第十四話《 性別と水浴び 》
「そういえばディリートさん達は魔獣の調査が仕事でこの森を訪れたんですよね?」
「ん?ああ、そうだな。最近この聖獣の森を謎の魔獣が荒らしているらしい。森の魔獣達が脱走している件にも関係がしていると俺達の依頼主は考えているみたいだな。」
「なるほど、僕は聖獣様の身に何かあったのかと思っていました。」
「その可能性もあるんじゃないかな?僕はその魔獣に聖獣様が襲われた可能性があると思っているよ。」
本当に謎の魔獣とやらが居るなら、その可能性が高いかもしれない。
だとしても聖獣様は討伐ランクとしてはSSランク、そんなラスボス級に勝てる魔獣がいるだろうか。
たとえ居たとしても、そんな魔獣にこの冒険者パーティーが勝てるとは僕は思わないのだが・・・。
「そういえばシグ殿はこの森に何をしに参ったのですかな?」
丁寧な口調なのはモハンだ。
彼はおそらくこの中で一番の年長者なのだが誰に対しても優しい口調で話してくれる。
年上に畏まった風に話されると擽ったいので、僕としてはやめてもらいたい。
「僕ですか?その・・・妹が病にかかってしまいまして。病を治すために聖獣様の魔力が必要らしいのでわけてもらいに来ました。」
「ああ、聖獣様の魔力はどんな病でも治すと言われているからな。超高値で売れるらしいぞ。」
あれ、そんな高い物なのか。
聖獣様、正直に話せば分けてくれるよな・・・。
少ししかなくて貴重とかだったらどうしよう。
僕、供物なんて持ってきてないぞ。
「ま、まあ大丈夫だろ。聖獣様だって話せばわかってくれるさ。」
「だといいんですけどね。」
「・・・みんな!止まって!」
先頭と歩いていたライナーが腕を横に伸ばして、静止するよう呼びかける。
どうやら何か発見したようだ。
「あ?そうしたんだライナー。」
「前方に魔獣が二匹居る、虎のような魔獣だね。」
ライナーが指を指す方向を見ると確かに二匹魔獣がいた。
サーベルハンターという肉食の魔獣だ、異常に発達した大きな下顎と鋭く頭よりも伸びた長い下牙が特徴。
見たところ聖獣様の加護が正常に働いているのだろう、落ち着いていてこちらを警戒している様子はない。
「あれはサーベルハンターですね、凶暴な魔獣ですが今はこちらに気づいていません。刺激しないように遠回りをし__」
「ライナー行くぞ!シグとルーレイは援護を頼む!うおおおおおおお!!」
え、えええええ!?
なんでわざわざ挑みに行くのだろうか、ディリートは先行してサーベルハンターに向かって特攻する。
どうやら彼等は戦闘狂のようだな、避けれる戦闘を避けないのは愚か者だ。
彼等が本当にAランク冒険者パーティーなのか疑問に思えてきた。
「はーっ・・・。仕方ありません、シグルスティアさん。私たちも行きましょう。」
「・・・そ、そうですね。」
リーレイさんだけはどうやら分かっているようだな。
おそらくこのパーティーで本当の実力者は彼女だけなのだろう。
なぜこんな不釣り合いな人達とパーティーを組んでいるのかは分からないが、苦労しているのだろう。
仕方なく僕とルーレイさんは魔法でディリートの援護を行う。
「水の精霊よ力無き私に力を与え給え『氷の槍!』」
ジャイアントリザードとの戦闘時に使っていたのと同じ魔法をだな。
おそらく彼女の得意魔法なのだろう。
詠唱は短縮までだが威力は相当なものだ、コントロールも素晴らしい。
彼女の中級魔法一つでサーベルハンター一匹は倒れた。
なら僕はもう片方の動きを妨害するとしよう。
「フロストノヴァ。」
僕は残りのサーベルハンターに向けて魔法を発動する。
無詠唱でもいいが、パーティーで戦う場合は魔法名だけでも言ったほうがいい。
なんの魔法を使うかがわかれば仲間への被害も最小限に抑えられるだろう。
僕の発動したフロストノヴァは対象を凍りづけにする魔法だ。
サーベルハンターの手足を凍らせ動きを妨害するつもりだったのだが、全身凍りづけにしてしまった。
しまったしまった、テヘペロ。
「あれあれ・・・?」
「おいおい、後衛二人だけで片付いちまったよ。頼もしいけど少しくらい残しといてくれよ、せっかく特攻したのに恥ずかしいじゃねーか。」
「すみません、手加減したつもりなんですが。まだ強弱の調整が苦手で・・・。」
先行したディリートとその後を追ったライナーが戻りながら贅沢な愚痴をこぼした。
フロストノヴァは上級の《水》属性魔法でまだ調整には慣れていない。
この場にいる全員を凍りづけにしなかっただけ、成長したほうかなと自我自賛しておく。
