ミミッ子流のおもてなし"朝ご飯"
身体をゆさゆさと揺すられて目を覚ますと、イル美が俺の顔をのぞき込んでいた。
「お、おはようデス。おはようのチューしていいですか?」
「ん……ふあぁ……おはよう。あとチューはその……」
言葉を濁すとイル美は泣きそうになった。
「いいかイル美よ。挨拶のチューというのはほっぺただ」
「は、はいデス! ロジャー氏が困った理由を理解したデスよ」
イル美は俺の頬に唇を軽く当てるとお日様のような笑顔を浮かべる。
そういえば何も無い白い空間だったが、寝る頃には暗くなっていたような気がした。
ベッドから身体を起こして窓際に立ちカーテンを開けると――
「なんだこりゃ」
青い空とどこまでも続く大地が広がっていた。
地平線の彼方まで真っ平らな土の地面である。
空には雲一つなく窓に朝の光が射し込んで眩しかった。
この世界で家を除いて他にあるのは、外の世界と迷宮を繋ぐ扉だけだった。
「イル美……何かしたのか?」
少女はフルフルとショートボブの金髪を揺らした。本人にも自覚がないらしい。
「そうか。まあ元から不思議空間だったしな」
「あ、あのデスね。ミミッ子氏が朝ご飯をご用意したデス。ええと、ボクも作るのをお手伝いしましたから、洗面所で顔を洗って歯磨きをしたらダイニングに来てほしいデス」
用件を告げるとイル美は軽やかな足取りで部屋を出て一階に降りていった。
朝食を用意してくれるなんて、ちょっと感動したな。
普段は変態発言&問題行動ばかりのミミッ子だが、家庭的なところがあるじゃないか。
まあ、魔物なんだが……。
「人間より魔物に好かれる体質なんだろうか」
もしかしたら俺の先祖に魔物使いでもいたのかもしれない。
イル美に言われた通り、洗面所に向かった。顔を洗って歯磨きをする。
新しい歯ブラシが三本コップの上にあり、ピンクにはミミッ子、黄色にはイル美と名前が書かれていたので残る青い歯ブラシを使うことにした。
本当になんでも出てくるなこの家は。
「財宝よ出ろ!」
なんて唱えてみる。
しかし何も起こらなかった。
そもそも出ろといって出て来たお宝に盗賊王の俺が価値を見いだせないのだし、本当に宝物が自由に湧いて出たら生きがいがなくなっちまうところだ。
久しぶりに清々しい朝を迎え、さっぱりとした気持ちでダイニングに向かう。
「おーいミミッ子? あれ? いないのか?」
中央のテーブルに銀のクロッシュ……料理を保護する釣り鐘かお椀のような蓋が被さっている。
いや、形こそクロッシュなのだがそれはあまりに大きすぎた。ダイニングテーブルの天板ほとんどを覆い隠すほどの大きさだ。
そして俺のために用意されたであろう席のところに手紙が置かれていた。
「えーとなになに……生ものですのでお早めにお召し上がりください。あなたを愛しあなたに愛されるミミッ子より……って」
いったいどんな朝食を用意したというのだろう。
好奇心より嫌な予感が先に立つ。が、昨晩のお仕置きフィンガーテクニックでミミッ子が心を入れ替え、まっとうなミミックになったかもしれない。
意を決して俺はテーブルの横に回り込みクロッシュを持ち上げた。
その大きさに見合わず銀の蓋はするりと持ち上がり拍子抜けしたのもつかの間――
「おはようございま~すロジャーさん! さあ! ミミッ子ちゃんの食べ放題ですよぉ!」
テーブルの上で艶めかしいポーズで仰向けになった銀髪の少女が、全裸待機していた。
しかも身体を覆い隠すように、色とりどりのカットされたフルーツで飾られている。
スライスされた南国の果実やオレンジにベリー類など、蓋を開けた途端にダイニングいっぱいに甘酸っぱい香りが広がった。
ミミッ子の白いお腹の稜線を人魚の鱗のように薄切りにしたリンゴが並び、ぴっちり閉じられた太ももの間には瑞々しいマスカットが一房置かれている。
胸の形に合うようにスライスされた赤身のメロンと緑のメロンが交互に貼り付けられ、胸の間にはこれ見よがしと黄色い皮に包まれたバナナが挟み込まれていた。
ツンとした先端にはホイップクリームとチェリーで飾られている。
ヘソを中心にマンゴーかパパイヤで作られた黄色いバラが咲いていた。
ともあれ見事な仕事ぶりである。皿となるミミッ子を除いては。
ミミッ子は自信満々に告げた。
「朝からご馳走は重たいと思ったのでフルーツにしてみました。本日の朝食はシェフの気まぐれ女体盛りモーニングですよロジャーさん♥」
気まぐれというより気が触れである。ここは狂気に満ちた食卓だ。
「さあ手など使わず口で直接わたしごと味わってください! このお弁当箱……もとい味の宝石箱のミミッ子ちゃんを!」
