1.想
タッタッタ
黒板にチョークを叩きつける音が鳴り響く講堂
授業中の聞きなれた音だ。
実際4月の陽気とあいまって催眠効果が増加する。
そんな生徒が大半を占める中、彼女だけは場違いなことを思っていた。
キツイな…
今年大学になったばかりの黒い髪の女の子は心のなかでそう思った。大学入学から半月、周りの浮かれた雰囲気はなくなり一息ついても良い頃のはずなのに彼女は疲れていた。
松宮 実理それが彼女の名前だ。
大学に入学できたたとはいえ、それまでの半年間におきた自分自身の出来事は、彼女の人生を全て奪い去るに等しいことだった。一時は絶望し自殺まで考えたが、なんとか精神的にも持ち直し、普通の生活を営めるようにまで回復した。
高校卒業を控えた大切な時期の出来事、それから彼女は高校に出席することなく卒業した。幸い、成績は優秀といえる方だったので留年とは無縁であった。無理をしての一次試験、そして二次、なんとか試験をクリアーし共立大学に入学した。
高校時代、実理は卒業後に就職しか考えたてなかったが、自分の身に起きたことで社会勉強が必要だったため、後4年は社会とは無縁のところで生活したかったのだ。
この考えに両親も納得し、なんとか近くの大学に入学できた。
講義終了のチャイムと同時に講堂中がにぎやかになる。
後ろから呼びかける声が聞こえる
「実理、相変わらずあの日かな~」
首をかしげながら声をかけた女の子は近づいてくる。坂田美里という名前の子だ
「違うよ」
実理はあっさり否定した。
「さては、彼氏のことでも…」
後ろに手を組んで上目使いで美里の追求は迫ってくる。
胸の大きさもはっきり分かる体勢だ。男の子が見たら心拍数が跳ね上がることは間違いない。
実理は美里のこんな女の子らしい仕草が自然にでるのを羨ましく思っていた。
「絶対にない。」
実理が強く否定したことに美里は驚いた。
「からかってゴメン。実理、怒った?」
実理は笑いながら
「いいよ。メシ食いにいこう、あッ、ご飯にいこう。」
「うん。」二人は仲良く食堂にいった。
実理も美里も大学一年生でいわゆる高卒ストレート組だ。実理は入学式こそスカートの正装できたものの、それからスカートをはいて通ったことは一日もない。
いや、彼女の人生でスカートをはいて人前に現れたのは、今のところそれだけであった。
それすらも式の間だけで、その後の説明会はいつものジーンズとパーカーになっていて、最初美里が実理を見たときは、その正装をしているわずかの間であった。
モデルかと思うくらいの美しさで玄関ホールに立っていた彼女は、あきらかに場をもてあましていた。
頻繁に他の男子生徒から何かしらの誘い受けてたのだが、それをぎこちなく断っていて、その仕草が美里の目を引いたのだ。
美里はなんとなく不器用で可愛いなぁと思い実理に声をかけみると、彼女は恥かしそうに話をしてきた。
しばらく話して、互いが打ち解けると、実理の口から男言葉が頻繁に出てきたため美里はビックリして、美里の記憶から彼女の入学式の様子は焼き付いて離れなくなった。
次の日から2日間は同じコースを選択していることもあって、二人はすぐに仲良くなった。
美里はそれ以来、化粧すらもしない実理を見ては何度もオシャレにしようというのだが、肝心の実理方にその気が無いためいつも残念がっていた。
もっとも化粧などしなくても実理は十分に美しかったが。
昼からの授業が全て終るとすでに陽は沈みかけ、実理はなぜか逃げるように大学を後にした。この時期はまだ新人の部活やサークルの勧誘が続いていて、美人で無所属の実理などはそうした勧誘からの絶好の的であったがその全てを断っていたのだ。
「ただいま。」
実里は帰るとすぐにジーンズとパーカーを脱ぎ捨てて色気も何もない男物のジャージに着替えて食卓につくと、母親から
「脱いだものくらい、きちんとたたみなさい。」
「アッ、ごめんゴメン。めし食ったらすぐに片付けるから。」
「もうちょっと、そういう言葉は控えなさい。男のときの癖がまだ抜けてませんよ。もう半年も経つというのに。
女の子として自立したいから大学に入りたいと自分からいったのに、女らしさのかけらもありませんよ。」
「そっか、もう半年も経つのか。女の子になって。」
