第三話《 ライラ・リーンハルト 》
語り手はライラ・リーンハルトです。
----ライラ・リーンハルト----
私ライラ・リーンハルトとロイズとの間に子供が産まれました。
あの人と私の相性もあったとは思いますが、もともと私達エルフの女性は人間よりも子供が出来にくいと言われています。
そんな私達の間にようやくできた男の子。
私達はシグルスティア・リーンハルトと名付けました。
私は凄く凄く辛かったことしか覚えていませんでしたが、ジェイナに言うには難産だったようです。
シグルスティアも産声こそ普通にあげてくれましたが、それからは全然泣きませんでした。
私達もジェイナも凄く焦ったことを覚えています。
ハーフエルフであるシグルスティアの耳は当然長く、丸くて大きな目は私と同じサファイアの様な青色です。
肌も色白だし自分で言うのもなんですが、顔立ちも私に似ていると思います。
ロイズは、
「俺に似ているところが見つからないよ、小さい頃のライラを見ているみたいだ。」
なんて自信なさげに言っていましたが、安心してちゃんと私と貴方の子ですよ。
シグルスティアの髪は真っ白でした。
白は魔族特有の髪色で白髪の人間は居ません。
ううん、魔族にもそんな多くは居ないくらい珍しい髪色なのです。
言い伝えによると三千年前に世界に絶望をもたらした魔王の髪色が白だったと言われています。
そのせいで白髪は忌み嫌われています。
大人達にはエルフなのだからとわかってくれる人もいるでしょう。
ダークエルフは白髪の産まれる確率が高く、エルフはダークエルフ程ではありませんが産まれる確率はゼロではありません。
この子は髪のことで苦労するでしょう。
私のせいで、私が魔族だから。
私だけでも、この子をしっかりと愛してあげなければ。
愛しのシグ、忘れないでお母さんはあなたがどんな外見だろうとあなたは大事な私の子供。
愛しているわ。
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シグルスティアは私の心配や不安とは裏腹にすくすく育ちました。
ジェイナが言うには体が多少弱いらしいけど、概ね普通の男の子と変わらないらしい。
本当によかった。
最近じゃ一人で歩けるようにもなり、家中を駆け回っている。
とても元気だ、この子のはしゃいでいる姿を見ると安心する。
今日はシグが服入れの上で倒れているのを発見した。
心臓が止まってしまうかと思った。
私は自分が医者であることも忘れて、シグを抱き抱えロイズとジェイナのもとへ走った。
シグがっ、シグがって、涙が出そうになりながら子供みたいに泣きついた。
二人に諭されて平常心を取り戻し調べてみると、ただ疲れて眠っているだけだった。
確かに取り乱した私にも非はあるけど、勘弁してもらいたい。
本気で怖かったんだから。
私はこの日シグを抱きしめて眠った。
シグも大きくなってきたので仕事を再開した。
子育て中も緊急の治療は引き受けていたけど、基本的にはお休みしていた。
この村には医師は私しかいない、シグと居られる時間が減るのは悲しいけど仕方がない。
私は毎朝シグを撫でてから家を出た。
特に意味はない。
ジェイナは何度も私にシグの傍にいるようにと言ってくれた。
私の役目も知っているだけに強くは言ってこない。
ジェイナとシグは本当の親子の様だった。
シグもジェイナが本当の母親だったらもっと幸せだったのだろうか。
何を言っているんだろう、こんなこと考えるのはみんなに失礼だ。
やめよう。
仕事から帰ると嬉しそうな満遍の笑みを浮かべたジェイナが居た。
この子が自分の感情をここまで表に出すのは珍しい。
昔はそうでもなかったが、メイドとなってからはできるだけしっかりものであろうと努力していたのも知っている。
いったい何があったのだろう。
「ほら、シグルスティア様。」
「じぇ、ジェーナ・・・。」
