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第二十話 ルーナの恋

 ルーナと水曜日の午後4時に週一で会うようになってかれこれ一ヶ月、今日もいつものようにヴァーンの森の休憩所で待っていた。

 ほどなくしてルーナが姿を見せた。おや? 今日は一人だな。


「おまたせしました、冒険者さん」


「いえいえ。ところで今日はお一人なんですね」


「ええ、それもこれも冒険者さんのおかげですよ」


「ふーむ? ああそういう」


 正直ガードがいらないほどにルーナは強い。では今まで何故必ずのように連れていたかというとトラブルの対処、つまり魔力酔いで倒れてしまった人を助ける役が必要だっから。


「はい、魔力コントロールが出来るようになったおかげで、色々と良いことも、いえ良いことだけ増えました」


 確かにルーナが動くたびガードをするのは大変だろう。かと言って多感な年頃、家でゴロゴロとはいかないものだ。

 それにプライベートとかあったものじゃないだろうからな。それこそ年頃なのに。王族だと元々そんなものかもしれないけど。


「それにしても、今日は霧が濃いですね」


「午前中の雨が原因でしょうね」


「私はあまり霧が好きではありません」


「ほぉ、何故です?」


「なんとなく気持ちが晴れないというか、何かを隠しているようなというか。とにかくもやもやしているのは気に入りません」


 心をグサッと刺される感覚を覚えた。


「冒険者さんは好きなんですか?」


「霧自体はそんなに好きじゃないですね。だけど城には必要なものかと」


「?」


 そう、あの場所に城を建てたのには理由があった。それは霧に関係している。


「まだ時間はありますか? 良い所へ連れていきますよ」


「はい、ご一緒させて下さい」


 城が建っている場所から少し距離が離れている場所、小高い崖の上にたどり着いた。


「なかなか険しい道のりでしたね」


「ふふ、だからこの場所の話を聞かないのかもしれません。見てください、ここからの眺めが絶景なんですよ」


「こ、これは!」


 ここからなら小高い山の上に建造された城を一望できる。それだけでも見ごたえがあるのだが霧があらわれたときは姿を変える。

 霧が街を包み込み城だけが浮かび上がっているように見える。

 今回はそこへさらに夕日が差し込み非常に幻想的な風景を作り出していた。


「キレイです……」


 目を輝かせ、ただただ城を眺めるルーナ。気に入ってもらえたかな?


「これだから霧を嫌いになれないかな」


 しばらく二人で城を眺める。

 太陽が山の中へ姿を消そうとしていた。そろそろ夜になる。

 今日は一つ、辛いが実行しないといけないことがある。ルーナの魔力も安定したことだし冒険者として会うことをやめようかと考えていた。


「そろそろ帰りましょうか。それと今日は――」


 ルーナの方に向き直って話をしていたら突然彼女が俺の胸元へ飛び込んできた。


「魔王様、お慕い申し上げます……」


「んぐ?」


 俺の脳内は大混乱に陥っていた。お慕いって、そもそも魔王様って、つーかルーナに抱きつかれているよ! どうしたらいい!?


「申し訳ございません魔王様。出会った時に気づいておりました」


 俺の胸に顔をうずめたまま話すルーナ。


「そ、そうか。しかし俺のことが嫌いと言っていなかったか?」


「はい、始めは助けられたとはいえ、いい気持ちではありませんでした。しかし、貴方と会うほどに私の心は……」


 俺を抱きしめる力が強まる。


「わかっておりました。そろそろ魔王様が私から離れようとしていることが」


「私も一緒に連れて行って下さい」


 混乱していた頭が少しづつ冷静さを取り戻してきた。

 もしルーナを受け入れるとなると正体を晒すことになるだろう。しかし世間に知られる訳にはいかない。今まで関わってきた人達に多大な迷惑や問題が降りかかることになる。


 秘密を守るために王女と共に旅をする? それでは王女を誘拐したようなものだ。尚更何が起こるかわからない。


 正体を晒して王女には黙っていてもらう? それもできない。恐怖の魔王の秘密を共有、非常に危険だ。もしもの場合彼女が危険に巻き込まれるかもしれない。


 となるとやはり方法は一つ。


「それはできない」


「俺は過去の亡霊だ。君達魔族、いや全世界の者たちと関わりを持つつもりはない」


「しかし魔王様、私には」


 魔力を込めて少々強引に彼女の腕を振りほどく。


「すまない」


「まおうさま……」


 彼女を背に俺は来た道を戻る。

 困っている彼女を助けようとした、しかしこうなってしまった。どうすることが一番良かったのだろう。目に涙を浮かんだ。


「珍しく遅かったじゃない。いつもなら一番に食卓に並ぶくらいなのに。あれ、顔色悪いわよ?」


 あの後ルーナをそのままには出来ず、遠くから王宮に帰るまで見守っていた。


「ちょっと失敗しちゃってね」


「レイでも失敗するのね。ん? あれ?」


「どうかした?」


「いや、なんでもない」


 次の日、学園に登校。ルーナは元気がない、無理もないか。


「ルーナ体調不良? もしかして」


 イリスがルーナを小声で話しかけた。


「そんなわけないでしょ」


「そりゃそうよね」


「私はただの体調不良」


 見るからに調子が悪そうなルーナだったが帰る頃にはいつもの調子を取り戻していた。

 今日の授業が終わり、ガードを引き連れクラスから出ていく。


「それでは皆さんまた明日」


 いつもどおりか、女の子は強いとどこかの本で読んだことがある。俺の方は気持ちの切り替えにもう少し掛かりそうだ。

 

「レイー、かえろう」


「いこうか」


「今日は一日元気なかったわね」


「色々あってね」


「はっはっは、それではこのイリス様が慰めてやろう!」


「ああ、頼むよ」


 元気なイリスに思わず笑みがこぼれた。

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