感慨にふけっていた彼女の頭に半年前のことがよぎる。
そう、彼女の事情とは半年前までは男の子、だったことである。実として18年間生きてきたのにどういうことか、半年前に急に男から女へ変体してしまったのである。
去年の11月、中間試験も差し迫ったころ急に熱がでて骨格が崩れていった。最初は全身の軟骨が変体をはじめた。
実は全身の間接が痛くなり声も出なくなった。一ヶ月もしたころやっと声がだせると思ったら第一声は子供のような声だったのだ。喉仏を構成する軟骨がなくなり甲高い声になっていたのだ。
このころになると筋肉と骨格の収縮も始まり全身に絶えがたい激痛が襲う様になっていた。変体が終ったのは世間がヴァレンタインで浮かれているころだった。気心の知れた懇意の医者に見せても首をかしげるばかりの毎日だったが、肉体が落ち着いたこでやっと両親も一息つけた。
変体が終ると実は久々に自分の足で立ってみて、鏡をに写る自分を見た。
気分が悪くなり死にたくなっていると、いつのまにか鏡の前でしゃがみこんで泣いていた。
両親もなんとかしてやりたいが見守るしかなかった。
肉体の次は精神の回復をしなければならなかった。そしてその後のことも。
一生親に甘えて生きていくわけにはいかないのだ。
実は実理として、男から女として生きていく覚悟をきめた。
次の日の午後、実理と美里は選択科目がないため一緒にキャンパス内で時間をつぶしていると、美里に知り合いらしき男の子から声をかけられた。
「美里、元気」
「うん、健二は」
「ちょっと聞いてくれよ」
彼の言いたいことはこういうことだ。
いま彼はバンドを組んでおりベースを担当しているのだが、ヴォーカルがおらず男でも女でも歌い手を探しているので、バンドに入ってくれないかという誘いだった。
健二と呼ばれた彼は、一見してバンドマンとは思えない今風の格好をしていた。
浅黒い肌、金髪になるほど脱色した髪を短く刈り、膝までのパンツをはいている。
実理はサーフィンなんかして、海でナンパしている方がよっぽど似合うような男だと思った。
いかにも女の子にもてそうな顔をしている…
僕も女の子である今、彼のような人から誘いを受けたらドキドキするのだろうか。
それともやっぱり、女の子を求めるのだろうか。
実理はそういうことを考えてたが、美里には変に勘ぐられないように、健二の顔をちょっとだけ見る上げるとすぐに、目をそらした。
美里は健二と何か会話し、何やら話しがまとまったみたいだが、実理の耳には入ってなかった。
美里の薦めもあってか、見るだけという条件で彼にバンドの機材が置いてあるサークル棟に案内されバンドを見た。
健二の所属するバンドはいまのところドラム、ベース、ギターの三人がそろっているだけで、他の楽器のきそうなメンバーはあらかた押さえられているとのことであった。
健二からメンバーが紹介された。ドラム米倉昭彦、ギターでリーダー及川敏宏そして健二こと秋山健二のベースを加えたのがバンドBLUE DAHLIAである。
紹介された3人とも175cm程度の身長があっていわゆるブ男はいない。
挨拶が終って、もう美里はバンドの一員のようにやる気全快である。
美里は4歳から今でもピアノをしておりキーボードがひけること言うと他のメンバーからオーという声ともに拍手がでた。実は健二と美里は高校からの知り合いでそれを知っていたので、誘っていたのである。
「よろしくお願いします。」
と美里が挨拶すると実理の方を向いて
「ところであたし歌は下手だから、実理は歌えないの?」
と、一斉にみんなの視線を受けた実理は
「うん、やってみる。」となし崩しに答えた。
健二がやろうとした曲は流行のポップスで、カラオケ屋にいけば大体どこでもあるような曲をだった。
実理が
「ね、美里、これひけるの。」と用意されたキーボードとアンプを目の前に美里は
「大丈夫、これはギター主体の曲だからキーボードはコードを押さえるだけ、あとはちょっとしたアドリブでできると思うよ。」
「そう、じゃ俺・・私はギターをしてみる。」というとメンバーからこいつもか、という目で実理を見た。
実理の方はといえば、もうやけくそになっていて、好きなギターでも演奏してやれっ、という気分であった。
