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どっちかって言うとお母様似

「な、何て言うか、とても残念な物語ね、エルランゲンの歌って」

 首席補佐官から一通り物語のあらましを聞いたクレオパトラは、そう感想を述べた。

「仰る通りです、姫。このエルランゲンの歌はとても残念な物語。それ故にこのエッツェンから他の地域には広まりませんでした。それどころか今ではこのエッツェンでさえ、この物語を知る者は数少ない有様です」

 そう言って首席補佐官は残念そうに溜息を吐いた。

「それは分かるわ。例えば主人公のチートムソードがもっと無敵の活躍をするとか、チートムソードと女神が悲劇的な別れをするとかだったら、今頃世界中に知られる物語になってたかもって思うもの」

「ところがこのエルランゲンの歌は、そのような展開にはならぬのです。不思議には思われませぬか、姫?」

「え? あっ、そうね。考えてみたら不思議よね。こんな残念な物語のまま、このエッツェンの地で細々と伝えられて来たなんて」

「逆に言えば姫。残念な物語なればこそ、この物語がこの地より他には伝わらず、知る人ぞ知る物語であり続けられたのではありますまいか?」

「え? どういう事?」

「つまりこの物語を作った者は、この物語が敢えて広まらず、後世の者達に細々と伝わって行く事を望んだのではないかと、私は考えておるのでございます」

「え? つまり、このエルランゲンの歌を作った人は、敢えてこんな残念な物語にしたって事?」

「左様です、姫」

「どうして?」

 しかし首席補佐官はそれには答えず、逆にクレオパトラにこう質問をぶつけた。

「ところで姫は、ハルマゲストに一体何が書かれていたと思われますかな?」

「え? 世界の天変地異の法則でしょ?」

 それ以外に一体何があるのかと言いたげに、クレオパトラは答えた。

「なるほど。至極ごもっともな答、恐縮にございます、姫」

「何だか奥歯に物が挟まったような言い方ね」

「ほっほっほ! 左様でございますか、姫。ご気分を害されたのであれば、お詫び申し上げます」

「気にする事はないわ、首席補佐官殿。それより首席補佐官殿には、どうやら世間一般には知られていない、ハルマゲストに関する独自の見解があるように思えるんだけど」

「これはこれは! 流石は王族一の英邁と謳われたクレオパトラ姫の事はありますな。我が心の内を見透かされているようで、まことに恐縮するばかり」

「ならば首席補佐官殿、その見解をお聞かせ願えないかしら?」

 クレオパトラのその言葉に、首席補佐官は待ってましたとばかりに満面の笑みを浮かべた。



「結論から申せば、姫、エルランゲンの歌に出て来るラインの黄金。私めはあのモデルこそ、ハルマゲストではないかと考えているのでございます」

「ラインの黄金のモデルがハルマゲストですって!」

「左様です、姫。私はこう考えておるのです。ハルマゲストはトレミー1世からこのエッツェンの地に密かに贈られたのではないかと」

「なんですって!」

 その発想は無かったとでも言いたげに、クレオパトラは驚きの表情を浮かべた。

「ところで姫は、このエッツェンの地をトレミー1世から与えられた、初代エッツェン領主ハーデス・マッティーリャについて、どこまでご存知で?」

「世間一般で知られている程度の事しか知らないわ。トレミー1世の一番最初の子だった事。トレミー1世が世界を統一する前、政略で政敵に養子に出された事。そしてトレミー1世の世界統一後、その後継者にはなれなかった事……」

 ハーデス・マッティーリャ。トレミー1世の長男として生まれ、トレミー1世の子達の中でも随一の英邁と謳われた者。トレミー1世が政敵と同盟関係を結ぶ為、子のなかったその政敵の養子となった者。しかしその後、その政敵に待望の実子が誕生した途端、まるで厄介払いをされるかのように、その部下の家に再び養子に出された者。そんな境遇にもめげず、少しでも実の父トレミー1世の役に立とうと、戦場を駆け巡り、数多の戦果を挙げた者。しかしトレミー1世の世界統一後、王の後継者に推す声が多かったにも拘わらず、他家の養子となった事を理由に、王族とは認められなかった者。それでも父であるトレミー1世の側に仕えてさえいられれば、他に望むものは何もないと言った者。しかしそんな思いを無下にするかの如く、遠く離れたエッツェンの地を治めるよう、トレミー1世から命じられた者。

「つまり彼、ハーデス・マッティーリャは、実の父トレミー1世から疎まれていたって事ね」

 クレオパトラは初代エッツェン公ハーデス・マッティーリャについて、自分の知る限りの知識を披露した。

「確かに姫、それが世間一般のハーデス・マッティーリャに対する評価ですな」

「でも首席補佐官殿は、違う見解をお持ちだと?」

「左様でございます、姫。私は長年疑問に思っておったのです。我らがエッツェンの初代領主ハーデス・マッティーリャが、世間で言われているように本当にトレミー1世から疎まれていたのかと。今思えば、それが我が探求の切っ掛けでした」

