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このドラマいいねと君が言ったから

「大灯台の下って、考えてみたら大図書館のプールより広いんだよね」

 大灯台の広い敷地を見回しながらアリスが呟いた。

「当然だな。世界一の大灯台の敷地だ。狭いわけがあるまい?」

 エラソーナ・スッテンテンの返事に

「何かもう、灯台下暗しじゃなくて、灯台下広しって諺を作って欲しい気分だよ、全く」

 アリスはそう返した。

 クレオパトラはここへ着いた時と同様、相変わらず辺りをキョロキョロ見回していた。

「問題は、この敷地の何処にコフウ家の隠し資金が埋まってるかって事だよね?」

「その事なんだけど、本当にあれだけの手掛かりで、この敷地に隠し資金が埋まってるって言えるのかしら?」

 クレオパトラがふと疑問を口にした。

「今更ながらだけど、確かにあれは単なる仮説に過ぎないしね。しかもかなり荒唐無稽な」

「ふんっ! その仮説が正しいかどうかは、実際お宝を見付けてみれば分かる!」

 エラソーナ・スッテンテンはそう言って敷地を調べ始めた。

「おっさんやる気満々だなあ」

「まあ、あの人は昔から怪しげな投資話とか大好きだし。だから余計血が騒ぐんじゃないかしら」

「逆に言えば、だから気が乗らないってのもあるよね」

「うふふ。そうね。とは言え、今の私達にお金は必要だわ。荒唐無稽な仮説かも知れないけど、やってみる価値はあると思うわ」

「仕方ないなあ。ここ最近、肉体労働にはうんざりしてたんだけど」

 そう言ってアリスはスコップを持ってエラソーナ・スッテンテンの後を追い掛けた。



「ユークリッドの弟子よ。我輩の見立てが正しければ、お宝はここに眠っているはずだ」

 アリスはエラソーナ・スッテンテンが指示した場所を掘り進んだ。大灯台で働く者や見物で訪れる者達から怪しまれぬよう、エラソーナ・スッテンテンは魔法陣を展開し、作業場所を周囲の景色と同化させた。

 そして半日後

「は~、もう駄目だ! もう死ぬ!」

 掘った穴を埋め戻したアリスが、倒れ込むようにクレオパトラに寄り掛かると、そう叫んだ。

「ちょっと、アリス! そんな泥だらけの服で、私に向かって倒れ込んで来ないでよ。私の服まで泥だらけになっちゃうじゃない!」

「全く、仕方ない奴らだ」

 エラソーナ・スッテンテンはそう言うと、二人に魔法陣を仕掛けた。

 魔法陣の光に包まれた二人は、見る間に洗い立ての服を着たような姿で再び現れた。

「洗濯とシャワーを節約する魔法だ。ものぐさな観測者にはもってこいのな」

 そう言うとエラソーナ・スッテンテンは二人を大灯台の中の小部屋に案内した。

「ここは我輩が王都に持つ、雲隠れ部屋の一つだ。これまで借金取りにも見付かった事のない、難攻不落のな。ふっはっは!」

「いや、それ、自慢する事じゃないから」

 慰労困ぱいにも拘らず、アリスは息も絶え絶えにそう言った。

「まあ、アリス! 無理しちゃ駄目よ!」

 クレオパトラはアリスをしっかり抱き抱えた。



「しかし参ったわね」

 眠りこけるアリスを膝枕しながら、クレオパトラが言った。

「出来ればもう一つ、手掛かりが欲しいものだな」

「ねえ、エラソーナ・スッテンテン。あなたの魔法でここの敷地の地面を一気に掘り返す事って出来ないの?」

「やって出来ない事はないが、問題はそんな事をすれば恐ろしく目立ってしまうという事だ。例えそれで隠し資金を手に入れたところで、すぐさま会計検査院がやって来て没収されてしまうのが落ちだ」

「それはまずいわね。じゃあやっぱり、地道に掘り進むしかないって事か」

「そこなんだが、クレオパトラよ。我輩にはどうもお前さんの両親が、そこまで考えずに資金を埋めたとは考えにくいのだが。まだ我輩達が見落としている手掛かりが、どこかにあるはずだ」

