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物欲ゼロ川さん  作者: 宮田
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あとのまつり⑤

 零川祀はすべてを知っていた。


 新人社員――後野祭がはじめて担当することになる仕事のことも、取引先のことも、サンプルお披露目会のことも、それがいつどこで誰と行われるかも、その取引先との契約が誰によってもたらされたものなのかまで、事細かに知っていた。


 だから不測の事態にも対応することができたし、それが功を奏したのだった。


     *     *     *


 後野は、零川が担当していた案件を任されていた。

 彼女自身は自分の職を文字通り「事務」だと思っていたし、与えられた仕事内容は「備品管理」だと思っていた。だからサンプルの保管を任されたと考えていたが、実際にはそうではなかった。


 たしかに零川も後野も、書類上は「事務職員」として勤務している。


 しかし「株式会社 白記号」でいう事務と、一般事務とは性質が異なっていた。

 営業およびデザイナー以外はほぼ全て事務という言葉で一括りにされているのだ。商品企画、取引先へのプレゼンテーション、市場分析、スケジュールや予算の調整、その他雑務はすべて事務職員の仕事となっている。


 かなり広い範囲を担当するため部署は細かく分かれている。零川と後野の部署は、顧客からの依頼対応を中心とし、その他事務作業を行う場所であった。


 顧客の要望をヒアリングし、デザイナーへ発注、そのデザインを元に相談を重ねる。その後、サンプルの製作を依頼。出来た製品を管理し、依頼内容と差異がないか確認を行う。そうしてお客様が納得した上で、正式な契約が結ばれる。

 この一連の流れが、零川の担当していた業務内容だった。

 該当案件の窓口として責任を持って関わるのだから、基本的に担当者が変わることはない――普通であれば。


 担当者の変更はサンプル製作の発注後、突然の出来事だった。


 外された後、新たに宛がわれたのは新人。業務内容について説明しようにも、引き継ぎは一切させてもらえなかった。残業してようやく終わるような量の雑務を、上長に急かされながら、その監視下で終わらせる。それで精一杯の日々だった。


 後野は案の定、周りにろくな業務内容は教えてもらっておらず、結果的に新人が何も分かっていない状態で商談の場に放り出されることとなった。


 どう見ても後野に失敗させることが目的だった。そしてその責任は、新人に何も教えなかった零川に降りかかる。そんな企みがあるように思えた。

 しかし上長に訴えたところでどうしようもない。この部署で一匹狼の彼女に、人権はまだ存在していなかった。


 だが、だからといって取引先に迷惑をかけるわけにはいかなかったし、何より後野に失態を犯されては困る事情があった。


 だから商談の直前、偶然給湯室で2人きりになれたのは運がよかった。


     *     *     *


 零川は、シンプルなシャツとは別に攻めたデザインのシャツをもう1点用意しようと決めていた。

 取引先とのヒアリングの中で探りを入れたところ、慣例としてシンプルなデザインにしているが、上品さを崩さず現代に合ったワンランク上のお洒落なデザインを取り入れることに担当者は抵抗がないようだったからだ。

 さらに話を聞くと、節々で担当者の思いが伺えた。デザインを変えることで会社のイメージアップを望んでいること。だが上を納得させられるデザインがなかなか生まれないこと。白というクリーンなイメージの強い会社ならやってくれるかもしれない、という期待――……。

この案件に挑戦する価値も勝算も十分にあると思った。


 しかし、そのデザインを発注する前に担当が変わってしまったため準備が出来ず、通例のデザインのみの用意となっていた。


 そんな時、ハプニングが起きた。

 後野がただ1つのシャツを台無しにしたのだ。


 それを見て零川は、チャンスかもしれないと思った。


 あとは思いつくまま、手が動くままに新たなデザインを作り上げていた。頭の中で何度も何度も練った設計図を、ただ形にするだけだった。

 そして彼女に託した。取引先との商談が上手く行くよう、軽い助言を添えて。


 その後は、全てが滞りなく進んだ。


 担当者はその出来に大層満足したようで、後に電話で「担当を零川に戻してほしい」と指名まで貰うことになった。

 結果、何事もなかったように担当を戻され今に至る。あれほど降り注いでいた単純な雑務もめっきり減った。


 なんてことはない日常が帰ってくる。


 担当復帰ということで各所への対応を行っていたが、気付けばもう20時を回っている。

 金曜日の夜ということもあって残業している人も少ない。


 どことなくお酒が恋しくなり、パソコンの電源を落とす。


(今日は何を飲もうかな)


 少しパンチの利いたものが飲みたい気分だ。

 ジンジャー割りなんかがいいかもしれない。


 そんなことを思いながら、そっと会社を後にした。

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