ルーレイさんは信じられない物を見ているかのような表情で僕の方を見ている。
「あの・・・。どうかしましたか?」
「い、いえ。何でもありません・・・。」
どうにも彼女とは上手く会話が弾まないなあ。
僕は警戒されてるようだ、もしかして僕の髪色の事だろうか?珍しい色だしな。
まあとにかく、無駄な戦闘はしないように注意ぐらいはすしておくか。
「皆さん、先程のサーベル・ハンターはこちらに気づいていませんでした。避けれる戦闘は避けませんか?」
「え、そうだったか?すまねえ、でも余裕なら倒してもいいんじゃねーか?」
「僕やルーレイさんは魔術師です、魔力は無限ではありませんし僕は先を急いでいます。無駄な戦闘で時間や体力を使いたくありません。」
「じゃあさディリート。シグさんに先頭を歩いてもらって、戦闘の判断をしてもらうのはどうかな?」
「は?お前・・・魔術師を先頭に立たせるなんて正気か?」
ディリートが反対するのももっともだ。
確かに魔術師は後衛が適性で、接近戦は不利な局面ばかりだ。
常に距離をとりながら戦うのがベストだろう、僕を気遣ってくれているようだが問題ない。
僕には強化魔法があるし、距離ぐらいなら直ぐにとれる。
「僕なら大丈夫ですよ、皆さんさえよろしければ判断は僕に任せてください。」
「ま、まあ。シグがいいなら、俺も文句はねーよ。」
「うむ、決まりであるな。」
「へ・・・?」
満場一致で決まりかと思ったが、疑問の声を上げたのはルーレイさんだ。
これまた信じられない!っといった表情だな。
ルーレイさんも魔術師だから僕の心配をしてくれてるのだろうか。
「ええっと、ルーレイさんは反対ですか?」
「い、いえ。別に・・・シグルスティアさんが良いなら反対ではありません。」
「じゃあ決まりだな。シグ、よろしく頼むぜ。」
「はい。では先に進みましょう、日はまだ落ちないようですし。」
最初は道もわからなかったが彼等の情報で目指す場所はわかった。
どうやら聖獣様はまさにゲームのラスボスの様に森の奥に居るようだ。
聖獣の森にはたった一つだけ奥にまで続く大きな川が流れている。
彼等が言うには川に伝って歩けば聖獣様の元に辿り着けるらしい。
僕達は日が落ちるギリギリまで森を突き進進むことにした。
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夜はキャンプを張った。
とは言っても勿論僕のものではない、モハンさんの私物だ。
川からはキャンプの位置を少し離した。
川は水浴びをするのに使うし、このメンバーには女性もいるしな。
魔獣たちは火を恐れる習性がある、火事にだけ充分注意をして焚き火をすることにした。
匂いのするご飯は魔獣を引き寄せるので、残念ながらご飯は乾燥させたパンだけだ。
軽く食事を済ませると、僕等は焚き火を囲み雑談を楽しんだ。
「僕の目的のために聖獣様のもとを目指してますが、皆さんの目的は大丈夫なんですか?」
「まあ、調査って言っても何処にいるのかわからねえしなあ・・・。」
「シグ殿は回復魔法を扱い冷静な判断もできる。貴方と行動を共にした方が安全です。」
「そう言ってもらえるのなら僕としては言うことはないんですが・・・。」
魔獣達には聖獣様の加護がしっかり働いているし、僕一人でも余裕でたどり着けただろうけど。
あのサーベルハンターとの戦闘の後は、魔獣と遭遇はしても避けることは容易だったしな。
この森は言われているほど危険という感じはしないなあ。
「にしても、シグ殿と共に行動してから魔獣との戦闘が激減しましたな。」
「貴方達が温厚な魔獣達を刺激してばかりいるからじゃないですか?」
「いやいや!むしろ向こうから襲ってきたんだぜ?シグは運が良いのか魔獣に好かれてるのかわからねえけどよ。」
彼らが言うにはこの森の魔獣たちは普段ここまでは大人しくはないらしい。
サーベル・ハンターに自ら戦闘を仕掛けたのもそれまでは魔獣達の方から襲いかかってきたから、まさか避けられると言う発想そのものが浮かばなかったらしい。
僕はむしろ森に入ってから一度たりとも襲われてないんだけどな・・・。
彼等の言うとおり僕は好かれているのかもしれない。
「さて、そろそろ水浴びでもしてきてはどうかな。ルーレイ殿とシグ殿が先に行っていいですよ。」
「そうですね、ではお先に行かせて頂きましょうシグルスティアさん。」
んん?なんで僕とルーレイさんがセットなんだ?
