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妖犬の復讐譚  作者: ショウ
6/10

違和感だらけの変装と自分自身

人間たちの死体を『片付けた』セレナは投げ捨てられていた鞘に収まったままの刀を手に取った。セレナの腕力で人間たちに投げつけたせいで鞘のままにも関わらず人間を斬り裂いたあの刀だ。あの時は激昂していたため気が付かなかったが、長く立派な刀だ。セレナの背よりも少しだけ長い。こんな長刀、余程の鍛錬を積んだ人間じゃないと扱えないような気もするが、この刀を持っていたあの人間がそのような者とは思えない。

セレナは何かに使えるかもしれない、とその長刀を背中とハーネスの隙間に差し込み、携帯することにした。そしてそのまま人間が捨て置いた銃の方へ向かって行った。この銃だってそうだ。持ってみるとそれなりの重量を感じる。人間がやっていたように、空に向けて引き金を引いてみるとそれなりに強い反動が肩を刺激する。こんなものをあんなふうに普通の人間が扱えるとは思えない。なにかあの人間社会に秘密があるのだろうか…。

そこでセレナは考えてみる。


「わたしって冷静に考えたら人間社会のこと全然知らないよね」


生まれてこの方あの里で生まれ育ち、里以外の人間の社会は全然わかってない。この銃がどういう仕組みで出来ているのか。どうしてあんな威力の攻撃ができるのか。そしてこの重量と反動を支えるには、あの程度の貧弱な人間ではどうしても制御できないように思う。

極め付けには背にあるこの長刀。こんなに長い刀など普通の人間に扱えるわけがない。振り回す前に刀の重量に振り回されるだけだ。


気になる。どういう仕組みでこれほどの武器を人間が扱えるようになったのか。セレナは人間の街に潜入して敵情視察をしてみることにした。そこでネックとなるのが耳と尻尾だ。それとここから逃がした人間が自分のことを広めてしまったこと。


なんであんなこと言っちゃったんだ…。と、その場のテンションで口走ったことを軽く後悔しながら対策を考える。まず耳だが、これは帽子を被ればなんとかなるはず。セレナは故郷の里に戻り、懐かしの我が家へ行く。実家はあの日、家から出たそのまま時間が止まったかのように全てそのままになっていた。変わったのは人気がすっかりなくなり、静寂に包まれてしまっていること。

この情景に心を痛めながらコハクの部屋に入る。そして壁に掛けられたままのベージュのバケットハットを手に取る。これは生前のコハクが気に入ってよく身に着けていた帽子だ。これならば耳を誤魔化すことができるはず。被ってみると薄茶色の耳がぺったりと折れて帽子の外に少しはみ出してしまった。セレナは強引に耳を帽子の中に詰め込み、目深に帽子を被りなおした。一応これで耳の問題は解決した。次は尻尾だ。

どうしたものかと考えながらコハクの箪笥を物色する。尻尾の誤魔化しに使えるものといえば、腰にまきものをするか尻尾の上からさらに丈の長いなにかを羽織るか、などを考えてふと思いつく。セレナは母親の部屋に入り物色を始めた。そこでコートを見つける。これも生前に母親がよく着ていたものである。羽織ってみると思った以上に丈が長く、膝まで余裕で隠れるほどだった。しかしこれなら尻尾は外からは見られないはずである。風で捲れて尻尾が見えてしまわないように腰に尻尾を巻きつけると、改めて身支度を整える。

白いカッターシャツに薄茶色のベスト。少しほどけた赤いネクタイとハーネス。下は走りやすい真っ白なスパッツに真っ白なスニーカー。薄茶色の長い髪にベージュの大きな帽子。その上からは黄色い超ロングコートを羽織りその背からは長刀が覗く。鏡に自分の姿を映してみると幼げな体にやたらオシャレなコートと帽子のせいでまだまだ小さいのにオシャレを意識しだした年頃の女の子という感じに見える。それなのに真っ赤な瞳と背中から覗く長刀がその可愛らしさからかなり浮いていて全体的に逆に目立つような格好になってしまってる感が否めない。


「…これ逆に怪しまれそうだよね」


鏡に映った自分の姿を眺めながらうーんと唸るセレナ。正直、オシャレなどに疎い自分でも分かるほどに似合ってない。それでも耳と尻尾が丸見えな状態よりは目立たないはずだと自分に言い聞かせる。


