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エルランゲンの歌

「ところで首席補佐官殿?」

「何ですかな、クレオパトラ姫?」

「これは大図書館とは関係ない、全く個人的な質問なんだけど……」

「ほう! 姫が個人的な質問を私めに! これはこれは光栄の至り!」

「首席補佐官殿は若い頃の父上とも会った事があると思うんだけど……」

 クレオパトラのその言葉に首席補佐官は何やら暫く考え込むと、急に満面の笑みを浮かべた。

「もしや姫も、お父上のコフウ公同様、エルランゲンの歌に興味を持たれましたかな?」

「エルランゲンの歌?」

 しかしクレオパトラの尋ねるような口調に

「おやおや、これは私の早とちりでございましたか」

 些か残念そうに述べた。

「いいえ、違うの。そのエルランゲンの歌で合ってるわ、きっと。私、それが歌だとは思わなかったから。何しろエルランゲンって言葉しか知らなかったものだから」

 しかしクレオパトラは取り繕うようにそう答えた。

「なるほど、なるほど。姫もエルランゲンの歌を。これはこれは」

 そう言うと首席補佐官は感慨深げに微笑んだ。



「エルランゲンの歌とは、一言で申せば、我らがエッツェンに古より伝わる叙事詩でございましてな」

 その日の昼食会の席で、首席補佐官はクレオパトラにそう説明した。

「どうやら首席補佐官殿はお詳しそうね」

「自慢じゃございませぬが、私め、エルランゲンの歌に関しては、フッキー城内一の博識と言われておりましてな。ほっほっほ!」

 その言葉に、首席補佐官の向かいの席に座るクレオパトラは、身を乗り出すように聞き耳を立てた。

「かつてエルランゲン族と呼ばれる者達がこのエッツェンの地におりました」

「もしかして、エッツェンの人々のご先祖様とか?」

「いえいえ。伝説では、エルランゲン族は人ではなく妖精だったとか」

「妖精?」

「左様でございます、姫。この妖精、エルランゲン族は、測量に秀でておりました。そしてこのエルランゲン族は、このエッツェンの地で、とある大事業を成し遂げたのです」

「とある大事業?」

「このエッツェンの地を流れる大河、ラインの測量でございます」

「ラインの測量!」

「何しろ大河ラインはこのエッツェンの交通の要。しかしながらかつてのラインには難所も多く、人々の行く手を遮っておりました。かつて人々は難所を避ける為、難所の手前で荷と共に船を降り、陸路を通って再び新たな船に乗り換えるという手間を何度も繰り返し、ラインを行き来しておったのです」

「何だかとても面倒臭そうな話ね。難所の周辺だけ陸路を通らなければならないなんて」

「左様でございます、姫。エルランゲン族もそんな人々を不憫に思ったのでしょう。彼らはラインを測量し、座礁の危険性が高い場所を掘削。船が安全に航行出来る航路を確立したのでございます。それ以来ラインは上流から下流まで、陸路を一切迂回せずに通行可能となったのです」

「まあ! なんて素晴らしいの、エルランゲン族!」

「あくまで伝説でございます、姫。実際、エルランゲン族なる妖精が実在したなどと信じる者は、今のエッツェンには殆どおりませんからな」

「あら、そうなの? それは残念ね」

「それが伝説の宿命でございます。そう言えば姫は、このエッツェンの地名の語源となった伝説の大王はご存知ですかな?」

「エッチラオッチラ大王でしょ? こっちの伝説は割と有名だから知ってるわ」

 エッチラオッチラ大王。かつてこの地を支配したと言われる伝説の大王である。エッツェンの語源はこの大王の名から来ていた。

「尤もこのエッチラオッチラ大王も、その実在は怪しまれているけど」

 トレミー1世以来、数多の歴史的資料を所蔵する大図書館でさえ、エッチラオッチラ大王の実在を示す資料は何処にも見当たらなかった。

「何しろトレミー1世の頃には、この地は既にエッツェンと呼ばれておったそうですからな。仮にエッチラオッチラ大王が実在したとしても、トレミー1世より遥かに昔。アトランティスと同じか、あるいはもっと古い時代やも知れませぬ」

