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閑話1 柴原 蛍の決意

久し振りの投稿です。


本当はこの話はもう少し後にする予定でしたが、前回の話のままだとNTR感が出ててなんかもにょりそうだったので検討の結果こちらに持ってきました。


「い、いや…来ないで…」

目の前には自分の体よりも大きな犬が牙を剥き涎をたらしながらうなり声を上げていた。

あまりの恐ろしさに体は硬直し、声も出すことも出来ない。

私の目には目の前に居る犬はもう犬ではなく闇より来る魔獣のように見えた。

魔獣は小さく縮こまった私の事をご馳走だと思ったのだろう。

一歩一歩その距離を詰めて来る。

私は魔獣の獲物を得た喜びに震えるその目を見て絶望した。



あれは幼い頃、近くの林に犬が居ると言う話を聞いた。

私は動物が好きだったのでその話を聞き居ても立ってもいられなくなり幼稚園から帰ると直ぐにその林まで走って行った。

親からはその林に近付いてはいけないと言われていたが、近付いてはいけない原因と言うものを聞いていなかった事に後悔した。

―あぁ、私はなんて馬鹿な事をしたのだろう。

親の言いつけを破った破った自分に後悔したがもう遅い。

目の前まで魔獣は近付いていた。

もう距離を詰める必要も無い事に気付いたのだろう。

魔獣は身を引くくし飛びかかろうと構えるのが見えた。

もう一呼吸もしないうちに私はあの牙で殺されてしまう。

そう諦めたその時、背後から大声を上げる男の子の声が聞こえてきた。

私を見ていた野獣はその声に反応し、私から目線をその声の主に移した。

私もつられてその声の主を見る。

そこに映ったのは何の特徴も無い顔をした普通の男の子の必死な形相だった。

手に棒を持ち大きく振りかぶりながら大声を上げて走ってくるその姿は私の目には白馬に乗った王子様のように見えたのを今でも覚えている。

その男の子の必死な形相に後ずさった魔獣だったが逃げ出さず少し距離を取り再度体勢を整えたようだった。

男の子は私を守るかのように前に立ち木の棒を構える。

その姿はへっぴり腰で足はガクガク震えていたが、私にはいつかテレビで見た悪の帝王に立ち向かう勇者の姿に見えた。

男の子は再度大声を上げたが、魔獣は目の前に居るものが脅威ではない事を悟ったのであろう。

まるであざ笑うかのように再度間合いを計るかのように近付いてくる。

再び沸き起こってくる恐怖に体が震え出す。

男の子が私に対して逃げろと叫んでる。

私はその声に反応して林の出口に向かい走り出した。


私を助けてくれた男の子を置いて…。


それからどうやって家まで帰ったかは覚えていない。

ただ気付いたらベッドの中で泣きながら震えていた。

今日有った事は夢だったのだろうか?

幼かった私はこの恐怖を現実のものとして心の中で昇華出来ず本当に悪夢の出来事として認識しようとしたが、あくる日母親からあの林で男の子が野犬に襲われ大怪我を負った事を聞き夢じゃなかった事を知った。

その子は狂犬病の恐れもあった為、当時私の祖母が院長を勤めていた病院では手に負えずに遠くの大学病院に運ばれたらしい。

私はその事実に愕然とした。

私を助けてくれた男の子は私のために大怪我を負ってしまったのだと、更に自分はその子を置いて自分だけ助かろうとして逃げ出した卑怯者だと。

私はこの現実に耐え切れずそのまま自分の部屋まで逃げ出し再びベッドの中で震えながら泣いた。

その私の行為に母親は同い年くらいの子供が襲われたことに怖がっただけだと思った様だが、武道家でもあった祖父の目は誤魔化せなかった。


あくる日私は祖父に手を引かれ祖父の実家の道場へと連れて行かれた。

何も言わない私に祖父は優しくこう諭した。

『自分の心が弱いと思うのなら心を鍛えなさい。自分が守られるだけなのが嫌なら他者を守れるように強くなりなさい。自分が許せないのなら許せるようにまで正しい道を歩きなさい』

私はその言葉に心を打たれた。

その言葉通りに歩いていこうと心に決めた。

ただ祖父の真意とは離れていたのだろうと思う。

祖父の言う正しい道は、私にとっては贖罪のため許すことが出来ない自分を殺す道であったからだ。


後に聞いたのだが、あの後事情を察した祖父は男の子の家に出向き謝罪と怪我の治療費を含めた賠償をしようとしたらしいのだが、男の子の両親は謝罪と治療費だけを受けとりそれ以外は男の子として女の子の事を守るのは当たり前だと拒否したと言っていた。

