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建前とはいえ、一年間出版社を休職して英米文学を学ぶことになっている私のために、王子と同じ大学院に通う留学生という立場が用意されたらしい。それも、王子と同じ社会科学部。
「らしい」というのは、そう聞かされたのが、出発直前、必要だったら日本語の参考文献をそろえておくといいと言われたからだ。
寝耳に水とはこのことだ。
大学院に入学する? 私も?
私の決心が鈍らないよう、直前まで隠しておいたに違いない。
あいつら!
なにを用意すればよいのかもわからず、仕事の引継ぎのかたわら、あわてて高機能の電子辞書を入手した。あとは、スマートフォンとパソコンが頼りだ。
英米の大学院は、さらに学びたい学生の進学先ということもあるが、一度社会に出て働き始めた人が、専門分野を深めるために再び勉強しに戻ってくることが多い。だから、学生といっても様々な年齢の人がいるし、働きながら通っている人もいる。ただいえるのは、それだけみんな本気で勉強しているっていうこと。
いや、日本と比べてどうこういいたいのではなく、つまり、私は不安なのだ。
そんな人たちと一緒に、勉強なんかできるのだろうか。
一抹の不安を覚えつつ、着陸した旅客機から降り入国審査に向かった。
迎えをよこすと聞かされていたが、入国ゲートの向こうに待っていたのはおよそ2ヶ月ぶりに見るルークだった。
「やっぱり、外国でも目立つのね」
「えっ?」
「ううん。なんでもない」
ルークは、外国で見ても恰好よかった。
すれ違う若い女の子たちの視線を集めているのは、気のせいじゃない。
「疲れてない? 少しは飛行機で寝れた?」
ルークが、さりげなく私からスーツケースを受け取り、外に案内する。さすが、スマートな動き。
「うん。大丈夫。わざわざ迎えに来てくれて、ありがとう」
本当は一睡もできなかったのだが、なにも本当のことを言う必要はないと考え、適当にあわせる。
「それはよかった」
そうにっこり笑った顔は、破壊力があった。
ルークも王子のお目付け役として、王子と一緒に大学院生になる。
だから、大学で話す時に不自然にならないよう、敬語ぬきで話すように頼まれていたのだ。ちなみに、ルークは23歳になるから、私の方が4歳も年上だ。
でも、未だに慣れない。
「ルークが来るなんて予想してなかった。忙しそうだったけど?」
「うん、まあ。でも、ここに来るのを言い訳にして息抜きが出来たから、ちょうど良かった。今は、カミーロがカイと一緒だよ」
「四六時中、だれかが一緒にいなければいけないの?」
「できれば、所在だけでも把握しておきたい。でも今日は、夜に公務があるから、逃げられないように文字通り見張ってるんだ」
公務から逃げ出す王子って‥‥‥
「なんだか本当に大変そう」
「うん、でももう慣れたよ。ぼくはカイの従兄弟だからね。年が近いから、一緒に育てられた。友人としてってこともあるけど、お目付け役兼護衛っていう意味合いもある。あ、ここでちょっと待とう」
車寄せに着くと、ものの数秒で黒い高級車が目の前にとまった。
運転手がトランクにスーツケースを入れる間に、私とルークは後部座席に座る。
運転席と後部座席の間に、会話が洩れないよう透明な仕切り板がある車だ。本物は初めて見た。
「まあ、あいつはちょっと変わっていて、ちょっとしたすきに抜け出す名人だから、君の存在は本当に助かるんだ」
静かなエンジン音とともに、車が発進した。いくつかのカーブを経て高速道路に入ると、一路ロンドン市内へ向かう。
「この時間は少し混むけど、一時間もしないで着くと思うよ。ところで、ご実家の方は問題なかった?」
「ええ、勉強するって言ったら、すんなりOKしてくれた。今はどこにいても簡単に連絡がつくから、とくに心配もないみたい」
良かった、といってにっこりするルーク。




