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王都へ

「アーリス君、だーれだ!」

 クレオパトラはアリスの両目を後ろから両手で塞ぎながらそう叫んだ。

「ちょっと、やめてくれません? クレオパトラさん」

「ねえ、いい加減、機嫌を直してよ、アリス。ほら、飴玉あげるから。あーん」

 そう言ってクレオパトラはアリスの口に飴玉を放り込んだ。

「くっ、僕とした事が、不覚にも反射的に口を開けてしまった。腹さえ減っていなければ、こんな幼子をあやすような手に引っ掛かる事もなかったのに」

「ふふっ、感謝しなさいよ。私にとってもこの飴玉は、なけなしのおやつだったんだから」

 そう言いながらクレオパトラは、自分の口に最後の飴玉を放り込んだ。

「それにしてもやっぱり、飴玉一つじゃお腹いっぱいにならないわね」

「ま、そりゃそうでしょ」

「出来るだけ所持金を節約したかったんだけど」

「それについては僕も同感だね」

「今ある所持金で何日かは過ごせるけど、問題はその後ね。うまく仕事が見付かるといいんだけど」

「その事なんだけどさ。魑魅魍魎が現れなくなったのって、この町だけなのかな? この町だけの問題なら、他の町に行けば問題は解決するよね?」

「ところがそうでもないみたいなのよ。他の町からやって来た観測者が言ってたもの。その人は元いた町で魑魅魍魎が現れなくなったおかげで、仕事を探しにこの町まで来たんだって。ところが案の定でしょ。その人も途方に暮れてたわ」

「つまりもしかしたら、世界中で同じような事態になってるかも知れないって事か」

「その可能性は十分考えられるわね」

「参ったね、こりゃ」

「本当に困ったわ」

「どうしよう?」

「本当、どうするかよね。あ~あ、アリスを人質に、身代金をせしめられれば、こんなに困る事もなかったのよねえ」

「って、ちょっと、クレオパトラさん!」

「冗談よ、アリス。アリスって可愛いから、からかいたくなっちゃうのよ。アリスからかってると、胸のあたりがキュンとなって、お腹いっぱいになれるから」

「僕をおかずに空腹感を紛らわすの、やめて貰えます、クレオパトラさん?」

「うふふ。でもアリスだって、私をおかずにするつもりでしょ? うふふ」

「ちょっ! クレオパトラさん!」

 アリスは顔を真っ赤にしながら狼狽えた。



「アーリス君、冗談はこのくらいにして、本題に入りましょうか?」

「そう思うんなら、後ろに回り込んで、手で目隠しするのやめてくれない?」

「これはこれは申し訳ない、アリス君」

 そんな言葉とは裏腹に、全く反省したとは思えないような満面の笑みを湛えたクレオパトラは、両手を降ろし後ろで組むと、アリスの横に回り込んだ。

「問題は魑魅魍魎が何処に出没するかって事よね。今までは人々のストレスに呼応するってのが定説だったんだけど」

「そこなんだよね。そもそも僕らはこれまで、その定説が正しいと信じ込んでいたわけだけど、本当に正しいのかな?」

「うーん。言われてみれば。考えてみたら昔から正しいって信じ込まれて来たから、そう思っていただけかも」

「そこなんだ。僕が女神エロメス・トリスメギストスと出会った湖の畔の森で、魑魅魍魎と出くわした話はしたっけ?」

「いいえ、初耳だわ。でもそうだとしたら、事態は思った以上に深刻って事よね。森のような人の少ない場所なら、ストレスの量だって高が知れてるもの」

 魑魅魍魎は人々のストレスに呼応して現れると考えられていた。それは個々人のストレスではなく、集団としての人のストレスである。その大きさと密度が大きいほど、魑魅魍魎が引き寄せられやすいというのが、これまでの定説だった。実際その定説を裏付けるように、人口が多く人口密度も高い町ほど、魑魅魍魎が出現する頻度も高かったのである。

「そもそも何故個々人のストレスじゃなく、人の集団としてのストレスにだけ呼応するのかって事だよね? その理由についてすら、実際は良く分かってないんだよね?」

「確かに個々人のストレスに呼応するなら、人が少ない場所であっても、とても強いストレスを抱えている人がいる所なら、そこに魑魅魍魎が現れるはずよね。でも過去の文献を調べる限り、そんな例はないと」