健二がおいおい、歌うやつがいなくなっちゃうじゃないかと心配すると
「大丈夫、歌うときは歌に専念するから、ね!ギター貸して!」この言葉で健二は納得したらしく、及川が実理のギターをセッティングしてくれた。
「及川君だっけ、突然ギター貸してくれなんて迷惑だったでしょ?ゴメン。」
「いいよ、それより君ギターひけたの」
「うん」息をするように小さく答えた。
実理がギターのストラップを肩にかけているとき、美里があんたギターひけたの?と聞いてきたので、少しはと答えた。
一応準備が整ったところで曲は始まった。8ビートでミドルテンポの曲だ、ドラムが正確なテンポでリズムを刻み、うねるようなベースラインが部室を響かせる。それにギターとキーボードが重なり、重厚な音を作り上げていった。
女になって初めて歌う実理は覚悟をきめて声を出した。
………
実理はかなり戸惑った。
自分が出そうとした音よりかなり高い音がしたので、1コーラス目はそれを調整するように声を出す。
2コーラス目、実理は調子をつかみ、音程をあまり外さずに歌えた。
そしてギターソロ、ここが本領発揮だといわんばかりに実理はギターをかき鳴らした。
実理のギターの音が及川のギターと重る。
実理の音は及川のソロと正確にハモりながら、間奏を終えまた実理は歌いはじめた。
やはり音程は少々崩すこともあったが、それ以上に実理の存在がバンドの一つとして確かに機能したことを証明できていた。
曲が終って、美里が感激していた。
「スゲーじゃん、みんな!圧倒されたよ!アットー!これできまりだよ、ね、実理もいいよね。一緒にバンドをやろうよ!」
この言葉に乗って、健二もベースを抱えながら実理に加入を頼んだ。
「頼む、今度の市民会館での大学のバンド大会があるんだ、それにでてくれないか?」と両手と合わせて懇願してきたので、いいよと実理はそっけなく答えた。
それから2時間くらい練習して、メンバーと一緒に校門を出た。
実理は美里と二人で帰ろうとしたが及川が食事に誘ったので、即座に断ろうとしたが、
「一緒にいけばいいじゃん、ホラホラ!」
「美里ぃ~、そんな無責任なことを」
実理の言い分も聞かず、美里が実理の背中を押して
「ちょっと、私そんな気は・・」
「いいから、いいから、一緒に行って来な!どうせ勘定は男が持つし、社会勉強だと思って勉強してこい!」
と耳元で言った。
「もう」
美里は憮然とした表情であったが、美里のいうとおりたまには、女であることを利用して何かするのも悪くないなと考えて、及川の誘いに応じた。
美里は実理が何故か恋人を作らずにいるのか不思議であったが、それは機会がないためと勝手に解釈していた。
それに彼氏でもつくればオシャレ心も身につくかなと思っていたので、自分勝手に恋のキューピッド役になりきっていた。
10分後、学校の近くのファミリーレストランで二人は向かいあわせに座っていた。
コーヒーを注文して、でてくるまでの間、何をしたら良いものかと実理が考えていると、及川から
「君はギターができたんだね。」
「あ、及川さんのギターが良かったこともあります。」
「俺のことは敏でいいよ、みんなそう呼んでるし。」
「敏さん、僕、実はあの曲、練習してたんです。ギター好きですし。」
この言葉に及川はビックリして
「君は覚えてないかも知れないけど、俺は入学式の日、君を講堂で見つけて是非バンドの顔にとヴォーカルに誘ったのに、出来ないからって断ってたんだぜ、それが今日合わせたらとんでもない食わせものだってのが分かったよ。なかなかお前みたいにできるやつはいないぜ。」
実理は自分が誉めてるのか、けなされているのか分からないが、彼はどうも嘘をつかれたことに怒っているらしかった。
「嘘を付いたのはあやまります。それでバンドから出て行けっていうならもう参加はしません。」
すこし興奮していたが努めて冷静に話した。
「ちょっとまて、気分を害したならスマン、いまバンドを抜けられると困る。本当にごめん。」
実理の雰囲気を感じとって敏はすぐに謝っので、実理もすぐに落ち着いた。
そんな敏をみてこの人を悪くない人だなっと思った。
最初に嘘をついたのは僕だし、反って悪いことをしたかな?
