初めての進化。
“お、ヒュプノス君。ついに初めての進化だね。よくぞここまで生き残った!はっはっは。”
ベネルフューゲルはいつも通りの軽い口調で話す。俺はあの後もずっとオーク狩りをしていた。もはや同族を配下に付けることもすっかり忘れ、憎きSEの顔をしたオークを殴り倒して充実した時間を過ごしていたわけだ。そしたら、
ピロリン!
と、何とも可愛らしい音が鳴り響いて、レベルマックスのお知らせが届いた。今の俺のステータスはざっとこんな感じ。
・ヒュプノス
【種族】ナハト・コボルト LV.10(10/10)
HP 32/32
MP 15/15
攻撃:28
防御:12
魔力:10
知力:15
俊敏:20
スキル:なし
スペル:スリープ
加護:ハイディング、ステータス
攻撃がやたら上がってしまったのは、オークの魔石ばかり食べていたことが大きい。にしても、随分と伸びたもんだな。そこらの冒険者には、そうそう負けないぞ。
“まあ、入り口付近をうろついてる冒険者は弱いからね。奥に来るようなのはまた違うから、気を付けてねー。ああ、それで、進化先も見てみてよー。”
おお、そうだった。俺は、何に進化出来るんだって?ステータスの横に、なにやら点滅しているシグナルが有るので、それをスライドすると、進化先一覧が出てきた。
・ヘルハウンド(火)
・ブラッドアウル(風)
・オーク・ソルジャー(土)
・サハギン(水)
うん、属性別になっているのは解った。オークソルジャーとサハギンは、無し。俺の外観がアレになるのは許せん。ステータスが良かろうが、何だろうが、絶対的に許せん。となると、自動的にヘルハウンドか、ブラッドアウルだな。
“攻撃力ならヘルハウンド、素早さならブラッドアウルだね。今のステータスも反映されるから、どちらもそれなりに伸ばしやすいと思うよ。”
うむ、一度空を飛んでみたいというのはあるが、ここダンジョンだしな。大空を飛ぶ、ってわけにも行かんだろうから、無難にヘルハウンドで行こう!
“それで決まり、で良いかな?じゃあ一度僕の空間まで呼び寄せるねー!”
っと、そんな決まりなのか?見る間に俺の周りには闇が拡がって、気付くと転生した時にやって来た何もない空間へと移動していた。目の前には蝙蝠の羽の女性、ベネルフューゲルだ。以前は羽以外何のイメージも記憶に残らなかったが、今は少しだけシルエットが解る。
“お、少し強くなったから僕の事が見え始めたみたいだね?よしよし、その調子で頑張ってくれよー?”
ベネルフューゲルはご機嫌だ。俺が進化するに至ったのが心底嬉しいらしい。
“そりゃそうさ。転生には随分と色々手間がかかっているんだし、他の神様たちにも自慢したいじゃないか。うちのヒュプノス君は凄いぞ!って。”
はあ、まあ、そうですかね。
“じゃあ、早速進化を執り行うよ。『宵闇より来たりし時間の民よ、わが眷属の行く末を祝福し、その加護を彼の者に与えよ』”
なにやら詠唱をしたなぁ。っと、俺の身体が闇に包まれていく。あ、これ、ダンジョンに移動したときの奴だな。次に起きたら犬の姿ってわけか。俺は闇の中でゆっくりと意識を手放していく。
「フー、行ったか。ヒュプノスの成長はまずまずだね。…所で炎の神カルカベキア、この滅茶苦茶な時期によく直接ここまでやって来たね?僕の事を面倒事に巻き込むつもりかい?」
ヒュプノスをダンジョンに送り届けた直後、ベネルフューゲルは独り言のように話し出すが、先ほどまで彼女の存在以外に何も無かったこの空間に忽然と一柱の神が姿を現す。
「何を今更そのような事を。面倒事などとうに起こって、だからこそこうしてお互いダンジョンを創っているというのに。」
ふ、と笑みを浮かべるベネルフューゲル。
「僕としてはね、自分自身の力がまた以前のように戻ってくるなら、別に復讐とかはどっちでもいいんだけどな。」
