ダンジョンに来ました。
ゴロン、と床に横になっていることに気付く。何だやっぱ夢だったのかよ。とため息をつきそうになる。まあ言っても仕方ないよな。さて、と目を開けて立ち上がろうとして驚いた。眼前に満点の星空が瞬いている。一瞬、呼吸を忘れてしまう程美しい。
“どう?気に入った?夜の都ノクトルム、僕らのダンジョンだよ!”
耳元に聞き覚えのある声。ベネルフューゲルだ。ってことは、やっぱり夢じゃなかったのか。俺の仕事の後始末は誰の担当になるんだろう?そいつ、死ぬな。ああ、そんなこともう考えなくていいのか。
ダンジョンってのは洞窟だとばかり思っていたけど…これは、普通の町だな。
見渡す限りの夜の街並み、あたたかなオレンジの光が窓からさしていたり、中世風の尖った屋根や、遠くに見える王城のような影を見る辺り、かなり綺麗な中世都市という感じだ。俺が今転がってるのは…町の正門の直ぐそばだな。レベルが低いからなのかも知れない。
“そう、モンスターの住む、町さ。人口密度は低いけどね。”
ひとつ、質問いいか?モンスターはどうやって発生するんだ?壁とかからゴロンって出てくるんじゃないのかな?
“ああ、それは色々。部屋の中で座っている姿勢で現れたり、君みたいに外で転がっている、なんてのもあるよ。”
ふーん、そうなのか。あれ、なんか視界に見慣れたコンピュータの文字のようなものが。
“ああ、それはステータス。自分と相手の状態を数字で表したものを見ることが出来るよ。ちなみに僕の与えた加護の一つ。他の連中には出来ないと思ってね。”
そうなのか、RPGって感じだな。暫くやってないけど。俺は早速自分のステータスを顧みる。
・ヒュプノス
【種族】ナハト・コボルト LV.3(3/10)
HP 15/15
MP 5/5
攻撃:5
防御:3
魔力:4
知力:6
俊敏:7
スキル:なし
スペル:スリープ
加護:ハイディング、ステータス
ふーん、こんな感じで見れるのな。種族は解るとして、レベルは?
“これは、今のレベルと、この種族でのマックスレベルね。マックスを迎えたら進化するってわけ。他は大体解るかな?”
ああ、このステータスは解りやすいな。知力ってのは何だ?
“ああ、知力はね、魔法防御力と、それから難しいスペルの習得に必要なの。魔力は単に魔法の威力が上がるだけだけど、知力は色々なところにかかってくるってわけ。”
なるほどなぁ。そこまで解れば後はいいかな。取りあえず、俺はレベルを上げていけば良いんだな?
“そ。宿泊とかはその辺の家を適当に使ってくれたらいい。それから、その辺に居るゴブリンを配下にして使っていいよ。”
へぇ、配下、良い響きだな。俺は万年平社員だったから、部下は居なかったし。どうやって配下にしたらいいんだ?
