大神の会合
“今回の会合の注意事項を伝えるね。まず、今回の会合は大神、と呼ばれる神が集まるよ。全部で8柱ね。僕と、炎の神、山の神、海の神、風の神、空の神、大地の神、時の神の8柱。”
太陽の神、とかは居ないんですかね?
“そんなやつは居ねぇよ!”
いきなりやさぐれるベネルフューゲル。あ、これ地雷ね。何となく理由が分からんでもない気がする。触れないようにしよう...。
“で、其々が眷族を一人つれてくるんだ。どれも異世界から召喚した魂を持っている眷族だよ。みんな君より一年以上前に生まれた連中だから闘うってなると大変だけど、交流する分には問題ないよ。”
なるほど、気を付けよう。ダンジョンと関係ないところで死亡したくはないしな。いやどこでも死亡したくはないんだが。
“危なくなったら僕が何とかするから、その辺は大丈夫。”
ベネルフューゲルに大丈夫と言われると、逆に不安だ。
“平気平気!1度死んでも戻ってこれる位にはしておくから。”
ニヤリと悪意に満ちた笑みを浮かべる夜の神。すみません謝りますので、死なないように手配頂けますか?ごめんなさい。
“ふふ、ヒュプノス君はビビりだなー。妙に強がられるより好感持てるなー。”
有り難うございます!と媚を売っておく。
“…可愛いげは無いね。さて、それでね、ちょっと気を付けてほしいのが、眷族同士の会話ね。多分、根掘り葉掘り加護の事を聞いてきたりすると思うんだけど、なるべく秘匿にしてね。後で困るかも知れないから。特に海の神の眷族には気を付けて!”
海の神の眷族ね。了解。海の神と何があったか、は聞かない方が良いだろうなー。
“よし、じゃあ、会場に飛ぼうか!”
言うと同時に、闇が広がっていく。ボーッと見ていると、気づいた瞬間には転移が完了していた。
転移って俺も使えるようにならないかな。
「そのうち使えるようになるよ、きっと」
びっくりして横を見ると、実体化したベネルフューゲルが横に立っていた。蝙蝠の羽にグレーの腰まで伸びた髪の毛、耳の横からも蝙蝠の翼のような角が生えている。顔は超絶に美人で、瞳もグレー。吸い付くような桃色の唇は見ているだけでドキドキしてきてしまう。あかん、これずっと見ていると魅了される感じする。気持ちを切り替えないと。
「ふふ、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。」
俺の気持ちが読めている神様は、やはり何枚も上手だな…ドキドキ。
ほ、他の事で紛らわせよう。俺はきょろきょろと辺りを見回す。見たところ高級ホテルのロビーみたいなところに来たみたいだけど?
「ここはね、大神達が集会に使う亜空間。僕達の全員の合意で使うことのできる空間だよ。たまーにしか使わないけど、こうして仕方なく全員集まるときは使うんだ。仕方なくねー。」
あのー、大神同士は仲悪いんすか?
「僕は、あんまり良くないかな?面倒な人たちなんだよ。いや、神たちか。何だかんだと面倒事を僕に吹っ掛けてくるからね。」
頼られてるって事ではなくて?
「神なんだから自分で勝手にやれよなー、って感じ?」
俺が思うにベネルフューゲルは大神の中でもかなり大きな力を持っているのではないだろうか。そうでなければ、わざわざ彼女にお伺いを立てる必要がない。俺はそういう意味では期待のルーキー、なのかも。怖っ!
