俺をSATHUGAIしたミミックがこんなに可愛いわけがない
教会前の広場には噴水があり、王都の下町に住む人々にとっては憩いの場だ。
家族連れや教会に祈りを捧げにやってくる人々でそこそこ賑わう場所で、銀髪の美少女が男に抱きついて奇妙なことをのたまえば、当然周囲の視線も集まった。
「ともかく離れろ。そして俺が立ち去るかお前が立ち去るか五秒以内に決めてくれ」
「いやですよそんなのぉ。絶対離れません! だってロジャーさんのこと好きになっちゃいましたから」
臆面も無く言われると気恥ずかしい。だが、こいつはミミックだ。
胸元がこぼれ堕ちそうな鎖骨やら谷間やら北半球やらが丸出しなエプロンドレス姿で、顔だって愛らしい巨乳美少女には違いないものの、あくまで擬態した姿でしかない。
「だったら俺の方から離れてやる」
たゆんとした胸の感触を惜しみつつ、これはニセモノのおっぱいだと自分に言い聞かせながら、やんわりと彼女の腕を押しのけた。
ミミック少女――ミミッ子はしょんぼりと眉尻を下げると、両方の手のひらを開いたり閉じたり繰り返す。
「くぱくぱ! わたし悪いミミックじゃないですよ? くぱくぱ! だから仲間にしてくぱさい!」
だめだこいつ。ちょっと可愛い仕草だけど騙されんぞ。
「わかった。今すぐ衛兵を呼んでくる。逮捕されるまでここで待機していてくれ。あ! 遠慮はいらんぞ。お前に苦労はかけないから存分にとっ捕まってくれ」
きびすを返すと後ろから肩を掴まれた。見た目に反して馬鹿力だ。
が、豪腕とは裏腹に心細そうに少女は泣き顔で訴える。
「ままま待ってくださいよ! 盗賊が衛兵を頼るんですか? それって倫理的にいかがなものです? 魔物や魔族がいるこの世界でロジャーさんが頼るべき勢力は、こっち側ですよ。ロジャーさんはこっち側の人間です!」
「倫理観を振りかざすな。盗賊も冒険者として認められた職業なんだ。おかげでこうして教会で復活できたわけだし。お前に殺されたおかげで一文無しになっちまったけど」
と、事実を陳列したところ少女は立てた人差し指をツンツンとキスさせながらしょぼくれた。
「結果的にロジャーさんをSATSUGAIしたのはあくまで事故! 事故ですから!」
「お前はミミックであることを差し引いても事故物件女子だな」
「事故とは失礼な! 優良! 優良ですよ!」
町の人々が足を止め俺たちを中心に輪ができつつある。
そんな事など意に介さずミミッ子は胸を張った。
ゆっさたぷんたゆんたゆんふるふると、この世のありとあらゆる柔らかさを内包したかのように、大きな胸が縦揺れする。
自信満々でミミッ子は告げた。
「こんなにも優良なのにひどいですね。ロジャーさんが板じゃ満足できなさそうなので、おっぱい職人の魂をもって、大事に育て上げたんですから」
言いながらさらに背を逸らせて胸を張る。おっぱいぷるんぷるんである。外見だけなら……実は好みだ。流れるような銀髪も美しいし、瞳の色もアメジストのように神秘的だ。
だが、ミミックだ。
これ以上大きな声で騒動を広めるわけにもいかず、俺は彼女の耳元で囁いた。
「いいか良く訊け。魔物使いだって街の人を驚かせないよう、魔物は町の外で待機させたりしてるんだ。盗賊の俺が街中で魔物と一緒にいると、何かと勘ぐられる。それこそ衛兵にバレたら大事だ」
「ふむふむ、はいはい、あっ……もうちょっと耳の穴に吐息をフッてしてください。背中がゾクゾクぞわぞわして、なんだか腰砕けになりそうです。いいですねこのプレイ」
俺は半歩下がって王都の城壁外を指さした。
「さあ森へお帰り。そしてもう二度と人目に触れることなくゆっくりと朽ち果ててくれ」
紫色の瞳をぱちくりさせてからミミッ子ははにかんだ笑みで俺に返す。