レディーファーストはわかるし、僕が見張り役として選ばれたのはわかるけど・・・。
ルーレイさんは少し僕を警戒しているし、馴染みのあるメンバーが見張りの方が彼女も落ち着くのではないだろうか。
「シグルスティアさん!行きますよ、早く。」
「え!?あっ、はいっ!」
僕はルーレイさんに急かされながら彼女の後を追い、川のへと向かう事になった。
真っ暗な森の中を小石と水の入った器を片手に突き進む。
小石といってもただの石ではない、水に濡れると明るく光を放つ石だ。
とは言っても元は石型の魔物なんだけどね、この魔物は汎用性が高くて重宝されている。
「さて、ではさっさと水浴びを済ませちゃいましょう。」
なんということでしょう。
ルーレイさんはおもむろにローブと服をその場で脱ぎだした。
エレナ姉ちゃんといい、この人といい・・・この世界の女性には羞恥心がないのだろうか。
「じゃ、じゃあ僕は見張りをしてくるので、ルーレイさんは先に済ませちゃってください。」
「見張り・・?一緒に済ませればいいでしょう?。」
「い、いや!魔獣が襲ってこないとも限りませんし。安全を第一としましょう。」
一緒に水浴びだなんて流石の僕でも無理だ。
僕は既にほぼ裸になった彼女の体からゆっくりと目をそらしながらやや強引にその場を後にした。
大丈夫、しっかりと脳内保存は済ませた。
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おそらくルーレイさんは僕を女性だと勘違いしているのだろう。
流石に初対面の、それも自分が警戒しているような男と水浴びをするだろうか。
いや、しない。
というか、ある程度の仲の男とでも水浴びはしないだろう。
しない、よな?
魔獣の住処と言われるこの森は夜は妙に静かで、草木の揺れる音と水の流れる音だけが聞こえてくる。
今僕は、木を背にして見張りに徹しているわけなのだが、ルーレイさんはこのたった一本の木の後ろにある少し浅めの川で水浴びをしているわけなのだ。
僕だって男の子だ、変な妄想の一つや二つしてしまうってものだ。
水を体にかけているであろう、ただそれだけの音ですら色めかしく聞こえてくる。
真っ暗なうえにさっきチラッとだけ見えたルーレイさんの裸姿が脳裏にチラつく。
可愛らしい控えめな胸が忘れられない。
(僕ももう思春期かな・・・。)
「キャーー!」
僕が厭らしい妄想に耽っていると背後から悲鳴とも似た叫び声が上がった。
「ど、どうしました!?」
急いで水浴びをしているルーレイさんの方へと駆け寄ると、ルーレイさんは浅瀬の川に全裸でしゃがみこんで震えていた。
いままでローブをかなり深くかぶっていて顔が見えなかったが、彼女もエレナ姉ちゃんに負けず劣らずの美人さんだった。
水色と青色が入り混じった肩まであるかどうか程度の髪、小柄で控えめな胸だがスタイルが非常に良く不思議な魅力を感じる。
おっと、いかんいかん。
「こ、ここここコイツ!!!」
彼女は青ざめた顔で自分の目の前を指で指した。
そこには真っ赤な毒々しい色のカエルのような魔獣がいた。
あはーん、なるほど・・・こいつはマッドフロッグという魔獣で毒があるわけではなく全然無害な魔獣だ。
害があるとしたら見た目の気持ち悪さと体から放つ異臭ぐらいだな。
「ああ、マッドフロッグですね。水辺を好む魔獣ですから他にもいるかもしれませんね。」
僕は素手でマッドフロッグを掴むと外へと離してやる。
彼女も女の子なのだ、気持ち悪い見た目の魔獣は苦手なのだろう。
「あの・・・や、やっぱり一緒に入りませんか?私ああいう魔獣は苦手で・・・。」
「あー・・・ええーっと。」
「?。」
まじまじと見てしまったが不味いよな・・・。
僕は彼女の裸体から目を逸らしながら真実を話す覚悟を決める。
叫び声とビンタぐらいは覚悟しよう。
「あの・・・。実は僕男なんですよ。」
「へ・・・?」
白くて綺麗な彼女の体は一気に熱湯で茹でられた蛸の様に真っ赤に染まった。