そういえば今日は男から良く頭を下げられる日だ、
最初が健二で次が敏、こんなに頭を下げられたのは、高校を卒業したら会社に就職しますと契約を交わした日以来だな。
あの契約は、男の僕が失踪したことになった時点から無効になっているのだっけ。
等とボンヤリ考えてた。すると敏の方から、
「実理ちゃん、可愛いのに彼氏とかいないの、」といつも美里から言われるようなことをいわれたので、いつも美里に返すように
「いません」とそっけなく答えた。
「じゃ、また誘っても誰も迷惑じゃないよね」と笑いかけられらたので、返答に困っていると
「ねっ!また、誘ってもいいかな。」
と男に興味はないけどバンドなら・・と思って
「また、ギターを貸してくれるなら」と気軽に言ってみたら敏の方が感激し、
「うん何回でも貸すよ、だから何回でも付き合ってくれよ。」
実理は何気なしに練習くらい何回でも、と思って
「うんいいよ!」と答えた。
翌日講義終了後また美里と実理は部室のあるサークル棟へ向かっていた。
美里は昨日のことで実理をからかっていた。
「昨日はあれからどうなったの?」
「昨日?あ~っ!あれからね、レストランにいってそれで帰ったよ。」
「ほんとにそれだけ?次の日曜日にデートの約束とかしてないの?」
実理はきっぱりと否定して、なぜ本当のことを話したのに美里が信用してくれないのか不思議になった。知り合って半月が過ぎようとしているが、いままで彼女に嘘をついたことはないのに、なぜ疑われるか分からなかった。
「ほんとだよ。なんで疑うの?」
ふ~っと美里一息ついて、
「せっかく目の前にいい男がいて、食事だけで終っちゃうの。次の約束とか取りつけなかったの?」
そう言われて実理は納得した。
普通の女の子は男と二人っきりになると食事だけではすまないのだ。
それがあたりまえの世界で暮らしてた美里としては、実理の行動こそ不思議でしょうが無い。
実際実理には、彼氏とよべるものはなかったし、そういう考えも毛頭なかったので思いもつかなかったのだ。そして敏は3人のなかでも一番もてそうなタイプだし、はっきりいって美里のいういい男の部類に入るので、美里は不思議がっていたのだ。
サークル棟の部室では3人がすでに練習を開始していた。
美里は健二に声をかけ、さっそく練習が開始された。
すでにキーボードと実理のギターのセッティングは終了してたので、すぐに音出しができた。
実理が敏に向かって
「またギターを貸してくれてありがとう。本格的にするなら僕も自分のギター買わなないといけないね。」と言うと
「いいよ実理ちゃん、僕のギターでよかったらずっと貸してあげる。」と笑いかけられた。
実理たちが部室に入ってからしばらくしてドラムの米倉昭彦の彼女が練習風景を見ていた。
黒い髪をポニーテールにした子で名前は佐久間優という名前だ。
3人のメンバーの間で暗黙のうちにバンドに女子は禁止としていたものの、ただ一人米倉だけは彼女がいたので、彼女に前々から練習中に見に来てもらいたいと思っていたのだが思いかなわずにいた。
それで昨日の出来事があって、なんと女の子をメンバーにするというのだから来てもかまわないだろうと考えて呼んだのだ。
いまさら抗議するものおらず、すんなりと優の見学は受け入れられた。
優はロックバンドが好きな女の子で、ビジュアル系のバンドならメジャー、インディーズを問わずほとんどが彼女の興味の対象となっていた。彼氏がバンドマンというのも頷ける話である。
昨日の練習した曲と合わせて課題曲は5曲あった。
全てどこかしら聞いたことのある曲ばかりであったので、コピーはみんなすんなりといった。
優は実理のギターと歌い方を聞いてどこかで聞いたことがあるっと思った。
「どこだっけ?この歌い方とギター、誰か知っていたのだけど誰だろう。」
マーシャルから実理のギターの音が出る度に優はそう感じていた。
思い出そうとしたが思い浮かばず、練習中は妙な歯がゆさがあった。
練習が終ると昨日と同じように敏は実理を誘って二人は同じ道を歩いて帰った。
二人とも食事以外はしたこともなく、実理としては、敏は音楽の話の分かるよき友人の枠をでることはなかった。