そう話す夜の神に、炎の神は苛立たし気な表情を浮かべて噛みつく。炎を司るだけあって、どうやら激情家なのだろう。
「そうは行かぬ。我々を排斥しておいて、彼の一柱はこの世界を牛耳ろうとしておるのだぞ?呆れた輩だ、生かしてはおけぬ。お主なんて邪神などとすら呼ばれている始末ではないか。それにな、ベネルフューゲル、ことは最早それだけでは済まされなくなってきたようだぞ。」
右の眉を上げて、先を促すベネルフューゲル。
「ゼノンめは、異世界の勇者を呼び出さんとしている。我々が異世界人の眷属を呼び出しているのを嗅ぎつけたのだろう。世界各地に散らばったダンジョンへ向けて、ダンジョンの数だけの勇者を集める魂胆だぞ。」
「へえ、それは確かな情報なの?」
「ああ、間違いない。異世界へのゲートを司る魔力を、私の眷属が感知している。だが、流石に奴も沢山の信仰を集めてそれなりに力が溜まったとはいえ、神の一柱に過ぎん。我々と地力は何も変わりはしないから、勇者の呼び出しにはそれなりに時間がかかるだろう。それまでに我々は眷属やダンジョンを育てる必要がある、という訳だ。」
「なるほどね、解った、カルカベキア、有り難う。僕もヒュプノスの成長を急ぐとするよ。」
「我々の眷属が揃えば、ゼノンの勇者をも打ち負かすことが出来るだろう。奴の思い通りにはさせぬ。」
息巻いている炎の神に、夜の神はたしなめるように言った。
「アイツもこちらの動向をそれなりに探ってるだろうから、足元を掬われないようにね?」
カルカベキアは首肯した。
うん、ここはどこだ?いつもの夜の都とはちょっと違うようだが…、窓が直ぐそばに見える。そこから見下ろすと、俺が少し前まで暮らしていた、ノクトルムの町が拡がっている。俺はどうやら、王城側の建物内に居るようだ。むっくりと起き上がり、反対側の窓も見やると、王城が直ぐ後ろにそびえている。つまり、ここは王城を守る城門の砦、という事になるだろう。
俺の姿はと言うと…四足歩行に変わったようだ。何だか2足歩行から4足歩行って退化したみたいでちょっとやだなぁ。あ、そんなことよりステータス見なきゃ。
・ヒュプノス
【種族】ヘルハウンド LV.1(1/10)
HP 40/40
MP 25/25
攻撃:32
防御:15
魔力:15
知力:18
俊敏:22
スキル:ファイアブレス
スペル:スリープ、セルフバーニング
加護:ハイディング、ダーククラウド、ステータス
おお、強くなってる。大幅に。これは素敵だな。レベル1なのに。そして、解りやすいスキルとスペルが増えてるのもいいな。如何にも炎属性って感じだ。それと、加護が増えたな。ダーククラウド?
“じゃーん、ダーククラウドはね、要するに目くらましの霧だね。”
わー、じゃーん、とか言っちゃって神様かっこ悪い。でも目くらましは有り難い。有難うございます、神様。やっぱり加護は夜とか闇とか、そういうのに掛かってるんだな。
“そうね、僕の付けることのできる加護は基本闇属性よ。そのうちもっと派手なのも付くから期待しててね!”
有難うございます。さて、この砦の中を散策するとしますか。如何にもな鎧とか、石造とかあるみたいだけど、これはどうも装飾みたい。で、そのまま部屋を出て廊下を走って回ると…
でた、オーク。オークの群れ。5匹居るな。もしかして城壁を守る兵士だったりする?そういえば服装も鎧を着ているようだしな。相変わらず上司に似てるけど、良い加減殴り過ぎたのか、上司への怨嗟は消えてるけどな。だからと言ってオークに手抜きをするつもりも無い。取りあえずステータスをざっと見ると、あれがオーク・ソルジャーらしい。良かったあんなんに進化しなくて。
さて、じゃあこっちはお楽しみのファイアブレスが有りますから、是非ともその餌食になって下さいませ!ファイアブレス!!!