“そんなの、ぶん殴れば力関係で直ぐ解るわよ。”
おい!雑だな!もう少し自分の作ったダンジョンのモンスターに思いやりをだな…。
“あはは、良いね、この感じ。こうして何時でも喋れる相手がいるってホント楽しくていいなあ。多神教が排斥されてからはあんまり外も出歩いてないからさ。悪いけど付き合ってね。”
ああ、もうこの神ホントに自分勝手だなぁ。まあいいや、兎に角レベル上げだな。と言うか配下づくりか。俺は適当に街を散策する。綺麗な街並みだなぁ。一つ一つの家にも意匠が有ったり、日本の街並みよりもむしろ綺麗かも知れん。
お、あそこにモンスター3人組を発見!ステータスチェックだな。
ゴブリン
HP 6/6
MP 0
攻撃:2
防御:1
魔力:0
知力:1
俊敏:3
ゴブリン
HP 7/7
MP 0
攻撃:3
防御:1
魔力:1
知力:1
俊敏:2
ゴブリン
HP 6/6
MP 0
攻撃:2
防御:2
魔力:0
知力:1
俊敏:4
…パッとしないステータスだな。これは、確かに一発殴れば配下になるかも知れないが、取りあえずここは穏便に話し合いで仲間になってもらうとしよう。
「げがが、ぐが、げぇ?」
げ!俺喋れねーのか!?自分でも何言ってるのか解らないから、相手は余計に解らんわ!ゴブリンたちはこちらに振り返り、警戒心を露わにしている。いやいや、敵対するつもりは無いんだ。仲間になってくれないか?俺は身振り手振りで色々伝えようと躍起になっているのだが、その動作が余計に不振に思えたのか、しびれを切らしたゴブリンが飛び込んでくる。
「グギャギャ」
「ゲギャ!」
「グギャ!」
ああ、もうこれは殴って解らせるしかねぇな!せっかく穏便に済まそうと思ったのに。俺は喧嘩なんて生まれてこの方したことも無いインドアキャラだったんだぞ!
「げがあ!」
俺は叫びながら、突っ込んでくるゴブリンを順番にぶん殴った。殴れば解る、って言ってたしな!弱肉強食じゃボケェ!
メキョ、という嫌な音を立てながら、顔に拳がめり込んで、吹っ飛んでいくゴブリンたち。どーだ、参ったかこの野郎ども。野郎ども、起きやがれ、俺が大将だぞ!…野郎ども?
見るとゴブリンは砕け散って、コアの魔石だけが転がっている。え、死んだ?あいつら死んだの?
“ちょっとゴブリンじゃ力の差があり過ぎたみたいだね。まあ、モンスター倒してもレベル上げになるから、その辺は適当にやってよー。あとね、魔石、食べたらステータスちょっと上がるから、ドンドン食べると良いよ。強いモンスターの魔石ほど、強く影響が出るから、楽しみにしてると良い。”
神様、俺の扱いもこのゴブリンたちと同じなんでしょうか…少し心配ではあります。
“え?君は特別だって。本当だよ?他のモンスターたちはそもそも会話出来ないって。それより、ステータスチェックしてみなよ!レベル上がってるよー。”
お、本当か?ちょっと楽しみ。こういうワクワク感、社会人になってからすっかり忘れてたからなー。自分が成長するって実感できるのは、やっぱうれしいな。
・ヒュプノス
【種族】ナハト・コボルト LV.4(4/10)
HP 17/17
MP 6/6
攻撃:7
防御:4
魔力:4
知力:7
俊敏:8
スキル:なし
スペル:スリープ
加護:ハイディング、ステータス
お、ちょっと上がった。これに、じゃあ魔石を三つ頂きます。ボリボリ。
・ヒュプノス
【種族】ナハト・コボルト LV.4(4/10)
HP 17/17
MP 6/6
攻撃:7
防御:5
魔力:5
知力:7
俊敏:9
スキル:なし
スペル:スリープ
加護:ハイディング、ステータス
おお、魔石一つにつき、ステータスがランダムに1ずつ上がるわけな。なるほどー、これは人間の冒険者やっつけるより美味しいかもな。決めた!俺はしばらくゴブリン狩りをするぞ!
そうと決まったら話は早い。歩き回って、ゴブリン退治だ。
俺は町の中を散策する。今更気付いたけど、町の創り自体は綺麗だが、全くもって活気は無い。通りに歩いている人は当然いないし、お店があるわけでも無い。何かせっかくの街並みが勿体ない気がしてくる。もっとモンスターを生み出して、家に住まわせて、みんなで仲良くやればいいのになあ。
あ、ゴブリン発見。出会い頭に殴り飛ばす!ステータスなぞ見る必要も無い。ゴブリンは見つけ次第殴り飛ばす!足も俺の方が速いしな!みんなで仲良く?誰だそんなことを言ったのは。このダンジョンは弱肉強食だ。
暫くはそんな時間が過ぎていった。もう何時間こうして居るだろうか?お腹も減らないし、身体も疲れてこない。それに、全然朝になってこない。不思議だな。
“このフロアはずっと夜だよ。夜の街の雰囲気はやっぱり大事だからね、僕としては。”
ああ、そうか。なるほど。まあ、そうですよね。夜の神だもんね。
“そんなことより、人間たちが入ってきたようだよ。今、外は朝なんだ。これからの時間帯は、冒険者が増えるぞー。頑張って来てね!じゃ、僕はしばらく仕事があるから!”