あの男の子にふさわしい素晴らしい両親だと思った。

祖父は男の子に会いに行くかと言って来たがまだ自分を許せない私は断った。

自分が許せないのではなく男の子に会うことに怖がっているだけだった事を祖父は分かっていたようで、彼と会う勇気が出来たら言いなさいと優しい目で言ってくれた。

しかし祖父が生きている間にそれを告げる事が出来なかったのは今でも心残りだ。


私は祖父に諭された日から祖父の道場に通い心身を鍛えるべく修行を開始した。

武道の才能が有ったのか、私の上達振りに祖父は逸材だと喜んで色々と教えてくれた。


小学校の時は両親の強い薦めに私立の有名校に通っていた。

近所の公立小学校にはおそらくあの男の子が通っているはずだ、それを思いいまだ会わす顔が無い私は逃げるように両親の薦めに飛びついた。


武道の他にも自分が強くそして自分に、いやあの男の子に許してもらえる存在になろうと勉強に音楽に芸術にと色々な事に学び努力した。

私に才能が有ったかは分からない、贖罪の道を歩く私は自分の限界など省みず全ての事に全力で取り組んだ。


気付いたら回りからは賞賛の声を受けるようになっていたが、私はそんな言葉にも心が許される気持ちになることはなかった。

表面上は誰にでも愛想良く(あの人に好かれるように)、誰にでも優しく(あの人に許してもらえるように)いい子に努めた。


そんなある日、私に人生の転機が訪れた。

それは小学校5年の時だった。

丁度祖母に届け物が有ったので病院に訪れた際、あの私を助けてくれた王子様、あの男の子に再会したのだ。

あれから6年経っていたが私には一目で分かった。

この6年間彼の顔、彼の勇姿がこの瞼の裏から消える日は一日だって無かったのだ。

彼は手にギプスをしていた。

骨折したのだろうか?大丈夫だろうか?痛くないだろうか?