「仕方ないわね。また明日、大図書館に戻ってあのモンペ・クエストを調べ直しましょ」



「痛たたたたたたっ。痛たたたたたたっ」

 翌朝起きるなり、アリスはそう叫んだ。

「全く、朝っぱらから騒々しい奴だ。ユークリッドの弟子よ」

「だって、おっさん、僕の身にもなってよ! 痛たたたたたたっ。やっぱり声を出すと体中痛いっ!」

「全く、朝っぱらから騒々しいわね、アリスったら!」

 目の下に隈を作ったクレオパトラがそう叫んだ。

 彼女は昨夜、アリスを一晩中膝枕していた為、十分に眠れていなかった。

「じゃあアリス、これから大図書館へ行くわよ」

「ええっ! 僕は体中が痛くて、もう一歩も動けそうにないんだけど!」

「知ってる、アリス? 体中が痛いときは、むしろ運動する方が痛みが取れるらしいわよ」

「うわっ、出たよ! クレオパトラさんの十八番、腐れ外道発言!」

「うふふ、アリス。そんな憎まれ口が言えるようなら、大丈夫よ。さあ、行きましょ」

 そう言ってクレオパトラはアリスの背中を軽く叩いた。

 その途端

「痛たたたたたたっ!」

 アリスは悲痛な叫び声を上げた。



「それでは我輩は一足先に大図書館へ行っておる。お前さんらは後からゆっくり来るが良い」

 アリスを膝枕するクレオパトラに向かって、エラソーナ・スッテンテンはそう言った。

 アリスは今、エラソーナ・スッテンテンの治癒魔法で強制的に眠らされていた。

「筋肉痛程度なら、昼前には回復しておる事だろう」

 そう言い残すと、彼は大灯台を後にした。



「で、クレオパトラさん? 僕らは大図書館に向かうはずじゃ? 何で大灯台の階段を上ってるの?」

「言ったじゃない。筋肉痛には運動が一番だって」

「いや、その筋肉痛はお陰様ですっかり回復したんですが」

「あら、そう? それは良かったわ、アリス君」

「そう思うんならさあ、何で僕が君の事を背負いながら大灯台の階段を上らなきゃいけないわけ?」

「だって私は一晩中君の事を膝枕してあげてたのよ。感謝なさい、アリス君。という事で、私は君の背中で少し眠らせてもらうわね」

 そう言ってクレオパトラはアリスの頭に涎を垂らしながら眠りに就いた。

「昔からお前は華奢な割に力があるって言われてたけど……」

 寝息を立てるクレオパトラを尻目に、アリスがぶつくさ独り言を言い始めた。

「おかげできこりの仕事で何とか食い繋いだりも出来たけど……」

 日中は見物客にも開放されている大灯台と言えど、階段で上って行こうなどという者は皆無だった。見物客の殆どは、高い料金を払って昇降機で大灯台を上った。

「だいたいさあ、クレオパトラの身長って、僕と同じくらいじゃない。下手すりゃ僕より高いんじゃない?」

 実際、クレオパトラの身長はアリスより若干高かった。そのお陰もあって、アリスを背の高い小学生の妹と騙し通せたのだった。

「つまり、いくら僕が見た目以上の力持ちだからって、これは無理があるよな。うん、無理がある。よし、止めよう。クレオパトラも寝てる事だし、このまま下に降りて行こう。目が覚めたら、適当な言い訳を言って、うまく誤魔化せばいいんだし。うん、そうしよう!」