あ、神様ここで念話を切るんですか!薄情です!ずるいです!実は見て楽しんでるんでしょう!解るんですからねそういうの!
…だめだ、本当に念話が切れてしまった。それにしても、冒険者か。取りあえず、家の屋根に上って、そいつらのステータスをチェックしようかな。
よっこらせっと。おお、サラリーマン時代には考えられないほどの力とスピードだ。地面から屋根に上ることが出来るなんてな!ちょっと楽しいぞ。子供の頃の木登りを思い出すなぁ。
っと、それはいいとして、冒険者だ。俺は町の正門付近に目を向ける。すると、何人かの冒険者が入って来たところだった。ステータスは…
冒険者
HP 15/15
MP 0
攻撃:8(+3)
防御:5(+3)
魔力:0
知力:8
俊敏:6
ソロで回る冒険者か…(+3)てのは、武器と防具の追加分だろうかな。ちょっと厳しめのステータスだが、武器さえ奪っちまえばこっちのもんだな。…ほかの連中はどうだ?
冒険者
HP 35/35
MP 0
攻撃:25(+10)
防御:15(+5)
魔力:0
知力:7
俊敏:12
これは…全然無理だわ。即死確定。しかもパーティ組んでるな。多分このまま奥に進んでいくんだろう。先輩モンスターたちに任せるとしようかな。俺は、さっきの新米ソロを料理するとしようか。人間型を殴るのも、ゴブリンで大分慣れたしな。あのソロについて行って、他の連中と離れた所で襲い掛かるとしよう。
3,2,1, 今だ!俺は冒険者の背後の屋根から飛び降り、奴の前に姿を現す。え?奇襲しないのかって?いや、なんかやじゃんそういうの。名乗り上げる時間とか欲しいっつうかさ。
「ナハト・コボルト!ど、どこから?」
おー、焦ってるね冒険者。だが、よそ見をしてる暇はないぞう?うりゃ!
俺は奴の至近距離まで走っていき、右ストレートを繰り出す。がん!という音とともに、その拳が相手のバックラーに防がれる。手が痛い。が、冒険者も右手のダガーで応戦してくる。こっちは無手だから受けられない。咄嗟に右に飛んで回避。素早さはかなり俺に分がある。
そのまま右回りに冒険者の周りを走り回る。初心者らしく、ダガーを何度も振るって俺を引き離そうとするが、無駄無駄!俺の方が速いのだよ!