敏の方は見てくれの良さに似合わず、不器用な方だったのでそれ以上の進展はなかったものの、練習のあった日は欠かさず実理を食事に誘いつづけた。
バンドに参加してから2週間後、バンド大会の日がきた。
実理は母親にバンドの大会でるというと母親の方が感激して女の子らしい服装を用意していた。いつものジーンズにパーカートレーナーでなくミニスカートで飾った可愛い服装であった。
「母さん、この服は何?」というと母は
「何言っているの、普段からスカートをはきなさいといってるのに、全然オシャレに興味を示さないなんて、良い機会だからこれを機にミニもはきなさい。」と丸め込まれた。
それに人の前にでるのだからと丹念に化粧を施された。
入学式のときは下品にならないよう控えめなメークであったが、今度は華やかなステージということもあって、実理の母は娘になった実理の顔を丹念にメークしていた。
約一時間近く鏡の前でメークを施されが、鏡に写る自分が恥ずかしく目をそらしていた。
渡されたミニスカートと、それに良く似合うジャケットを着て鏡を見ると自分の姿にもかかわらず、その美しさは一目みると息を止めるようなすばらしさだった。
母親は、鏡に映る娘を見て「それが女の子」と自慢気に実理に呼びかけていた。
会場へは電車とバスを乗り継いできたものの、周囲の目が絶えず気になっていた。中にはあらかさまに、
「誰か声をかけろよ・・」
「無理だよ・・絶対かっこいい彼氏がいる・・」
「ねぇあの子モデルじゃない・・」
と耳に入ってくるのがうっとうしいしかった。
会場につくには1時間もかかってないが、実理にとっては普段の2倍以上に時間を感じていた。
なによりミニスカートは足元に風が舞い込んできて、なんとも心細い感じする。
実理には薄いコートを羽織っており会場付近にまでコソコソときたが、美里と優見つかり歓声を上げられ喜ばれた。
美里から「そんなコートは脱いじゃいな」といわれコートと脱ぐとそこへタイミング良く、実理のとっては最悪のタイミングで男の面子が来て実理は顔を赤くしていた。
敏から似合うよ、と言われ一層顔が真っ赤になった。
会場は、大学近くの市民会館を借りて行われるもので、参加者、見学者には一律1500円の支払いが義務つけられていた。
アマチュアバンドの発表会にしてはかなり高額であるが、収容定員1500人のホールがほぼ満員であった。
在学の生徒だけのバンドでなく一般募集したバンドもあり、中にはプロデビュー直前のバンドまで含まれているため、少々高額のチケットでもすぐに売れてしまうのだ。
このライブにはバンドが総勢7組、出演し、審査員の判断により上位4組が文化際での出場権を手にすることができる。
落ちたバンドは文化祭直前にもう一度再審査があるのだが、こちらは1組であるため、なるべく有利な前半に皆全力を尽くすのだ。
実理たちのバンドのメンバーは全員が集合すると、優を除く5人は一緒に会場の楽屋に入ってセッティングやミーティングを開始した。優だけは客席でBLUE DAHLIAの出演を待つことになった。
実理たちの出番までに3バンドの出演があるのだが、実理たちの出番の頃になると観客はすでに出来あがっていた。
ステージに上がると会場は観客で埋まっていた。
直ぐにセッティングが開始される。
ベースとアンプの間には何も無くシールド直結で終わる健二。
ベードラをツインペダルで攻める秋山。
健二とは対照的に、ラックにエフェクターを詰め込み、無線の調整をする敏。
ストリングス系の怪しい音を出して会場の音響を調べる美里。
マイクスタンドを調整しながら、足元のフットスイッチ型マルチエフェクターのパッチを確認する実理。
セッティングが終るとステージ下でコンサートスタッフが始まりの合図をだした。
ドラムスティックの4カウントが終ると、一発目から軽快なテンポの曲でBLUE DAHLIAのライブは始まった。
全ての曲はコピーであるにも関わらず、その技量は十分に観客へ伝わっていた。
そして、アドリブソロの上手さは折り紙つきだった。