 しかしその時

「お父様……お母様……」

 クレオパトラの寝言が背中から聞こえた。

 そしてアリスは思い出した。山の手にあるコフウ家の邸宅から、いつも大灯台が見えていたとクレオパトラが話していたのを。

 下町からは王宮や他の王族や貴族の邸宅に遮られて見えないコフウ家の邸宅も、大灯台の上からなら見渡せる事に、アリスは漸く気付いたのである。

「全く! 僕が力持ちに生まれたのは、こんな事の為じゃないんだけどな。きっと」

 アリスはぶつくさと文句を言いながら、再び階段を上り始めた。



「全く、長生きするものではないな」

 大灯台の頂上近くにある回廊で、一人の年老いた男性が彼方の街並みを見ながら溜息を吐いていた。

「七十年も生きて来て、このような事態を目の当たりにせねばならんとは」

 杖に体重を預ける老人の両手は、怒りの所為か、はたまた恐怖の所為か、わなわなと震えていた。

「尤も、わしより更に五つも年上のあのミトゥの隠居に比べれば、遥かにマシやも知れぬが」

 溜息を吐きながら、ゆっくり後ろへ顔を向けると

「のう。そなたもそう思わぬか、クレオパトラ姫よ?」

 静かにそう続けた。

「え? 誰? どうして?」

 クレオパトラの戸惑う様子も気にする事なく

「やはりわしは、既に忘れ去られた人間なのか」

 老人は残念そうに呟いた。

「かつて栄華を極めた、筆頭執政官ラッコ―・シラカーの末路が、まさかこのようなものとは……」

 そして老人は再び嘆いた。

「って、ラッコー・シラカー!」

 クレオパトラの叫び声に

「これこれ、そのような大声を出そうとも、このような場所では風の音、波の音に掻き消され、人々の耳に我が名は届かん。哀しいかな、これが我が栄華の末路じゃ」

 かつての筆頭執政官ラッコ―・シラカーは、そう言いながら長い溜息を吐くと、近くの椅子にゆっくり腰を下ろした。

「ってか、いちいちそんな陰気臭い事言ってんじゃないわよ! こっちは苦労して階段上って遥々ここまで来たってのに」

「いや、クレオパトラさん。苦労して階段上ったのは僕ですから」

「ほっほっほ! 若いというのは良い事じゃ。このような時代でさえ、明るく照らし出してくれるのだからな。このような時代でさえ……」

 ラッコ―・シラカーは言い終えると、再び長い長い溜息を吐いた。

「ちょっと! 何そんな奥歯に物を挟んだような言い方してるのよ! 言いたい事があるなら、はっきり言いなさいよ!」

 クレオパトラの剣幕に

「聞いてくれると言うのか、この老いぼれの嘆きを?」

 ラッコ―・シラカーは縋るように尋ねた。

「聞いてあげるから、さっさと言いなさい!」

「かたじけない、クレオパトラ姫。ならば申そう」



「一言で申せば、山の手は今、大変な事になっておる」

「え? どういう事?」

「タイロン・イイネが大執政官になったのは知っておるな?」

「ええ。半年前でしょ」

「ならばシュンガー・エッツェンとタイロン・イイネの争いは?」

「そんなの、いつもの事じゃないの? エッツェン家とイイネ家の王宮での争いは」

「今回ばかりはそうもいかんのだ。何しろ王の後継者争いが絡んでおるからのう」

「それって、二人が推す後継者候補が違うって事?」

「流石飲み込みが早いのう、クレオパトラ姫。その通りじゃ。片やタイロン・イイネはモッツァレラ・キッシュを推し、片やシュンガー・エッツェンはヨッスィーツ・フィツヴァ・スィーを推しておる」

「そう言えばモッツァレラ・キッシュ君の今は亡きお父上って、イイネ家からキッシュ家に婿入りしたんですよね?」

 アリスが二人の話に横から口を挟んだ。

 モッツァレラ・キッシュの父親はタイロン・イイネの兄である。当時はその上に更に兄がいた為、彼はキッシュ家に婿入りしたのだった。しかしモッツァレラ・キッシュが二歳の頃、彼は病で亡くなった。今から十三年前の事である。

「その通りじゃ。タイロン・イイネは元々イイネ家の三男に生まれたが、当主だった長兄が子がないまま急死した為、イイネ家を継いだのだ。その途端、奴はまだ十歳だった次兄の息子、モッツァレラ・キッシュを王の後継者候補として担ぎ上げた。亡き次兄に代わり、その後見となってな」

「それは知ってるわ。だってその時、私はまだ後継者候補だったもの。問題はシュンガー・エッツェンよ。私の知る限り、彼はどの候補も推してなかったはずよ」

「それはクレオパトラ姫、当時はそなたがいたからだ。そなたがいた事で、うまく三すくみが成り立っておった。故に多くの貴族は傍観者でいられたのだ。しかしそなたは突如、後継者争いから姿を消した。その結果、今まで傍観していた者達も、二大陣営のどちらかに与する事を余儀なくされてしまったのだ」

「だからって、あのシュンガーが、あのヨッスィーツを推すなんてとても信じられないわ。あの意識高い系を」 

「ほっほっほ! あのヨッスィーツ・フィツヴァ・スィーは今や王族一の英邁と謳われておる。かつては王族で三番目の英邁と言われていたあの男がのう」

「シュンガーや私のいない王族じゃ、そう呼ばれるのも仕方ないわね。どうも私、あの意識高い系は好きになれなかったけど」

「シュンガーの奴も、当初はヨッスィーツ・フィツヴァ・スィーをあまり良く思ってはおらんかった。同じティアース一門のわしらは、法要やら何やらで時々顔を合わせるのじゃが、シュンガーの奴に良く愚痴を聞かされたわ。ミトゥの隠居にヨッスィーツ・フィツヴァ・スィーを推すよう度々せかされて困るとな」