「まあ、他の大神からも注目されてるかもね?頑張ってねー。でも言いがかりには気を付けてねー。」
ううむ、もともとが小物である俺としては、注目を浴びるのは何とも気恥ずかしい。言いがかりとか、カツアゲみたいな感じなのだろうか?うう、怖いなぁ。
そんなことを考えている俺のことをおいて、ベネルフューゲルはロビー奥の大扉を開ける。と、そこはコロッセオのような造りのアリーナで、扉を開けてすぐに下りの座席が円形に用意され、そのさらに下には闘技場となる広い舞台があった。なんで闘う気満々だよ。今、会場に居るのは2組の大神達だけの様だ。
「おお、これは夜の神。ご機嫌麗しゅう。」
まず一礼してきたのは、真っ青な神の色をした背の高い男の神。
“彼が、海の神アンティオキア。僕らの加護を盗み見ようとしている輩だよ。”
神様が念話で俺だけに話しかけてくる。なるほど。青髪がアンティオキア、と。しかし、警戒しながら会話となると、何だか緊張するな。
「やあ、アンティオキア。元気?」
ベネルフューゲルはフレンドリーな挨拶だ。アンティオキアはニコリと微笑みを浮かべて、彼女の手を傅きながら取り、キスをする。貴族的で気障な感じの神なのだろう。
「お隣がベネルフューゲル殿の眷属かな?シトリーとはこれまた…。」
海の神は嘲笑のような笑みを浮かべて俺を見る。何ぞ、問題でもあるのだろうか?シトリーは進化途中でシトリーなわけだけど。
“あ、ごめんヒュプノス君、大体の神は、ダンジョン創る前に最終進化が終わった眷属をこの世界に呼び出してるの。だから、彼のはただの勘違いね。”
え、そういうこと?ダンジョンを創るか、眷属を創るか、どっちが先かって話?
“そうだね、僕以外は自分のダンジョンが真っ先に破壊されるのを恐れて、自分の眷属をダンジョン作成前に予め作っていたけど、僕はダンジョンを創り上げて、そこから眷属を呼び出した方が最終的に得られるものは多いと判断したんだよね。”
まあ、眷属である俺が、魔石やスキルの強化を出来ることを考えると、それもそうなのかも。
“そ、最終形態で転生してきた場合は、種族ごとのスキルやスペル以外は持っていない事になるからね。”
なるほどなぁ。それで、今俺は下積みの苦労をしている訳か…。だが、ま、出来ることが増えると思って楽しむ事にしよう。
“ヒュプノス君は話が分かるね!そうだ、ポジティブ・シンキングが大事だよ。”
「まあ、これから強くなるという話であったな。今後とも宜しく頼むぞ。」
あ、海の神のことすっかり忘れてた。俺はこくんと一礼する。喋るのは念話で行えばいいそうだが、別に海の神に掛けたい言葉があるでもない。それにこういう会合って何かSEとかお偉いさんに連れられて行った契約先の顔合わせみたいで、何とも喋りづらい雰囲気があるんだよな。所詮は一プログラマーに過ぎないというか。いや、今は期待のルーキーなんだったか。
海の神が左てを徐に横へ差し出すと、そこには巨大な水の塊が忽然と現れた。それが渦を巻きながら小さくなり、代わりにその中から、蛇のような首が現れたかと思うと、一気に甲羅とヒレを持つ首長竜のようなモンスターが姿を現した。何とも立派な、いかにも強そうなモンスターの姿に、俺は少したじろぐ。これは…今の俺では絶対に敵わないな。
“夜の神、ベネルフューゲル様、初めまして、私はアンティオキア様の眷属、玄武竜のアセンズと申します。”
「ん、よろしくね。」
“君は、ベネルフューゲル様の眷属だね?名前は?”
気さくだな。
“俺は、太郎…じゃ無かった、ヒュプノスです。以後よろしく。”
“うん、よろしく。っていうか太朗?まじで、もしかしなくても日本人?俺も浩って名前だったんだよ!いやーシンパシー湧くなあ。しかも「鈴木 浩」だぜ?もうちょっと捻れよなって感じだよ。いやいや、よろしくな!”
な、何だこいつ、いきなり砕けたぞ。気さくどころじゃない。しかし、実を言えば俺も山田太郎だ。こいつの境遇には俺もそれなりに感じ入るところが有る。だがそれにしても距離が近いだろ。
“あ、ああよろしくな。”
俺はあいまいな返事を返す。続いて、ベネルフューゲルの方へとにこやかに歩み寄って来たのは、真っ赤な髪の毛を逆立てた神。
「ベネルフューゲル殿、ご機嫌はいかがかな?」
「ああ、見てのとおりだ。有り難う。」
「眷属殿も、初めまして。私は炎の神、カルカベキアだ。」
“ベネルフューゲル様の眷属、ヒュプノスです。よろしくお願いします。”
うむ、という言葉。その後ろにはもう一人、オレンジ色の髪の毛…ではなく炎を頭から生やした人?が立っている。
「お初にお目にかかります、夜の神。私はカルカベキア様の眷属、ボルカノンです。種族はアータルと言います。以後お見知りおき下さい。」
「ああ、アータルなんて珍しいな。久しく見ていないモンスターだ。」
ベネルフューゲルはニコリとする。ボルカノンは少し恥ずかし気に視線を逸らした。…惚れたな?