轟轟と音を唸らせながら炎の波がオーク・ソルジャー全員を飲み込む。何これ!威力凄いんですけど!あ、でもなんかスゲー疲れてきた。どうなってんだ?おや、HPが35/40になってるな。スキルは体力削るのか。連発は出来ないな…っと、オーク・ソルジャーは全員が体中に火傷を負っているけれど、まだ戦意を残しているようだ。この野郎、中々しぶといな!
俺は新しく授かった両手の爪を縦横無尽に走らせる。オーク・ソルジャーも流石に盾を持ってそれを的確に防いでくる。中々に強敵だ!前衛の2匹が盾になって俺の牙や爪を受け、後衛が長いランスを付き出して俺のどてっぱらを狙ってくる。やるじゃねぇか、見直したぞ!
こうなったら色々試してやる。先ずは、『セルフバーニング!』呪文を唱えた瞬間に、俺の身体を炎の障壁が球状に包み込んだ。おお、ディフェンスだな!そのままの勢いで俺は前衛オーク共に突っ込んでいく。
「「ブギイイイ!」」
2匹のオークは盾ごと炎に巻かれ、床に転げまわっている。こいつらは仕留めたな。続いて…俺の身体から凄い勢いで黒い霧が発生した。ダーククラウド。どうやら加護は詠唱無しで使い放題らしい。こんな素敵な力があったなんて、神様素晴らしいです。
後衛のオーク3匹は真っ黒い霧にのまれ、右往左往するばかり。俺にはダーククラウド内での相手の動きが察知できるように赤外線カメラのような視界が広がっており、問題なく相手に肉薄できる。
ザクッ!爪で大きく相手の首元を抉ると、一匹目が絶命する。ガブリッ!二匹目ののど元に噛み付き、食いちぎる。三匹目は脳天から両方の爪で唐竹割りだ!おりゃあ!斬ッ!
オーク・ソルジャーが全員霧に帰り、魔石をボリボリとかじる。攻撃力の変化は一般のオークと変わらないみたい。ま、鎧を着ただけではあるからな。それでも一粒で攻撃力+2はデカい。オークは今後ともメイン食材だな。それから、どうやら槍と鎧はオークを殺しても無くならないらしいが、この辺は冒険者が持って帰って売るんだろう。俺には関係ない代物だなー。
ヘルハウンドになってからは中々に眠気が襲ってくるようになった。種族ごとにその辺は違うのかもしれない。俺は元居た部屋でカーペットにくつろいでいる。どうやらこの城門砦は、一周のだだっ広いダンジョンで、入り口と外の町が繋がっているらしい。冒険者はそこから乗り込んでくるという訳だ。俺の部屋は2階の回廊に有るから、すぐには鉢合わせないが、そろそろ冒険者ともやり合っとかないと、いざという時躊躇してしまいそうだから、ということで、俺は今1階の回廊入り口が見える吹き抜けの上から、やってくる冒険者達を観察している。
冒険者
HP 50/50
MP 15/15
攻撃:30(+15)
防御:25(+10)
魔力:10
知力:15
俊敏:20
うん、中々に強い連中がいるな。こいつらがパーティ組んでるとなると、結構厳しいものがある。が、今の俺には色々と対策が練れる。先ず遠距離攻撃で削って、そこからダーククラウドによる目隠し、近接戦闘にはセルフバーニングと、一人で何役もこなすことが出来る。そろそろこういう死線を潜らねば、俺は甘ったれてしまう。よし、今日はやるぞ!あの冒険者3人パーティをやっつけてしまおう。
取りあえず、戦闘前のステータスをチェック。
・ヒュプノス
【種族】ヘルハウンド LV.2(2/10)
HP 45/45
MP 28/28
攻撃:44
防御:18
魔力:17
知力:20
俊敏:25
スキル:ファイアブレス
スペル:スリープ、セルフバーニング
加護:ハイディング、ダーククラウド、ステータス