「ゲッ! あのじじい、シュンガーにまで!」

「これはわしの勘じゃが、シュンガーの奴、本当はクレオパトラ姫、お前さんを推したかったのではなかろうか。もしお前さんがあのまま後継者争いを続けていたら……」

「まあ、私にも大人の事情というものが色々とありまして」

「ほっほっほ! 詮無き事じゃ。ほっほっほ!」

 そう言ってラッコ―・シラカーは優しい笑顔を見せた。

「話を戻そう。シュンガーは当初、ヨッスィーツ・フィツヴァ・スィーを推す事に気乗りしていなかった。とは言え、エッツェン家は長年、イイネ家とライバル関係でもある。故にタイロン・イイネの推すモッツァレラ・キッシュは推せぬ。仕方なしにシュンガーは、渋々だがヨッスィーツ・フィツヴァ・スィーを推す事を承知した。今から二年ほど前の事じゃ」

「傍観者のままじゃいられなかったんですか?」

 アリスの問いに

「王の後継者争いのように、歴史が大きく動く時、人はしばしば己の意志とは関係無しにその大きな流れに巻き込まれてしまうものじゃ。そんな時、人に与えられた選択肢は二つだけ。最悪な方を選ぶか、それよりはまだマシだと思える最低な方を選ぶかじゃ」

 ラッコ―・シラカーはそう答えた。

「まあ、何よりも自由を重んじる観測者には、理解しにくい事かも知れんがのう」

 更にそう付け加えた。

「つまりシュンガーは、意識高い系の方が最悪よりはまだマシだって思ったわけね?」

「その通りじゃ、姫。ところがシュンガーの奴、あの通りの生真面目な性格だろう?」

「確かにシュンガー・エッツェンは英邁だけど、生真面目過ぎるのが玉に瑕よね」

「まあ、クレオパトラ姫は不真面目過ぎるのが玉に瑕だけどね」

「もう! 失礼しちゃうわね、アリスったら」

 そう言ってクレオパトラはアリスの頬を引っ張った。

「一度引き受けた事は責任を持ってやり遂げようとする。責任感が強すぎるのじゃ。だからヨッスィーツ・フィツヴァ・スィーを何が何でも王の後継にしようと邁進し始めたのじゃ」

「それでどうなったの?」

 クレオパトラの質問に

「王宮ではシュンガーとタイロン・イイネの言い争いが絶えなくなってな。最初のうちこそ昔ながらのエッツェン家とイイネ家の嫌味の言い合いだったものの、次第にエスカレートして行き、遂にはトレミー868世も気に病む程のものになってしまったのじゃ」

 ラッコー・シラカーはそう答え、王宮の方へ目を遣った。

「終いには双方、トレミー868世より謹慎を言い渡されたのじゃ」

「まあ!」

「ところがこの時、タイロン・イイネが非常に汚い手を使ったのじゃ」

「え? どんな手?」

「モッツァレラ・キッシュが現王家と最も血筋が近いのはご存知だろ? 現王、トレミー868世の父、トレミー867世はキッシュ家の出身であり、モッツァレラ・キッシュの祖父の兄だ」

「ええ、それは知ってるわ」

「トレミー868世が心情的にはモッツァレラ・キッシュに肩入れしたいのは当然じゃろう? だが王の立場としてそれは許されぬ。王は全ての分家に対して公平でなければならぬ。一方で当時のトレミー868世は、シュンガーとタイロン・イイネの言い争いを気に病み、精神的に不安定な状態になっておった。タイロン・イイネはそこに付け込んだのだ」

「どういう事?」

「タイロン・イイネは事もあろうに、トレミー868世にデマを吹き込んだのだ。ヨッスィーツ・フィツヴァ・スィーの悪評をある事ない事並び立て、息の掛かった劇団に吹聴し、王の前で風刺劇を演じさせる事でな」

 タイロン・イイネはイイネ家を継ぐ前、王都でも有名な劇団の看板役者だった。

 元々イイネ家の三男に生まれ、家を継ぐ可能性など無いと思っていた彼は、幼い頃より好きだった演劇の世界に身を投じた。大柄で美男であった彼は、俳優として大変な人気を博したが、更には演出家としても名を馳せるようになった。

