2.prologue(いつかの日)
2.prologue(いつかの日)
「~それじゃまた。」
女の子の歓声が鳴り響くなか、実はステージを後にした。
天井の照明が徐々に光量を増し、ライブが終ったことを告げる
鳴り止まない歓声
鳴り止まない音
鳴り止まない・・・
あせり・・・
「くそー、凄ぇもん見ちまったぜ。
俺とタメ年の奴がここでできるなんて・・・」
バンド、DOPE-SHOWのライブを秋山健二と一緒に見た帰りに及川俊宏は一人そうつぶやいた。
高校3年生の10月、大学の付属高校にいる二人は付属の大学への進学を早々に決めており、自分の時間をあり余る程もて余していた。
勢い、自分の趣味に力が入る。
そんな訳で、二人で一緒にリズムマシンやCDにあわせてギターとベースを練習することが日課となっていた。
DOPE-SHOWのライブを見たのは、そんな生活に浸りきっていたときのことだ。
どちらか買ったものなのか知らないが、二人が持っていたバンド雑誌にはDOPE-SHOWはプロデビュー間近のバンドとしてこんなふうに紹介されていた。
『・・・既に大宮ソニックシティーでのワンマンライブでは満員で成功させており、まさに今からのバンドだ。
デビューアルバムは来年早々にリリースする予定であり、これもオリコンチャートが楽しみである。
バンドのリーダーで全曲作曲を担当しているMINORUは、なんと現役高校生で来年春卒業予定・・・・』
これを見た秋山健二は
「俊、このバンドのライブ行かないか。
丁度良く明日あるし、俺達と同じ年のバンドがどこまで出るのか見てみたいし。」
「健二それかせよ、どれどれ・・」
雑誌を健二から取りあげると俊はそれを読んだ。
「・・・・!
おっ、これ行こう!これっ!!
ビジュアル系じゃないってのが良いじゃん。
どうも俺、あのメイクがだめでさ~」
「まぁ、俺もどっちかっていうとビジュアル系はダメな方なんだけどさ~
お前程じゃないにしろ。」
「髪の毛立てているのに茶髪じゃないってところも良いし。
ヘビメタっぽくないのも良い。」
二人とも狭いカテゴリーが故のこだわりなのか、ビジュアル系はだめだけどハードロック系はOKという、暗黙の了解を決めていた。
いわく
髪を染めていればビジュアル系
髪の毛を立てるのはOK・・・等
些細な違いにもこだわっていた。
そんな、厳しい(?)彼らの条件をDOPE-SHOWは見事に全部クリアーしていた。
そんな理由で彼らのライブ見て、その帰りの俊である。
同じバンドマンとして同年代の者がデビューしようとしているのに比べ、敏は我が身を振り返ってみると不甲斐なさを痛感する。
メンバーすら固定されておらず、ギター敏、ベース健二の他は流動的であった。
一応学校のクラブ活動で軽音部に所属し、学園祭程度には参加していた二人だが、高校三年生ともなると皆、進学就職でバンドや音楽とは離れ初め、目をつけていたメンツにも断られるという有様だ。
いくら大学の付属高校といっても、やはり成績の悪い者は必然的に専門学校への進学か就職を選ぶし、もっと勉強ができる者はよい良い大学への受験を控えてる。
成績が中ぐらいの者はほとんど付属の大学へ進学しているようであるが健二のみたところ、そのほとんどの者が自分で何も決められず流れに乗るようにあと4年間の猶予ができたことに安堵している者ばかりだ。
それに一番ハマッてるのも俺達かも・・・と健二はすこし自嘲気味にそう思った。
けど・・・バンドなんてできるのは学生時代だけかもしれない。
だったら後4年、精一杯バンド活動に掛けてみたい。
二人とも同じ思いで大学へ進学し、大学での活動に期待をかけていた。
ハァハァハァ・・・
クソッ、体が言うことをきかなくなってる。
大事なときに・・・
大宮ソニックシティーでのライブ後、翌日から始まるツアーに備えたリハーサルの最中に実はあせっていた。
ギターソロが響く中、体が音についてずバンドの音がどこか他の世界での出来事の様に思えてくる。