「そこなんだよ、僕が言いたいのは。本当に過去の文献にそんな例が載ってないのかって」

「少なくとも私が、ここのムセイオンの図書室で調べた限りでは、そうだったわ」

「なるほど。つまり君がここで調べた限りにおいては、定説通りってわけか」

「その通りよ、アリス。他のムセイオンの図書室で調べても定説通りかどうかまでは分からないけど」

「だったら」

「何、アリス?」

「僕らが調べるべき場所は、唯一つだけだよね、クレオパトラ?」

「え? あっ、まさか!」

「そのまさかさ。僕らが調べるべき場所。それは王都ワレコランドリアにある大図書館だ!」

 ワレコランドリア大図書館。王都ワレコランドリアにある世界一の大図書館である。そこには過去八千年間において、世界中の様々な文献が所蔵されていた。故にそこは、あらゆる知識が集まる場所と言われていた。

 またワレコランドリア大図書館は、世界中に点在するムセイオンの総本山でもあった。それはすなわち、ジオメトリーの総本山である事も意味していた。

「王都に行くとなると、まずは転送ゲートまで行かないといけないわね。ここから一番近い転送ゲートは、えーと……」

「確かここから西へ三日ほど歩いた所にある町に、中央銀行の支店があったはず」

 転送ゲートは、中央銀行の本店及び各支店にのみ存在していた。なぜなら転送ゲートの本来の役割は、通貨を素早く移動させる事だったからだ。

 この世界における通貨は、金貨や銀貨や銅貨である。少なくとも八千年間、それは変わらない。

 かつては紙幣という紙で出来た通貨の発行も試みられた。しかし王が代わる度に長さの基準が変わり、それによって経済が混乱する中で、紙で出来た通貨では通貨の価値をうまく安定させる事が出来なかった。

 それに比べて金や銀や銅といった物質は長年に亘ってその価値をあまり変動させる事がなかった。故にこれらを材料として作られた金貨や銀貨や銅貨は、経済の混乱期においても通貨として高い信用を得られたのである。

 しかしこの金貨や銀貨や銅貨にも一つ欠点があった。それは流通量を簡単に増やせない事である。紙の通貨である紙幣なら簡単に刷って増やせるが、金貨や銀貨や銅貨はその材料となる金や銀や銅を中央銀行が調達しなければならない。

 しかしこれを調達するための手持ちの資金は中央銀行にはない。何故なら中央銀行は手持ちの資金、つまり通貨を既に市場に供給し尽くしているからである。通貨の流通量を増やさなければならない時に、中央銀行が自ら手元に資金、すなわち通貨を貯め込むなど、許されない事だったのだ。

 だから中央銀行は、金や銀や銅を手に入れる為、通貨以外の資産を使う必要があった。それは中央銀行が世界中に保有していた不動産だった。

 問題は王が代わる度に長さの基準も変わってしまう為、その時期は不動産売買が著しく困難になってしまう事だ。王が代わった途端、新たな王の足の大きさを基準にして不動産の面積を算出し直さなければ、売買取引が成り立たないからだ。

 そして通貨がもっとも必要とされるのも、王が代わる経済的混乱期だった。

 このような事情で金貨や銀貨や銅貨を、特に王が代わる経済的混乱期に増やす事は困難だった為、この時期に通貨が蔵や金庫に貯め込まれてしまうと、市場に出回る通貨の量が大きく減ってしまう。これはしばしばデフレと呼ばれる現象をもたらした。需要が供給を下回り、物価が下落してしまう現象である。

 これは多くの人々の収入減をもたらし、それが更なる需要減をもたらし、更に物価を下落させるという悪循環を生み、ついには大恐慌という最悪の事態をもたらす。

 これは何としてでも避けなければならない事態だった。

 そこでこれを防ぐ為、転送ゲートが編み出された。

 通常、通貨というものは、移動中の時間は死蔵されているに等しい。

 移動中の時間は通貨を自由に使う事が出来ない為、蔵に貯め込まれているのと変わらないのである。

 故にこの死蔵されている時間を短縮出来れば、実質的に通貨の流通量を増やせるという考えから、転送ゲートが編み出されたのである。



「三日後は王都ワレコランドリアか。二年前に師匠に連れて行ってもっらったっきりだな」

 転送ゲートは本来、通貨転送用の設備だったが、特例として観測者にも使用が許可されていた。

 理由の一つは魑魅魍魎退治の便宜を図る為だったが、より大きな理由は、王が代わり新たな長さの基準が策定された時、世界中に素早くそれを周知させる為であった。それが早ければ早いほど、経済的混乱も早く収まるとの考えからである。