「気を病んだ王を慰める為と称して、風刺劇は何度も宮廷で上演された。ミトゥの隠居がいない時を見計らってな。そして最後にはとうとう、謹慎中のタイロン・イイネ自身が役者として王の前で劇を演じたのじゃ。年若く病弱なモッツァレラ・キッシュが、ヨッスィーツ・フィツヴァ・スィーの姦計によって、窮地に追い込まれるという筋立てでな。王はタイロン・イイネの余りに見事な演技に、謹慎中にも拘わらず王の前に姿を現した事を叱責するどころか、よりによって奴の謹慎を解いてしまったのだ!」

「ふーん、なかなかやるじゃない。私、嫌いじゃないわ。そういう悪辣な人って」

「僕はそんなやり方する人って好きじゃないけどなあ」

「それはアリスがうぶだからよ。まあ、私としてはそんなうぶなアリス君も嫌いじゃないけど」

「結局、どっちなのさ?」

「うふふ。女心は複雑なのよ、アリス君」

「ほっほっほ! まあ、話を元に戻させて貰おう。こうして王の信頼を得たタイロン・イイネは、ヨッスィーツ・フィツヴァ・スィーの野望からモッツァレラ・キッシュを守る必要があると王に散々吹き込んだ。そして王はついに、タイロン・イイネを大執政官に任命したのじゃ」

「シュンガーとしては、面白くなかったでしょうね?」

「その通りじゃ姫よ。当時、シュンガーはまだ謹慎中の身じゃった。あ奴は王都の邸宅で、地団駄踏んで憤っておったわ。もしこのような事が今後も王宮で起こるのなら、この世界の政治はとんでもない事になってしまうとな」

 ラッコー・シラカーは悲痛な表情を浮かべた。

「そしてあ奴は、謹慎中の身にも拘らず、王宮に乗り込んだのだ。わしやわしの倅のユッキー・サナディーが止めるのも聞かずにな」

「まあ、王宮に! やるじゃない、シュンガー」

「クレオパトラさん、他人事だと思って」

「おほほ。御免あそばせ」

「シュンガーはミトゥの隠居やヨッスィーツ・フィツヴァ・スィー、それに事情が良く分からぬまま三名に付いて来たオ・ウォリー家の当主と共に王宮へ乗り込んだのだ」

「ってか、何でオ・ウォリー家まで? オ・ウォリー家って、やる気はないけど、一応泡沫候補として後継者争いには立候補したままよね?」

 現在、王の後継者争いには、二大候補のキッシュ家とフィツヴァ・スィー家の他に、泡沫候補としてオ・ウォリー家も参加していた。

「たまたま通り掛かった時、ついでに連れて行かれたそうじゃ。この場合、仲間は多いほど良いからのう。実際、大貴族エッツェンに王家の七分家のうちの三家、更にティアース一門まで含めればその勢力は計り知れぬ。流石のタイロン・イイネもこれには肝を冷やしたそうじゃ」

「それで、その後どうなったの?」

 クレオパトラが興味深そうに身を乗り出して尋ねた。

「その場では、タイロン・イイネも平身低頭でやり過ごしたそうじゃ。シュンガーの謹慎も解かれてな。あくまでその場ではだが」

「その場では? って事は、その場ではない何処かで、何かがあったって事?」

「その通りじゃ、姫よ。それから半年ほどしたある日の事じゃ。突如、シュンガー達の前に王の親衛隊が大挙して押し寄せた。そしてこう申したそうじゃ。半年前、謹慎中の身でありながら王宮に無断で乗り込むとは言語道断とな。そしてシュンガーはもとより、シュンガーと共に王宮に乗り込んだ他の三名も連座して蟄居となったのだ」

 蟄居とは王族や貴族に課せられる、謹慎よりも更に重い刑罰であり、邸宅周囲を王の親衛隊によって常に取り囲まれ、外出する事も外部の者と会う事も著しく制限される刑罰だった。これは事実上の政治生命の終了を意味していた。

「まあ! 半年も経ってからそんな事を言われたって、今更って感じよねえ」

「って、ちょっと待って、クレオパトラ。イイネ公って、確か半年前に大執政官になったんだよね?」

「え? じゃあ、今の話って?」

「つい、先日の事じゃよ、姫」

 ラッコ―・シラカーが神妙な顔で述べた。

 しかしその時だった。

「既に終わった方が、このような所で何をしているのかと思えば、何やら穏やかでない話。これは如何したものでしょうか?」

 アリス達がいる回廊に、一つの影が近づいて来た。

「き、貴様は! タイロン・イイネ!」

 回廊から灯台内に向かって、ラッコー・シラカーの声が響いた。



「しかしラッコー・シラカー公。既に終わったあなたが、このような所から王宮なんぞを眺めて、よもや謀反の企てなどいたしておるのではありますまいな? いや、これは失礼。既に終わったあなたには、そのような力など微塵もありはしない事など、明々白々。ふっはっはっはっは! ふっはっはっはっは!」

