表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖犬の復讐譚  作者: ショウ
1/10

プロローグ 復讐の魔犬

その存在はこの世界すべての人間から恐れ怯まれていた。

数え切れないほどの人間を殺して回っているからだ。殺し方も時も場所も様々だ。

人間であるだけで無差別に殺して回るという過去最恐の無差別殺人鬼。街に買い物に来た人間の家族に一際強い薄茶色の風が吹いたと思いきや、止んだ時にはその家族の惨殺された死体が残る。学校帰りの少年が歩いていると思いきや急に薄茶色の風が吹いき、謎の衝撃が少年の腹を貫き、一瞬で命を刈り取られたとか。


当然人間たちも黙って殺られるばかりではなく、謎の薄茶色の風の正体を掴むことに成功した。

彼奴はくるぶしまである長い薄茶色の髪にその頭で揺れる垂れた犬耳、下半身を覆う白いスパッツからは長くしなやかな白い尻尾。明らかに普通の人間とは違う外見に「魔犬」と呼称がつけられ、捕獲、もしくは討伐した者には人生を何周しても遊んで暮らせるほどの大金を懸賞金としてかけられた。

金に目がない欲深き人間は拳銃や刀剣類、捕獲用網を用意し、魔犬討伐・捕獲に勤しむ者が何人も現れるようになったが、だれも成果をあげるどころか、悉く返り討ちにす遭う始末。政府が本格的に討伐隊を組み、特殊訓練を受けた優秀な兵士たちであろうと、それは同様だった。誰しもかの風を始末することは叶わなかった。


その薄茶色の風の正体はわかっていない。おそらく今まで邪険に扱ってきた動物たちの恨みが暴走した妖の類ではないか、という見解が出ているが人間賛歌が旺盛なこの昨今で本気で信じる者など存在せず、かといってそれ以外の説も立証されず、無意味な議論がずっと並行線を漂っている。


前述の通り、この世界は人間賛歌がとにかく旺盛になっている。全ては人間が最高だと、人間はほかの有象無象な動物とは一つも二つも違う特別な存在だと。その思想が染み付いた人間たちは動物や動物をペットとして飼う人間を迫害し都市部から大幅に離れた山村の山里に追いやり、ついには当時の最新鋭の兵器を用いてその里の蹂躙や、動物たちを無意味に殺害して回っていた。魔犬という存在が現れてもその思想は変わらないどころか「獣が生意気に反逆してきた」と、その思想が強まっていた。


「お前はどう思うよ?魔犬とかいうの」

「あいつってただ早いだけなんだろ?そんなの弾幕はっとけばいいんじゃねーのか」

「噂では銃撃を受けてもピンピンしていたとか言われてるけどそんなわけねーよな。どうせ外したクソ雑魚が当たったと勘違いして騒いだだけだ」


政府が組織した「対魔犬特殊部隊」の精鋭たちが訓練の合間にしていた雑談だ。彼らも人間賛歌の思想が色濃く根付いており、具体的な被害が出ているにも関わらず魔犬のことを甘く見ているようだ。そんな最中


「現れたぞ!魔犬だ!!討ち取れ!!」

訓練場が一気に騒がしくなる。人間たちの怒号と銃声があたりを一気に包む。件の魔犬が訓練場を襲撃に来たのだ。雑談をしていても特殊部隊の面々だ。素早い動きで陣形を作り、薄茶色の風に大量の銃撃を浴びせる。が、それを意に介さずな様子でその風は特殊部隊の面々の間を駆け抜けていった。次の瞬間には特殊部隊の無残に惨殺された死体が転がっていた。それでも討伐したら多額の金額が貰えるという欲に駆られた人間たちは勇猛果敢かそれとも無謀か、仲間が殺されようとも必死に銃を乱射するが、なにかが変わるわけでもなく犠牲者はどんどん増えていく。

まだ生き残っている特殊部隊たちは早くもこの場から逃げ出したいという衝動に駆られていた。さっきまで一緒に駄弁っていた仲間たちは肉片に変えられ、さっきまで訓練していた訓練場はかつての仲間たちの血肉で真っ赤に染められ、生々しい臭いが漂う地獄と化す。