「お前、ますます悪化してないか? 頭の方とか」
「えっ!?」
ミミッ子は真顔で俺のツッコミにむしろ軽く引いたような雰囲気を醸し出す。
どうして……どうして俺の方が常識外れみたいな感じになってしまうのか。
「そのフルーツはどうしたんだ? この家の保冷庫は空っぽだったろうに」
「お寝坊さんな誰かさんが熟睡している間に、王都の朝市で買ってきたんですよ? ねーイル美ちゃん?」
イル美がいそいそとティーセットをお盆に載せてキッチンから姿を現す。
「はいデス。朝ご飯はフルーツを試食してお腹いっぱいになったデス。だからロジャーさんいっぱい食べて欲しいデス」
いかんイル美も基本的にはミミッ子側の人間もとい魔物だった。フルーツタルトじゃないんだぞ。
「さあロジャーさん。早くしないとミミッ子が自分で胸のチェリーをペロペロしちゃいますよ? さくらんぼは二つしかないんですから急いでください。間に合わなくなっても知りませんよ?」
「知るか! 常識の斜め下から脅しをかけてくるんじゃあない。それに二人とも支払いはどうしたんだ? まさか何も失う事なく手に入れた(万引き)りしてないだろうな。犯罪だぞ?」
ミミッ子がフルーツまみれの腰をくねらせた。
「盗賊王のロジャーさんがそういう事言います普通? 常識疑いますねぇ」
「くっ……お前の口から常識が語られるとは世も末だ。俺は人間相手に盗みは働かないんだ。偉そうな事を言うからには、ちゃんと市場でお金は払ったんだろうな?」
「もちろんですとも。この前、イル美ちゃんをまるごと呑み込んだ時に得た黄金成分をプリプリッと出して粒状の金にしたものをですね……」
「食卓で仰向けになって突然何言い出すんだ」
「ええ!? 訊かれたから答えただけじゃないです? 別に金はお尻から出してませんよ!」
もうやだ助けて神様。
確認のため俺はイル美をじっと見つめた。彼女はうんうんと二度、頷く。
「なあイル美よ。お前の一部を切り売りされたことについてはどうなんだ?」
俺のために紅茶をカップに注ぎながらイル美は嬉しそうに目を細めた。
「ロージャー氏に喜んでもらえてボクはとっても幸せです」
ああ、根は良い子なんだよなぁ。問題はこれを俺が喜んでいないという事だ。
再びダイニングテーブルの上でミミッ子が吼えた。
「さあ! 観念してまずはマスカットから召し上がれ!」
「お 断 り だ」
「そんな殺生なぁ。フルーツだってロジャーさんに食べたがられたくて仕方ない感じですよ? せめて一口! もったいないお化けがでちゃいますから」
仕方ない。それで納得するなら。
いくつかの選択肢の中で、ある意味最も安全と思われるフルーツに俺は手を伸ばす。
ミミッ子が胸の間に挟んでいるバナナをピックアップした。
「あん♥」
「妙な声を上げるな」
「それを選ぶとはお目が高いですねロジャーさん」
バナナはほんのりとミミッ子の体温で温まっていた。剥いて食べるとミミッ子は「次はどこを剥いちゃいます?」と、実に楽しそうである。
「ごちそうさまでした」
「ええ!? まだパーティーは始まったばっかりですよ?」
「いやもうお腹いっぱいだから。胸焼けがすごくて」
ミミッ子は小さく溜息をつく。
「んもーしょうがないですねぇ」
イル美がミミッ子に耳打ちをした。
「きっとロジャー氏は朝はパン派なんデスよ。読み違えちゃったデスねミミッ子氏」
「あーなるなるほどほど。次はパンがいいかも。手ごねの自家製パン」
「良い考えだと思うデスよ」
善意が生む驚異をこれ以上育てないでくれイル美よ。
で、その後どうなったかというと、まるで吸い込むが如くミミッ子は自分の全身を飾り立てたフルーツを呑み込んでしまった。
果汁やらなんやらも綺麗さっぱり食べきるとミミッ子は笑顔かつ全裸で俺に告げる。
「あっ……ロジャーさん特製フルーツミックスジュース飲みます? 今なら口移しでもいけますけど」
「お前……ジューサーの機能もあるんだな。飲まないけど。あとこれからは食べ物を粗末にするような真似は禁止」
「粗末にしてませんってば! ほらジュースジュース」
ミミッ子の口元から液体がたらりとヨダレのように落ちた。
「お前もはや魔物っていうよりモンスター……モンスター美少女だよ!」
「モンスター級にカワイイミミッ子ちゃんの口噛み生絞り果汁100%で売り出せばウハウハですねロジャーさん」
俺は右手の指を妖しく蠢かせた。
「また昨晩みたく無茶苦茶にされたいのかお前は」
「ひえっ!」
そんなこんなで本日現時刻をもって、我がパーティー内で女体盛り禁止法が可決成立したのだった。