音に入りきれないもどかしさを感じながら、気力で無理矢理音をねじふせようとシャウトし、弦をはじき続ける。
肩にかかったストラップを通してギターを抱えているが、日に日にその重さは増し続ける様だ。
時折キーンと頭に響く耳鳴りは、カウントスティックの音すら聞き逃しそうになる。
ここ2、3日はリズムを取るため、音を聞き取るのではなく、ドラムの動作を見て取ってるありさまだ。
リハーサルが行われているスタジオからは、ガラス越しにコントロールルームの中が見える。
その中にプロデューサーとマネージャー、他にミキサーやギターテク等の人が何人か見える。
実はチラッとスタジオから覗うと心配そうに中の人が自分を見ていた。
そんな目でみるなよ・・・
くそっ
こんな状態になったのは1月程前からであろうか、実は自分の体に違和感を感じるようになっていた。
全身に痛みがはしり、体全体が小さくなっているように感じられた。
いや、感じるという表現は正確にいうと正しくない。
実際に小さくなっているのだ。
170センチを超える身長の持ち主だった実であるが、痛みを感じ出したときから体全体の収縮が始まっており、今では170を割り160センチ台まで小さくなっていた。
朝は毎日決まって全身の痛みで目をさまし、夜は体全体が縮んで無くなるのでは、という恐怖と共に床につくのだ。
しかし、プロデビューが決まっているこの時期、毎日の練習やライブには欠かさず出ていた。
実自信、周囲の人に心配をかけない様に振る舞っていたが、端から見ても体が衰弱していく様子は、はっきりと見て取れた。
レーベルのマネージャー小坂和樹も実には休息が必要なことが分かっていた。
しかし、この大事な時期、しかも実のバンドDOPE-SHOWが所属しているNOISEACTレーベルにとって久しくなかった大手レコード会社との契約である。
レーベルの信用を保つためにも、デビューは何事も無く終えて欲しいところである。
最悪デビューCDのリリース時とその宣伝活動までは、なんとしてでも、もたせて後は一月程度の休息で実は回復するだろうと小坂は考えていた。
その大手レコード会社であるソニーミュージック所属のプロデューサー与那覇和久は衰弱してく実を見て、これはトぶかなと考えていた。
「とぶ」という意味は、なんらかの事情で音楽活動を続けられなくなっていくことである。
その理由はいろいろあって、その代表的なものを挙げると
多額の借金を背負って失踪した者
ストレスからノイローゼ等の心因反応を起こす者
体調を崩し入院生活を余儀なくされる者
薬で人前に出られなくなる者等・・・
輿那覇の見る限り、実は「とび」そうな予感がする・・・
彼のジンクスとして一発屋しか育たないという風評があるのだ。
彼がプロデュースするバンドやシンガーは必ずヒット曲を出すのだが、その後が持たない。
プロデュースの腕前は1流半といったところか。
仕事はできるのに飽きっぽい性格が災いして、一度社会に認知されると後は惰性で仕事をするようになるのだ。
その後、そのアーティストがヒットチャートに出てこなくなると、また新たな新人を探して仕事をするというサイクルを繰り返しているのだ。
これでは彼にプロデュースされるアーティストはたまらない。
この風潮が音楽関係者に知れわたると、アーティストを使い捨てにするという評判が定着し、与那覇への仕事はデビューまでという期限付きの仕事しかこなくなった。
こうなると与那覇としては面白くない。
せっかく自分の手で有名になって、ようやく印税や、それに伴う収入が大幅にアップしようという時期に、自分の手を離れてしまうのである。
与那覇としてはこれを何とかしようと思ったとき、彼の目の前にDOPE-SHOWが現れたのだ。
DOPE-SHOWには誰が見ても華があった。
どんな人の手を借りても、また借りずとも、いずれは登りつめるだけの才能があった。
しかし、与那覇がDOPE-SHOWを見つけたときはNOISE ACTという弱小レーベルで、音楽制作費用に喘いでいた。