ふむ、攻撃を貰うのは結構まずいだろうが、力押しで相手の防御を削ればやれないことはなさそうだ。俊敏・知力・魔力とも3人より俺の方が上だから、ファイアブレスもセルフバーニングも、がっちり通るだろう。ホントにやばくなったらスリープで逃げ出してしまおう。だが、今日は実戦が目的。スリープは最後まで温存するぞ。
俺は意を決して吹き抜け上から強烈なファイアブレスを冒険者3人に浴びせかける。3人も流石に不意打ちで上から炎が降ってくるとは思わなかったのだろう。思い切り直撃を受けて、全身火だるまになる。
「ぐああああ!なんだ!?」
よし、掴みはOK、俺は奴らの眼前に飛び降りる。次はダーククラウドだ。と思った瞬間にはダーククラウドが展開。炎から立ち直って陣形を組もうとした冒険者3人組を黒い霧が飲み込んでいく。
「こ、こんな状態異常、聴いたことが無いぞ?ヘルハウンドじゃないのか?」
一人が焦ったように呟く。
「言ってもしょうがない!全員背中合わせで、防御を固めるぞ!」
中々に行動が素早い。俺が距離を詰めるまでに、全員が背中合わせになって、どの方向からでも守れるように陣を組みなおしている。だが、この暗黒空間の中だ。足元までは見えていまい。俺は右手の爪を横凪に払い、手前に居た冒険者の膝関節を切り裂く。
「ぎゃあああ!
「クソ、何処から!」
まだ浅かったか、だが、こいつはもう再起不能だ。次のヤツを狙う。そこで、ダーククラウドの効果が薄れ、相手と目が合った。
「死ね、このクソ犬が!」
奴は槍を思い切りこちらへ付き出してくる。俺は呪文を唱えながら、その槍を背中越しに受けつつ懐に潜りこむ。槍が背中を傷つけていくが、構わず突き進む。『セルフバーニング』!俺は炎の塊となって、槍を引き戻す動作をしている冒険者に突っ込んでいく。そのまま隣の冒険者も巻き込みながら、激しく炎をまき散らす!
「ぐあああ!クソッ、まだだ!ゲッ」
槍を構えようとした冒険者の喉笛に噛み付き、そのまま冒険者の後方まで走り抜ける。2人目も何とかなった。後は、3人目だ。
俺が振り返ると、追いかけてきた冒険者との距離は殆ど無く、長剣を袈裟懸けに振り下ろしてきた。
「仲間の、敵だ!」
奴も大分火傷が効いて来てるようで、動きは鈍い。俺はバックステップでその袈裟懸けを避けると、距離を取ってファイアブレスを見舞う。流石に躱すことも敵わないのか、最後の冒険者も炎に包まれ、絶命する。
ふうう。何とか、なったな。こちらが油断しなければ、また、変なやさしさが顔を出さなければ、冒険者とやり合っても十分やってける。回復役なんかが居るとまた違うんだろうけど、ともかく今は自分で冒険者パーティを崩せるぞ。これは収穫だったな。後味は、相変わらず悪いけどな。
・ヒュプノス
【種族】ヘルハウンド LV.3(3/10)
HP 30/48
MP 20/32
攻撃:46
防御:20
魔力:18
知力:21
俊敏:27
スキル:ファイアブレス
スペル:スリープ、セルフバーニング
加護:ハイディング、ダーククラウド、ステータス
また暫くは2階で大人しくオーク狩りに勤しんでいよう。俺は、自分の部屋と化している例の廊下置くの部屋へと踵を返していった。
「大丈夫ですか!?」
ダンジョンの外、夜の都ノクトルムに程近い町の冒険者ギルド。受付嬢が目を丸くして駆け寄ってくる。全身やけどを負った冒険者は、息も絶え絶えだが、何とか命だけは繋いで戻って来た。
「何とか…ポーションで怪我と火傷を…直して…。仲間は全員やられた。城壁砦の、ヘルハウンド…亜種なのか、新種かも知れない…黒い煙を使って来て…。」
そこで、冒険者の意識は途絶えた。ギルド嬢が慌てて冒険者を医務室に運ぶよう指示を出し、自分は今受けた情報をバックヤードのギルドマスターに伝えに走った。
ゼニス→ゼノンに修正しました。
文章も少しだけ修正。無いように変化は有りません。