第十一話《 別れと出会い 》
第一章最終話です、次話から第二章となります。
-----エレナ・ステアフォーゲル日記より-----
何が起きたのか私にはわからなかった。
凄く怖い思いをしていたことは覚えている。
けれど今起きた奇怪な出来事のせいで全てを忘れてしまった。
気が付くと真っ黒な空間に私はいました。
比喩の表現じゃなくて、本当に真っ黒でした。
木も草も虫も獣も、元は人間だったはずの骨も全てが黒く染まっていました。
私はそんな奇妙な空間で地を背にして倒れていたのです。
私達は攫われたジェイナさんを助けるために、野党を追ってシプーナの森へ向かいました。
でもそれは間違いだった、私とシグルスティア・リーンハルトはビートにハメられたのです。
彼は野党を利用して、目障りだったシグを排除しようとしたらしいです。
そんなことのために私達の村は襲われて、死人も出たのです。
私と彼は幼馴染でしたが、そんなことをするような人だとは知りませんでした。
森に入ると私とシグは、野党に囲まれてしまいました。
シグの事は私が守ると決めていました。
正直私はまだ剣の腕は未熟で、多人数相手も得意ではありません。
でもここには、シグを守れるのは私しかいませんでした。
だから私は考えもなしに野党に挑みました。
凄く汚い言葉を浴びせられて頭に血が上ってしまったのも本当ですが、シグを守りたかったのも本当です。
でも未熟な私では誰一人として倒すことはできず、それどころか取り押さえられました。
野党の頭は怒り、私を犯すと言い出しました。
凄く怖かったです、まだ9才の私でも性の知識はある程度持っていました。
私の様な剣にしか脳がない女が初めては好きな人と結婚してからがいい、なんて過ぎた願いは言いません。
それでもこんなゴミを人の形に固めた様な男に、私の初めてを奪われるのは我慢できませんでした。
私は必死に抵抗しました、たくさん殴られもしました。
男は想像以上に力が強くて恐怖で力の入らない私ではどうしようもありませんでした。
怖くて痛くて、死んでしまいたかった。
誰でもいいから助けて欲しかった。
私は恐怖で出せない声を必死に絞り出して叫びました。
助けて!と来るはずもない助けを願って。
瞬きをした一瞬の間に目の前にいた男はいなくなり、目の前にシグの姿がありました。
嫌な現実から目を逸らしたいがために見た幻覚だと思いました。
あの男に犯されるぐらいなら、女の子のシグにでもいいから彼女に初めてを奪われたかった。
そんな叶いもしない夢すら願ってしまうほどに。
でも彼女は幻覚なんかではありませんでした。
次の瞬間には視界が暗転して世界が真っ黒に染まっていました。
すぐに強い吐き気に襲われました、でも何故か嫌な感じはしませんでした。
何が起きたのかはわからなかった、気がついたらシグが居なくなって私は空を眺めていました。
暫くすると気絶したシグを抱えたおじいちゃんが歩いてきました。
話を聞くと野党達は全員シグが倒したそうです。
私は守るべきだった存在に助けられたのです。
弱いと思っていた彼女が一番強かった、驚きと共に自分の弱さを痛感しました。
私じゃ彼女を守ることは出来ない、彼女の傍にいる資格すら無い。
そして直ぐに決めました。
「おじいちゃん、私ノアに行くわ。『ノースノア剣魔学園』を目指す。」
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僕が目を覚ましたのはあの事件から6日後の事だった。
目が覚めるとジェイナさんが僕を介抱してくれているところでした。
僕が初めてこの右腕の事で倒れた時と同じように、付きっきりで介抱してくれていた。
何があったのかはジェイナさんが教えてくれた。
攫われたと勘違いして、野党を追っていった僕達をエレナ姉ちゃんのおじいさんが助けてくれたこと。
あと一歩でも遅れていたら、僕はもうこの世に居なかったこと。
こっぴどく怒られた。
そして僕は再認識させられた、ジェイナさんは怒るとめちゃくちゃ怖い。
それともう一つ驚くべき報告もあった。
「奥様の妊娠が発覚しました。」
そう、母さんが妊娠したらしい。
エルフである母さんは人間とはあまり相性が良くないらしく、僕の時も相当苦労したらしい。
父様は仕事で忙しくあまり家にもいない、寂しいと思うことはあったけど仕方ないともわかっていた。
昔妹が欲しいと母さんに言ったことがある。
前世では僕には弟がいたがあれは酷かった、可愛げの一つもない代物だった。
だから次は妹がいい、母さんは「できたらね、頑張ってみるわ。」なんて言っていた。
どうやら僕の父様は強いらしい、いろいろな意味で。
あれからエレナ姉ちゃんとは会っていない、なんとなく会いづらかったから。
嘘をついていたつもりはなかったけど、なんだか騙していたみたいになってしまったからだ。
彼女は僕を守ってくれようと今まで優しくしてくれていたのだから。
だからこそ、あの数の野党相手にも自ら挑んでくれた。
そのせいで僕は彼女に怖い思いをさせてしまった。
僕が最初から彼女に力を見せていれば、彼女はこんな目に合わなかったかもしれない。
この右腕を見せて嫌われるのが怖かったんだ、どうしても言えなかった。
