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一瞬の隙

「エラソーナ・スッテンテン!」

 スミダイル水軍の一艘の船から、一人の人物が大声を張り上げた。

「何だ? 誰かと思えば、シャギー・ムケイン提督ではないか。これは懐かしい!」

 ムケイン家は代々スミダイル水軍の提督を仰せつかって来た家柄であった。

「懐かしいじゃねえよ! 散々な目に会わせやがって!」

 シャギー・ムケイン提督を乗せた船は、屋形船の近くまでやって来た。

「これは申し訳ない、提督。我輩、ふとある大事な事を思い出してな」

「大事な事だ?」

 ずぶ濡れのシャギー・ムケイン提督が、あからさまに怪訝な表情を浮かべた。

「我輩、以前お前さんに投資話を持ち掛けただろう?」

「ああ、そうだ! そんでおめえの口車に乗った俺は、散々な目に会ったんだ!」

 シャギー・ムケイン提督もエラソーナ・スッテンテンの投資話に金を出した、数少ない人物の一人だった。

「そんな我輩、ふとした事から大金を手に入れてな。それでお前さんに今までの借金を返さねばと思っていたのだが、なかなかお前さんに会う機会がなくてな。それで、ちょいと手荒だったが、このような真似をさせて貰った次第だ。ふっはっは!」

 エラソーナ・スッテンテンは懐から金貨のたんまり入った袋を取り出すと、シャギー・ムケイン提督が乗る船に飛び乗った。

「おいこら、エラソーナ・スッテンテン! 借金返してくれるのはありがてえんだが、こんな所でそんな大金渡されると、賄賂貰ってるみてえで、変な誤解を招くじゃねえか!」

「ふっはっは! だからこそ、我輩お前さんらの船の松明を消してやったのではないか。これで遠くからは、お前さんが我輩から金を受け取ってる姿が見られる心配はない。ふっはっは!」

「いや、遠くの連中はともかく、こんな暗い中でこんな金の遣り取りをしてたら、近くの連中からは思いっ切り不審な目で見られると思うんだがな」

 シャギー・ムケイン提督のその言葉に、今まで緊張感の漂っていた水軍の船内からは笑い声が漏れた。

「まったく、仕方ねえ! こうなっちまったら破れかぶれだ! おめえら、今日のお務めはこれで終いだ。今日は折角の花火大会だ。野暮な事は言いっこなしにして、この金でパーっとやろうじゃねえか!」

 その言葉に、水軍の船内からは大きな掛け声が次々に響き始めた。

「へっくしゅん!」

 シャギー・ムケイン提督の大きなくしゃみに

「おっと、これは気が付かんで申し訳ない」

 エラソーナ・スッテンテンはそう言うと、洗濯とシャワーを節約する魔法を水軍全体に掛けた。



 やがてアリス達が乗る屋形船の周りに大量の屋形船が現れた。スミダイル水軍が偽装したものである。スミダイル水軍の船には屋形船に偽装する機能が備わっていた。この機能は主に、水上での犯罪取り締まりの際の、尾行や見張りの時に役立った。

「しかし姫さんまでいるとはな。生きてる事はカッツの奴から聞いていたが、王都に戻って来てるとは驚いたぜ」

 シャギー・ムケイン提督は今、アリス達の屋形船に乗ってエラソーナ・スッテンテンと酒を酌み交わしていた。

 他の部下たちは提督から渡された金で川岸に並ぶ料理屋から酒やら料理やらを仕入れると、屋形船に偽装した船内で本物の屋形船よろしく宴会に勤しんでいた。

「何と、お前さん、カシュー・カッツ提督からクレオパトラが生きている事を聞いておったのか!」

 カシュー・カッツ提督はエドマエ海を管轄するエドマエ艦隊の提督である。

「そもそも三年前のクレオパトラの王都脱出は、ヒッパリダコスとキンさん、それに我輩とカシュー・カッツ提督の手引きで為されたもの。当然、他言無用のはずだったのだが」

 三年前、死んだ事になったクレオパトラは、ヒッパリダコスやキンさんの手引きで山の手の邸宅からカシュー・カッツ提督の待つワレコランドリア港まで密かに運ばれた。そしてエドマエ艦隊に潜り込んで密かに王都を脱出したのである。その間、エラソーナ・スッテンテンは陽動で借金取りを大勢引き連れ、王都中をドタバタと走り回っていた。