私は今すぐにでも近寄って声を掛けたかったが、足が動かない事に気が付いた。

それだけじゃない声も出ない。

彼を顔を見ると心臓が激しく脈打ち体に熱が帯びていく事が分かった。

いつの間にか私は彼に恋をしていたのに気付いた。


いまだに彼を逃げた自分が許せない会わせる顔が無いのは分かっているのだが自分の気持ちに気付いた今、彼に会いたい気持ちが日々強くなって行くのが分かった。

彼のことを色々と調べた。

名前、住所、よく行く公園、たまに町で見かけると隠れて後ろから付いて行った事もある。

今思うとストーカー行為だったのだが、当時の私は恋に恋する乙女であり一度気付いた想いの波に抗うことは出来なかった。

彼は普通の家庭でありおそらく公立の中学校に通うことになるだろう。

私は両親に中学校は公立行きたいと訴えた。

最初は難色を示していたが、祖母が口を利いてくれ何とか説得することが出来た。

祖母が言うには1年前に死んだ祖父の遺言で今後私が両親に何かを必死に訴える際には味方になって欲しいと言われていたそうだ。

祖父はこうなる事が分かっていたのか。

それを聞いて涙が止まらなかった。


その後彼とは中学校で再会を果たした。

しかしいまだ残る罪悪感と気付いた自分の恋心によってまともに話しかける事も出来ないでいた。

正直一年生で別のクラスになってくれてホッとした。

少しづつ彼との距離を縮める練習をすることが出来たからだ。

彼の横を自然に通り過ぎたり、彼に挨拶を交わせるようになったり。

最初の頃は彼が歩いてくるのを見かけると気が動転して道を替えたりや、挨拶も変な声が出たりと大変だった。


困った事があった。

私立の小学校の時は周りはそれなりの家の者たちが通っていた事もありそこまで目立つ事も無かったが、公立中学校は違うらしい。

男子からの好奇や卑猥な目で見られ、女子からは嫉妬や羨望と言った目で見られた。

正直それらの反応は疎ましかった。

彼がいなければ逃げ出していたかもしれない。

しかし表面上は彼に好かれるように(誰にでも愛想良く)、彼に許してもらえるように(誰にでも優しく)いい子に努めた。


そのような態度がダメだったのだろうか、勘違いした男子たちが挙って告白しに来た。

彼以外の男は人と言う認識でしかなく全く興味が持てなかった。

時には幼い頃恐怖した魔獣のように感じた男子も居たが、今の私があの様な野犬に負けるはずも無くあの時のような恐怖を感じることも無い。


2年となりとうとう彼と同じクラスになることが出来た。

夢のような出来事にその日の夜は歓喜した事を覚えている。

1年間の練習で何とか普通に接する事が出来るようになっていたが、告白等は考えただけで赤面してしまいうまく出来そうになかった。

それにまだ彼に対する罪悪感が消えたわけでもなく彼にあの時逃げ出したことが知られたら嫌われるのではないかと言う恐怖心も有った為、ただのクラスメートの距離から近付けない自分が居た。


それでも毎日が楽しかった。幸せだった。彼の笑顔を見るだけで私の心は癒された。

3年まであとわずかとなった冬の日、彼が教室で友達に対して志望校の話をしているのを聞いた。

その高校は地域でも進学校で彼の成績では難しく回りに笑われていた。

彼が笑われているのに心が痛むのを感じた。

しかしこれが彼との距離を縮める手ではないかと思った。

彼がこのままこの高校を目指すなら私が彼に勉強を教えるのはどうだろうか?

彼に勉強を教えるという名目で自然と近付く事が出来るのではないか?

教えて一緒の高校に行く事で彼への贖罪が出来るのではないだろうか?


そう思い立ち私は勝手に彼がその高校を目指すものと思い周りの同級生に自分の志望校がそこだと吹聴していた。

後から彼が心変わりをしていないかと焦ったが三年でも一緒のクラスになった際、いまだその志望校を目指している事を知り安堵した。


それからは本当に夢のようだった。

彼と勉強の事だけではあったが親しく話すことが出来るようになった。

とても楽しく毎日が幸せだった。


その日も彼と楽しく喋っていると以前から付きまとっているあの忌々しい野犬のような男子が、事も有ろうか彼の前で彼の悪口を言いながら告白してきた。

あまりの怒りに私のいい子の仮面が外れそうになった。

直ぐに彼がそばに居る事を思い出し慌てて誤魔化したが、彼に嫌われたのではないかと人生が終わったかのような錯覚を覚えたが彼はその後も変わらず接してくれたのに安堵した。


その後暫くは鬱陶しい告白などをしてくる者は鳴りを潜めたのは幸いだった。

そのお陰で仲も縮まり塾の無い日とかは放課後に図書室で一緒に勉強するようになった。

彼と隣同士で勉強する時間は本当に楽しくキラキラと輝いていた。

当初は一緒に帰る事なんて難易度が高く出来なかったが、ある日意を決して一緒に帰ろうと誘った。

帰り道は勉強のことだけじゃなく好きな事や愚痴など色々な事を話した。

その事が嬉しかったのか心の扉が開きかけあの林が見えた途端、思わず彼にあの日のことを覚えているかと尋ねてしまった。

口に出してしまった事に後悔した。

やっと普通に話せて一緒に帰れるようになったのにあの時逃げ出したのが私だと知ると彼は私の事を嫌って逃げてしまうのではないだろうか?

