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限り無く透明に近い俺

 大理石の柱が並ぶ神殿を奥へと進むと、転職を希望する冒険者たちの長蛇の列があった。


 最後尾につく。看板には二時間待ちと書かれていた。


 ミミッ子がその看板を指さして吼える。


「二時間あったらご休憩できちゃいますよロジャーさん!?」


「まあまあそう言うなって」


 イル美が心細そうに俺の服の裾を掴んでちょいちょいと引っ張った。


「ロジャー氏、ここはなにをする場所なんデスか? 迷宮には思えないデスよ」


「まあ、いいから気にせず待とうじゃないか」


 ハッとミミッ子がアメジスト色の瞳を丸くした。


「若者の大行列……こ、ここが伝説となったマシマシ系の麺屋なんですね!? ニンニク入れちゃう系のお店なんですねロジャーさん!」


「なんだそのええと……なんだって?」


 時々ミミッ子の言うことがよくわからない。


「え? まさか知らずに並んでるんです? 三日かけて到着して二時間待ちしてるのに、天地返しも知らない素人はお断りですよ」


 とりあえず話を合わせて置こう。


「いや、知ってる知ってる。あれだろ天地返し……そう、からくり屋敷なんかである吊り天井の亜種の」


「え? そうなんです? イル美ちゃん知ってますそういう天地返し?」


 イル美は心細そうに首を小さく左右に振って「ちょっと聞いたことないデスけど迷宮のスペシャリストのロジャーさんが言うなら、あると思うデス」とミミッ子に告げた。


 ミミッ子は腕組みをして胸を前腕で下から持ち上げるようにしながら口を尖らせる。


「んもーそうやってロジャーさんってばごまかして、いきなり着丼からドン引きするような野菜タワーの麺をわたしに食べさせようていうんですね? 受けて立ちましょうその挑戦を!」


「あ、ああ、そういうことだ」


「イル美ちゃんは小がオススメだから、大豚野菜マシマシニンニクカラメのコールはお二人には早すぎなんで、ここはまあ見ててください。ミミッ子が完食する勇姿を!」


 ミミッ子が想定しているのは大盛りの麺料理? なのだろうか。


 ともあれ、それから二時間ほど俺とイル美はミミッ子が語る架空の(?)麺料理の素晴らしさを説かれ続けるのだった。




 高い階段を昇りきり祭壇の上までやってきて、ミミッ子が吼える。


「お店じゃないじゃないですかやだー!」


 熱弁を振るい続けた反動が箱娘を襲った。


 ようやく俺たちの番が回ってきたわけだが、祭壇の上にあったのは特別な大神樹の芽と大きな机だけだ。


 麗しい女性の神官がニッコリ微笑みかける。


「人生の新たな可能性を見いだすソーマ神殿へようこそ! であります」


 長い青髪に眼鏡の彼女は、高位神官の装束に袖を通しているにしてはずいぶんと若かった。それと口振りが少々独特というか、神官らしくない。


「あんたが転職を司る神殿の神官さんなのか」


 てっきりしわしわのジジイが出てくると思っていたんだが、年齢も俺より二つ三つ上くらいじゃなかろうか。


 俺の転職という一言にミミッ子が驚愕の表情を浮かべた。


「ちょ、ロジャーさん転職ってまさか……盗賊王止めるなんて言わないですよね?」


 イル美もフルフルと首を左右に振る。


 が、俺は構わず女神官


「転職をしたい。できれば働かないで食っていける働いたら負けっぽいやつとかヒモとか限り無く透明に近い色の仕事だと助かる」


「無職になりたいというのは珍しいでありますな」


「女の神官が責任者ってのも珍しいだろ」


「実力さえあれば性別は関係ないであります。とはいえ、よく若いとか女性だとかで驚かれるでありますよ。ですがご安心を。自分は史上二番目の若さで大神官になったでありますから」


