見せる。
「君にクリティカルになる物品というとなんだろうか…」
「冷静に考えるとわたしが妖怪と化す切欠となった、所謂トラウマってやつのことなのかな。だとすると大切な人が目の前で奪われることとか…かな?」
「それがどう君に響くのかどうかはイマイチわからないけどね」
「まあいいや。わたしは実質ムテキってことだね」
「うんまあ、違いないね。次は妖怪による被害とか、妖怪退治の心得とかが書かれたとこだね。ここはどうする?」
「そこはいいや。さらに次をよろしく」
「あい。次は『妖怪のとる行動としては単純な運動能力による力技が挙げられるが、それだけでも脅威となる。が、妖怪によっては不思議な妖術を扱うものもいる。妖術にも様々な種類があり、自身の身体能力をさらに強化したり、人間の幻影を見せたり、人智を超越した不可思議な現象を起こすなど、ピンキリである』」
「はいそこぉ!」
「うわっ!」
ケントがそこを読んだ瞬間、セレナは唐突に勢いよく指をさす。
「な、なんだよ急に…」
「その『妖術』とやらを詳しく知りたい。もっと詳しく書いてあるとこはない?」
「よ、妖術か…。えーっと、自身の身体能力をあげるとか…」
「そうじゃなくてもっと詳しく書いてあるとこはないのか?妖術を使うメカニズムとか…」
「メカニズム…。ちょっと待って」
ケントは言うとペラペラとページを捲ったり、他の本を広げてみたりしてあちらこちらと調べまわる。セレナもケントが広げた本を覗き込んだりしてみる。
「相変わらずなにが書いてあるのか全然わからない…」
「後々のことを考えると文字読めるようになった方がいいかもね。僕が殺された後も本とか読めるようにさ」
「なかなかめんどくさそうなこと言うね。お前殺さない方がいいかも。それより見つかった?」
「んーっとね、あ、あったよ。読むね。
・妖怪が扱う妖術は、妖怪が生まれつき持っているとされる『妖力』を使って発現されている。
・妖術は様々な効果があり、身体能力強化においても自身の脚の速さを強化して高速移動を可能にしたり、握力を強化して絶大な威力の攻撃を繰り出したりする。運動能力だけで無く五感も強化することが可能で、千里眼のような視力を持つことも可能。
…だってさ」
「…それで具体的な使い方は?」
「それは載ってないな」
「はあ?なんて使えない本だそれ」
「所詮人間が書いたものだから仕方ないじゃないか。妖怪が後世に残した、みたいな本じゃないとそういうことは載ってないんじゃないか?」
「うー、言われてみればそうかもしれない…」
「というかセレナも妖怪なんだからそれっぽいことやってみれば発動したりしないの?いろいろ調べてみるから君はいろいろ試してみてほしい」
「う、うん。わかった。でもどうしようか…」
セレナは戸惑いながらも目を閉じ、全身に流れる力を感じ取ってみる。その力を手に持っていくように意識してみる。すると手元に微かな熱を感じる。目を開けてみると両手に光球が出現している。
「うおっ!ケント!見てこれ見てこれ!」
「えっ?わわっ、な、なにそれ!?」
「それっぽいことやってみたら出来たんだ。これを空に向かって…」
セレナは両腕を交差させながら天高く掲げた。すると光球は爪のような形に変わり、空の遥か彼方まで消えて行った。
「ねえ!これってさ!」
「妖術の一種…って感じだね」
「やったあ!」
セレナはとびっきりの笑顔で飛び跳ねて喜んでいる。
(普通にただのかわいい女の子みたいなのにな…。こんな子が残虐な妖怪だなんてにわかにも信じがたい)
ケントがひっそりとそんなことを考えてしまうが、セレナの行動は速い。
「次は肉体強化を試すぞ!さて、これはさっきのあの感覚を手に集中させればいいのかな!?なあケントどう思う!!?」
すっかりハイテンションになってしまったセレナがケントに詰め寄ってくる。
「さあ、僕はわからないけどやってみるしかないんじゃないか?」
「だね!早速やってみるか!」
セレナはウキウキ顔でケントに背を向けるとまた両目を瞑り、両手に妖力らしきものを集中させる。そして地面に思いっきり両手を地面にたたきつける。するとセレナの両手を中心に半径三メートルほどの大きさのクレーターが出来上がった。
「うっわ…嘘でしょなんだそりゃ」
「おお…これぞパワー!ちからこそパワー!」
「当たり前でしょそれ」
セレナの変な物言いに苦笑しながら言う。
「あのー、ちょっとよろしいですか」
また本を開いて妖術の確認を行おうとしたケントに一人の男が声をかけた。ケントがそちらに目を向けるとこの街の警備隊の隊員がこちらを見つめていた。
「ああ、はい。なんですか?」
「実は先ほど、路地裏にて二人の男が惨殺される事件が発生しまして、それについての情報を持ってる人が居ないか聞き込みを行っているのです」
「惨殺!?それは怖いですね…」
「ええ。それで犯人の特徴ですけど、薄茶色の長い髪に帽子を被っていて、赤色の目に長刀を背負っているらしいのです。心当たりはありますか?」
「心当たり…って、えーと…」
ケントは思わず向こうで特訓しているセレナに少しだけ目線を送ってしまった。それに目聡く気づいた警備隊の人間はその目線を追い、セレナの姿を認めた。
「…ん?あの子は…」
「セレナ!逃げよう!」
警備隊がなにか言おうとする前にケントは猛ダッシュでセレナの元へ行くが、
「逃げる?これは妖術を試す大チャンスだろ!」
遠くで聞き耳を立ててたセレナはケントの声を一蹴し、警備隊の人間に突撃していった。
「て、ちょっと!」
「やはり犯人か!」
「人間覚悟ぉ!」
ケントの人間とセレナを心配する気持ち、警備隊のセレナを捕まえようとする覚悟、セレナの実戦で妖術を試すという高揚した気持ちが入り混じり、戦闘(という名の蹂躙)が始まった。