キーボードソロやドラムとベースのアンサンブル、特に実理と敏のツインギターは鬼気迫るものがあった。
敏はブルーススケールを基本としたもので、方や実理はミクソリディアンモードとディミニッシュトーンを軸としたソロの組み立て方であった。
この二人がソロを奏でるとコピーとはいえ全くのオリジナルサウンドのように聞こえた。
それに実理は練習中、意識して手を抜いていた。練習中は徹底的にコピーに徹していたのだ。それが会場の熱気に触発され、もてる技量全てをつぎ込んでいたのである。
実理はらライブでの雰囲気を全身で感じていた。
久々だな!半年振りか…
女になった分、シャウトに迫力は無くなったが、高音が気持ちが良い程伸びる。
ギターのバッキングも以前ほどのパワーは無くなったが、ソロでの運指は指が細くなったから楽だ。
MCは相変わらず苦手でメンバー紹介しかできないが、観客から励ましの声がかかると、何とかやっていけそうな気になる。
もっとも格好良いならともかく可愛いといわれると戸惑うけど・・
もっと続けたい
実理は、心の底からそう思う。
しかし、ライブはわずか数曲で終りを告げた。
演奏が終り盛大な拍手が実理たちを包み込んだ。
華やかなステージを終え、楽屋で実理や美里らはやり遂げた充実感をかみ締めていた。米倉は会場で見ていた優のところまで赴き優の肩をだいていた。
優は敏に肩を抱かれつつもある一つの確信に迫っていた。優は実理のギターソロを見て確信した。
あれはデビューまじかだったバンドDOPE-SHOWというバンドのギター権ヴォーカルの音にそっくりだった。歌い方もギターも。
DOPE-SHOWのヴォーカルは確か高校生くらいだった。ギターの腕は絶品でヘビーメタルなんかは易々とできたし、ヴォーカリストとしても申し分ない技量を持っていた。
ライブハウスでは絶大な人気を持っており、そのままメジャーデビューかと思われた矢先、ヴォーカルが謎の失踪をしたためデビューは幻となって消えた。残ったメンバーは新しいヴォーカルを見つけ念願のメジャーデビューを果たし、ヒットチャートでも、そこそこのランクを出していた。
失踪したヴォーカルの名前は確かMINORU、実理…
優は実理の全然女の子らしくない不自然さと、失踪したヴォーカルとの接点をなんとかみつけようとしたが、名前が一字違いという意外探せ出せなかった。
「何かある。」
そう感じたのはなにも優だけではない。
敏の方にもピンときていたのだ。
優と米倉にさそわれ、DOPE-SHOWのライブに敏も一緒にいったことがあるのだ。
特にタッピングからスウィープピッキングにかけてのつなぎの良さ、何より個性のあるミクソリディアンモードとディミニッシュトーンをあれ程まで使いこなせるギタリストとなると、いくら都内に数多くのバンドがあるといえど、目星はあらかたついてしまうのだ。
そして優が出した答えと敏が導き出した答えは同じであった。
実理=MINORU
しかし両者には決定的に違うところがある。
性別だ。
優と敏はこの点において決定打を欠いていたが、敏と実理は最近親しくなっていたので、敏の方がより回答を出せるところにいた。
大会会場では全バンドの演奏が終り、BLUE DAHLIAは見事1位を獲得し学園祭での出場権を得ていた。
授賞式が終りそのままバンドは打ち上げとなった。一人暮らしをしていた敏のアパートでメンバーと優は集まりそこで盛り上がった。
テレビなどを見てると敏のCDラックから優は一枚のCDを見つけた。
それはDOPE-SHOWのCDで、1000枚程度自主制作されたものしかなく、そんなに数多く出回っているわけでもなかった。
これをみて優は
「あ~!これDOPE-SHOWじゃん、これ私も持ってるよ。」と叫ぶと敏も
「これはお前らからライブにつれて行かれた後、速攻でCD探したんだぜ、もう解散したけどいいバンドだね。」
この話題になぜか実理は付いてこなかった。
敏も優も実理の方をチラチラ見ていた。
実理はそれを感じていても、無言のままだった。
「これかけてみよう。」と優がいうと、敏はCDデッキにCDをセットしてスピーカーから音がでた。