「ぐっ、貴様、言わせておけば!」

「まさかあなたは、ティアース一門の力を以ってすれば、我が力に対抗出来るとでも? 生憎ですが、ティアース家当主のスイボクガー・ティアース公は、只今現在、このタイロン・イイネにまるで飼い犬のように尻尾を振っている始末でございます。当てが外れて申し訳ありませんなあ、既に終わった方、ラッコー・シラカー公。ふっはっはっはっは! ふっはっはっはっは!」

 そう言うとタイロン・イイネは懐から手紙らしきものを取り出し、ぐしゃぐしゃに丸めた。

「き、貴様! それはわしがティアース一門を代表して王に提出したはずの嘆願書。そ、それを何故貴様が!」

「これが大執政官の権力というものでございます、既に終わった方。かつて栄華を極めたあなたなら、ご存知でございましょう? ふっはっはっはっは! ふっはっはっはっは!」

「ちょっと、この人もの凄く性格悪くない? ドン引きなんですけど」

「おっと! 誰かと思えば、これはこれはクレオパトラ姫! しかし変ですな。クレオパトラ姫は三年前に死んだとの事。はて、私は幽霊でも見ているのでありましょうか?」

「何、その芝居がかった言い回し。どうせ私が生きている事なんて、とうの昔に百も承知だったんでしょ?」

「おっと! それは買い被りですぞ、クレオパトラ姫! あなたが生きているとお知りになられたら、あなたのお父上お母上がどんなにお喜びになる事か!」

「それが芝居がかってるって言うの! 大体私が生きているのを一番良く知ってるのが、お父様とお母様なんだから」

「おっと! これは一本取られてしまいましたな、クレオパトラ姫。確かにあなたを死んだ事にした張本人があなたのお父上お母上なら、姫の仰る通りでございますな。しかし姫、であるならば、あなたのお父上お母上は如何なる理由であなたを死んだ事に致したのでございましょうか? まさかとは思いますが、もしや、王に対する謀反の企てではありますまい?」

「そうだと言ったらどうするつもり?」

「ちょっと、クレオパトラ! 嘘でもそんなこと言っちゃまずいでしょ!」

「そうかしら?」

「なるほど! 姫は私の掛けた嫌疑をお認めになると?」

「でも覚えておいてね。かつての有力三候補の中でも、王族一の英邁と謳われた私が最も王の後継者に近かったって事を。つまり私が次の王になってた可能性が一番高いって事よ。そんな私が死んだって事にしてわざわざ後継者争いから降りて、それにも拘らず王に謀反を起こすとしたら、それは一体どんな動機なのかしら? その動機をあなたは説明出来る? 出来ないのなら、王に対する謀反なんて、あなたの単なる言い掛かりに過ぎなくなるわ。そして王族に対してそれ程の名誉を棄損した事実が明るみに出れば、流石のあなたも大執政官失脚は確実よね?」

「ふっはっはっはっは! ふっはっはっはっは! 流石は王族一の英邁と謳われたクレオパトラ姫。言って下さりますなあ。ふっはっはっはっは! 只今の事は、このタイロン・イイネの戯言に過ぎませぬ。言い過ぎたのであればお許し下さりませ」

 そう言うと、タイロン・イイネは深々と頭を下げた。

「ところで姫、アリマ記念日はご存知ですかな?」

「競馬の大レースでしょう? 毎年十二月二十三日に開催される」

 年に何度か開催される競馬の大レースの中でも、その年の最後を締めくくる大レースであるアリマ記念日は、他の大レースと比べてもひときわ異彩を放っていた。

「かつて私が演劇で身を立てていた頃、ある者に誘われアリマ記念日を観に行ったのですが、その途端、私は競馬というものに心を奪われてしまったのです! そこには私がこれまで知らなかったドラマがあった! まさしくそれはドラマなのです、姫! 以来、私は毎年欠かさずアリマ記念日を観に行っておるのです!」

「ふーん、そうなの。別に私は人の趣味にとやかく言うつもりはないわ」

「しかし哀しいかな。去年の十二月二十三日は私が大執政官に任命されて間もない時。とてもアリマ記念日を観に行ける状況ではなかったのです。そこで私は決心しました。アリマ記念日の開催を別の日に延期する事を。そこでレース開催直前に私は命じたのです。アリマ記念日を今年の二月三日に延期するよう。その頃には就任直後の忙しさもひと段落するだろうと考えましてな。ふっはっはっはっは! ふっはっはっはっは!」