「あの野郎は意外におしゃべりだからな。まあそれでも、俺以外には話しちゃいねえようだが」

「そう言えば我輩、かれこれひと月近く王都にいるのだが、まだ一度もカシュー・カッツ提督には会ってないな」

 カシュー・カッツ提督もエラソーナ・スッテンテンの投資話に金を出した数少ない人物の一人だった。

「奴さん、丁度ひと月前にヘラクレスの柱へ向かって出航しちまったからな。入れ違いになっちまったんだろ」

 ヘラクレスの柱はエドマエ海の西の果てにある、世界の果てとも呼ばれる地であり、ヘラクレスの柱奉行所によって管理されていた。

 伝説によれば、かつてこのヘラクレスの柱の更に西の海に、アトランティスと呼ばれる高度な文明を誇った大陸が存在していた。そしてその伝説を裏付けるかのように、ヘラクレスの柱ではアトランティスの物と思しき遺物がしばしば発掘されていた。

 これら遺物は、全て一旦ヘラクレスの柱奉行所に集められ、目録が作られた後、大図書館へ運ばれる手筈になっていた。

 エドマエ艦隊の主な任務は、この遺物を無事に大図書館まで届ける事だった。何しろこれら貴重な遺物は蒐集家にも大変人気があり、それに目を付けた密売組織に横取りされる危険が常にあった。密売組織は時に海賊を雇い、船で運ばれる遺物を盗み出させる事すら行っていたのである。

「それにしてもカッツの野郎。若造のくせしてあの面従腹背ぶりは大したもんだぜ。あのタイロン・イイネ相手に、表向きはへいこらしながら、その癖、裏では全く言う事を聞きやがらねえんだからな。全く、羨ましいったらありゃしねえぜ」

「まあ、お前さんらスミダイル水軍と違って、エドマエ艦隊は実質、大図書館の傘下にあるようなものだからな。大図書館を言い訳にすれば、大執政官の命令だろうとのらりくらりとかわせるのだろう」

「まあ、理屈じゃそうかも知れねえが、それでも普通はあそこまであからさまにやりゃあしねえからな。やっぱり奴は大した若造だぜ。全く、出来るもんなら俺もあんな真似してみてえぜ」

 船の外では相変わらず景気良く花火が打ち上り、祭りの主役の座を譲る気が無いかの如く天空に大きく咲き誇っていた。

 眠り続けるクレオパトラの頭を肩で支えるアリスは、すぐ横の彼女の温もりを心地良く感じながら、目の前の二人の会話に何気なく耳を傾けていた。

 この世界では多くの人々がそれぞれの宿命に縛られて生きて行く。ならばこの世界に真の自由はあるのだろうか? そんな疑問がアリスの頭にふと浮かんだ。

 ジオメトリーの本質は、その自由性にある。

 そしてアリスは、かつて師のユークリッドが言ったその言葉を思い返した。



「しかし気になるのはタイロン・イイネだ。正直なところ、奴さん何を考えてるかさっぱり分かりゃしねえ。今日だってお忍びで花火見物に出掛けたオ・ウォリー公をとっ捕まえるのに、スミダイル水軍を全軍出動させろとの無茶な命令を出して来やがった。非番の連中も含めて全軍だぜ。本来、半数は非番だってのによ! だからどいつも、本来なら二年にいっぺんは花火大会を楽しめる手筈になってたんだ。ところがタイロン・イイネの野郎、その楽しみを台無しにしやがった! エラソーナ・スッテンテン。正直言えば、お前さんのお陰で助かったぜ!」

「ふっはっは! シャギー・ムケイン提督! そう褒められても何も出んぞ! ふっはっは!」

 エラソーナ・スッテンテンはそう高笑いすると、一転して真剣な表情で話を続けた。 

「確かに我輩も疑問に思っておった。オ・ウォリー公ひとりを捕まえるのに、何故これだけのスミダイル水軍を動かす必要があるのかと。何か裏がありそうな気がしてならんのだが」

「あるとすりゃあ、狙いは恐らく大図書館だろう。何しろ今のタイロン・イイネにとって、大図書館は唯一の目の上のたん瘤。その力を削ごうと、虎視眈々と機会をうかがってるはずだ」