2,3曲かけた時点でそこにいる者は全てそれに気がついた。
それに似てるということを・・
思い切って優が実理に
「このヴォーカルとギターは実理の音に良く似てるね。」と出来るだけ平静を装って言うと実理は
「そう?でも、ほんと似てるね。」とちょっと声が上ずっていた。
「でも珍しくないんじゃない、これってS・Vの真似だし早奏はY・Mだし、両方とも日本じゃ珍しくないよ。」と言い訳したが、いくら有名でも知っているのと出来ることとは大違いなのだ。
みんなそれにあこがれしつつも、実際は別のことをしているのだ。
ムードメーカの健二が「まぁまぁ、論議はそれくらいにして・・」と助け舟を出したので上手く話をそらせた。
お開きの時間になって、みんな敏の部屋からでようとすると敏が、実理を呼び止めたので、部屋の中で残った。
一瞬無視しようと思ったが、美里の怖い視線と合ってしまって結局残ることにしたのだ。
音楽の話はここ数日間の二人きりの食事の時に話つくしてしまっているため、何を話そうかと思っていると、敏から
「ねぇ、付き合ってくれないか実理」
「えっ!」いつもはちゃん付けで呼ばれているのに突然呼び捨てにされ、困惑した。
「いつも、食事には付き合ってくれたじゃん、俺達そんなに悪くないと思うけど・・」
なぜか実理は、心臓は鼓動が早くなることを感じていた。
目と目があったが、顔を真っ赤にして目をそむけ下を向いていると、敏が除きこんできてた。
そしてそのまま、唇と唇を合わせた。
うあ、俺、男なんだぜ!あっ今は女か
でも男とKISS!?
と最初は慌てたため全身に力を込めていたが何故か引き剥がす気には鳴れず、しばらくそうしていると、次第に心地良さを感じていた。
うぅ~ん
目をつぶる。
敏の唇があるそこにある。
俺なんかで良いのかよ、敏?
後悔しても知らないよ!
気がつけば実理は敏の首に、敏は実理の背中にそれぞれ、手を回して抱き合っていた。
唇を離して二人とも会話が出来るようになる。
互いに相手の息が手に取るように分かる。
心臓の鼓動さえも・・
「いいよね。」
「うん」
この一言で二人にとっては十分だった。
翌日から、実理は大学中の注目の的であった。
普段はまわりの目を気にしないような格好でいる女の子が実はめちゃくちゃ可愛いとなれば、それを放っておくなという方が無理だ。
更にそんな子がすばらしいギターを奏でるというのだから、俄然注目度があがる。すでに一部ではアイドル扱いされステージでの写真は金銭で取引されているのだ。
部室があるサークル棟では、見学者が大勢いたため他のバンドから迷惑がられたので、構内での練習をしばらくあきらめた。
ある日構内新聞に大きく、実理はあの幻のビジュアルバンドDOPE-SHOWのヴォーカルMINORUの生まれ変わりだ、という記事が載っていて、それを見つけた実理は驚いた。その他にはMINORUと実理の関係を指摘する噂が絶えず起こるようになり、実理は自分の行動の迂闊さを呪った。
それがあまりにも大げさになったため、実理は無視を決め込んでいた。
相変わらずサークル棟では見物者がいたので、金はかかるもののスタジオで練習を続けていた。
実理と敏の関係もあれ以来親密になっていた。実理はよほど寒いとき意外はスカートをはくようになり、それに伴ってメークのメキメキ上達していった。
なにより女の子らしい仕草が身についてきたので、母親はもとより美里も自分のように喜んでいた。
敏は実理とminoruの関係をそれ以上詮索することはなかったがただ一人、優だけは疑っていた。
そして、いつも練習スタジオでのこと・・
DOPE-SHOWの曲をインストでコピーして歌の曲間に入れたいと健二が提案してきた。
それぞれが耳コピーして初めて合わせると、全然なってなかった。みんなで何とか形にしようとしたが、どうにもならなかった。
それを見ていた実理は最初は悩んだフリをしていたが、イライラしてきたので的確な指示をすると、なんと元曲と同じ、いやそれ以上の曲となった。その様子を見て優は実理に
「DOPESHOWのMINORUみたいね」
「そうだよ」
!?
