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妖犬の復讐譚  作者: ショウ
7/10

妖怪世界へようこそ

セレナは人間が集まりだしだ路地裏からサッと抜け出し、また人間で溢れかえる表通りに顔を出した。そこでもセレナの嗅覚を異臭が刺激しだし、この場にいる人間を全て抹殺してやりたい衝動に駆られた。が、下手に騒ぎを大きくすると本屋が早く閉まってしまうという懸念もある。

扉を蹴破って入ってもいいが、あまり目立ちすぎるのも考え物だ。ここは人混みを避けつつ、書店を探すことが得策だ。

セレナはそう考えるとさっそく人混みから離れて書店を探し始めた。人間とすれ違うたびに溢れだしそうになる殺意をなんとか抑えながらセレナはやがて書店を見つけた。

人混みを強引に押しのけ掻き分けて書店の前に辿り着くと、ゆっくりとその扉を開いた。


「お、いらっしゃい」


店員が快くセレナを迎え入れる。セレナはそれをチラッと見た後、近くの本棚に目を向ける。そして隣の本棚へ、また隣の本棚へと目線を向けかえ続ける。


「お客さん、なにをお探しで?」


「妖怪についての本を探してる」


「妖怪?これはまた珍しい趣味を持ってる子だね」


「わたしのことはいい。それでその本はどこにある?」


「ちょっと待ってね、たしか店の奥にあったはず」


店員が店の奥に入っていくのをなんとなく目で追いながらぽけーっと待っているとやがて三冊ほどの古本を抱えて店員が帰ってきた。


「妖怪に関する本になるならこのあたりがいいと思うよ」


「ご苦労さま」


セレナは店員が差し出した本を適当に受け取り、その場で開いて中を確認する。


「にしてもこの昨今で妖怪についての本を探してるなんてなかなか変わった趣味を持ってるね」


「…」


店員が話しかけてもセレナは特になにも答えず夢中で本を凝視している。余程集中しているんだなと感心していると、突然セレナが店員に目を向けた。


「ねえ!」


「な、なに?」


「なんて書いてあるか一切わからない!」


「……」


思わずずっこけそうになってしまった店員だった。





「『…妖怪という存在は個体によって違いが多すぎるため一概にこれといった特徴は少ないが、全体的な特徴としては

・妖怪は人間の肉体よりもかなり丈夫で、再生能力も高く、五体がバラバラになるような怪我を負っても一晩で元通りになる。

・妖怪は人間を襲い、捕食する。人間の肉体を食べる者もいれば人間の精神を食べる者もいる。それらは妖怪によってまちまちである。

・妖怪は人間よりかなり長命で、千年程度なら余裕で生きていられる。

・妖怪は肉体が頑丈な分精神的な攻撃には弱く、いわくつきの物品ならば妖怪に致命傷を与えることもできる。

などが挙げられるが、これらにも必ず例外が存在する。』」


「ふむふむ」


「『古くから妖怪は人間の敵らしい敵として伝えられてきており、妖怪被害としては人攫い、捕食、家畜泥棒、畑泥棒など多岐に渡る。人間の生活を脅かすことが行動原理であり、妖怪の存在意義でもある』」


「ほほう」


「『生半可な覚悟、装備では妖怪退治は難しい。妖怪と人間では彼我の運動能力に差がありすぎるからだ。退治したいと考えるならしっかりと準備してから臨むことが大事だ。相手によるが、それでも苦戦は免れないのでそれ相応の覚悟を以て退治に赴かなければならない』」


「なるほどなるほど…」


「『妖怪のとる行動としては単純な運動能力による力技が挙げられるが、それだけでも脅威となる。が、妖怪によっては不思議な妖術を扱うものもいる。妖術にも様々な種類があり、自身の身体能力をさらに強化したり、人間の幻影を見せたり、人智を超越した不可思議な現象を起こすなど、ピンキリである』」