「ね?シグルスティア様が私の名前を呼んでくださったの!」
頭が真っ白になった。
この時の私はシグがしっかりと人の名前を呼べたことを喜ぶ余裕はなかった。
シグは誰よりも先に、私でも、ロイズでもなく、ジェイナの名前を呼んだのだ。
朝のこともあり一層絶望感を感じた。
この子を誰よりも愛し大切にしようと決めたのに、私はこの子に何をしてあげたのだろうか。
だいたいジェイナもジェイナだ。
呼んでもらえたのが嬉しかったのはわかるけど、何も私の前で呼ばせる必要はないじゃない。
「さあ、ライラも__」
「あっそ!良かったわね! なに?わざわざ自慢するために玄関で待っていたの?」
違う、知っているでしょ。
ジェイナはいつも私やロイズが帰る時は玄関で出迎えてくれている。
言いたくもない言葉が口から出る、塞ぎたくても塞がらない。
ぶつけてぶつけて。
最初はジェイナも言い返してきたが、そのうち黙って言い返しては来なかった。
私が一方的に暴力を言葉にしてぶつけているだけだった。
「すみません奥様、私が無神経でした。」
ジェイナは謝った。
違う、そうじゃないの。
攻めて欲しかった、謝って欲しかったわけじゃない。
ジェイナは賢い、今の私の心情も怒りもすべて理解してくれたのだろう。
彼女は本当に良い友人だ、私にはもったいないくらい。
そんな彼女に私は__。
ぽつんとシグは何も言わずに私達を見ていた。
いったい何を思っているのだろう、こんな最低な母親を見て何を思うのだろう。
私はシグが怖くて見れなかった。
逃げるように寝室へと走った。
ベッドに潜り込んで泣いた、自分が嫌で泣いた。
その日の夜、シグは寝室へと来た。
寂しくて寝れません、そう言っていた。
いつも一人で寝ているのに、初めて自分から一緒に寝たいと言ってきた。
私は正直まだシグを見たくはなかった、気持ちの整理がまだついていなかった。
でも今ここでこの子を突き放したら私は本当に戻れなくなる。
「おいでシグ、一緒に寝ましょう。」
怖かったはずのシグを抱きしめると不思議と心は休まった。
暖かい、こんなにこの子は暖かかったんだ。
「おかーさん。」
「なあに?」
「僕は、おかーさんが大好きです。」
その言葉だけで私は救われた。
こんな小さな子供の大きな一言で。
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ある日ジェイナが驚くことを言ってきた。
「奥様、シグルスティア様をお仕事場に連れて行ってあげてはいかがですか?」
「え!?」
こんな提案をしてきたのは初めてだ、そもそもジェイナがシグを連れ出すことには反対していたのだ。
彼女がシグを実の息子のように大切に思っているのは知っている。
だから私もロイズも彼女の意見に反対はしてこなかった。
「どうしたの?急に、貴方だってずっと反対して__」
「今まではシグルスティア様のお身体を気遣ってのことです。確かに最近はお元気な様子ですが、体力が平均以下なのは確かです。」
なるほど、確かにシグは体が弱い。
魔法で調べた時にもわかったことだ。
「それでも一緒に過ごす時間が少なすぎます。ライラったら休日すらとっていないじゃないですか。
仕事熱心すぎます、少しはシグルスティア様のことも考えてあげてください。」
うっ、それには私も反論できない。
ジェイナがおしかりタイムに入った、これは長くなるなあ。
とはいえシグを連れて行けるのは悪いことじゃない。
私の仕事の重要さもシグにわかって欲しかったし見て欲しかった。
「わかった、わかったわジェイナ。だから落ち着いて、ね?」
私はとりあえずジェイナを落ち着かせるとシグを連れて病院へと向かった。
シグが私の仕事を見てみたい。
そう言ってくれたから。
初めての外、風の香り暖かさ。
はじめましてだらけの世界にシグは目を輝かせていた。
そんなシグを見て何となく思った、この子はいつかこの小さな村を出て世界に飛び立つのだろうと。