“君は、ベネルフューゲル様の眷属かい?その容姿、主に似つかわしくないね。改めるがいい。”
うお、ものすごい上からものいう奴が現れたぞ?イケメンモンスターだからか?
“今レベリングの最中でな。ほっといてくれるか。”
そう返事をすると、フン、と鼻だけ慣らして去って行った。何なんだあいつは。前世は社長のボンボンか?全く。失礼なやつリストに名前を乗せておこう。ボルカノンね。
ほかの神様たちも遅れて次々とやってくる。ベネルフューゲルに念話で教えてもらいながら、容姿と名前を一致させていく。
まずやって来たのは、山の神クルフルスト。ビリジアンの髪の毛をショートに切った強そうな女神だ。服装も全身鎧で、かなり武骨な雰囲気。その横の眷属は、ペン・ドラゴンのゴライア。半端なくデカい羽を持たないドラゴンだ。真っ黒い鱗に覆われ、いかにも強そうである。
その次にやって来たのが、時の神イザク、真っ黒い神を引きずるほど伸ばした女神で、切れ長の目はどこか日本人を彷彿とさせる。髪と同じく真っ黒い羽織を着ている辺りも、それに拍車をかけているのかも知れない。そしてその眷属はヴェルザンディのカレン。こちらは金髪で妙齢の美女、という感じで、主とは逆に真っ白いローブを身にまとっている。
続いて、風の神ルバイヤート。緑色のウェーブの掛かった髪を肩まで伸ばした、快活そうな女神だ。連れている眷属はシームルグのザール。キラキラと虹のように美しい羽を全身に纏った大きな鳥の姿をしており、見る者を魅了する。
それからそれから、空の神イスファハーン。水色の髪の毛をオールバックにした男神で、甲冑のようなものを着込んでいるが、クルフルストのように武骨な感じではなく、どちらかと言うと儀礼用の鎧、という感じである。眷属はジズのハーネラ。巨大な真っ黒い鷲だ。デカさならペン・ドラゴンの次くらいだろうか。
最後に入って来たのが、大地の神オルテゲイオス。農耕民族のような麻の作務衣を身にまとうなんとも雑駁な印象の神様だが、柔和そうな顔に厳しさを宿す皺が浮かんでいる。そして、その眷属はミドガルズオルムのアバドン。アホ程デカい。意味が、解らない。入り口の扉から顔だけ見えているが、それも会場に入ることが出来ないでいるらしい。全く、意味が解らない。
と、そうこうしているうちに会合が始まるようだ。海の神が皆の前に立ち、開会の挨拶のようなものを始めた。
「皆、今日は良く集まってくれた。今日の会合の目的は他でもない、我々と、その眷属との交流だ。来たるべき未来において、我々は憎きゼノンの呼び出した異世界の勇者達と争うこととなる。ともすると共闘しなければ乗り越えられない瞬間が有るかも解らん。お互いの事を知って、我々自身の置かれた状況を知れば、百選危うからずというもの。皆も大いに話し、飲み、食べ、交流を深めてほしい。そして、眷属の皆。今日はお互い異世界から来たという事だから、気兼ねなくお互いの過去、現在、未来のことを話してくれればと思う。モンスターの恰好で居るのも何であろうから、人化を使えるものは是非人化したうえで、話に参加してほしい。」
海の神アンティオキアの挨拶の後、殆どの眷属達は人間の姿へと変身した。例外は…俺だけの様だ。デカすぎて入れなかったアバドンも、ようやく中に入ることが出来たようで、今しがた合流した。
“あー、ヒュプノス君、ごめんねー、アバターでも用意しておくべきだったか。”
いや、別に心配には及びませんよ、神様。俺はこういう場で穏便にやってく術を無理やり回らされた営業の時に身に着けておりますから。
とはいえ、大神連中から見た俺は期待のルーキーかも知れないが、ここに集まった眷属は見るからに我こそは主役という雰囲気でお互いをけん制している風だから、俺の出番はあまりないかも知れないな。
と、思っていたら直ぐに話しかけてきたやつが居る。青髪の青年、鈴木浩ことアセンズだ。
「なあ、お前人化の術使わないのか?」
事もなげにそう言ってくる。
“俺はまだレベリングの最中だから、人化の術とか持ってないんだよ。”
「はあ?レベリング?ゲームじゃあるまいし、異世界まで来て何やってんの?」