 それはそれはご立派なエリート様のようだ。


 恐らく何度となくあったやりとりなのだろう。彼女は落ち着いた柔和な笑みを俺に返した。


 イル美が俺の背中に隠れて震え始めた。


「ロジャー氏ええと神官さんとはボクたちはちょっと相性がよくないデスよ」


 ミミッ子が女神官の顔を指さす。


「こっちは二時間楽しみにしてきたのに、どうしてくれるんです!? 野菜マシマシ!」


「なにやら不思議な呪文でありますな」


 別段困った様子も見せないところをみると、女神官は相当な修羅場をかいくぐってきた歴戦の猛者的な気配だ。


 眼鏡のブリッジを軽く指で押し上げて彼女はミミッ子とイル美に告げる。


「それにご安心くださいでありますよ。ソーマ神殿は職を求めるすべての者に閉ざす扉を持たないのでありますから。魔物の方でも魔族や上級魔族の方でもご利用いただけるであります」


「は?」


 と、間抜けな声を出したのは俺である。


「なにか問題でもあるでありますか?」


「問題というかええと、こ、この二人は人間だから」


「ミミッ子は人間ですよ! ミミックじゃありませんからね! 眼鏡曇ってるんじゃないです?」


「い、イル美もににに人間デス。ガーゴイル的な置物じゃないデス」


 黙っていればいいのに二人とも自己紹介ありがとうございました。


 警備の衛兵がスッ飛んできそうだが……女神官は平然としている。


「それはすごいでありますな。ミミックのミミッ子殿に、ガーゴイルのイル美殿でありますか。保護者の方のお名前は?」


「ええと……」


 ミミッ子が俺の右腕に巻き付くように抱きついた。


「こちらにおわすは盗賊王のロジャー様ですよ。神官ごときが頭が高い!」


 イル美が心配そうな顔でそわそわし始める。


 挑発的なミミッ子の言葉に女神官は俺に会釈をした。


「これは存じ上げずに失礼したであります」


 慇懃な態度だが完全にアレだな。俺やミミッ子やイル美をまとめて葬れる系の強者っぽさがある。


 ミミッ子は上機嫌で「うむ、良い心がけですね」と格上相手にイキリ倒した。知らぬは箱娘ばかりなり。


「頭を上げてくれ。しかしその……どうしてミミッ子とイル美が人間に擬態した魔物だって一発で見抜けたんだ?」


「それはまあ人を見るのも仕事のうちでありますし、経験がものをいうのでありますよロジャー殿」


 微笑む女神官にミミッ子があっかんべーをする。


「ちょっとうちの大切な盗賊王を神官が誘惑しないでくれませんかねー」


 俺はミミッ子の口を手で塞いだ。


「お前は少し黙ってろ」


「レロレロレロレロ」


 手のひらを舐められた。死にたい。するとイル美が俺に口をすぼめて迫ってくる。


「ボクも口封じしてほしいデス」


「イル美は良い子にしていてくれ頼む。お前は比較的出来る子側なんだから」


「はうぅ。褒めてもらってうれしいデスけど寂しいデス」


 女神官が「ぷふっ」と噴き出す。


「お三方は仲がよろしいでありますな」


「質問というか確認していいか」


「なんなりとロジャー殿」


「魔物も転職できるって本当なのか? いやだってほらこの神殿って教会の関連施設だろ?」


「教会も助けを求める者に閉ざす扉を持たない施設でありますよ。あまり知られていないだけで、魔族でも祈りを捧げる方はいるのでありますよ」


 女神官はエッヘンと胸を張る。


 ああ、久しぶりにフラットな胸板を見た気がした。謎の安堵感を覚える。


 眼鏡のレンズ越しに、青い瞳が再びミミッ子とイル美の顔をじっと見つめた。


「それにお二人の目を見ればロジャーさんを心から信頼しているのがわかるであります。人間でも魔物でも魔族でも、大切なものがある方ほど、不用意に他の誰かを傷つけたりはしないでありますから」