「私は三年ぶりだわ」

「そうか。君って、三年前に死んだ事になってたんだっけ」

「そうよ。それ以来、王都には戻ってないわ。それまでは生まれてから二十年以上、殆ど王都から出た事もなかったのに」

「でもコフウ家の領地にもお城ってあるんでしょ?」

「まあ、あそこは別荘みたいなものよ」

「そう言えばコフウ家って、代々王室宰相の家柄だったっけ」

「そうよ。だから基本的には一家揃って王都に住んでるの」

 七つの分家の中でも領地が王都に近いコフウ家とミトゥ家は、それぞれ王室宰相、副王と呼ばれ、通常は王都ワレコランドリアの広大な邸宅に住み、王を補佐していた。

「ミトゥ家の御老公がまた厄介なじじいでね。ほら、御老公の娘がフィツヴァ・スィー家に嫁いでるでしょ?」

「あ、そうか! フィツヴァ・スィー家の若君って」

「ミトゥ家の御老公の孫でもあるのよ。あのじじい、自分の家はさっさと後継者争いから降りちゃって、代わりに孫のヨッスィーツ・フィツヴァ・スィーを一生懸命後継者候補として応援してるのよ。だから王宮でお父様と顔を合わせる度に嫌味たらたら。ほんとっ、やんなっちゃうわよ」

「苦労したんだね、君のお父上も」

「おかげで私が後継者争いから抜け出して観測者になるの、渋々だけど承知してくれたし。本当は内心、ほっとしてたんじゃないかな」

「じゃあ、王都に行ったら三年ぶりに家族とも再会出来るわけか」

「それはちょっと微妙ね。一応私、死んだって事になってるから、あまり表立って家族と会うわけにもいかないのよ」

「それはまた厄介な話だなあ」

「ほんとっ、厄介な事だらけでやんなっちゃうわ」

「それじゃ、行こうか、クレオパトラ。厄介な問題の一つを片付けに」

「王都へ行ったら行ったで、更に厄介な問題に出くわしそうな気もするけど。まあいいわ。行きましょう、アリス」

 こうして二人は、王都へ向けて旅立った。



「今の僕と君の所持金を合わせても、転送ゲートのある町までの宿代でギリギリだな。出来れば王都での生活費にも少し残しておきたいんだけど」

 王都へ通じる転送ゲートのある町まで、歩いて三日。その間、途中で三回は宿に泊まらなければならない。

「あーあ、昔は町から町への移動なんて、馬車を使ってたんだけど」

「確かに馬車は速いし、その分、宿に泊まる回数も減るけど、それを勘定に入れても馬車代の方が高くつくし」

 確かに馬車代は高い。しかしそれも仕方ない。一台の馬車には数人しか乗る事が出来ないからだ。御者の人件費や馬の餌代等、諸々の費用が掛かる為、どうしても高くついてしまうのである。その為、多くの人々は歩いて旅をした。宿代を差し引いてもその方が安く目的地に着けたからである。 