「アトランティスでさえ、未だに良く分かってないものね。実在したのは確からしいけど、それ以上の事は殆ど何も」

「その事ですが姫、伝説ではエルランゲン族はアトランティスからこの地にやって来たとか」

「え? そうなの?」

「左様です、姫。エルランゲン族は遥々アトランティスからこのエッツェンへやって来たと伝えられておるのです。ラインの黄金を携えて」

「ラインの黄金!」

 これには今まで黙って話を聞いていたアリスとエラソーナ・スッテンテンも、思わず大声を上げずにはいられなかった。

「おほん! 昼食会ではお静かに」

 クレオパトラの咳ばらいに、二人は顔を赤くした。

「さて、エルランゲン族がラインを測量し、難所を掘削したところまで話を致しましたかな?」

「ええ。そうだったわ」

「さて、この大河ラインの名も、エルランゲン族がアトランティスより持って来たラインの黄金に因んで付けられたと、伝説では言われております」

「え、そうだったの?」

「左様です、姫。さて、大河ラインの名の元になったこのラインの黄金。これをエルランゲン族はある者達に譲り渡したのです」

「ある者達に譲り渡した?」

「はい。その者達とはローレライ。ラインに住むと言われる伝説のセイレーン、すなわち人魚でございます」

 人魚に関する伝説は妖精同様、世界各地にあった。但しいずれも、その実在は証明されていなかった。

「どうしてエルランゲン族はラインの黄金をローレライに?」

「ローレライは元々ラインに住んでいた先住の者達。それを後からのこのこやって来た人間達の為に、ラインを掘削しようというのだから、ローレライ達も黙っているはずがありません。そこでエルランゲン族は、損害賠償代わりにラインの黄金をローレライ達に譲り渡したのです」

「ふーん。その辺りは私達の良く知ってる公共工事とあまり事情は変わらないわね」

「恐らくこの伝説も、古に行われたラインの公共工事が元になって出来たものではないかと、私めは考えております」

「古のラインの工事かあ。それもやっぱり、アトランティス時代の出来事なのかしら?」

「それについては、また後ほど。些か話が横に逸れてしまいますのでな。何はともあれ、こうしてローレライ達はエルランゲン族よりラインの黄金を手に入れたのでございます。そしてここからが、エルランゲンの歌の本題になるのでございます」

「え? ここからが本題? って事は、今までは?」

「まあ、端的に行って前振りでございますな」

 そう言って首席補佐官はニッコリ笑った。



「その昔、チートムソードなる若者がおりました。この者は自らを異世界からの転生者だと名乗り、俺が本気を出すと世界が滅んでしまうから、俺は本気を出せないんだと常日頃からうそぶいておりました」

「あの、つかぬ事を聞くけど、そのチートムソードが主人公じゃないわよね、エルランゲンの歌って?」

「残念ながら姫よ、このチートムソードが主人公なのでございます」

「ええー!」

 クレオパトラの叫び声に

「昼食会ではお静かに」

 アリスとエラソーナ・スッテンテンの二人が、同時にそう言った。

「それでは続きを述べさせて頂きましょう。いい加減仕事に就けと、親から半ば勘当される形で家を追い出されたチートムソードは、職探しの途中で一人の女神と出会ったのです。彼女は男運が悪い事で有名な、とても残念な女神でした。二人はたちまち恋に落ち、結婚の約束にまで至りました」

「ああ、分かるわ! 駄目男につい胸がキュンキュンしちゃう女心って。だって私がそうだもの!」

 天を仰いでそう語るクレオパトラの言葉に

「そうなのか、ユークリッドの弟子よ?」

 エラソーナ・スッテンテンは隣のアリスにそう尋ねたが

「ごほん、昼食会ではお静かに!」

 アリスはその問いに答えず、神妙な顔で咳払いをした。

「しかし口先ばかりの男との結婚に、他の女神達は誰も祝福してはくれません。男運の悪い残念な女神は一計を案じ、チートムソードを英雄にする事にしました。その為に二人は竜退治に出掛けたのです」