シグは私の仕事をまじまじと見ていた。
魔法を見るのすら初めてだったようで目を輝かせていた。
途中魔獣に襲われた冒険者が村を訪ねてきたが、酷い怪我だった。
そんな怪我を見てもシグは目を離さすしっかりと私の仕事ぶりを見ていた、強い子だ。
今日の患者さんはいつもよりも多く、私の魔力もギリギリだった。
正直疲れた、今すぐベッドに突っ伏したい。
でも、たくさんシグに仕事は見てもらえた。
すごいと思って欲しいわけじゃないけど。
私を誇りに思って欲しいわけじゃないけど。
ただ解って欲しかった、この仕事の大切さを。
医療魔術師という仕事が、どれだけたくさんの人に必要とされているかを。
「シグ、お母さんどうだった?お母さん、かっこよかったかな?」
疲れのせいか声が震えていた。
不安もあっただろうか、あまり覚えていない。
「はい、かっこよかったです。」
かっこよかった、か。
よかった、そう思ってもらえただけで充分。
でもシグの答えは私の欲しかった答え以上だった。
「僕はおかーさんみたいな、誇れるお医者さんに、先生になります!」
涙が流れた、止まらなかった。
うん、ありがとう。
ありがとうね。
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シグが四歳になろうとした頃。
私は久しぶりに休日をとってシグと二人で出かけた。
出かけるとはいっても、このエイントア村にある綺麗な花の咲く場所へ軽いピクニックをするだけなのだけど。
ロイズはお仕事だからともかく、ジェイナは来ればよかったのに。
「お二人で楽しんできてください、私はいつもシグルスティア様とはお二人なので。」
と軽く私への嫌味をつけて丁重に断ってきた。
貴方だって大事な家族の一員なのに。
「お母さん、今日は何処へ行くのですか?」
最近のシグはスラスラと喋れるようになった。
シグには今日の行き先は知らせていない、驚かせたかったから。
サプライズってやつね。
「ふふ、秘密よ。着いてからのお楽しみっ。」
「ええー、なんでですかぁ。」
「なんででもよ。」
本当に可愛く育っている。
産まれてまだ一度も髪は切っていない。
真っ白く綺麗な髪は肩のあたりまで伸びていて、なるほど確かに村の皆が女の子と間違えるのも頷ける。
しばらくたわいも無い会話をしながら歩いた。
どの会話も私にとっては楽しい時間だった、シグも楽しそうだ。
体力的に大丈夫かとも思ったが、大丈夫そうだ。
(シグ、体力ついてきたわね。)
繋いでいる左手も少し力強い、ちゃんと男の子なのね。
気が付くと目的地に着いていた。
木は一本も生えていない丘のような場所、一面に草や花が咲いている。
私の病室に使っている良い香りのする花や、傷口に塗ると痛みを軽減してくれるベジの花。
蛇のように鱗がありうねうねと動く不気味なヘビノ葉。
甘い蜜を出すミツノ葉、これは中毒性がある少し危ないお花、注意しなきゃ。
子供はなんでも口に入れたがると言うし。
「お母さん、このあ花はなんですか?」
シグが指さしたのは、ウズマキ草。
てっぺんが渦を巻くようにぐるぐるとしているのが特徴の無害な花。
こんなヘンテコな形でもしっかりと綺麗な花が咲く、シグは興味があるのかゆっくり近づいた。
「それはウズマキ草よ、ぐるぐるしていて変なお花でしょう。」
「はい、そうですね。でも僕は好きですよ。」
そう呟き、シグが右手でウズマキ草に触れた瞬間。
吐き気を覚えるほどの邪悪な魔力を感じる、私は本気で吐きそうだった。
なにかがおかしい、私はすぐこの場を離れようとシグの元へと走った。
けど違った。
シグの右手が黒く光ると魔力は一層強くなり、ウズマキ草はその綺麗な色を失い、枯れ、そして
黒く染まった。
まるで命を吸われたかの様に。
今回はライラ・リーンハルトという人物について書きたかったので
シグの固有スキルについては少し出ましたが次回です。