深刻化するミミックの雇用問題 ~時代は設置型トラップから“動ける”宝箱へ~
遡ること半年ほど前のこと。
世界を守護する大神樹のお膝元――王都の地下に突如“門”が出現した。
観音開きの鉄扉が下水道の通路にて発見され、当初は遺跡の類いと思われていたのだが……。 研究者たちが調べたところ、どうやら形こそ“門”だが、転送魔法陣の一種ではないかという仮説が立てられた。
開いた扉の先は真っ暗で、進むうちに入り口となる独房のような部屋にたどり着く。
この独房に入ることができるのは六人まで。
王国が軍を差し向けても、六人一組に編成されてしまう。そして全員が別々の迷宮にでももぐりこんでいるかのような状況に陥るのだ。
まるで潜ったパーティーの数だけ迷宮があるかのように。
問題はそれだけではない。入る度に迷宮の構造が変わるため、地図作りもできないというやっかいっぷりなのである。
じつに不思議な迷宮だ。
専門家による調査が終わるまでの最初の一ヶ月――
迷宮内には魔物も棲息しており危険性から“門”を封印しようと試みられたが、物理的に埋めても石壁で覆っても“門”は上書きするように覆った壁の上に浮き上がってくる。
魔法的な封印も寄せ付けず、もはやお手上げ状態だったそうな。
幸い、今の所門の中から王都に魔物が溢れ出てくることはなかったのだが、このままにしておくわけにもいかない。
門の発生した区域は壁で覆われ、周辺住民は安全のため別の町か王都の他の区行きへと引っ越しを余儀なくされた。
ほどなくして迷宮が冒険者たちに解放される。
新たな冒険に心躍らせる者は少なくなかったという。
当初は“門”の内部で魔物に倒されてしまった場合、教会で復活できるか疑問視されていたのだが、そこは命知らずな冒険者たちによって“死に戻り”可能と実証された。
ただし死んで戻った場合には、内部で手に入れたお宝が消失してしまうという、この迷宮独自の問題が持ち上がったのだ。
攻略難易度の高さから四ヶ月目には冒険者たちの情熱も下火になりつつあった。
なにせ地下二階まで進んだという者がいないのである。魔物の強さもあったが、複雑な迷宮の構造と罠の数々に、冒険者たちは敗北を喫し続けた。
いつしか探索の終わりが見えないことから“門”とその内部はこう呼ばれるようになったのである。
無限の地下迷宮――と。
そんな中、とある冒険者パーティーが挑んだ際に、一人だけ無事に戻ってきたことがあった。
仲間を見捨てて迷宮の地下二階より宝を持ち帰った少年だが、戻った彼を仲間たちは冷たくあしらったという。
「うっせーばーかーばーか! お前らなんぞとはやってられるか! いいか、俺がそっちを捨てたんだからな!」
地下二階で手に入れた“なんだかよくわからない光る石版”を仲間に投げつけて、少年はパーティーを脱退した。
名をロジャーという。
誰も到達できなかった地下二階から唯一の帰還者となった彼が、盗賊王を名乗り始めたのはすぐ後のことだった。
王都を悩ます“門”の前に久方ぶりにやってきて、かがり火に照らされた鉄扉を見上げつつ俺は少女に説明を終えた。
「というわけなんだ。ソロ有能説とソロ最強説について、頭が空っぽなお前にも理解できたと思うが」
「はい! 空っぽな分だけ夢や希望や愛やお宝を詰め込めます。というかロジャーさんが詰め込んでくださいね♥」
頬を赤らめ舌なめずりをするナニこの子怖い。
俺が軽く引いているとミミッ子は首を傾げた。
「えーっと、それで仲間だった人たちはどうなったんです?」
「俺の手に入れた石版を王国に献上して報賞をもらったあと、全員引退しやがった。あんな安定志向な連中は冒険者じゃない。自主廃業したところだけは褒めてやる」
ミミッ子はがばっと両腕を広げて軽く跳ねる。ばるんばるんと胸が揺れた。
「さあ、どうぞ! 遠慮はいらないですよロジャーさん」
「どうぞって……なんだその構えは」
愛らしい威嚇ポーズで人気の魔物――ミニマムアリクイのようでもあった。
「ぼっちの寂しさと哀しみと悔しさをわたしの胸に顔をうずめて癒やしていいですから。涙が涸れ果てるまでお付き合いしますね」
「か、哀しくないって。つ、つーか悔しくもなんともないからな」
「じゃあなんで握った拳がプルプル震えちゃってるんですかねぇ?」
「う、うっせーよ。というかあいつらよりも偉大になって幸せになって見返してやると決めたんだ。そのためにしばらく一人で何度も何度も何度も何度も挑戦はしてみたんだが……」
突然ミミッ子は俺に敬礼のポーズを取った。
「なんの成果も得られませんでした!」
「正解!」
チクショー。俺の痛いところを突くのがお上手な痛恨の申し子ミミックめ。
悔しいがミミッ子の言う通りだ。それどころか死にすぎたせいでガンガン蘇生のための等級がランクダウンしてしまい、今では死んで復活すると所持金全没収&金目の物まで教会の神官に巻き上げられる始末である。
かつて勇者が所持金ゼロで復活を繰り返したことから、等級制が導入されたというのだが……マジで迷惑すぎるぞ勇者め。
ミミッ子が“門”の鉄扉をトントン叩いた。
「じゃあじゃあロジャーさんはわたしのことを正式に仲間に加えてくださったんですね?」
「いやまだだぞ。これからテストをする。もし、お前がしっかりと働いてくれるようなら契約メンバーにしてやらないこともない」
ミミッ子はびしっと挙手をした。
「質問です! もし期待以上の働きをしたら契約じゃなくて正式メンバーにしてくれます?」
「うーん、まあ追々、考えてやらんこともないぞ」
「はいはいはーい! もう一つ質問!」
上げた手をさらに何度も上下させてミミッ子は俺に訊く。
「いっぱいいっぱいがんばってロジャーさんの想像を絶する大活躍をした暁には、正妻の座をいただけますでしょうか!」
「それはちょっと……」
「じゃあ身体だけの関係でもかまいませんから! あの、今度ロジャーさんを箱モードでまるっと呑み込んでみたいっていうか……お腹の中にロジャーさんを感じてみたいっていうか……お、お母さんの気分ってやつですかね?」
「失格! ミミッ子選手失格退場です!」
「嘘ですよ収納感溢れるボックスジョークですよやだなぁ。ロジャーさんってばテヘペロ」
ウインクしながら長い舌をぺろんと出してミミッ子はおどけてみせたが、彼女の目は割と本気だった。
いつか俺、こいつに丸呑みにされてこの世から収納されてしまうかもしれない。