「嘘だろ…なんだってんだこれ…」


「魔犬なんて弾幕を張っておけば余裕」などと吐き捨てていた訓練兵の一人は銃を支える手をがたがた震わせながら薄茶色の風を目で追うことしか出来ずに居た。同僚たちがその風に巻き込まれては肉片に変えられた光景を何度も目にし、討伐するという心構えはすでにどこかへ吹き飛んでいた。


「こ、こんなの聞いてねえぞ…」


小さくなって震えることしか出来ないその訓練兵が悪態をついている間にも仲間たちは次々と肉片に変えられていく。やがて気が付くとその場には薄茶色の風とその訓練兵しかその場に生きているものはいなくなっていた。

どうにかして逃げる方法を考えていると不意に薄茶色の風が止み、その正体が露わになった。全身を返り血で真っ赤に染めた犬耳と尻尾を持った小さな女の子がその場に立ち尽くしている。こちらに背を向けているためその表情は見えないがこの場の人間は全滅したと思い込み、ひどく油断しているようだ。


(よし、これならなんとか逃げ切れる…)


生き残った訓練兵は物音を立てないようにそっと移動を始めようとしたがふと脳裏にあることがよぎった。『数メートルほど離れたあの場に立ち尽くす少女を撃ち殺せば、多額の賞金が貰える』

今、彼の者は油断をしているように見える。不意打ちで銃撃を打ち込めば殺せるかもしれない。そんなことを考えてしまった。そう考えると今はピンチではなく大チャンスだ。あの程度の距離なら外すわけもない。

訓練兵は逸る心を抑えて慎重に銃のスコープを合わせた。大丈夫だ、いける。俺なら殺せる。と自分を鼓舞し魔犬の頭に照準を合わせて引き金を引こうとした瞬間だった。魔犬が急に振り向き、スコープ越しに目があった。それに心臓が破裂しそうなほど驚いた訓練兵は反射的に引き金を引いた。すっかり静かになった訓練場に銃声が大きく響き渡った。

腰を抜かしてしりもちをついてしまった訓練兵は慌てて様子をうかがおうとするが、魔犬はその場に影も形も残っていない。撃ち込んだとき手応えは感じた。が、魔犬の死体は転がっていない。心臓の鼓動が最高潮に達した瞬間だ。


「!?」


首元に突然の衝撃。魔犬が片手で訓練兵の首を引っつかみ、持ちあげていた。訓練兵は必死の形相で魔犬の細い腕を両手で掴み足掻こうとするが状況は一切変わらない。そして訓練兵は見た。魔犬の目を。

飲み込まれてしまいそうになるほどの深い闇を、堪え切れないほどの憎悪を宿したその真っ赤な目を。


「…ぅっ、ぐっ!は、はなし、て、ぐぇ…」


喉を絞められながらも訓練兵は必死に言葉を紡ぐ。するとどうだろうか、魔犬は片手を大きく振り上げ、訓練兵を地面にたたきつけた。地面をバウンドしながら転がっていく訓練兵は壁に激突し、全身を痙攣させながら魔犬を見上げる。


「ま、まってくれ!い、命だけは、た、助けて!頼む!!」


銃を放り投げ投降する素振りを見せる。血肉に塗れた地面に頭をつけて必死に見逃してくれと懇願する。生臭い匂いに吐き気を催しながら必死に必死に命乞いをする。

どうしてそんなに人殺しばかりするのだと、親が心配しているかもしれないよ、君みたいな強いものが弱いものを苛めていてもなににもならないよ、などと宣う。

魔犬はそれを絶対零度よりも冷たい目線で見下す。そして、訓練兵の襟首を引っつかみ、眼前に訓練兵の顔を持ってくる。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった見るに堪えない訓練兵の顔を一瞥すると、魔犬は訓練兵の喉を食いちぎった。そしてトドメと言わんばかりに鋭い爪で心臓を一突き。ただの汚い肉片と化した訓練兵をその辺に放り投げると、魔犬は次の獲物を探しに、その場を去って行った。


最後まで生き残っていた訓練兵は、喉を噛み千切られる前に確かに見た。魔犬の血のような瞳がほんの僅かに涙でぬれていたことを。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