「つまりシャギー・ムケイン提督、お前さんはタイロン・イイネ公が近々大図書館に手を出すと?」

「お前さんが館長やってるんならともかく、今の館長はあの事なかれ主義のヒッパリダコスだからな」

「だがコフウ公が黙っていないだろう。それに下町にはキンさんもいる。下町奉行所はエドマエ艦隊同様、実質、大図書館の傘下だからな」

 王都の下町は世界一魑魅魍魎が現れやすい場所である。故にその治安を守る下町奉行所は、魑魅魍魎退治の総本山でもある大図書館の実質傘下と言える存在だった。

「その事なんだが、エラソーナ・スッテンテン。エッツェン公とミトゥの御老公、それにヨッスィーツ・フィツヴァ・スィー君にオ・ウォリー公が王都の邸宅で蟄居を命じられ、親衛隊に邸宅が囲まれてるわけだ。そしてこの四家の邸宅はコフウ家の邸宅にも近い。いつでも親衛隊が駆け付けて取り囲める程にな。つまりタイロン・イイネがエッツェン公達を蟄居させた真の狙いは、コフウ家を実質的に親衛隊で取り囲む為だったんじゃねえかと俺は睨んでる」

「え?」

 シャギー・ムケイン提督の見解に、今までぼうっとした顔で話を聞いていたアリスも、思わず声を漏らした。

「お前さん、起きていたのか。ユークリッドの弟子よ」

「何? そこの嬢ちゃんだか兄さんだかはユークリッドの弟子だったのか!」

「男だし、二十歳過ぎてるんですけど。シャギー・ムケイン提督」

「おっと、そうだったのかい! まあ姫さんも隅に置けねえな。はっはっは」

「それより、シャギー・ムケイン提督。さっきの話なんですけど?」

「兄さんも気になるかい?」

「そりゃもう。タイロン・イイネ公の真の狙いが王の親衛隊でコフウ家を取り囲む事だったなんて聞いたら」

「確かにユークリッドの弟子よ。我輩もそこまでの狙いがあったなどとは今の今まで想像もつかんかった」

「そこがタイロン・イイネの怖さの一つだ。そんな事を平然とやってのける男だからな、奴は。コフウ公を実質軟禁状態に置いた奴は、大図書館にも手を出して来るだろう。今はエドマエ艦隊もヘラクレスの柱に行っちまって、この王都にはいねえからな」

「でも、そもそも大図書館には大勢の観測者がいるわけですから。おいそれと手を出せるとは思えないんですけど」

「そこなんだよ、兄さん。確かに大勢の観測者がいる大図書館にはおいそれと手は出せねえ。ましてや今は大図書館主催の花火大会の真っ最中だ。世界中から大勢の観測者が手伝いに駆り出されてる。そんな中、大図書館に手出しするなんて馬鹿な真似はしねえだろうと誰もが考える。しかしタイロン・イイネの野郎はそんな常識の隙を突いて来やがる。油断しねえ事に越した事はないと思うぜ」

「うーん、常識の隙ねえ……」

 そう言いながら目を閉じたアリスは、しかし突然、目を大きく見開き

「分かった!」

 大声でそう叫んだ。

「どうしたのだ、ユークリッドの弟子よ?」

「おっさん! 確かに今、大勢の観測者が世界中から花火大会の手伝いに来てるけど、でもその人達って、このスミダイルに集まっちゃってるでしょ? それどころか、いつもいるスタッフの殆ども!」

 アリスのその言葉にエラソーナ・スッテンテンは一瞬大きく目を見開くと、急いで舟の舳先まで駆け出し、大きく飛び跳ねた。偽装したスミダイル水軍の屋形船の屋根を次々に伝いながら、岸まで飛び跳ねて行ったエラソーナ・スッテンテンは、下町の暗がりの中を素早く駆けて行った。

「エラソーナ・スッテンテンの奴、どうやら大図書館へ向かったようだな」

「僕達もおっさんを追いかけてこれから大図書館へ向かいます」

「なるほど。俺らの立場じゃ、兄さん達に味方してやれねえが、それでもやれるだけ邪魔しちゃみるよ。それじゃあ達者でな。姫さんが目を覚ましたら、宜しく言っておいてくれや」

 そう言い終えると、シャギー・ムケイン提督は近くのスミダイル水軍の船に飛び乗った。

 アリス達を乗せた屋形船は、急いで岸まで向かった。

 アリスは船宿で、最も速い船を借りると、ありったけの船頭を雇い、クレオパトラを乗せエドマエ海までまっしぐらに進んだ。続いて大きく左へ曲がると、海上を大図書館へ向かって突き進んだ。