そこに与那覇はつけこんだ。
与那覇は上司に話しをつけ、DOPE-SHOWにデビュー話しを持ちかけた。
デビューしてから一貫してのプロデュース権を獲得するため、資金が自転車操業状態だったNOISE ACTレーベルに資金を出資し、事実上の独占を得た。
そんな経緯があって獲得したDOPE-SHOWだ。
彼としては是非とも、彼のジンクスであるデビューくらいは華々しくこなしてくれなくては困る。
NOISE ACTレーベルに出資した資金は100%自前なのだ。
とりあえず・・・
実にはとばない程度頑張ってもらわないとな。
ガシッ
曲が終り、最後のクラッシュシンバルが鳴り終わる。
与那覇はコントロールブースからガラス越しに、メンバーへマイクで指示を出した。
「よ~し、今日の練習はこれまで。
明日からはいよいよツアーが始まる
大宮ソニックでのライブに満足せず、これからもこれからも頑張って欲しい。
これで今日は解散するが・・、実、体調は万全に整えておくこと。」
・・分かってんだよ、俺の体調が普通でないってことくらい
うざいなぁ~
歯がゆさと、あせりが入り混じった感情。
何度と無く呟いたセリフ。
不安と恐怖を打ち消す、祈りにも似た言葉
重くなる体を引きずって、実は帰路へついた。
!?
ハァ・・ハァ・・ハァ・・・
・・・・・
夜中、実は突然起きて自分の体を見た。
「まだ、ある!!
俺の体・・」
体が圧縮され、無くなる夢をみていた。
全身に汗が吹き出て、倦怠感が増す。
骨がきしみをあげている様な痛みを、実は覚えていた。
そのまま便所に行ってふと体重計に乗ってみると、体重が50キロを割っていた。
・・・ウッ・・・
その数値は嘘だと信じたかった。
嘘・・・だろ・・・
めまいがして、そのまま布団に倒れこんだ。
あれっ!?
俺の布団ってこんなにでかかったっけ?
頭からすっぽり布団をかぶっても、つま先が布団から出てないのだ。
自分が感じている恐ろしい未来を否定するかのように、実はまた眠りについた。
ツアー初日
実は足取りすら、おぼつかない体調でライブ会場まで来ていた。
当然、ライブ開始間際の音合わせもカット。
実は演奏直前まで体力の温存につとめ、リハーサルは楽器隊だけで終了した。
その後もステージ側からは散発的に楽器の音が聞こえたが、控え室にいる実はライブ開始時間をじっと待っていた。
一通りの音合わせが終了すると客入り開始のアナウンスが流れ、観客への注意事項が放送される。
実も控え室にあるスピーカーからその放送を聞き、ステージへ歩き出した。
既に衣装やヘアメイクも終了し、実はステージ袖まで来て、開始の合図を待っていた。
ステージにメンバーが揃う。
メンバーが揃った後、実は静かに歩きステージ中央のマイクスタンドに手を掛ける。
一曲目から派手な8ビートの曲が流れ出す。
・・・
実の声が箱いっぱいに響いた。
ステージ後方、ミキサーコントロール卓を前に小阪は実の姿をハラハラしながら見ていた。
最悪、実が倒れて演奏が一次中止された場合、5分程度までなら録音した音源で場を持たすことを覚悟していた。
ギターソロやドラムソロの順番や時間を調整してもたかが知れている。
倒れればその5分の間に続行か中断を決めなければならない。
しかし・・・
今の実の状態では一度でも倒れると中断しかないな、と思っていた。
ショーは始まったばかりだ。
ライブ中盤になると絶対音感のある実の歌声に音程の狂いがところどころ聞こえ出した。
同行していた与那覇にもそれは分かっていた。
小阪の隣でヘッドホンから流れる音に全神経をつかってる。
今はまだ誤魔化せるが、これが素人目から見ても分かる程ひどくなるとマズイと考えていた。
ミキサーへヴォーカルの音量を下げ、楽器の音量を上げるように指示した。
ミキシングでだましだまし持っていくにも限度がある。
リバーブやエフェクトも限界近くまで深くかけていた。
見れば、実は今にも倒れそうだ。
やれるか?