「森には帰りません。わたしの居るべき場所はきっと、盗賊王のそばなんじゃないかなって思うんです。いやはや、なんでも開けられる神の指の持ち主の隣に並んでいられるなんて、宝箱冥利につきますね」
求む。こいつの減らず口を閉じる方法。
少女は続けた。
「それに心配ご無用です。絶対にバレませんから。擬態スキルでばっちり人間を騙してみせますとも。それにどうですこのプロポーション。出るところは出て引っ込むところは引っ込み思案な遺跡の引きこもり感。まさに人の姿を借りたミミックの権化でしょでしょ?」
白昼堂々、正体を自分からバラしていくスタイルとは驚いたな。
右手の人差し指をリズミカルに振ってミミッ子は続けた。
「ちっちっち、ともあれ素人の目を欺くなんてミミッ子ちゃんには楽勝なんです。ですからさあ遠慮も恥も外聞もなく、思う存分開けてください。鍵穴は……どこでしょー? 盗賊王のロジャーさんには簡単すぎるクイズですね」
少女の両手が吸い込まれるように彼女の股間の辺りへ。
「股間に手を添えるな恥じらえもう少し恥じらえ。だいたいな……おかしい」
「なにがです? なにか問題でも?」
「盗賊を追い回して開けたがられる宝箱がどこにいるっていうんだ」
「ここにいますよ! 一箱だけ! 盗賊と宝箱ほど相性の良いものはないですよ? 盗賊王のロジャーさんなら当然ご存知ですよね? え? 知らなかった? 遅れてますねー人類って。へいへいビビってるんですか? 一度わたしの大切なところをくぱぁっとしたなら、二度も三度も一緒じゃないですか?」
俺たちを取り囲む人混みのざわめきがますます大きくなった。
「公衆の面前で誤解を招くな」
「衛兵さーん! こっちです! わたしの処女を無理矢理こじ開けて奪ったロジャーさんが、一度きりの関係みたいな感じで素っ気ないんですよー! ちょっと皆さんも見てないで、なにか言ってあげてくださいよ。ロジャーさんってね、本当はとってもいい人なんです。すっごく優しくしてくれて……けど、わたしに優しくできるのにロジャーさんは自分自身に優しくしてあげられない。だから皆さん、ロジャーさんに是非とも優しい言葉とかかけてあげてください。人間の心の温かみをロジャーさんに取り戻させてくぁwせdrftgyふじこlp」
彼女の背後に回り込み口を塞ぎつつ耳元で囁く。
「ちょっと飯でも食いながら二人の今後について話そうか?」
ミミッ子は瞳を輝かせながら、うんうんと何度も頷くのだった。
町の酒場兼食堂の、窓際席に腰を落ち着ける。中途半端な時間なこともあってか、遅い昼食を摂る客が数人と店は広さほどには賑わっていない。
テーブルに対面して座り、俺は「どうして仲間が必要ないのか」についてミミッ子に説明した。
俺は靴の裏に隠しておいた銅貨で飲めるだけの麦酒しか頼んでいないが、ミミッ子は懐が温かいのか店でも一番値段の張る鶏の丸焼きを注文していた。
皮目をパリッと香ばしく焼き上げられた、湯気を上げる鶏肉の香気が漂う。
が、一口くれとはプライドが許さない。俺は話し続けた。
「つまりだ……盗賊にとって利点しかないんだ。集団で動けば魔物に察知されやすくなる。逃げるのも大変だ。俺がいくら罠を外したり感知して気をつけろと注意しても、どんくさいやつは引っかかる」
「そーなんですかー。あ! おかわりもってきてください!」
店の奥から「そんなにすぐにゃ焼けないって。他の料理なら早いけど」と店主の声がした。
「じゃあ適当にじゃんじゃんもってきてください。野菜はいらないんで」
すると、豚肩ロースの煮込みやら、香辛料をたっぷり効かせたマトンの串焼きだの、揚げ鶏に蒸し鶏にハムに茹でたソーセージだのと、テーブルを埋め付くさん勢いで肉料理がずらりと並んだ。
それを次々とミミッ子は胃袋に納めていく。お前の食欲は無限大か?