 丁度その頃、山の手奉行所が王の親衛隊を引き連れて下町へ押し寄せ、下町奉行所と押し問答になっていた。山の手奉行所の話では、一発の花火が不発となって王宮近くに落下したとの事だった。これが故意なのか事故なのか判然としない為、大執政官の命により現場保存の為、花火の打ち上げ元の下町を封鎖するとの事だった。



 アリス達の乗る船が大図書館に近づいた時、そこには大灯台のように明るく輝く大図書館の姿が見えた。それは一瞬、火災と見紛う程の松明の灯りだった。

 アリス達の乗る船は、大図書館近くのワレコランドリア港へ着くと、そこでアリスとクレオパトラを降ろした。アリスはクレオパトラの手を取り、物陰に身を隠しながら大図書館へ近づいて行った。

「ア、アリス! 私、ちょっとやばいかも!」

 クレオパトラはそう言って口を押えた。

 しこたま酒を飲んだクレオパトラは、船の揺れと相まって、いつ吐き出してもおかしくないような顔色だった。

「クレオパトラ。これを飲んで」

 アリスが何かの薬と水を彼女に差し出した。

「少しの間だけ、酔いを抑える事が出来るから」

 クレオパトラは差し出された薬を一気に飲んだ。

「はあ。少し収まったわ、アリス」

「それは良かった。じゃあ、行こう」

 二人は大勢の王の親衛隊が掲げる松明の灯りを避けるように大図書館の敷地に入ると、庭を進み勝手知ったる館内に潜り込んだ。

 アリスはオリハルコンのものさしを腰に下げた巾着袋から取り出すと、クレオパトラに向かって言った。

「君もオリハルコンのものさしを用意しておいて」

 しかしクレオパトラは、返事をするのも辛そうに僅かに頷くだけだった。

 どうやら酔い止めの薬の効果が切れて来たらしい。

 二人が暗い廊下から煌々とした広い部屋へ出ると、そこには松明を掲げた大勢の親衛隊の前に立ちはだかるエラソーナ・スッテンテンの姿があった。

「お前さん達、やっと来たか」

「おっさん! 今どういう状況?」

「見ての通りだ。奴さん達、よりによってこの大図書館が八千年に亘って集めた書物を人質に取りおった。妙な真似をすれば、いつこの書物が炎に包まれるか分からんなどと抜かしおってな」

「な、なんて非道なの……」

 クレオパトラが這う這うの体で言った。

「だが、ヒッパリダコスを脅すには、一番のやり方だ。ヒッパリダコスだけではなく、我輩達観測者を脅すのにもな」

 エラソーナ・スッテンテンが苦々しい表情を浮かべて言った。

「書架の前でこうも松明を掲げられては、我輩も迂闊には手が出せん。せめて一瞬でも隙があれば良いのだが……」

 しかし精鋭達の揃う王の親衛隊に、そのような隙を期待するのは無理があった。そのような隙を見せる者に王の親衛隊など到底務まらないからだ。

 じりじりと緊張漂う時間だけが経過して行った。

「やがてヒッパリダコスが青ざめた顔でやって来るだろう」

 親衛隊の隊長格と思しき人物がそう言い、不敵な笑みを浮かべた。

 しかしその時だった。アリスの横の青ざめた顔の人物が

「アリス……私、もう駄目……」

 涙目でそう言った。

 その途端、アリス達の立つ床に、大量の吐しゃ物が広がった。



 それはほんの一瞬だった。しかしそれで十分だった。かつて王都の花とも謳われた人物が、よりによって神聖な大図書館で大量のゲロを吐く。それは精鋭揃いの王の親衛隊に一瞬の隙を作らせるには十分な出来事だった。

「全く! よりによって神聖な大図書館を汚すとは!」

 そう呆れた顔をしながらも、エラソーナ・スッテンテンの前には巨大な魔法陣が展開されていた。

「元々この大図書館のプールは防火用だったな」

 エラソーナ・スッテンテンはそう言い終えると、不敵な笑みを浮かべた。そしてその途端、魔法陣から現れた巨大な水の塊が建物全体を覆った。それは大図書館付属の巨大プールを水源にしたものだった。