それとも・・・
与那覇は考えこんだ。
一方ステージ上の実は耳鳴りがひどくなり、音程すらあやふやになっていた。
10曲目を過ぎた頃から、もう周りの演奏が聞こえなくなり勘だけに頼って歌っていた。
リズム感もなくなり、振動するドラムの太鼓を見ながらタイミングを計っていた。
たのむから変なアドリブはしてくれるなよ・・・
こっちはレコーディング通り歌うだけで精一杯なんだ。
ステージアクションもなく、実はただひたすらマイクスタンドにしがみつくように歌っていた。
熱気による汗よりも、悪寒による汗が全身から吹き出る。
ラスト2曲。
気力でシャウトする。
拳を上げて観客を煽る。
俺はここにいる。
何があっても歌い続ける。
そう自分に言い聞かせて気迫で会場の熱気をねじ伏せていた。
ドドドド
バスドラムが腹に響く。
それだけでよろけそうになる。
まだまだ!!!
曲名を短く叫ぶ!
ラストナンバーに向けて全身、捨て身覚悟で暴れる。
ギターもベースもドラムも・・そして実も、最後まで走りつづけようとする。
最後の音が鳴り止むと派手な爆音と共に7色の紙テープが飛び、天井から銀の紙吹雪が落ちてくる。
美しい。
実を見たものは誰しもそう思っただろう。
華の散り際に良く似た、儚さと隣り合わせの美しさ。
見ているもの全てがスローモーションになる。
片手を上げ、うつむいている実。
紙吹雪がステージを照らすライトに反射し幻想的な世界を作り上げて、まるで7色の雪の様に見える。
雪が全部落ちると、それと共に溶けるように実もステージの上に倒れた。
どさっ
実が倒れるとき、たしかにそんな音だったような気がした。
小阪も与那覇も、関係者全員その音を聞いたような感じだった。
それすら、演出であると思ったのだろう、観客の声援は嬉しそうに一層その声を増していた。
健二と俊は、DOPE-SHOWのライブに触発されたのか、オリジナル曲とその練習に必死になっていた。
ヴォーカルの歌の上手さ、ベース、ギターのステージアクション、それら全てが刺激になっていた。
DOPE-SHOWのインディーズアルバムも速攻でゲットしてた。
コピーしてみると思ったより簡単なコード進行だったが、それでも難解なテンションコードがいくつかでてきており、その都度コピーが暗礁したり、どうやったらそれをオリジナル曲に生かせるか研究に余念がなかった。
「健二、大学に入ったら最高のバンド作ろうな」
「おう、DOPE-SHOWみたいなやつ、やろう」
「うん、それにしてもまだファーストアルバムでないのかなぁ~」
「雑誌には近日中とかなってるけど、全然出ねぇ~な~」
「出るまで待つしかないね。」
二人は前途洋洋とした気分で弦を弾いていた。
DOPE-SHOWのリードギター兼ヴォーカル担当の実はツアー初日のライブが終わった直後、倒れてそのまま病院へ担ぎこまれた。
当初、心身の疲労が原因だと思われていたが、10日過ぎても様態は回復せず、体重の減少にも歯止めはかからなかった。
昏睡こそしないものの日中のほどんどを寝て過ごしており、バンドのメンバーやレーベルの者が毎日の様に見舞いへ来ていたが、実の起きている時間と会わず、置き手紙で連絡を取り会う羽目になっていた。
それに起きていたとしても、まともに会話できたかどうか怪しいところである。
入院以来、喉の調子がおかしく、歌はおろか日常的な会話すら満足に出きなくなっていた。
看護婦は皆一様に、疲労からというが、実自信それが疲労ではなく何らかの病気が原因にあると確信していた。
入院して12日目の夜中、実は便所に行こうとしナースセンターの前をとおりかかろうとすると、看護婦と婦長、それに実の担当医が話し会っている声が聞こえてきた。
耳に頼ることばかりしてきた実である。