エレナ姉ちゃんの家、もとい道場に行くことはあった。
シプーナの森で助けてもらった事もあったし、任せてもらったのにも関わらずエレナ姉ちゃんを危険な目に合わせてしまった事もあった。
おじいさんに謝りに行く、そういう理由でもなければ会いに行ける気がしなかったんだ。
「すみませんでした、本当に。それと助けていただいてありがとうございました。」
「いやいや、いいんじゃよ。元気そうで何よりじゃ、間に合って本当に良かった。」
おじいさんはまったく怒っていなかった。
それどころか僕に謝ってきたのだ。
「すまんかったな。孫が迷惑をかけてしまった、あの子はまだまだ未熟なんじゃ。許してやって欲しい。」
「いえいえ!僕の方こそ。その・・・すみません。」
「いいや、むしろ感謝しておる。しかし君があそこまで強いとは気づけんかった、わしもまだまだじゃな!ふぁっふぁっふぁ。」
何故か感謝された、感謝はしてもされる覚えはなかったんだけどな。
僕は強い・・・のか?いいや弱い、弱すぎる。
僕がもっと強ければ最初からエレナ姉ちゃんを守れたはずだ。
それどころか村が襲われた時点でもっと僕が強ければ、なんとか出来たはずなんだ。
あれは僕がエレナ姉ちゃんとのことばかりに熱中していたせいだ。
家族だって増えるんだ、ただ回復魔法が使えるだけじゃ意味がない。
この世界では強さも必要だ、純粋な強さが。
「あの、それでエレナお姉ちゃんは居ますか?一応謝っておきたいので。」
「ああ、エレナか。あー・・・今は居ないんだ、すまんの。」
おじいさんは申し訳なさそうだった。
どうしたのだろうか、もしかしたら避けられてる?
なんとなくだけどエレナ姉ちゃんは家にいる気がする、意図的に会わないようにしている避けられてる。
そう考えた方がおじいさんの態度にも頷ける。
「そうですか、分かりました。失礼します。」
嫌われてしまったか、それも仕方ないな。
それだけのことをしてしまったんだ。
「エレナ、本当に良かったんか。会いたがっておったぞ。」
「はーっ、はーっ・・・いい!」
道場には汗だくのエレナの姿があった。
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母さんの出産は予定より早かった。
村のお婆さんも呼んで僕とジェイナさんの三人体制で行われた。
父様はと言うと何とも頼りなかった。
僕の時に経験してるはずなのにな、僕の方が働いてたぐらいだ。
僕を産んでくれた時は難産で大変だったみたいだし、父様にはトラウマになっているのかもしれない。
僕や父様と比べてジェイナさんとお婆さんは手馴れたものだった。
母さんはずっと父様の名前を呼んでいた。
父様の仕事はそんな母さんの手を握っている事だ。
それだけでもやっぱり効果は出るのだろう、心なしか母さんの表情が緩くなった気がする。
父様は終始天に願っている様な、不安でめちゃくちゃになりそうな何とも言えない表情を浮かべていた。
出産は僕達の不安とは裏腹に無事に終わった。
僕の時とは違って元気な産声をあげてびゃーびゃーと泣いた。
僕の願いが通じたのか、産まれたのは元気な元気な女の子だった。
僕の妹はシオン・リーンハルトと名付けられた。
「そういえばシグルスティア様、お手紙が届いていましたよ。宛名が書かれていませんでしたが。」
「手紙・・・ですか?」
受け取った手紙には本当に宛名がなかった。
不幸の手紙とかじゃないよな?
手紙の一番下には“エレナ・ステアフォーゲル”と書かれていた。
エレナ姉ちゃんからだ!
でも、どうして急に?
『シグルスティア・リーンハルト様
いかがお過ごしですか?
私は現在、両親の居る城塞都市ノアにいます。
引っ越しの事を言わなかったことは悪かったと思います。
ですが私はあの事件の時、自分の不甲斐なさと弱さを知りました。
貴方を守ると約束したのにも関わらず、破ってしまった事になりました。
それについて謝らなかった事にも謝罪します。
恨んでもらっても、嫌ってもらっても構いません。
私はそれぐらいの事をしてしまいました。
それでも私を許してくれると言うのならば、私は今度こそ貴方を守れるように強くなります。
まずその足掛かりとして城塞都市ノアにある剣技と魔術の学校『ノースノア剣魔学園』を目指します。
ノースノア剣魔学園は最低12歳から入学ができます、ですが勿論試験があります。
私はもうすぐ10歳です、これから2年間で全力で修行をして首席を目指します。
シグも来てください、ノースノア剣魔学園へ。
もしかしたら貴方は簡単に首席をとってしまうかもしれませんね。
それでも私は貴方を越えてみせます、今度こそ貴方を守れるように強くなってみせます。
5年後に強くなって待っています、ノースノア剣魔学園で。
エレナ・ステアフォーゲルより』
エレナ姉ちゃん・・・。
許すなんて、そんな立場じゃないよ僕は。
目指そう、ノースノア剣魔学園を。
5年後エレナ姉ちゃんに会っても恥ずかしくない様に強くなろう。
僕は新たに夢を掲げて、また一歩足を踏み出した。
第一章をお読みいただきありがとうございます。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
次回:第二章 聖獣の森編