 去年のアリマ記念日は、大執政官タイロン・イイネの命により、今年の二月三日に延期されていた。

「ふっはっはっはっは! ふっはっはっはっは! アリマ記念日という最高のドラマを毎年欠かさず観に行ける。これも大執政官の権力のたまものですな。ふっはっはっはっは! ふっはっはっはっは!」

 高笑いするタイロン・イイネの前で、クレオパトラとアリスはドン引きし、ラッコー・シラカーは長い溜息を吐いていた。

「ドラマと言えばクレオパトラ姫、この世の全てはドラマに例えられるのではありませんかな? ならばこのタイロン・イイネはそのようなドラマの演出家。すなわちこの世の全てを演出するのが、このタイロン・イイネの大執政官としての務め。そう思われませぬか、クレオパトラ姫よ? ふっはっはっはっは! ふっはっはっはっは!」

「き、貴様! この世の全てを演出するなどと、傲慢不遜にも程があるぞ!」

 ラッコー・シラカーが怒りにわなわな震えながら叫んだ。

「おっと! そこにまだおられたのですな、既に終わった方よ。あまりにも存在感が薄すぎて、全く気付く事が出来ず、不徳の致すところでございます。ふっはっはっはっは! ふっはっはっはっは!」

「き、貴様、言わせておけば! だいたい千年以上もの伝統があるアリマ記念日の開催日を、己の都合で勝手に変えおって。恥を知らぬのか、貴様は!」

「イイネ家の三男に生まれたこのタイロン・イイネ。生憎ですがあなた様の言われる通り、恥というものは知りませぬ。ですが、権力の使い方というものは良く心得ておりまする。ふっはっはっはっは! ふっはっはっはっは!」

「そう言えば、二月三日って節分だよね」

 今まで黙って話を聞いていたアリスが、急に声を発した。

「そうよ。ピュタゴラス学派のもたらす厄災に会わないように、ピュタゴラス学派の嫌う豆を家の周囲に撒く日よ」

 八千年の昔から知られる秘密結社ピュタゴラス学派は、人々に厄災をもたらすと信じられていた。その為、ピュタゴラス学派が嫌うと伝えられている豆を家の周囲に撒く風習があった。それが節分である。

「クレオパトラ。君ってピュタゴラス学派の人に会った事ある?」

「いいえ。噂には聞くけど、実際会った事はないわ。アリスはどうなの?」

「僕も会った事はないよ。ってか、昔から思ってたんだけど、そもそもピュタゴラス学派って本当に存在するのかな?」

「え? 存在するんじゃないの? 私も噂でしか聞いた事はないけど」

「そこなんだよ、クレオパトラ。ピュタゴラス学派って、噂ばかり先行するけど、その実態を見た人は誰かいるのかな?」

「言われてみれば確かにそうね。今までその存在を疑った事なんてなかったけど、よく考えれば確かにその実在すら怪しいわね。という事で、この世の全てを演出できると豪語する大執政官さん。あなたならピュタゴラス学派の存在を証明出来て?」

「ほっほっほ! ご冗談を、クレオパトラ姫。そのような事は大図書館の範疇。このタイロン・イイネの仕事ではございません。ほっほっほ! もし知りたければ、大図書館に戻ってご自身でお調べなされ! この私も、大図書館のやる事なす事にまでは、いちいち口出し致しませぬ故。ほっほっほ!」

 そう言い残すと、タイロン・イイネは回廊から灯台の中へ悠然と戻って行った。

「些か痛いところを突かれたようじゃのう、タイロン・イイネも」

「取り敢えず、タイロン・イイネにとっても、大図書館は苦手な存在らしいわね」

「それも今のところだろうけどね」

「どういう事、アリス?」

「あんな事を堂々と言っちゃう人だよ。相手が大図書館だからって、どんな手を回して来るか」

「確かにあのタイロン・イイネには、今までの権力者達とは違う、底知れぬ何かがあるわね」

「すまぬのう。このわしにもう少し力があれば、タイロン・イイネを抑えられたかも知れぬのに。生憎、今のわしは、栄華の成れの果てのただの老いぼれ。こうして日がな一日、大灯台に上り、過去の栄光を振り返るのが日課のような有様じゃ」