「へえ…」


店員はこの状況に疑問を抱かずには居られなかった。妖怪の本に興味津々な目の前の少女。背丈は十代前半の女の子の背ではやや低め、やけに長いコートにハーネスにネクタイ、そして下半身は真っ白なスパッツに真っ白なスニーカーとなかなか珍しい服装をしている。顔自体はなかなか愛らしいが、目は血のように真っ赤に染まっている。そして変にオシャレな帽子を被っていて、背には立派な日本刀まである。あまりに格好がおかしい。さらには字が読めないとまで来た。普通これくらいの歳になれば字は習っているはずである。はっきり言って怪しい。すごく怪しい。


「あのさ…」


「なに?」


「君って、まさか妖怪…とか言わないよね?」


「え!?え、い、いやそんなわけないよ…!!」


店員がその言葉を口にした瞬間、セレナは目を思いっきり見開き、あちらこちらに目を泳がせながら、思いっきり動揺しつつ答えた。


「君、そんなのだと肯定しているみたいなもんだよ…」


「…い、いやでも、ち、違うから」


「……」


店員はわざとらしくため息を吐くと、セレナの目の前に積んである本を手に取る…そぶりをしつつセレナの帽子をはぎ取る。帽子によって押さえつけられていた耳がピョコンと飛び出した。


「おお、やっぱり」


「わあ!返せ帽子!!」


セレナは取られた帽子を慌てて取り返し、再び目深に被りなおす。


「…というか見た?」


「ばっちり」


「あーもう…せっかく誤魔化してたのに…」


セレナは観念したように帽子を取り、そしてコートも脱ぐ。隠されていた尻尾と耳が露わになった。


「おっと、隠さなくてよかったのかい?」


「見られたなら別に隠す必要もない」


「そ、そうか。にしても本当に妖怪なんて存在がいるなんてな…」


「信じられないとでも?この耳と尻尾を見ても?」


「あ、いやそういうわけじゃなくて、ほとんど幻だと思い込んでいた存在がこんな身近なとこにいたとは思わなかっただけさ。それより君の本当の目的はなんなんだい?」


「わたしの目的は人間を殺すこと。それだけ」


「えっ」


「そのためには自分自身を知らなすぎたから、自分自身を知るためにここに来たってこと」


「…どうして君は人間を殺そうとするんだ?」


「どうしてなんて単純だよ。人間がわたしの仲間を殺したから。これは人間たちへの復讐なんだから」


「人間が殺してきた…?つまり君は動物達の恨みの念が妖怪化したとでもいうのか?」


「やるな。強ち間違いではない」


そこで店員は顎に手を添え考え事をするそぶりを見せる。セレナはその真っ赤な瞳でじっと店員を見つめる。


「君、人間を殺すということはこの街も消すつもりなのか?」


「もちろん。お前だって対象だ」


「…じゃあどうして今僕を殺さないんだ?」


「今お前を殺してしまうと、自分自身についてなにもわからないままだからな。お前は利用しきってから殺してやるさ」


「僕が君に利用されることを拒んだりしたら?」


「お前が半殺しにされたあと、わたしに利用されるだけだ」


そこまで問答すると、やがて店員は諦めたようにため息を吐いた。


「どうやらここで君に出会ってしまった時点でもう僕の運命は決まっちゃったようなもんってことか…」


「そう。わたしに従っておけば長くは生きていられるし、あまり苦しくないように殺してみせるからな」


「それは有難いな…。じゃあ僕は君になにしてあげればいいかな?」


「わたしの検証に付き合うこと。さすれば少しだけ生きていられる時間が増えるぞ」


「…一応言っておくけど、僕は動物虐殺には反対派なんだが」


「お、そうなのか。じゃあもっと長い間生きていられかもしれないな」


「死ぬことは確定なのか…」


「ほら、つべこべ言わずについてこい。代金なんて払わないからな」


「え…。まあいいよ。持ってるとは思えないし下手に請求したら瞬殺されるかもしれないし」


「よく分かってるじゃないか。じゃあついてこい」


「はいはい…」


店員は本を四冊抱えながらセレナと共に店の裏口から抜け出し、小さな空き地に向かって行った。

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