「あらためてお金の有難みが身に染みるわね」

「僕なんか、物心ついた頃から身に染みてるけどね」

「それはそれはお偉い事だわ、アリス君」

 そう言ってクレオパトラは後ろからアリスをギュッと抱きしめた。

「クレオパトラさん。そうやって僕に体重を預けて、楽して歩こうとするのやめてくれません?」

「てへへ、バレたか」



「は~、こんなに歩いたのって、もしかしたら生れて初めてかも」

 やがて日も暮れ始めた頃、クレオパトラがぼやいた。

「でもさっきいた町までだって、歩いて来たんでしょ?」

「もう~、忘れたわよ、そんな昔の事」

 クレオパトラは面倒臭そうに答えた。

「そんな事よりアリス、さっさと宿を見付けて泊まりましょうよ!」

「そうしたいのは山々なんだけど、後々の事を考えると、出来るだけ安い宿を探さないと」

「それについては私に妙案があるわ!」

「へえ、どんな?」

「私とあなたが姉妹って事にしちゃえばいいのよ。そしたら泊まる部屋は一部屋で済むでしょ?」

「へ?」

「つまりアリス。あなたは私の、背の高い小学生の妹。そういう事にすれば万事うまく行くわ」

「いやいやいや、それはまずいでしょ、色々と」

「そうかしら。我ながら妙案だと思うけど」

「いや、だって、僕はこれでも一応、男だよ?」

「そうよ。だから背の高い小学生の妹って事にするんじゃない。そうすれば私と同じ部屋に泊まれるんだし」

「いや、だから……」

「じゃあ、善は急げね。さっさと宿を決めちゃいましょう」

 アリスの言う事も聞かず、クレオパトラは颯爽と宿を探しに行った。



「しかしまあ、騙す方も騙す方なら、騙される方も騙される方だよ。良くあんな説明を信じたよなあ」

 宿の部屋へ入った二人は、部屋に一つしかないベッドの上に腰を下ろした。

「しっ、アリス! あまりその事を大きな声で話さないで! 何処で聞き耳を立てられてるか分かったもんじゃないんだから」

 クレオパトラはアリスに身体を密着させると、耳元でそう囁いた。アリスが顔を赤くしているのもお構いなしに。

「お、お腹減ったよね?」

 アリスは上ずった声で叫んだ。

「そうね。私はある意味、お腹いっぱいだけど」

 そう言うとクレオパトラはアリスの腕に自らの腕を絡めた。

「い、今僕らは、し、姉妹って設定でしょ? し、姉妹でこういう事って、か、かなり不謹慎じゃ?」

 アリスは更に声を上ずらせながら言った。

「そうね。かなり不謹慎ね。流石に食事の前にする事じゃないわね」

 クレオパトラはそう言うと、意味深な笑みを浮かべながらベッドから立ち上がった。

 アリスも大きく溜息を吐くと、やっとの思いでベッドから立ち上がった。



 食事の間中、アリスはクレオパトラの顔をまともに見れなかった。

「値段の割に、おいしかったわね、ここの食事」

 部屋に戻る途中、クレオパトラがそう言うのをアリスはうわの空で聞いていた。

「先にシャワー浴びてて。私は後で浴びるから」

 このシャワーなるものは、頭上に設置されたいくつもの細かい穴が開いた水の出口から、雨のようにお湯が噴出する装置である。

 大浴場のない小さな宿では、このシャワーを各部屋に設置し、旅人が身体の汚れを洗い流していた。

 ちなみにこのシャワーは、かつて蒸気機関に関する様々な研究をした事でも有名な観測者、大魔導士ヘロンの発明の一つである。

「そう言えばヘロンがシャワーを発明するまで、昔の人ってどうやって身体の汚れを洗い流してたんだろ?」

「やっぱ公衆浴場じゃない? うちなんか家の中に大浴場あったけど」

「家の中に大浴場か。何か羨ましいね」

「そうかしら。ここ三年、ずっとシャワーしか使ってないけど、私としてはシャワーの方が楽で手っ取り早くていいけどなあ。って事でアリス、手っ取り早くシャワー済ませちゃって頂戴。後がつかえてるんだから」

