第5話◆清水と亜紀の過去◆
俺の名前は清水和也。俺はこの4月、Y金型加工メイカーの技術者としてむかえられた。俺に任せられたのはNCマシニングセンターと言う機械だ。NCとはパソコン上でプログラミングを行いそのプログラムを機械本体に送り、刃がプログラム通りに動くと言うもの。
俺はNCマシニングの資格を持ってるというのもあってか特に機械に戸惑うと言うこともなく順調に仕事を覚えていった…
そして2ヶ月がたった…慣れてきた頃が一番ミスをするという…でもそれだけが原因じゃないはずだ…
300万…
………
………
俺が会社にあたえた損失…機械の軸がずれ全ての原点が狂った。全ての製品の寸法を狂わせた…
会社に与えた損害300万…
俺はこの時悟ったんだ。何をやってもうまくいかないど〜しようもない奴はいる…努力したところで…無駄なんだ…
………
………
会社の人の声が『死ね』と聞こえた…
俺の人生は暗黒に満ち溢れている…きっとこれからも…楽しいなどない…ならばいっその事…
死のう…
………
………
「…っと言うわけだ…何をやってもうまくいかない…この辛さわかるか?本当に辛いとはこういう事を言うんだ!」
「………」
「………」
アルネ男もブタ男も黙って話を聞いていた。ところが女だけは違った。女は口元を手で押さえ必死で笑いをこらえているようである。清水にしてみたらたまった物じゃない自分を『死』まで追いやった出来事を笑われたのでは…当然のごとく清水は女に詰め寄る。
「何がおかしい!」
「いや…300万で自殺なんて…呆れて…」
女の笑い声が強くなる。清水の声もより強くなる
「何がおかしいんだ!」
「………」
「言えよ!」
「………」
女は周りをグルッと見た。清水は怒りに満ちた目をしている。アルネ男とブタ男は次に女が言う言葉を待っているようにも見える。そして女はため息をつき、3人を睨みつけた。
「み〜んな自殺する理由になってないわ!一度頭冷やしてらっしゃい!私はね…」
女は自分の過去をゆっくりと話し出すのだった…
私の名前は亜紀、28歳…私は某テレビ局の女子アナをしている。私は子供の時から才女とよばれこの容姿だけでなく勉強もスポーツも何をやっても一番だった…地元では陸上次期オリンピック代表確実とも言われたわ…でも私はそんなものには興味がない…小さい頃から私はテレビに映る女子アナに憧れていた。
私の夢は女子アナになること…
だから東大をけって慶應にはいったの…当時、慶應出身の女子アナが多かったからね…そしてミス慶應に輝いた。順風満帆だった…全ては思い通りに言っていた…
私は某テレビ局に入社する事が出来た。3人の同期の中で私はアナウンス技術、アドリブ全て群を抜いていた…と思う。そして某バラエティー番組のアシスタントに抜擢される。新人として会社の評価も高かったてわけね…
芸人とのやりとり、切り返し…自分でも満足できるものに仕上がった。それからどんどん仕事が増えていった…でもどれもバラエティーの仕事ばかりだった…
本当は私は報道の仕事につきたかった…でも新人の頃の私はどんなことでもチャレンジした…自分のアナウンス技術向上のために繋がるものだと信じていたからね…
同期の女子アナは私を羨んでいたようだけど私はちっとも満足できなかった…半年程たった頃には私は…
バラエティーアナのレッテルを貼られていた…
………
………
同期の中で一番出世が早かったのは事実、それも給料に反映されて。
でもね…私はもう自分に嘘をつくのが出来なかった。
報道の仕事がしたい。私は社長に直訴したわ…
「………」
「亜紀君、報道なんて誰でも出来る仕事だよ。バラエティーアナはセンスがいる…君にはそのセンスがあるんだ…もったいないよ」
社長の言葉だ。結局社長は女子アナを商品としか見ていなかった。
………
………
そして私はフリーになった。
私は自分のやりたい仕事をやるためにフリーになったのだが現実は皮肉なものだ。来る仕事、来る仕事バラエティーだかり…すでにバラエティーアナというレッテルが貼られていた…どんなけ頑張ったところでバラエティーアナの評価があがる一方だった…
価値観の違い…
私はいつも本当の自分は他の所にいると思っていた…
テレビで報道の仕事をしている女子アナを見ると悔しくてたまらなかった…涙が出てきた。私は買い物をしててもサインをもとめられ指を指されたり…周りは私をチヤホヤしたり…私はアイドルじゃない…私は女子アナ。
私は女子アナだ…
好きな女子アナ1位…
結婚したい女子アナ1位
面白い女子アナ1位…
何なのこれは?
………
………
女子アナに人気は必要ない、面白い必要ない。報道は事実をありのままに伝えればいい…自分の主観は入れるべきじゃない…
小さい頃憧れた女子アナ…
私が求めるのは何?
もう自分自身に嘘をつけない…死のう…
死のう…
………
………
「…っと言うわけなの…私は自分を殺してまで仕事する気はないわ…極端かもしれないけど自分を殺すくらいなら死を選ぶ…」
「………」
「………」
「君を見たとき何故か懐かしい気持ちがした…これでわかったよ…俺は君をテレビの中で見ていたんだな…」
清水は少し悲しそうな顔をして亜紀を見た。そして思い詰めたようにこういった。
「結局、自殺の理由なんて人それぞれかもな…他人が人の辛さなんて分かりっこない…自殺の理由を否定するべきじゃないような気がする…」
「…たしかにそうアルネ…」
「右に同じブー…」
「………」
「死のうか?」
それからは無言で皆ロープを木にくくりつけている。一つの枝に4本のロープが掛かった様は何か芸術とも呼べるような異様な雰囲気だ。
「みんな人生に悔いはないな?」
「…悔いは…あるブゥ」
みんなブタ男の顔を見るブタ男は空を見て涙を流している…
「一度でいいから…一度でいいから…」
「………」
「北京ダックを死ぬほど食べたかったなぁ…」
ブタ男は泣いていた…