迷宮の壁にスイッチがあったら「だめだ! 押すね!」
クラゲバルン七体を倒したが金目の物は落とさなかった。
「チッ! しけてますねこの迷宮の魔物って」
「お前だって中身空っぽだったじゃないか」
ミミッ子は両手をグーにして俺の胸をぽかぽかと殴る。
「わたしは外箱部分が本体なんでいいんですー!」
ぽかぽかぽかドゴッ!
と、痛恨が発動して俺は壁に叩きつけられた。
「ぐはっ……打撃はよしてくれ」
一瞬呼吸が止まるほどの衝撃だ。
「ご、ごめんなさい。そんなつもりはなかったんです」
普段は茶化すミミッ子だが、今のは本当に彼女自身も想定外の出来事だったようだ。眉尻を落として心底落ちこんだ顔をした。
少女は長い銀髪を揺らして腰から曲げて深々と頭を下げる。ゆっさりと胸が重力に引かれて、丸みをおびた紡錘形を描いた。
もうミミックが擬態しててもいいかもしれない。と、耳元で悪魔が囁く。ああ、これ以上頭を下げないでくれ。揺れる谷間の隙間に視線だけでなく魂まで吸い込まれそうだ。
「頭を上げてくれ。わざとじゃないってわかったから」
「許してくれるんですか!? ロジャーさんって普段はいじわるで素っ気ないけど、心根の優しい人なんですね!」
顔を上げるなりミミッ子はいつもの彼女に戻った。
素直に謝るなんてある意味拍子抜けだな。
ミミッ子は性格面の問題児っぷりをおけば、俺の相棒としては素晴らしく相性が良かった。
槍が降ろうが矢が降ろうが、落とし穴も火を噴くドラゴンの彫像もモノともしない。
魔物の群から逃げるのもお手の物だし、俺が気配遮断を使ってやりすごせばミミッ子も気配遮断で魔物に気づかれないのだ。
そのうえ戦闘になった場合でも、先ほどのように自衛力が高いのである。
これまで旅をしてきた元仲間たちと比べるべくもなかった。
一応、彼女には自衛以外での戦闘参加は控えてもらっている。今回はあくまで実験のようなものなのだ。
石壁の続く迷宮をぐるぐると巡りながら、構造を頭にマッピングしつつ俺はミミッ子に訊く。
「人間の姿で武器と防具を装備すればもっと強くなるかもしれないな」
俺の左腕に巻き付くように抱きついて少女は首を小さく左右に振った。
「そんなことしたらロジャーさんに守ってもらえないじゃないですかぁ♥ さっきからわたしのこといっぱい心配してくれて、守ってくれたり庇ってくれたりして」
「そりゃあミミッ子に傷ついてほしくないんだ。曲がりなりにも俺は男だしな」
「今の言葉、婚約宣言と受け取ってもファイナルアンサーです?」
「結論にたどり着くまで早すぎない? だいたいだな……その白いフリフリっとした服だと守備力的にどうなんだ? お前はアレか? 虎や獅子が鍛えて強くなったり武装する必要は無いっていうパターンの強者かなにかですか?」
「まあそこは魔物由来の成分でできた箱なので否定はしませんけど。この服も擬態して作った身体の一部ですから、わたしってば実質全裸ですよ? 野生の箱ですよ?」
「人類社会に溶け込みたいならさ……帰ったら服を買おう……なっ」
「ええぇ! 服なんて着たくないです! わたしはロジャーさん個人に屈したのであって人類には負けてませんから!」
「そこをどうにか負けてくれませんかねぇ」
「いやですいやです人間の倫理観になぞ染まりとうないです! せめて可愛いリボンで全身ラッピングしてください! それが箱にとって一番のオシャレですから」
砂漠の遺跡で出会った後、密林の遺跡にてリボンを装着していたのはミミック的に最大限のおめかしだったらしい。
ミミッ子の裸体をリボンラッピングしたあられもない姿が思い浮かんだ。
白い肌を包むのは、うっすら向こう側が透けて見える桃色の薄布の帯だ。胸の部分を覆い隠してもツンと上向いた先端部分は隠しきれず、布地がぷっくりと膨らんでしまって布でこすれて敏感になった膨らみはますますかたくしこり……はいストップ。
首を左右に振って妄想を振り払った。
ミミッ子に遭遇してからというもの、彼女のアレな性格にいつのまにやら理性を侵食されていたらしい。
