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パディントン・ベアの舞台となったことで有名なパディントンの駅近くで車を降りると、目の前には古びたコンクリートの建物があった。
ここが、私が一年間滞在する場所、ロンドン市内の大学院に通う大学院生専用の寮だった。ロンドンにあるどの大学院に通っていても入れるし、希望すれば個室ももらえる。
ロンドンの住宅事情は日本とはかなり違う。一人暮らしなんて、ふつうの人はできないほど家賃が高い。だから学生やまだ働き始めの若い人はフラットをシェアする。いわゆるフラットメイトというやつだ。
地方や外国からやってきた大学の新入生は最初に寮に入っても、友だちや恋人を作ってからだんだんとフラットシェアに移っていく。
始めから寮に入らず、フラットメイト募集の張り紙に応募して、間借りすることもできるが、少し難易度が高い。自分のライフスタイルに合う滞在先を見つけられるかは運しだいだ。とくに衛生面。
ルークは、私のために一人暮らし用の部屋を用意するといってくれたが、せっかくの機会だからと寮に変えてもらった。一日中拘束されているわけではないのだ。自由時間にミュージカルや美術館にも行きたいし、友だちができたら最高だろう。そして、友だちを作るには、寮の方が都合がいい。
入寮の手続きをしてから、割り当てられた個室へ向かう。
内部は古い安宿みたいだと思ったら、本当に昔は宿だったのだという。
5階に上がり407号室を開けると、そこにはゆうに12畳はあるかという個室だった。ベッドもダブルベッドで清潔そうなシーツがもう用意されていた。ミニキッチンスペースに冷蔵庫も、シャワーとトイレもある。作りはビルと同様に古いが、不潔という感じではない。
「どう?」
「割と快適そう。日本で住んでいた部屋より広い感じ」
「前にも言ったけど、食事は地下の食堂でも食べられる。料理をしたいなら、少しづつ買いそろえるといいよ」
さらに、週に一回、掃除をしに来てくれる人がいるらしい。シーツも変えてくれるし、コインランドリーも備わっているという。
「なんだか、寮というより簡単なホテルみたいね」
感想を漏らしながら木枠に囲まれた窓に近寄り、外を見る。
木に囲まれた中庭と、色とりどりの花が咲きほこる花壇が見えた。芝生にねそべって、読書をしている人もいる。同じ寮生かもしれない。
「あっちの方角にケンジントンパークとハイドパークがあるからね。天気がいい日は、行ってみるといいよ」
とルーク。
窓を開けると、さわやかな夏の空気が入り込んだ。
青い空にたくさんの緑、煉瓦でできた建物。向かいの建物の窓には、いくつもの鉢植えが置かれていて、花々がやさしく揺れている。
なんだか、思っていたのと違う。ロンドン生活って、すごく楽しそうじゃない?
自然と顔に笑みが浮かんだ。
そのあと、ルークはいくつかの連絡事項を伝えると、さわやかな笑みを残して帰って行き、私はしばらくの間、荷解きに専念した。