「え? 今、何て?」

「じゃから、日がな一日、ここで過去の栄光を振り返っておる。まあ時々、用がある時などは来ない日もあるが。まあ、そのような日は、使いの者をよこしておったがのう」

「え? じゃあ、もしかして?」

「待っておったよ。クレオパトラ姫。お主の父、コフウ公からの言伝を預かってのう」



「かつての筆頭執政官であり、しかもティアース一門の長老格でもあるこのわしに、このような事を頼むとは、お主の父も思ったより大胆じゃのう。ほっほっほ!」

 そう言うと、ラッコー・シラカーは回廊から灯台の中へ戻り、床を杖でコツコツ叩きながら歩き回り始めた。

「コフウ公の領内には、優秀な石職人が多いそうじゃのう?」

「そうよ。コフウ領は昔から、石材や水晶や金銀鉱物の産地として有名だもの」

「羨ましい事じゃのう。わがシラカー領もあやかりたいものじゃ。ほっほっほ!」

 しかしその時、彼の杖が他の部分とは違う音を叩き出した。

「やはり優秀な石職人の作る物は違う。見た目では全く分からんからのう」

 そう言いながら、音がした床の周囲に魔法陣を仕掛けた。すると石で出来た床の一部が僅かに浮き上がり、その部分が横にスライドした。そこは小さな正方形の穴が開いていた。

「これって!」

 クレオパトラはそう言いながら、穴の中に入っていた物体を取り出した。小さな宝石箱だった。

「流石にコフウ公じゃ。デフレになるような真似はせんのだからのう」

 宝石箱の中には大粒のアレキサンドライトがぎっしり詰まっていた。それは宝石の中の宝石と呼ばれる、金よりも遥かに価値の高い石だった。

「だから金貨じゃなくて宝石を」

 アリスが納得したかのように呟いた。

「その通りじゃ。それでは姫よ、コフウ公からの言伝じゃ。まずは手紙も残さぬ事を許して欲しいとの事じゃ。何しろ、万が一にでもそれが他の誰かに見付かってしまった時、そなた宛の手紙が入っていれば、これがコフウ家の隠した物だとバレてしまうからのう。だからコフウ公は手紙の類は一切その中に入れず、誰がそれを隠したのか分からぬようにするしか無かったのじゃ。その事は分かってくれるかな、姫よ」

「ええ、分かるわ」

 クレオパトラは少しばかり寂しそうに答え、アリスはそんな彼女の肩を優しく叩いた。

「では続けよう。姫よ。コフウ公はそなたが世界を測ろうなどとの妄想を抱かない事を信じておる。信じてはおるが、もし、万が一、世界を測ろうなどと思い立つのなら」

 そこまで言うと、ラッコー・シラカーは一旦言葉を切った。

「思い立つのなら?」

 クレオパトラの問い掛けに

「エッツェンへ行けとの事じゃ」

 ラッコー・シラカーはゆっくりそう答えた。

「エッツェンへ?」

 クレオパトラとアリスが同時に叫んだ。

「そう、エッツェンじゃ。シュンガーの治める、いや、かつて治めていたあのエッツェンじゃ」

「エッツェンに一体何が?」

 アリスの呟きに

「コフウ公はこう言っておった。エルランゲンの扉を開け。ラインの黄金の鍵を手に入れて。さすれば世界を測る事の意味を知るだろうと」

 ラッコー・シラカーは静かにそう語った。

「え? エルランゲンの扉? ラインの黄金? どういう事?」

 クレオパトラの問い掛けに

「さあ? わしにもとんと分からぬ」

 ラッコー・シラカーはそう答え、更にこう続けた。

「何しろわし自身、今の事は全て忘れてしまう身じゃ。このわしは、自らに魔法を掛けたでのう。この場所に来た時のみ、この事を思い出す魔法を。何しろこのわし、自慢ではないが意外に口は軽い方なのでのう。ほっほっほ! だからここを離れれば、わしはこの事は一切忘れてしまう。この事が会計検査院にうっかり漏れる恐れもないだろう。ほっほっほ!」

 ラッコー・シラカーはそう言うと、ゆっくり背中を向け

「ではクレオパトラ姫よ、栄華を失ったこの老いぼれの話を長々と聞いていただき、かたじけない。これでこのわしも、一つ肩の荷が下りた。そなた達にはこれより、どのような困難が待ち受けるのか、このわしには計り知れぬ。だから今のわしには、このような事しか言えぬ。末永くお達者にとしかな。ではお二方、さらばじゃ!」

 そう言うと昇降機に向かって、振り返らずに歩いて行った。

 クレオパトラとアリスは、彼の後ろ姿をその目に焼き付けるように見送った。

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