 いやいやいや、ミミッ子もイル美も道中で襲ってくる魔物相手に容赦なかったし、むしろ自分から襲っていく勢いがなきにしもあらずだったんだが……。


 コホンと咳払いを挟んで女神官は続けた。


「では、ロジャー殿、ミミッ子殿、イル美殿。ようこそソーマ神殿へ。この神殿では新たな自分に生まれ変わることができるであります」


 イル美がひょいっと手を上げた。


「も、もっと明るくてキョドらない性格になりたいデス」


「なれるでありますとも!」


 根拠は無さそうだが大した自信だ。そして言われたイル美はというと。


「な、なれる気がしてきたデス」


 気の持ちようの問題だな。


 一方ミミッ子は女神官に懐疑的な視線を向けた。


「はあぁん? カウンセリングでお金を巻き上げるだけなんですかー?」


「お金はいただいていないでありますよ」


「ただより高いものはないっていいますけど? ロジャーさんこの神殿絶対に怪しいですってば! 怪しい影が裏で蠢いていますってば!」


「ミミッ子殿は現在のところ……ムムムッ! 野生のミミックでありますな。これはせっかくの美貌と才能がもったいない。是非、なにか職業に就くことをオススメするであります」


 ミミッ子の頬が赤らんだ。


「え? ふ、ふーん。そういうパターンの勧誘ね。おだてたって無駄ですから! それでわたしの場合、どんなお仕事が向いてますかね大神官先生?」


 揉み手で下手に出るミミッ子にプライドの四文字は無かった。


「素早さを活かして武闘家もよいでありますが、魔法も使えるようでありますし……この大神官眼鏡をもってしても才能が測りきれないであります」


 ボンッ! と、女神官の眼鏡が小さな爆発を起こして四散した。


「おっと失礼したであります」


 すかさず机の引き出しからスペアの眼鏡を取り出し装着しなおす。


 ええと、これもソーマ神殿では日常茶飯事なのだろうか。


 再びイル美が恐る恐る手を上げた。


「えっと……えっと……ボクは……お、お嫁さんになりたい……デス」


 赤い瞳が熱っぽく俺を見つめる。すると――


「わ、わた、わたしもお嫁さんにジョブチェンジを希望します!」


 俺は二人に告げる。


「相手は誰だか知らないがおめでとう。俺の手下を卒業だな」


 女神官が眼鏡をキランと輝かせた。


「おめでとうございますであります。お二人を幸せにするでありますよロジャー殿」


「おい待て神に仕える神官。どうしてそうなる?」


「愛し合う者同士が結ばれるのは自然のことでありますから」


 愛してない……ぞ! 一瞬ためらってしまったが断言しよう。逃げても追ってくるし、放っておくと何をしでかすかわからないし、今日だって別れるために透明感のある職業になりに来たんだ。


 左右から挟むように俺に抱きついて、ミミッ子とイル美は見つめ合うとお互いに頷き合った。


「ミミッ子氏さえよければ、ボクといっしょにロジャーさんのお嫁さんになってほしいデス」


「イル美ちゃんのご厚意にこのミミッ子感動しました。いっしょにロジャーさんをもり立てて幸せなハーレムを築いていこうね! わたしたちズッ友だよ!」


「勝手に決めるんじゃねええええ!」


 二人を振りほどこうとしたか、まるで海の中の海草のように俺の身体にまとわりついて離れない。


 女神官がテーブルの引き出しから冊子を取り出した。


「挙式の相談は本来教会のお仕事でありますが、紹介するでありますよ? けど、お二人を養いお子様が生まれればしっかりと稼いでいかなければならないでありますなぁ」


 するとミミッ子とイル美がテーブルの上に前のめりになった。


「働かせてください! ミミッ子がロジャーさんを養ってみせますってば!」


「ぼ、ボクにもお仕事くださいデス」


 女神官は目を細めて冊子を開いた。


「では、どのような職業がお二人にぴったりか、一緒に考えてみるであります」


 いつのまにやら女神官のペースにはまり、ミミッ子とイル美は真剣な表情で冊子――職業一覧とにらめっこを始めるのだった。


 俺の無職透明化計画は、どうやら実行前に失敗に終わったようだ。

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