「探求の切っ掛け?」

「左様です、姫。私めはこの疑問を紐解くうちに、やがてこの疑問の答がアトランティスの秘密にまで続く事に気付いたのです」

「アトランティスの秘密ですって!」

 クレオパトラの叫び声が昼食会会場の大広間に響いた。


 アトランティス。それは今から八千年以上前に、ヘラクレスの柱の彼方に存在したとされる文明である。その文明は現在のこの世界とは比べ物にならないくらい、非常に高度に発達し、人々は鳥のような乗り物で空を自在に飛び、帆もなく漕ぎ手もいない船で大海原を行き交い、それどころか海の中までも旅し、或いは更に驚くべき事に、星の海さえ旅したと言う。しかしそれ程の文明を誇ったアトランティスも、或る日突然、巨大な天変地異により滅び去ってしまった。



「そう言えば、トレミー1世がハルマゲストを編纂したのも、世界がアトランティス滅亡の二の舞にならないようにとの思いからだと、世間一般には言われておりますな」

 次にどんな言葉が出て来るのか期待するかのように、クレオパトラがまじまじと首席補佐官の顔を見つめる中、彼はこう説明を始めた。

 彼の瞳には、興味深そうに眼を輝かせるアリスとエラソーナ・スッテンテンの姿も映っていた。

 しかしこの話に関心を示した者達と言ったらそのくらいで、他の者達はサーニャ・ハッシュを含め相変わらず別の話題で盛り上がっていた。

 初代エッツェン公ハーデス・マッティーリャに対する新たな見解はおろか、かのアトランティスの秘密でさえ、まるで眼中にないかの如く。

「世界の天変地異の法則を知る事で、アトランティスのような滅亡を回避しようと考えるのは、世界を統べる王としては当然の事だと思うわ」

 クレオパトラが世間一般の見解を代表するかのように、そう述べた。

「確かに姫、ハルマゲストに関するその見解は、長らく定説となっております。しかしながら果たして、それが真実と言えましょうか? 何しろハルマゲストそのものが未だ行方不明なのですから」

「で、首席補佐官殿には別の見解があるって事ね?」

 クレオパトラの言葉に首席補佐官は待ってましたとばかりにほくそ笑むと

「左様でございます、姫よ!」

 眼を輝かせてそう答えた。

「なるほど。さっきも言ったけど、その見解、是非聞かせて欲しいわ。アトランティスの秘密とやらも含めて」

「ほっほっほ! 流石に血は争えませんな、姫よ。このエッツェンの地では殆ど興味を持って貰えない我が話を、このように眼を輝かせて聞いて頂けるのですからな。まさに今の姫の目は、かつてのコフウ公の目とそっくりでございます。ほっほっほ!」

 そう言って首席補佐官は懐かしそうに目を細めた。

「私、どっちかって言うと、お母様似って言われてるんだけどなあ」

 少しばかり迷惑そうに、クレオパトラは肩を竦めてみせた。



「考えてみれば不思議に思われませんか。かつて存在したアトランティスは、今のこの世界とは比べ物にならぬほど文明が進歩していたと言われております。そんなアトランティスでさえ滅ぼした天変地異を、文明の水準で遥かに劣る今のこの世界が果たして回避出来るものでしょうか?」

「うーん、言われてみれば確かにそうね」

「この一点を以ってしても、私はハルマゲストに対する定説に疑問を差し挟まざるを得ぬのです」

「なるほど、なるほど。続きを聞かせて」

「そこで私は考えたのです。ハルマゲストには定説で言われている事とは別の、何か重大な秘密が書かれていたのではないかと」

「重大な秘密? ……って、まさか、トレミー1世の何らかのスキャンダルとか?」

「確かに私も以前、その可能性は考えました。そして却下しました。何故なら、トレミー1世が自らのスキャンダルをわざわざ書き残すとは、とても思えぬからです」

「確かに考えてみれば、そんな事わざわざしないで、墓場まで持って行くわよね」

「左様です、姫。なのでトレミー1世が何らかの重大な秘密を書き残したのだとしたら、それは後世に残すべき何某か。それが私の推察でございます」

「それで首席補佐官殿は、その秘密は一体何だと考えてるの?」

「恐らくそれは……」

 首席補佐官はそう躊躇いがちに口を開くと

「ピュタゴラス学派に関する秘密かと」

 クレオパトラの顔をまじまじと見つめ、そう答えた。

「ピュタゴラス学派!」

 クレオパトラは思わず叫び声を上げると

「今度はそう来ましたか!」

 続けてそう叫んだ。



 ピュタゴラス学派。八千年の昔からその名を知られる、人々に厄災をもたらすと信じられていた秘密結社である。またピュタゴラス学派の者達は豆を嫌うとも信じられていた。この為、ピュタゴラス学派のもたらす厄災を避けようと、毎年二月三日に家の周囲に豆を撒く風習が世界中に広まっていた。この風習は節分と呼ばれていた。