しばし言葉を失ってしまったが、俺はこう締めくくった。
「というわけで、俺からすれば仲間なんて足手まといなんだ。自分独り生き残ることはできる。その点においては最強を自負してるんだぜ」
数え切れないほどの敗北で得た教訓――勝ち目のない相手とは戦わない。ゆえに最強という穴だらけの論理だが、ここしばらくは教会の世話になっていなかった。
目の前で「焼きめしは飲み物」と言わんばかりに、皿の上の焼きめしをかっこむ少女に出会うまでは。
「はぁん♥ 焦がしニンニクの風味がたまらないです。おかわり!」
至福の表情を浮かべてミミッ子は注文を追加した。
「えーとだな、こう見えて俺ってば結構強いんだが……残念ながら俺の強さってのは限定的で、双短剣の刃が立たないような相手とはやり合えないんだ。軽量級とのタイマンならいいんだけどな」
石だの岩でできたゴーレムや、怨霊甲冑のような連中とは戦わない。総じて重装甲な魔物の足は遅いので、逃げ切ることも容易かった。
「はー大変ですねー」
運ばれ続ける料理をぱくつくのに一生懸命で、生返事ばかりとは良い度胸である。
「足の遅いやつを助けに戻っても助けてやれん」
と言ったところで――
「その点、わたしなら安心ですね。ロジャーさんより足が速いですから」
ミミッ子はちゃんと俺の話についてきていた。べ、別に感心したりなんかしてないんだからね。
「いやだからな、それもあるにはあるんだが……魔物の大群に出くわした時にやり過ごす場合もだな……」
「気配遮断スキルは得意ですよ?」
「万が一、格上の敵と戦うことになる不測の事態に陥った時に……」
「そもそもロジャーさんよりわたしの方が強いじゃないです?」
デザートのプリンにスプーンを入れつつ少女は笑う。
大変遺憾ながら反論できない。溜息と一緒に肩を軽く上下させて俺は訊く。
「お前の目的はなんだ? 宝箱としてどうなっていきたいんだ?」
「うーん、今は次の一皿に悩むのが目的です」
「デザートのプリンを食べてるのに、次の一皿ってお前……」
「ちょっと味を変えたくてプリンちゃんは中休みですよ。それにしても人間のご飯は美味しいですね! ここのところずっと食べてなかったので。空腹は最高の調味料です」
プリンを一瞬で食べきると少女は瞳をキラキラさせながらテーブルの上に身を乗り出した。
重力に引かれた胸が俺の視界を塞ぐ。
「それでいつ結婚してくれるんです?」
「はあ?」
「二人の将来について話すってさっき言ったからこうしてひょいひょい着いてきちゃったんですよ。本当にロジャーさんってば罪作りな人ですね」
「俺が来いと言わなくてもついてくるんだろ?」
「はい! もちろんですとも!」
まったくもって、この箱の魔物はまっすぐに俺との距離を詰めようとしてくる。
少女は一人で勝手に盛り上がり始めた。
「それでですね、贅沢なことは言いません。遺跡や神殿みたいな大きな家じゃなくていいです。庭付き一戸建てで十分ですから。子供は三人がいいですね。ハコリョーシカみたいな入れ子作り……あ! 入れ子作りって子作りって単語が入ってるじゃないですか? これはもう天啓ですね」
「ハコリョーシカってなんだよ」
「ミミックの界隈だと入れ子作りの人形を……あ、やだまた子作りって言っちゃった恥ずかしい。もう迂闊に入れ子作りって言えませんね。これからはハコリョーシカを流行らせていきましょう。それでロジャーさん、今夜はわたしとハコリョーシカしませんか?」