 アリスはどうでもいい話題を持ち出す事で、必死に平静さを保とうとしていた。

「それとアリス、大事な所は念入りに洗うのよ」

 しかしクレオパトラはそんなアリスの思いなど知らぬかのように、妖しい笑みで彼を見送った。



「お待たせ、アリス」

 そう言いながら、クレオパトラがシャワー室から姿を現した。良く見るとその身体には、胸元から膝上にかけて妙な物が巻かれていた。

「って、それ絨毯!」

「そうよ。私がいつも持ち歩いている」

「って、絨毯って、上に座るための物で、身体に巻き付けるものじゃ……」

「私は昔から風呂上がりに絨毯を巻き付けてたわ。おしゃれでしょ? うふふ……」

「ってか、暑くないの。絨毯なんか巻き付けて?」

「確かに暑いわね。どうしましょ?」

 そう言いながらクレオパトラは、身体に巻き付けている絨毯を捲り上げて行った。

「ちょ、ちょっと、クレオパトラさん!」

「なあに、アリス君。ちなみにこの下には何も身に付けてないから。うふふ」

 クレオパトラは妖しく微笑みながら、ベッドへ近づいて行った。

 そして倒れ込むようにベッドに腰を下ろし、身体に巻いた絨毯の上を転がるように、ベッドの奥へその身を移動させた。

 今まで彼女を包んでいた絨毯はベッドの脇に落ち、今や彼女は一糸纏わぬ姿をさらけ出していた。

「来て。アリス」

 彼女は静かにそう言った。



 それからアリスに起きた事を、彼は生涯忘れないだろう。それはアリスにとって、今まで経験した事のない、生まれて初めての体験だった。

 一糸まとわぬ姿で彼を誘うクレオパトラを視界から遮れるほどストイックではなかった彼は、そして仮に視界から遮れたとしても彼女の甘い声に耳を塞ぐことは出来なかった彼は、甘い時の中に誘われるままに、まがりなりにも男である事を自覚し、その本能をたぎらせた。

 その男性器は彼女の匂いに近づくほど勃起を強く固くし、これまで想像したどんな卑猥な事でさえ、ここまで大きくなる事はなかっただろうと思えるほど大きくなった。

 そして彼女に覆いかぶさる事が出来そうな距離にまで近づいた時、その男性器はそれがまるで自分の物ではないと思えるほどにまで巨大化し、そして急激にしぼんだ。

 それから間もなく、彼の男性器は先程より更に巨大化し、すぐさま先程より更に小さくしぼんだ。

 それからのアリスは、まるでループに陥ったように、その状態を繰り返した。

 まるで予期せぬ出来事に、クレオパトラの目の前でアリスはひたすら戸惑っていた。

「ごめんね、アリス」

 クレオパトラが涙を流しながら、震える声で言った。



「これがシュレーディンガーの猫耳メイド病の本当の症状なの」

 暫くの沈黙の後、クレオパトラが絞り出すような声でそう言った。

「え? 初体験の緊張でなったわけじゃ?」

 アリスのその言葉に

「うふふ」

 クレオパトラは思わず微笑むと、一度溜息を吐き、静かに語り始めた。

「私と性的関係を持とうとする男性は皆、私に近づくと特殊な勃起不全になってしまうの。男性器がとても大きくなったり、とても小さくなったりを目まぐるしく変化させる」

「え? それじゃ君が昼間言ってた、君の足が大きくなったり小さくなったりってのは……」

「あれは嘘よ。と言うか、本当の症状の暗喩だったの。これで分かったでしょ?」

 その後アリスは何も言わなかった。再び沈黙が支配し、クレオパトラはアリスに背中を向けた。

 アリスも彼女に背中を向け、ベッドから去り、彼女が落とした絨毯に彼女に背を向けたまま横たわった。

 それがこの奇病の症状を抑える唯一つの方法だった。



「王っていうのはね、いつの世でも自らの子の誕生を期待されてるの」

 翌朝、宿を発って暫くした頃、長い沈黙を破るかのようにクレオパトラが語り始めた。

「例え自らの子が後継者になる例が、歴史的には少なかったとしても」

 そして、静かにそう続けた。

「王の第一の務めは自らの足の大きさを長さの基準にする事だけど、第二の務めは、自らの血を引く世継ぎをこの世に誕生させる事なの」

 足を止めてそう語るクレオパトラを振り返ると、アリスは黙って彼女の目を覗いた。

「だから王の後継者になれる者は、自らの子を儲ける事が可能な者に限られるの……例え確実に子を儲ける事が出来ないとしても」

「つまり……」

 アリスは漸く口を挟んだ。

「その可能性が全く無い者は、どう転んでも後継者にはなれないの」

「だから君は……」

「そうよ。私はこの奇病の所為で、その可能性が全く無かったわ。にも拘らず、父はこの奇病の事を隠して、私を後継者に推したの」

 アリスは再び彼女の目を覗き込んだ。彼女にどう声を掛けていいのか分からなかったからだ。

「でもそんなの、いずれバレてしまうわ。だから私は後継者争いから身を引いたの。だってあのまま後継者争いを続けていたら、いずれ対立候補が私の奇病の事を嗅ぎ付けて、それを公の場で言いふらすに決まってるから。そんなの耐えられると思う?」

 アリスは漸く何かに気付いたかのように、クレオパトラの側まで近づき、彼女をそっと抱きしめた。俯くクレオパトラの頬を、涙がうっすらと伝っていた。

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