「と、とりあえず麓の街に下りて行って聞き込みをやってみようかな…」


自分の格好に一抹の不安を覚えながらも、セレナは恐る恐る山を下りていく。道中何度も立ち止ってはこの格好で大丈夫か、やっぱどれか外しておくべきかなどと考え直してしまうが、考えを改める。いざとなっては脅せばいい。万が一怪しまれすぎた末に正体がばれるなどしたら正直に教えないと殺すなどと脅して強引に話を聞き出してやればいい。そう思うと逆に変装もいらないんじゃないかとも思い始めたが、入ってすぐに迫害されて攻撃されまくるっていうのも面白くない。結局人間に変装して目的を達成してから虐殺するという方がより絶望も与えることが出来るだろうとも思う。

そこまで考えてようやく決心が固まったセレナは張り切って山を下りて麓の街に入って行った。


ここは比較的山に近く、やや小さい街だ。それでも通りには人間があふれ、露店がそこらじゅうに展開されている。ワイワイと盛んに取引が行われていて非常に賑やかだ。

セレナは滅ぼされた自分の里との違いに少し怒りを覚えながらもグッと堪え、人混みに混じっていく、つもりだったが、入ったとたんに慌てて人波を掻き分けて人通りが少ない路地に避難した。

油断していた。人混みがこんなに居心地の悪い場所とは思いもしてなかった。セレナの敏感な嗅覚は様々な刺激的なにおいを感じ取っていた。キツイ匂いのする食べ物・飲み物・香水。人間の汗や口臭。捨てられた生ごみの不快な臭い。それらが混ざった超攻撃的な臭いがセレナの嗅覚を劈いていった。それだけでもうセレナは人混みがトラウマとなってしまった。

もう銃とか刀とかどうでもいいからこの人混みのやつら全員殺してやろうかな…などと考えながら路地で休憩するセレナ。


「なんだい?お嬢ちゃんも人混みに飲まれてここに逃げ出したのかい?」


振り返ると中年の男が苦笑交じりに話しかけてきていた。


「う、うんまあ…」


セレナは自分の姿が怪しまれてないか警戒しつつも男に応じる。


「ほんとすげえよなこの行列。いくら最新式の剣の扱い方についての発表会があるとはいえここまでになるもんかね」


「え?剣の発表会?」


男が口走ったことにいち早く反応する。


「ん?嬢ちゃんは知らないのか?あんたもその背中のを見る限りそいつを求めてここに来たと思ったんだが」


「私は旅をしていたら偶然ここに辿り着いただけ」


「その歳で一人旅なんて随分厳しい親だねぇ。まああれか、『可愛い子には旅をさせよ』なんて言うしな」


「わたしのことはどうでもいい。それよりその剣について詳しく教えて」


「そうだねぇ。なんと言ってもある方法を使えば腕や肩に全く負担をかけずに剣を振れるようになるとか言われてたぜ。あんたも立派なもん持ってんだから行ってみたらどうだ?」


セレナはそこで考える。まさに自分が思っていた疑問の答えがそこにあるようだ。好奇心に惹かれるまま見学していきたいが先ほどの人混みを思い出すとどうしても足を動かせない。


「い、行ってみたいけど…」


セレナはそこで言葉を切ると後ろを振り向く。そこに人間の群れがある。


「まああんな人混みになんかは行きたくないわな。嬢ちゃんみたいな年頃の女の子なら尚更だ」


「あんたは興味無いの?」


「ああ、俺は剣より銃派だからな。獣の顔面を撃ちぬくあの気持ちよさは堪んねえよ」


そういうと男は自慢げに銃を取り出して見せた。男の物言いに殺意が湧くが、ここはぐっと堪える。銃の仕組みを知るチャンスだ。


「わたしも銃を使ってみたけど重さとか反動が強くて扱えなかった。どうやってあの反動を消したりしてるの?」


「なんだ嬢ちゃんそんな常識すら知らないのか?箱入り娘でもあったのかな」


男は一人で納得したように呟くと銃を見せながら簡単に説明してくれた。どうやらとある特殊な構え

と特殊な撃ち方をすることで反動を殺すことが出来るという。刀についても同様だ。特殊な振り方・構えで腕への負担を極限まで減らすことが出来るそうだ。


「というかこれくらいもはや一般常識じゃないか。お嬢ちゃんはどうやってその長物振ってたんだい?」


「力に任せて振り回してた」


「そんな細い腕で随分な剛腕なんだな。人は見た目に依らないっていうしな」


誰がヒトだ。と口走りそうになったがぐっと我慢する。


「色々答えてくれてご苦労だった。おかげでわたしがここに来た目的を達成することが出来た」


「そうかい。役に立てたってんならなによりだ」


「お礼としてはなんだけどここを滅ぼすとき、お前は最後まで生かしておいてやる」


「は?」


セレナはそれだけ言うとその姿がぶれ、その場にもともと誰もいなかったかのように忽然と姿を消した。




セレナは路地裏に入ると、これからのことを少し考える。あんなに不快な思いをしてしまった以上、この街は消してやることは絶対だが、その方法についてどうするかはまだ具体的な方法はまだ考えてない。それよりさっきの男になにも言われなかったため、自分のこの格好は一応機能しているのだろう。