楽器練習のとき、他の音に埋もれている小さな音を見つける感覚を養ってきた実は、この時も、話声全てが聞こえてきた。
・・・・・・
「性器が二つある・・・」
「男性器と女性器ですか」
「間違い無い。
男性器は退化し、変わって女性器が発達してきている」
「声帯の兆候が一番顕著・・・」
「このまま症状が進むと1月後にはもう・・・」
「本人には・・・」
「・・・まだ・・・
だが・・・本人もうすうす気付いているだろう・・・
これがただの疲労性のものではないということを・・・」
「かわいそうに・・・」
「・・・告知はいつ・・・」
「・・・早い内にやろうと思う。
身内の者も含めて・・・」
「具体的には・・・」
「・・・そろそろ二週間・・・か・・・
・・・次の金曜日で進めてくれ。」
「はい・・・」
聞いてた実は絶句していた。
いまの会話を一つづつ推測していくと信じられない答えに達した。
馬鹿な。
そんなこと。
冗談でも・・
俺、デビューしたばっかだぜ。
看護婦達に悟られることなく、その場を立ち去った。
次の日、実は昨日の会話を一つづつ噛みしめながら、朝食を食べていた。
そういえば、朝のアレは元気がないと思っていた。
疲労からだよ。
そうに決まってる。
無理矢理そう自分に言い聞かせた。
その日の午後、喉が幾分楽になったので久々に声を出してみると、キンキン声で頭のへ響く甲高い声が出た。
低い声が出ない。
オクターブ高い音しか出せなくなっていた。
なんだよこれ。
試しにラジオに掛かっていた流行りの曲に合わせて声を出してみる。
幸い、人気バンドのヴォーカルということで、病院は都内から少し外れた場所にあり、病室は個室になっていた。
病院の廊下に誰もいないことを確認すると、曲に合わせて声を出してみた。
歌詞を歌うのでなく「ア~」と「あ」の音だけで音程を取ってみた
・・・
ア~・・・
・・・
ワンコーラス終えると実は驚いた。
俺、いま高音だけなら4オクターブ目を出せたぞ!
その代わり低音は全然ダメだ~。
どうしたんだろ、俺の喉・・・
歌い終るとそれを見計らうかのように看護婦が定期検診に入ってきた。
看護婦は病室に入ってくるなり
「声が綺麗ね~
さすがバンドマン。」
中年の看護婦は扉の外で実の歌を聴いていたのだろう、そう思うと実はキンキン声が少し恥かしくなった。
どうして恥かしいのか分からないが、始めて書いた歌詞を親に見つかったときのような恥かしさと同質のものだ。
「聞こえた?」
「そりゃあもう、あんなに綺麗な声は、始めて聞いたよ。」
手早く、看護婦は体温測定などの定期検診を終らせていた。
「そっか、そんなに耳はなまってないな。」
ボソッと実は呟いた。
「それからね、もし体調が崩れたり、何かあったら直ぐにその呼び出しボタンを押してね。」
(何かって一体なんだよ)
とは言葉に出したくなかった。
ジョセイキなんて言葉聞きたくなかったから。
その言葉に考えが広がる。
検診の度に、気のせいか胸が女性のように少しずつ膨らんできているのが分かる。
無理やり気にしないようにしているが、この2、3日胸が痛くて嫌でも気になる。
腰の周りも妙だ。
お尻が大きくなり、腰のくびれも男性とは思えないほど細くなっている。
筋肉は目に見えて落ちてきている。
顔も丸身を帯びて優しい表情が似合うようになり、肌の色も白くなった。
髭もわずかながらあったが、入院した当時から髭をそった覚えはないのに髭は生えてない。
小さな思惑が大きく膨張する。
俺もしかして・・・になる!?
めまいと眠気が襲ってきて、そのまま寝こんだ。
次の日の朝。
女性化に歯止めがかからず、とうとう初潮まで迎えた。
それを受けて両親が神妙な顔をして医師と病室を訪れ、ある診断を告知した。
そして、実は人生の転換期を知ることになる。
健二、俊、そして実・・
三人が出会うまでに後、少しだけの時間が必要だった。