ミミッ子が口元を手で覆うようにした。
「あ! 今ロジャーさんなにかよからぬ妄想しちゃいました? わたしをどんな風にリボンで飾り立てるか考えてませんか? ちょうちょ結びでいいのかなぁとか、それだとちょっと引っ張るだけでスルスルってリボンが解けちゃうとか。いいんですよリボンはあくまで箱を開けるための演出なわけですから。きっちり縛り上げる必要は……あっ!? もしかしてロジャーさんそういうのお好きなんです? わ、わたしも別に……ロジャーさんがお好きでしたら紐とか荒縄とかチャレンジしてみないことも……さ、最初はあんまり痛くしないでくださいね♥」
頬を赤らめミミッ子は両手をグーパーさせて「くぱくぱ」と呟いた。
やはりこいつは封印すべきかもしれない。
ともあれミミッ子は装備という概念に抵抗があるらしい。
まあ、ただの変態の可能性も依然高いのだが。
地下一階に潜って一時間が経過した。
入る度に構造を変える地下迷宮だが、灰色の石壁というのは変わらない。
出てくる魔物も同じような面々である。罠などの仕掛けも「あっ……これ押したらやばいスイッチだな」というのが、盗賊としての経験上理解できた。
不用意に壁などの出っ張りを押し込んではいけない。(戒め)
同じような景色が続き、かれこれ十七回目の行き止まりに到着した。
「また袋小路っていうか終点みたいな小部屋ですね? 台座もなければ宝箱もないですし……あ! 奥の壁にスイッチ! スイッチありますよポチッとな!」
「もうばかあああああああ!」
素直な罵倒が口から勝手に飛び出した。
ミミッ子は素早さと即断即決能力と大胆さに加えて、性的であろうとなかろうとあらゆる意味で好奇心旺盛であり、なおかつ無能な働き者でもあるのだ。
だが――
ミミッ子の元に駆け寄り彼女を庇うように前に出ると、スイッチのあった壁がゴゴゴゴっと重苦しい音を立てて開き、その先には――
「きゃああああ! やりました黄金像ですよロジャーさん!」
金色の悪魔像が台座の上に祭られるように鎮座していた。
いや、悪魔像には違いないが……なんというかとても艶めかしい姿をしているのだ。
悪魔的な意匠で覆った人間1/1サイズの原寸大裸婦像である。
その胸元はミミッ子にも負けない良い勝負っぷりだ。しかも再現性というか、あるべき突起のところもきちんと作り込まれていた。大きさだけでなく美しさも兼ね備えた美巨乳である。
さすが人造物。作り手の理想と夢が込められているのだろう。
ミミッ子は祭壇の前に立つと胸を張ってぶるんたゆんと揺らしてから、黄金の悪魔裸婦像をびしっと指さした。
「ちょっとうちのロジャーさんを誘惑するのやめてくれませんか? だいたいそんな金属製のカッチカチなおっぱい晒しても無駄ですからね! ロジャーさんにはミミッ子ちゃんという、ゆるふわもっちもちなおっぱいの持ち主がついてるんですから! 生意気にツンとした部分まで造形して芸術ですか? お高くとまってるんじゃないですよまったく」
擬態して柔らかさを演出しているが、元はと言えばお前はまな板というか直立した板というか、がっちりとした箱だろうに。
「こらこらミミッ子。お宝様になんて口の利き方をするんだ失礼だろう」
俺は黄金の悪魔裸婦像に両手を合わせた。
「ありがたやありがたや」
「あー! ちょっとロジャーさん? もしもーし? 隠し部屋を見つけたのはわたしなんですよ?」
俺はそのままミミッ子に向き直り拝む。
「神様ミミック様ありがとうございます」
「へっへーん♪ ロジャーさんってばわかってるじゃないですかぁ」
図に乗るのもミミッ子らしいが、今回ばかりはお手柄だ。素直に褒めよう。
そのままミミッ子は俺の方に頭を差し出してきた。
「さあ、ではロジャーさんにはわたしの頭を撫で撫でする権利を贈呈しますね!」
「拒否権は?」
「当然ありません! ほらほら早くぅ♥」
目に見えない尻尾がミミッ子のお尻の辺りを激しく左右に揺れているように見えた気がした。