「ミミックの専門医っているんだろうか」
こいつの頭は空っぽに見えたが、どうやらピンク色の妄想がパンパンに詰まっていたようだ。
騒動が起こったのは五分後の事だ。
ひとまず料理の味に満足したというミミッ子に、東方の忍者が使う巻物のような伝票が店主によって渡された。
「なんですこれ?」
「料理を食ったんだからちゃんと払ってもらおうか」
「あっ……た、た、助けてくださいロジャーさん。わたし、持ち合わせがなくて」
「残念だが俺もだ。自分で頼んだ麦酒分しかないんだが……」
ヒグマのように大柄な筋骨隆々の店主の目つきが殺気じみたものへと変わる。
「金がないだと!? 食ったモノ全部返してもらわなきゃ衛兵に突き出してやる!」
俺が頭を抱えていると、ミミッ子は怒れる店主に笑顔で返した。
「あ、いーですよ。お返ししますね!」
「できるもんならやってみやがれ! もしできたんなら見逃してやるが、できなかったら奴隷商に売り飛ばしてやるからな!」
これはミミッ子が売られても仕方の無い自業自得っぷりだ。店主も店主で彼女の見た目の愛らしさに商品価値を見いだしてしまったのだろう。
ミミッ子は食べ終えた皿をテーブルに並べ直した。
「では一発芸いきます。ゲロゲロゲロ」
少女の口から料理が巻き散らかされ、再びテーブルの上の皿に綺麗に盛り付けられる。まるでできたてのようだ。
元通りになってしまった。
有言実行を終えたミミッ子がエヘンと得意げに胸を張った。
店主が放心状態になって両膝から床に崩れ落ちる。
「そんな……バカな……」
「じゃあ、ちゃんとお返ししましたので失礼します」
少女はぺこりとお辞儀をした。なんて悪質な無銭飲食だろう。
ともあれ店主には気の毒だが、できてしまったのだから見逃してもらうとしよう。
俺は自分の呑んだ麦酒の分の銅貨をテーブルに置くと、ミミッ子の手を引いてそそくさと店から撤退した。
「やだロジャーさんってば大胆で強引。このまま暗がりでハコリョーシカなんて……」
「宝箱界隈にしか通じない独特な造語はやめてくれ」
町の商店通りに出るとミミッ子は軽く自分のお腹のあたりをさするようにした。
「はぁ……なんだか色々あってお腹が空いちゃいましたね。お腹が空っぽです」
そりゃあれだけ食って全部吐き出したらお腹も空くよねってばか。
「なあ、さっきのアレなんだがどういう仕掛けなんだ?」
「仕掛けもなにも宝箱ですから出し入れできるのは当然じゃないですか」
「食ったわけじゃないのか?」
「もちろん食べましたよ。消化する前なら再構築して元に戻せるってだけで」
今、さらりととんでもないことを言ったような気がする。
「消化しないでとっておけたりしないか?」
「もちろんできますとも。わたしを誰だとお思いですか盗賊王さん。宝箱界の至宝にしてアイドルミミックのミミッ子ちゃんですから! みーみっみっみっ! みーみっみっみっ! くーくっくっくっくっく! くーくっくっくっく!」
なにその独特なキャラ付けされた笑い方。思いつくだけじゃなく実行するところが怖い。
腰に手を当てふんぞり返り胸を揺らしてミミッ子は独自性の高い笑い方を続ける。
その身体の体積に見合わない料理を出し入れしたのを鑑みるに。
アレ……こいつってもしかして、超便利な無限収納系のアイテムボックスじゃね?