「竜退治に?」

 竜も妖精や人魚同様、実在の証明されていない伝説の生き物である。

「当時、様々な英雄がおりましたが、その中でも竜殺しの称号を持つ者は英雄中の英雄と考えられておったのです。愛するチートムソードが竜殺しの称号を得れば、他の女神達からも二人の結婚が祝福される。男運の悪い残念な女神はそう考えたのです」

「竜殺しの称号ねえ。でもわざわざ竜退治なんかしなくても、観測者になって魑魅魍魎退治をすれば、英雄になれると思うんだけど」

「ところが姫、エルランゲンの歌の世界では、どうやら魑魅魍魎は存在しないようなのです。その代り、我々の世界では実在しないと考えられている妖精や人魚や竜が存在するのです」

「あらそうなの? でもエルランゲンの歌だって、この世界がモデルになって作られた物語でしょ? なのに魑魅魍魎が存在しないのって、何か妙よね。伝説の竜や妖精や人魚が存在するってのは分かるんだけど」

「確かに姫、私もその事については些か気になっておりました。この世界に存在しない物が物語の世界に存在するのは当然としても、この世界に存在する物が物語の世界に存在しないのは些か奇妙。とは言え、ここで立ち止まってしまっては先へ進めませぬ。話を先に進めると致しましょう」

「ええ、そうね。お願いするわ」

「では。称号を得る為、竜退治の旅に出たチートムソードと女神は、最強の竜と謳われるフーヴァーチョーカンの噂を聞きつけます。このフーヴァーチョーカン、世界中の権力者達がひた隠しにして来た秘密が書かれたファイル、エクスカリバーファイルを持ち、それ故に世界中の権力者達を脅し裏から操っていたと言われておりました。故にこのフーヴァーチョーカンを倒せば、エクスカリバーファイルが手に入り、世界の支配者となれるとも言われておりました」

「エクスカリバーファイルですって!」

「左様でございます。このエクスカリバーファイルは、元々ローレライ達が持っておりました。人は悪事を働く時、しばしば川に浮かぶ屋形船の中で密談を行うものですが、ローレライ達はその密談を川の中でこっそり聞いておったのです。そしてそれを、エルランゲン族から譲渡されたラインの黄金にしたためておりました。これを最強の竜、フーヴァーチョーカンが盗み出したのです」

「あらまあ! 屋形船の中だったら安心して悪事の密談が出来ると思ってたけど、そうは問屋が卸さなかったのね!」

「左様でございます、姫。壁に耳ありジョージにメアリーでございます」

「障子に目ありとも言うけどね」

 すかさずアリスがつっこんだ。

「ともあれ、フーヴァーチョーカンを倒し、竜殺しの称号と共にエクスカリバーファイルをも手に入れ、世界の支配者になろうとしたチートムソードでしたが、流石は最強の竜と謳われるだけあり、一筋縄では行きませんでした」

「ってか、チートムソードって、最強の竜を本気で倒せるって思ってたの? どう考えても、フーヴァーチョーカンに瞬殺されそうなキャラなんですけど」

「そこはご安心を。チートムソードは遠くの安全な場所からフーヴァーチョーカンを誹謗中傷していただけで、実際に戦っていたのは女神の方でしたから」

「あらそうだったの。じゃあ、チートムソードは安心ね」

「いや、駄目でしょ! 主人公として流石に!」

 思わずアリスは叫んだ。

「ごほん! ともあれ、女神とフーヴァーチョーカンの戦いは一進一退を繰り返しておりました。そして遠く離れた場所で悪口を言い続けたチートムソードも、ついには声が枯れる始末。そんな時でした。その英雄が現れたのは」