“いや、俺の神様がさ、ダンジョンを先に作りこんでから俺を召喚したから、弱いモンスターから進化していかなきゃいけないって言うんだわ。俺はこっち来たのも最近だし、まあこの程度しか成長していないってわけ。”
「ふーん、俺の時は最初からこの強さだったからな、レベリングなんてしなかったぞ。というかどこでレベリングしてんの?」
“神様の創ったダンジョンだよ。山ほどモンスターが居たり冒険者が入ってくるから、材料には事欠かない。”
「マジで?俺んとこのダンジョンまだまだ浅くて、モンスターとか中々増えないんだけど。」
“へー、それは、うちの神様がダンジョンを先に作り込んだってのが大きいんだろうな。”
「レベリングとか楽しそうだなぁ。」
“そうでもないぞ、結構死にかけてる。はじめから強いにこしたことは無いよ。”
「まーね、今の自分が勇者と闘っても、勝てるって感じはするもんな。っていうか死にかけてんのかよ。怖いな、やっぱレベリングはパスだな。」
「ちょっと、あんた達何か楽しそうな話してるじゃない?」
と勢い込んできたのは、シームルグのザールだ。今は髪の毛をパールの様にキラキラと輝かせている。地球では絶対にお目にかかれないタイプのエフェクトが掛かった美少女である。
「そもそも、あんたは何で人化しないのよ?」
“いや、出来ないんだよ。まだレベルが低くて。”
「は?レベル?まあ、要は使えない奴って事ね。話は分かったわ。あんたは、ま、適当に頑張ってなさい。それで青髪君、君は中々強そうだから、私と友達になりましょう?」
“こいつは日本出身じゃないかもしれないな。”
俺は誰ともなく呟いたが、念話が2人にも漏れていたらしい。
「はあ!?私はれっきとした日本人よ!牧田愛子って名前があるんだから!」
そりゃまた。だが日本で暮らしていた人間の口ぶりじゃないよな。どんなところに居たらこんなやつが現れるのか、さっぱり解らない。
「君は弱いんだから、もういいの。特に用は無いわ。それより、アセンズ君、だったっけ?ちょっとそっちで座りながら話でもしない?」
「あ、ああ、いいけど。」
アセンズはチラチラこちらを見ながらも、ザールに引っ張られていく。俺が思うに、ザールと共闘するような状況になったらもう詰んでるかも知れない。ベネルフューゲルには風の神と組むのはやめよう、と強く推奨しよう。
俺はそのまま暇なので、くるりと丸くなって床に横のなったのだが、すぐに話しかけてくるやつが居た。ヴェルザンディのカレンだ。
「ねえ、ちょっとでいいからさ、撫でてもいいかな?」
“ああ、構わないよ。別に噛みついたりしないから。”
俺はそんな返事を返す。どのみち今の俺が噛み付こうが何しようが、君には敵いませんからね。
「あはは、ありがと。」
と言って俺の頭となく耳となくわしゃわしゃと撫でまわしてくる。耳とかって撫でられると結構気持ちいいんだなぁ…新発見。シトリーにならなければ、俺は一生この感覚を知ることは無かったろう。
「うん、なんかこうしてるとうちのワンコの事、思い出すなぁ…。」
“君も日本から転生してきたの?”
「えっ、そうだよ?あなたもなの?」
“ああ、そうだよ。俺は山田太郎ってありきたりな名前の男で、プログラマーやってたんだ。”
「へー、プログラマーさんかぁ。私はね、伊藤結っていう名前だった。仕事は、犬の訓練士をしてたんだ。沢山犬を預かってた。でも、その犬の訓練中に暴走した車にはねられちゃってね…。気付いたらこの世界に来てたってわけ。」
色んな経緯が有るんだな。俺は床でごろ寝してただけだけど、もしかしたら人生に絶望してたから、死んだようなものだと扱われたんだろうか。
「私、この世界に来てまだ友達いなかったんだ。だから、太郎君が友達になってくれると嬉しいな。」
“ああ、こちらこそ宜しくな。ちなみに俺の今の名前はヒュプノスだ。太郎よりそっちの方がカッコいいから、そっちで頼むわ。”
「あははは、解ったわヒュプノス。」
彼女はニッコリと微笑んだ。金髪に白いローブが相まって、それは驚くほど眩しい笑みだった。