「クソ!なんでこんなやつがこんな所に!」
悪態付いてる場合か?俺は相手の背中が空いたところにケンカキックをお見舞いする。
ドズッ
鈍い音とともに、前へとつんのめる冒険者。すかさず追い打ちを倒れた背中に見舞う!うおりゃ!ジャッキー・ブ○イアント直伝の追い打ちじゃ!…この話題は世代が解っちまうな。やめとこう。
背中から乗っかられた冒険者はそのままピクリとも動かなくなった。どうやら、倒したようだな。
ううん、やっぱりこう、平和ボケした世界からこうして生き馬の目を抜く環境に来ると…こう、来るものがあるね。気持ち悪い…。何となく、昔の人たちが殺した相手に「俺の血肉となってともに戦おう」的な敬意を持ったのも、解らんでは無いな。そうでないと、この人を殺した感覚ってのをとてもじゃないが受け入れられない。
はあ、俺もこれから沢山冒険者を殺すんだろうし、ここで立ち止まっては居られないか。取りあえずステータスチェックしとこ。
・ヒュプノス
【種族】ナハト・コボルト LV.6(6/10)
HP 20/20
MP 8/8
攻撃:10
防御:6
魔力:6
知力:8
俊敏:11
スキル:なし
スペル:スリープ
加護:ハイディング、ステータス
おー、結構上がったな。この調子でガンガン…いや、冒険者はちょっと暫くいいかな。慣れるのは大事だと思うけどさ、割り切れないところあるわ。暫くはゴブリンの魔石を食べて過ごそうかな。
俺は当てもなく歩き回る。眠気もないし、食欲も無い。朝昼の区別も無い。冒険者が来たら朝で、冒険者が帰ったら夜、と、何だかメリハリの無い生活だ。生活に潤いが欲しい。
“だったら、少し奥に行ってみたらどうかな?この辺より少し強い奴も居たりとかして、楽しいかもよ?ナハト・コボルトも出るしね。”
うおっ、神様、神出鬼没ですね。ああ、文字通りになっちまった。っていうか、俺はそんなに戦闘狂でもないんだけど。俺より強い奴に会いに行くってか?趣味じゃないのよね。
“それはともかく、無事に冒険者もやっつけられたみたいだね、おめでとう!”
そこは、有り難う、でいいんだよな。複雑な感じだけど、有難うございます。これから何とかやって行けそうです。
物陰から飛び出してきたゴブリンを殴り飛ばしつつ、俺は神様に御礼を言う。取りあえずこの辺の処理も随分と上手くなってきた。そうなぁ…少し奥に進んでみるか。今のままじゃ、退屈だしな。
俺は町の正門とは反対側、王城の方へ向けて歩き始めた。
結論から言うと、町の奥は玄関口よりずっと楽しかった。先ずは俺と同じナハト・コボルトを何人か殴り飛ばし、力の差を見せつける…つもりだったのだが、初めに出会ったのはオーク。こいつをボコボコにしてやるのがなんともスカッとする。俺を散々こき使いやがったSEの顔にそっくりなのだ。マジで清々する。
だが、オークのステータスは割と馬鹿にならない。
オーク
HP 25
MP 0
攻撃:13
防御:5
魔力:0
知力:3
俊敏:7
打撃バカだな。でも殴られると結構拙い。俺は得意の俊敏性とハイディングを生かしてオークの周りを飛び回り、その気配を追いかけられないようにしていきながら、背中に顔に、顔に、顔に打撃を入れまくる。
「ブヒイイイ!」
オークも酷い剣幕で俺に拳を振るってくるが、当たらなければ問題ない。俺は最後に飛び膝蹴りを奴の顔面に放ち、沈めてやった。あー、スッキリ。
ドシュウ!と魔石だけを残して霧散するオーク。ゴブリンの魔石に比べると随分大きめだな。これは決行期待できるかも。早速ステータスを見てみると、
・ヒュプノス
【種族】ナハト・コボルト LV.7(7/10)
HP 22/22
MP 9/9
攻撃:11
防御:7
魔力:6
知力:9
俊敏:12
スキル:なし
スペル:スリープ
加護:ハイディング、ステータス
おお、レベルが上がっておるな!暫くオークを狩り続ければ、次の進化先が見えてきそうだ。で、魔石をボリボリと食べると…
・ヒュプノス
【種族】ナハト・コボルト LV.7(7/10)
HP 22/22
MP 9/9
攻撃:13
防御:7
魔力:6
知力:9
俊敏:12
スキル:なし
スペル:スリープ
加護:ハイディング、ステータス
どうも、攻撃特化で上がったようだ。魔石の質って元のモンスターの質にも左右されるのかもな。でもこのままオーク魔石を食べ続ければ、かなりいいところまで行きそうな気がする。楽しみだぜ!