「英雄?」

「左様です姫。エッチラオッチラ大王をモデルにしたと言われる英雄がこのエルランゲンの歌の最後の方で出て来るのでございます」

「エッチラオッチラ大王をモデルにした英雄? ってか、この物語の英雄ってチートムソードじゃなかったの? まあ、そうじゃないって事は、最初から薄々気付いてたけど」

「仰る通りです、姫。この物語の真の英雄は名はエチゼンノカミ。エッチラオッチラ大王をモデルにしたと言われておる者で、この物語の中ではエルランゲン族の英雄と謳われております」

「エルランゲン族の英雄、エチゼンノカミ? この物語の真の英雄? あっ! もしかしてこのエチゼンノカミが最後にフーヴァーチョーカンを倒しちゃうとか? それで主人公のチートムソードを差し置いて最後に美味しい所を全部持ってっちゃうから、この物語の名前がエルランゲン族の英雄に因んでエルランゲンの歌になったとか?」

「それは些か早計でございますな、姫。確かにこの物語の名前がエルランゲンの歌になったのは、エルランゲン族の英雄エチゼンノカミに因んでの事で間違いはありませんが、しかしその英雄エチゼンノカミは、フーヴァーチョーカンを倒したわけではございません」

「え? そうなの? じゃあ、フーヴァーチョーカンは誰が? まさかとは思うけど、チートムソードが?」

「いやいやいや、姫。それは天地がひっくり返ってもありません。というか、フーヴァーチョーカンは誰にも倒されてはおらぬのです」

「え? じゃあ、女神が逆にフーヴァーチョーカンに倒されちゃったの?」

「いいえ。女神も倒されてはおりません」

「え? 一体どういう事? フーヴァーチョーカンも女神もどちらも倒されてないって?」

「結論から言えば、双方引き分けたのでございます。英雄エチゼンノカミの鮮やかな手腕によって」

「エチゼンノカミの鮮やかな手腕?」

「エチゼンノカミはまず、懐から金貨三枚を取り出し、それで強引にフーヴァーチョーカンからエクスカリバーファイルを買い取り、それをローレライ達に返したのです」

「まあ! 金貨三枚でエクスカリバーファイルを買い取ったの。なかなか気前がいいわね、エチゼンノカミ」

「その後、エチゼンノカミは遠く離れた場所にコソコソ隠れていたチートムソードを引っ張り出して来て、彼から金貨一枚を脅し取りました。因みに当時の金貨一枚の単位は一両と言いました。よってチートムソードは金貨一両を損した事になります」

「なるほど。確かにそういう計算になるわね」

「次にエチゼンノカミは、先程フーヴァーチョーカンに渡した金貨三枚、すなわち三両から無理矢理一両を返してもらいました。よってフーヴァーチョーカンも一両の損」

「なるほどなるほど。確かにそうね。一見、金貨三両得したようにも思えるけど、それはエクスカリバーファイルを売った対価なんだから、それが二両になっちゃったら結局一両の損なのよね」

「左様でございます、姫。そしてエチゼンノカミ自身、エクスカリバーファイルをフーヴァーチョーカンから三両で買い取り、それをローレライ達に返してしまいました。つまりその時点で三両の損。その後、チートムソードとフーヴァーチョーカンから、それぞれ一両ずつ、合計二両を奪った結果、その損は一両。すなわち、チートムソードもフーヴァーチョーカンも、そしてエルランゲン族の英雄エチゼンノカミも、皆それぞれ一両ずつの損!」

「確かにそうね! 皆、一両ずつ損してるわね!」

「エチゼンノカミは、これぞ三方一両損なり! と大声でのたまうと、これにて一件落着! と叫び、威風堂々とその場を立ち去りました。後に残されたチートムソードと女神とフーヴァーチョーカンは、ただただ唖然とするばかり。もはや戦意も喪失してしまい、戦いは引き分けに終わったのでした」

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