「不思議なもんだね」


自分の姿を見直しながら呟く。そこに


「お、嬢ちゃんいいのもってんじゃねえか」


後ろからそんな声がかかる。セレナが振り返ると男二人が並んでニヤニヤと眺めている。


「なに?なにかよう?」


セレナは冷たげに目線を投げかけながら問いかける。


「いやな、背中に立派なもん下げてんなと思ってな」


「あんた一人には勿体ない代物だ。悪いこと言わねえからこっちによこしな」


セレナはその人間たちを蔑んだ目で見つめる。要求としては心底どうでもいい。この刀が欲しけりゃ勝手にもってけと言いたいところだったが、この人間ごときの命令を聞くなど有り得ない。なおかつ下手に人間に武器を与えたらまた動物が殺されてしまうかもしれない。

結果セレナは汚らわしい笑みを浮かべた人間二人をじっと睨みつけることにした。そして次何か調子のったことを口走ったならば殺すことを決意する。


「あんだよその目。いいからさっさとその刀を渡せや」


「文句があるならなんか言ってみたらどうだよ」


男二人がなにも言わず、なにもせず、睨みつけてくるだけのセレナに俄かにイラつき始める。そして


「お前さんよ、俺等の欲求を飲めないってんなら力づくでそいつを奪うことになるぞ?」


「怪我したくなけりゃさっさとこっちに渡せ」


来た、とセレナは思う。ついに実力行使に踏み出した。ここで敢えてボコボコにされて騒ぎを大きくして人間を集めて皆殺しにするというのも面白いかもしれない。


「やってみたけりゃ勝手にやれば?どうせ無理だろうけど」


さらに挑発してみる。相手の様子を見てみると顔を真っ赤にしている。どうやら煽り耐性は皆無のようだ。


「そこまで言うなら実際にやったらぁ!!」


男たちはそういうと携えていた銃を取出し、それでセレナを殴りつけた。セレナの無防備な腹に銃が深く突き刺さる。その勢いのままセレナは体をくの字に折り曲げる。そしてがら空きのセレナの背に肘を食らわせる。


「ふん。素直に渡さねえから悪いんだぜ」


背に肘を受けてもくの字に折れ曲がったままのセレナを見下しながら男が吐き捨てると背にさしてある刀を手にとろうとする、がセレナはくの字に折れ曲がった体をさらに背を曲げて相手の手を躱す。そして地面に手を付けて、踵で相手の顎を蹴りあげながら一回転して着地する。蹴りあげられた男はたまらず5mほどぶっ飛び、地面に激突する。顎が砕け散った男はもう既に絶命しているようだ。


「別にこの刀程度いらないんだけど、あんたらに渡すのはなんか癪なんだよね」


セレナは刀を鞘から引き抜き、右手で構える。あえてボコボコにされるか、などと考えていたが殴られた時点でその気は消え失せた。やはり人間はさっさと殺すべきだと考えなおしたのだ。


「だから、お前も殺す」


セレナは人間に対する憎しみが体の底から湧き上がってくるのを感じる。その憎しみを以てのんきに銃を構えてる人間に向かって瞬時に肉薄し、憎しみの籠った刀を振りぬいた。的となった人間はあっさり真っ二つとなったがそれだけで終わらなかった。セレナが放った剣筋が光り、閃光となって虚空を駆け抜けた。その閃光の通り道に不幸にも太く大きな枝を伸ばしていた樹があっさりと切り落とされ、落下地点の近くにいた人間から悲鳴が上がる。


「な、なに今の…」


そして他ならぬ、セレナ自身も驚いていた。こんなもの見た事もなかったからだ。そしてまだまだ自分のこと、妖怪という存在について何もわかってないということを思い知った。今の妖怪となった影響なのだろうか。


「ちょっと本格的にわたしのことを調べないといけないかも」


そう呟くとにわかに騒がしくなってきた路地裏からフッと姿を消した。向かう場所は自分のことがよくわかるはずの施設、本屋だ。

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