そう答えた後でしまったという顔をしたがもはや後の祭り、発せられた声は元に戻ることなく、健二らの耳に溶け込んでいった。
そしてその言葉が意味するものは、一つの確信を事実へと受け止めさせることだった。
しばらくの沈黙の後、優が「どういうこと。」と問い詰めてきた。
実理は答えられずにいると、スタジオの練習時間が終了するベルがなったので、敏の家にみんなで移動した。移動中、メンバー誰一人として話す者はおらず、一様に沈黙したままだった。
敏の部屋について、優が実理に何か責めようとしたが美里がけん制していた。敏が実理に
「このまえのライブから何かみんな気づいていたと思う。」とここで言葉を区切ってみんなを見渡し、
「なにか隠していることがあったら、全部言ってスッキリしておうぜ!実理」と隣に座った実理の肩を後ろから優しく抱いて答えを促した。
そんな敏の気遣いか実理には嬉しく思い、実理は敏に向かい合い頭を敏の肩にのせていた。
実理が涙を流しはじめたので敏が実理の顔をみんなに見えないよう、実理の顔を自分の胸に当てさせ両腕で実理の頭を抱いた。
実理の耳から、髪から、敏の暖かさが全身に溶け込んできた。
敏は胸元で泣く小さな女の子がとても愛しく、そして何よりもかけがえのない大事な人で、自分が守るべきものだと思った。
そして、今自分を必要としていることがとても誇らしく思えた。
嗚咽がしばらく続いたが、一息つくと実理から話はじめた。
「ゴメン、みんなには本当のことは話したくなった・・このままずっとこのままで生活していければよかったのだけど・・実は私・・僕は男だった。」
それから実理はこの半年間に起きた出来事を話はじめた。そしてMINORUとは自分のことであったことも。
話を終えると実理は「嘘を付いてて、ゴメン」と何度も呟いていた。
話している間中、敏は実理の肩をずっと抱いていた。
「実理が悪いわけじゃない。そんなことなもっと早く話してくれたら、俺達はもっと実理の力になれたと思う。もう隠し事はゴメンだぜ!」と敏は優しく実理を守るように話した。実理はそんな敏の優しさがたまらなく嬉しかった。
その腕の温かさを全身で感じながら、心地よさに身を任せていた。
敏の肩ってこんなに広くて暖かかったのか。
自分がこんなに小さいとは思わなかったよ。
お前に出会うまでは。
お前が恋人で良かった。
優しい人・・
言葉にならない思いが実理の胸を駆け巡る。
「それに、実理がいれば俺達のバンドは無敵だぜ。MINORUであろうがなかろうが、 今のお前はBLUE DAHLIAの顔だろ」というと実理は心から嬉しそうにうんと頷いた。
美里は、そんなことがあったらまず私に話なさいよ。知らなかったこっちが恥かしいじゃない!と言ってくれた。
健二や米倉は最初から無関心であったし、優も「そんなことがあったんじゃ、しょうがない。」と言った。
敏がこのことは絶対に他人に漏らすなよと呼びかけると、みんな同意してくれた。
実理はみんなの心使いが嬉しかったし、なにより敏の暖かさが身にしみていた。
その後はいままでのわだかまりを一気に捨ててるように騒いだ。
実理と敏の仲も上々で、親密な交際を続けていた。