「ごめんなさい、大声を上げてしまって」

 自分の顔をまじまじと見つめる首席補佐官に向かって、クレオパトラは申し訳なさそうに述べた。

「ハーデス・マッティーリャに対する新たな見解に、アトランティスの秘密と来て、更にハルマゲストに書かれていたのがピュタゴラス学派に関する秘密と聞かされたら、流石の私も頭が混乱してしまって」

「お気になさりますな、姫。私めの見解を聞けば誰でもこのような反応になるのは当然。私め、もはや慣れっこでございます。ほっほっほ!」

「って事は、もしかしてお父様も?」

「あの生真面目なコフウ公が、あのような素っ頓狂な叫び声を出されるとは、あの時は私も想像すら出来ず……いやはや、何とも懐かしい思い出でございます」

「あのお父様がねえ。うふふ。何だかその姿が目に浮かぶわ。うふふ」

 そう無邪気な笑顔を見せると、クレオパトラは話の続きを促した。

「ピュタゴラス学派は八千年の昔から名を知られる秘密結社。ならばその秘密結社ピュタゴラス学派は、一体いつ何処で誕生したのでしょうか?」

「そもそもピュタゴラス学派って、実在するかどうかすら分からない秘密結社でしょ? そんな秘密結社がいつ何処で誕生したかなんて、途方もなさ過ぎて想像もつかないわ」

「逆に言えば、だからこそ自由に想像を膨らませる事が出来るのです。そして私はふと思ったのです。ピュタゴラス学派はアトランティスで誕生したのではないかと。それも、アトランティスが天変地異で滅びんとする、まさにその時に」

「アトランティスが滅びる時、そこで誕生したですって!」

 またまたクレオパトラの叫び声が響いた。

「更に想像ついでにもう一つ。実はトレミー1世は、ピュタゴラス学派のメンバーだったのではないかと」

「トレミー1世がピュタゴラス学派のメンバーですって!」

「おほん! 昼食会ではお静かに!」

 クレオパトラの度重なる叫び声に、アリスとエラソーナ・スッテンテンは再び咳ばらいをした。



「ごめんなさい。私とした事が、つい何度も取り乱してしまって」

 クレオパトラはあたふたと周囲を見回すと、はにかみながらそう言った。

「仕方ないよ、クレオパトラ。本当いうと僕だって、何度も叫び声を上げそうになったしね」

 アリスは小声で隣のクレオパトラに言った。

「おほん! それでは続きは宜しいですかな、おのおの方」

 首席補佐官はそう咳ばらいすると、話を続けた。

「先程述べた二つの事、すなわちピュタゴラス学派がアトランティス滅亡時にそこで生まれた秘密結社である事。そしてトレミー1世がピュタゴラス学派のメンバーであった事。この二つの仮定を導入する事で、アトランティスの秘密、ハルマゲストに書かれた秘密、そしてハーデス・マッティーリャに関する新たな見解が導き出せるのでございます」

「どういう事?」

 クレオパトラが食い入るように首席補佐官の顔を見つめた。

「まずピュタゴラス学派とは何者か。それは恐らく、アトランティス滅亡時、その文明の遺産を安全な場所へ持ち出した者達ではないか? 私めはそう考えます」

「なるほど。アトランティス滅亡時にそこで誕生した秘密結社なら、そうするのは至極当然だと思うわ」

「しかし姫。考えてもみてくだされ。今の我々の世界に、アトランティス文明の名残が何処かにありましょうや?」

「え? あ! 考えてみればそうね。今のこの世界には空飛ぶ乗り物もないし、ましてや星の海さえ行き交う乗り物なんてとても想像もつかないわ」

「左様でございましょう。つまりアトランティス文明の遺産は、少なくとも我々の目の届く所にはないのです」

「つまり首席補佐官殿。あなたの仮説が正しいなら、アトランティス文明の遺産はピュタゴラス学派が何処か人目のつかない場所に隠したって事?」

「左様でございます、姫。そしてその隠し場所の在処を示した書物こそ!」

 そう言い掛けると、首席補佐官は見得を切るように一同を見回した。

 クレオパトラとアリスとエラソーナ・スッテンテンは、その視線にゴクリと唾を飲み、ただひたすら次の言葉を待った。

 尤も、次の言葉が何かは、三人とも大方予想はついていたが。

「ハルマゲストでございます!」

「ハルマゲスト!」

 それでも三人は、驚きを隠せないかのように、次々とその言葉を叫んだ。

「つまり首席補佐官殿は、ハルマゲストに書かれていたのは、ピュタゴラス学派が隠したアトランティス文明の遺産の在処だと考えてるわけね?」

「左様でございます、姫。トレミー1世がピュタゴラス学派のメンバーだったと仮定するならば、その可能性は十分考えられるのです」

「なるほど。素晴らしいわ! 早く続きを聞かせて」

「ほっほっほ! 何とも嬉しいお言葉。何しろ悲しいかな、我が仮説、都市伝説扱いされて久しい故に、これほど眼を輝かせて聞いて貰えるのは実に何年ぶりか。ほっほっほ! 長生きはするものですなあ」

 首席補佐官は顔をくしゃくしゃにして笑顔を見せた。

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