目の前が暗くなるようだった。

しかし彼は幸いにも突然の質問に意図が理解出来ていなかったようできょとんとしていた。

私はこれ幸いにその場を誤魔化し慌てて彼と別れて家まで逃げ出した。


彼はめきめきと成績を伸ばしていった。

私の指導と言うよりも彼自身のやる気が凄かったのだろう。

本当に嬉しかったが、このまま彼が成績を伸ばせば私はいつか必要とされなくなるのではないかと言う心配で気が気でなかった。


6月の終わり頃、9月に開催される文化祭で合唱の際舞台に飾られるホリゾントのコンペを行うと担任の先生がHRで言っていた。

今までは興味も無かったが、彼との中学の思い出を刻もうと精一杯の思いをこめて書き上げた。

これは内緒だが、こっそり並んでいる人達の中に私と彼が楽しく手を繋いでいる様を書き入れた。

その絵を見るだけで本当に手を繋いでいる気になれた。


7月になり彼は塾のクラスが上がった事もあり一緒に帰れる日が少なくなって毎日が寂しかった。

それでも学校に居る間は一緒に居る事が出来て幸せだった。

その日も彼は塾に行くと行って家に帰っていった。

このすれ違いの日々が寂しく悲しかった。

そうだ!今週の休日に図書館に一緒に行こうと誘おうか?それを気に夏休みも一緒に出かける口実を作れるんじゃないか?明日にでも誘おうと心に決めた。

しかしその決心が実行される事は一生無くなった。


明日の事を考えうきうきしながら作業を進めていると、あの野犬が何やら一緒に残っている生徒に耳打ちを行い部屋から退出させ私と二人きりとなる場を作った。

この時既に手伝いもせず他の生徒も追い出したこの行為に対して怒りを抑える事が出来なくなっていたが、更に彼のことを馬鹿にして以下に自分が優れているかを語ってきた。

知らなかった人間、怒りが一定を超えると逆に笑ってしまうのか。

心の底からこみ上げてくる笑いを抑えるのに苦労した。

口角が持ち上がっていくのが分かった。


『いい加減あんな地味男に構うのは止めなよ』?

ハッお前に構う時間を止めたいんだよ…

『どうせ罰ゲームとかで嫌々やってるんだろうけどさ』

今がその罰ゲームだ

『それに勘違いさせたらあいつが可哀相じゃん』

お前に勘違いされている私が可哀相なんだよ!

『あんな奴と違って?俺の方が?』

そうだ、お前は彼とは違う糞野郎だ!!


爆発しそうな感情を抑えながらこの馬鹿な男に対しての死刑宣告を嘲りながらこう行った。


「そうね、―」


その時、教室の入り口のほうで何かが落ちる音がした。

その後誰かが大急ぎで走り去っていく足音と共に言葉にならない叫び声が聞こえた。

その声は彼の声だった。


いつから聞かれていたの?

頭が真っ白になる。

誤解された?

膝ががくがく震える。


すぐさま追いかけようとした所で糞野郎が引きとめようと肩に手を置いてきた。

「汚い手で触るな糞野郎!」

そう言いながらその手をとって背負い投げで床に叩き付ける。

糞野郎は息が出来ないのか苦しそうに呻いていたがそんなことは関係無い。

彼の後を追い走り出した。


早く追いついて誤解をとかなきゃ!

それだけを想い彼が去ったと思われる方に走った。

先程まで夕焼けが綺麗だった空が厚い雲に覆われ大粒の雨が降って来る。

びしょ濡れになりながらも必死に彼の行方を捜す。


その時、遠くから激しいクラクションの後、凄まじいブレーキ音と何かにぶつかった様な衝撃音が聞こえてきた。

その音を聞いて心臓が止まる思いがした。

まさかそんは筈は無い。

いくら否定して振り払おうとしようにも次々湧き出てくる嫌な予感を拭う事が出来なかった。


音のした場所を目指し走る私はそこで信じられない光景を目の当たりにした。

「うそ…」

彼が雨に打たれながら道路に投げ出されていた。

あたり一面雨に流され血の川のようになっている。

この出血…もうだめ…。

「豊川君!」

私は彼の元に走った。

様子を見てもこれは助からない。

医者の娘と言えど医学の知識がある訳でもないが、素人でも一目でもう彼の命の火が消えていくのが分かった。

何度も声を呼ぶ。

死なないでと叫ぶ。

心の中で神様に奇跡が起こるように願う。

「豊川くん!一緒に高校行くって言ったじゃない!」

そしてあなたに全てを話し結ばれる事を願う。

「死なないで!お願い…」

神様お願い助けて…!

私は彼の顔を覗き込みながら大粒の涙を零した。

しかし彼の命が消えていく事を止める事はできない。


彼が死んだら生きていけない私も彼の後を追おう。


そう考えたとき耳の奥にノイズのような音が聞こえてきた。

なに?どうしたの?

ノイズは大きくなりやがて言葉になった。

その言葉はマシンボイスの様な抑揚の無い喋りで何かを話しかけてきた。

「カル…?シ、ステム?タイ…?」

聞こえてきた声に戸惑いながらも理解する。



私はその声に従い彼にキスをした。



いまだに会えなくなった事に心が引き裂かれそうになる時がある。

夜中突然涙が止まらなくなるときもある。

あれから月日が過ぎたけどそれはいまだに替わらない。


でも私は大丈夫。

あなたに恥じないようにあなたの居ないこの精一杯生きる。



だっていつかあなたに会える事を知っているから。


書きあがり次第投下します。

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