「ちょっとおっさん! ゲロ洗い流すにしたって、これはやり過ぎでしょ!」

 アリスがびしょ濡れになりながら言った。

「まあ、細かい事は言いっこなしだ、ユークリッドの弟子よ。ふっはっは!」

 既に親衛隊の掲げる松明は全て消え、松明はもとより親衛隊も書架の書物も全てがびしょ濡れになっていた。

 その途端、ヒッパリダコスが姿を現し、びしょ濡れになった書物を見るなり青ざめた顔をした。

「こら! エラソーナ・スッテンテン! よりによって大図書館の書物をびしょ濡れにしおって!」

「ふっはっは! 親衛隊の諸君! 確かに諸君の言う通り、ヒッパリダコスが青ざめた顔をして現れたな。ふっはっは!」

「エラソーナ・スッテンテン! 御託はいいから、さっさと書物を乾かさんか!」

 ヒッパリダコスの剣幕に

「おっと! これは失敬!」

 エラソーナ・スッテンテンは洗濯とシャワーを節約する魔法を大図書館全体に掛けた。



「で、親衛隊諸君。花火大会へ向けてなかなかの余興だったが、大執政官タイロン・イイネ公に何かお礼のメッセージを送った方が良いかね? 今ならいくらでも祝砲のお礼を返せるのだが。ふっはっは!」

「無礼者め! 恐れ多くも王宮へ向かって祝砲などと、言語道断! 王宮に仇なす者を我ら親衛隊容赦せぬ!」

「無礼者はどっちだ! この大図書館に仇なしておきながら、何という不届き千万! 王の親衛隊ともあろう者が恥を知れ!」

 ヒッパリダコスが怒りにわなわな震えながら叫んだ。これには親衛隊もバツが悪そうに眼を背けた。

「まあまあ、ヒッパリダコス君、そう怒りなさんな。そして親衛隊諸君、諸君の言う事もごもっとも。ならば諸君、逆に言えば王宮でなければいくらでもお礼を返して良いという事だな?」

 そう言ってエラソーナ・スッテンテンはニヤリと笑った。

「そ、それは……」

 そう言い淀む親衛隊の隊長格を制止すると、エラソーナ・スッテンテンは彼らを帰した。

「おっさん、何で帰しちゃうのさ? 捕虜にすればいいのに」

「連中を捕虜にしたところで、相手があのタイロン・イイネでは事態が好転するわけでもないからな。それより我輩、大図書館を優先して先にここへ来たが、下町のあちこちにも親衛隊が侵攻していた。早急になんとかせんとな」

「その通りだ、エラソーナ・スッテンテン。今や親衛隊は、下町奉行所を押し切って次々に下町に入り込んでいる」

 ヒッパリダコスは沈痛な表情で述べた。

「このような事は考えたくもなかったが」

 ヒッパリダコスは俯いたままそう言うと

「エラソーナ・スッテンテン。もし貴様が今もこの大図書館の館長だったならと、つい思ってしまうのだ」

 顔を上げ、エラソーナ・スッテンテンの顔を見ながら微かに微笑んだ。



「これより大図書館は、戒厳令を発令する!」

 ヒッパリダコスが大勢の観測者の前で高らかに宣言した。

 観測者達の総本山でもある大図書館には、魑魅魍魎の猛攻に備えて、戒厳令を発令する権限が王より与えられていた。但しその対象範囲は、王都の下町及びムセイオンの存在する世界各地の都市に限られていた。これらは魑魅魍魎が最も現れやすい場所である。

 つまり大図書館は、魑魅魍魎の大きな被害が予想される地域に限定して戒厳令を発令する権限を、王から与えられていたのである。

 戒厳令の発令と同時にその対象地域は全て、大図書館の守護下に入る。この時、下町奉行所及びエドマエ艦隊、ヘラクレスの柱奉行所及び王宮からムセイオンの存在する各都市に派遣されている守備隊は、執政官の指揮命令下から、大図書館の指揮命令下に移行する取り決めになっていた。

 これらは全て、魑魅魍魎の猛攻を円滑に防ぐ為という理由から大図書館に与えられた権限だった。

 


 大図書館は解放されたものの、下町各地は数万もの王の親衛隊が未だ闊歩していた。

 大図書館に集まった数多の観測者達は、王の親衛隊が警戒する下町各地に偵察に出掛けた。

「大図書館館長殿。この時を待っておりやした」

 キンさんがヒッパリダコスの前で片膝をつき頭を垂れた。

 そして颯爽と顔を上げると

「これより下町奉行所、体制を立て直し、親衛隊をこの下町から追い出してご覧にいれやしょう!」

 見得を切るように言い放った。

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