同盟の初会合は和やかに。
“ヒュプノス君!凄い、Bランク冒険者も、羅刹も倒しちゃうなんて!”
呑気な喜びの声を上げて、神様が話しかけてきた。
ああ、もう何というか、一生分の仕事をした気分ですよ。
“それに、レベルも規定値に達したんだね。早速進化先を見てみようじゃないか。”
ヤレヤレ、人使い荒いな…だが、確かにここでぐったりしているうちに他の冒険者に見つかりでもしたら、割とシャレにならん。今の俺はゴブリンでももしかすると危ういかも知れない、という位弱ってる。
じゃあ、ステータス画面観てみますよ、っと。
・ワイバーン(風)
・クエレプレ(風・主)
・レイヴン(炎・風)
・バージェスト(土)
・マカーブル(水・闇)
主、は取りあえず無しだって話だよな。クエレプレってのはこの前会ったあのデカい翼竜か。彼のフロアへと進んでいくことになるわけだな。
“クエレプレの治める階層は、風の属性が強く出るよ。その事も参考にしてね。”
有難うございます、どんな場所なんかな。
“それは、ま、行ってみてのお楽しみ、と。”
そーですよね。さて、それぞれの能書きだけど…
・ワイバーン
深緑色の翼竜。風の属性を纏っており、体力もかなり高い。魔法は余り得意ではないがブレスを放つことが出来る。物理攻撃が主体となる。
・クエレプレ
高位の翼竜。風の魔法を得意としており、空中でブレスと魔法を使い分けながら確実に獲物を弱らせ、仕留めにかかる。非常に狡猾で、冷静なハンターである。階層主。
・レイヴン
真っ黒い翼の生えた亜人。ハルバートを片手に装備しており、地上戦・空中戦を器用にこなすことが出来る。パワーはモンスターに多少劣るが、人間族からは比べるべくもない出力を持っている。また、風・炎の魔法を操ることが出来る、希少な種でもある。
・バージェスト
ヘルハウンドの近似種。大地を狩る狼の様な獣で、大地の加護を受け、地に足を着いている間は常に体力が少しずつ回復するという性質を持つ。
・マカーブル
人型の悪霊。氷の様な心を持ち、右手に持った真っ黒い鎌で冒険者の首を刈る。もともとダンジョンで死んだ冒険者の魂を喰らうとされ、忌み嫌われている。氷と闇の魔法を操り、その威力は強力無比。
あー、これは、迷うな。どれとも言えない。神様的にはどうですか?
“んー、物理攻撃ならワイバーン、万能型ならレイブン、魔術ならマカーブル。スピードならバージェストかな。あ、ちなみにレイヴンとマカーブルは人語が話せるよ。”
それは、ちょっといいかもしれない。けど、冒険者と今更話せてもなぁ。バルロッグは万能型で中々良かったけど、ちょっと尖ってる方がいざという時に光るものが有ったりするし。
どの方向に尖がるか、だけど、体力の事とか考えると、ドレインとアブソーブを生かしていく感じで考えた方が良いと。そうすると、やっぱマカーブルかな。
“マカーブルでいいの?悪霊だけど。”
神様も邪神でしょ。
“そ、そんなことは無い!一般に邪神扱いされているだけで、中身は善良なんだぞう!”
はいはい、そうですね、でも、悪霊は置いといても、今回の選択肢ではやっぱりマカーブルが一番いい気がするんです。物理攻撃ばかり尖がってしまったし、ちょっと魔法を伸ばした方が良いかなって。
“ん、分かった。ヒュプノス君の判断を尊重しよう。じゃあ、こっちのフロアに呼び寄せるから、待っててね。”
神様がそう言うと同時に、お馴染みの暗黒空間が広がっていく。
次に気付いたときには、前に少し来たことがあるバー風のカウンター付きの空間だった。あのマスターは一体普段何をしている人なのだろう。
ぼーっとそんなことを考える俺に、神様が話しかけてくる。
「よく来たね、ヒュプノス君。実は、君の進化のこともあるんだが、先日の会議の件でね、これが終わったらそのまま足を運ぶことになってるんだけど、いいかな?」
俺としては特に何の問題もありませんよ。人語も話せるようになるみたいだし。ちょうどいいんじゃないですか?
「うん、そうだね、じゃあ、進化をさっさと済ませてしまおうか。」
言うと、ベネルフューゲルは手のひらに魔力を集める。以前の進化よりも、少し気合が入っている気がする。
「そうだよ、君もかなり力がついてきた。僕が片手間に扱える魔力量じゃなくなってきてるのさ。」
へー、そうなんだ。ちょっと嬉しいな。
「それじゃあ、始めるよ。…『宵闇より来たりし時間の民よ、わが眷属の行く末を祝福し、その加護を彼の者に与えよ』」
呪文を唱えた後、右手に留めていた魔力の渦を、ゆっくりと俺に向かって放つ神様。俺はその渦に身体を捉われていき……意識が戻った次の瞬間には、天井を見ていた。どうやら、床に倒れてしまっているらしい。
「あは、成功だよヒュプノス君。気分はどうかな?」
「…中々、いい気分、ですよ。」
久しぶりに自分の言葉で話す。どうやら、昔の俺の声が再現されているみたいで、逆に違和感がある。
まあ、悪霊ってことだし、声帯が有るわけじゃ無いんだろうけど。
自分の姿かたちを見ると、どうやら真っ黒い装束を着た人、という雰囲気。知らぬ間に右手には漆黒のデカい鎌を握っている。不思議体験だなぁ。
「それじゃ、早速で悪いけど、会議の空間に飛ぶから、掴まっててくれるかな。」
すっと右手を差し出すベネルフューゲル。真っ白な透き通るような肌、華奢で繊細な指先は、何処か儚さすら連想させる。あれ、そういえば俺、かなり神様の姿形が見えるようになったな。これも強くなったおかげ、か。
差し出された右手をおずおずと掴むと、何事かささやくベネルフューゲル。と、次の瞬間、俺は今までとは全く別の空間にやって来ていた。
「よく来てくれた、ベネルフューゲル殿、それに、ヒュプノス。」
久方ぶりにお会いするこの神は、クルフルスト。山の神だ。俺が以前と全く違う姿形をしているのにもかかわらず、特に気にすることも無く話しかけてきた。こういうもんなのかな。
「この空間は私の支配領域だ。ゆっくりしていくと良い。」
相変わらず武骨な恰好の美人さんだ。おっと、考えていることも読めるのかな?あんまり余計な事を考えないようにしなければ。
「ふ、そう構えずとも良い。我々は同盟を結んだ仲なのだからな。」
相好を崩す山の神。やっぱ心の中読まれてたっぽい。何かやりにくいわぁ。
「久しぶりだな、ヒュプノス。」
その後ろには、小山の様な男、ゴライアだ。こいつは内心俺の姿に驚いているのかもしれないが、それが表情にも言葉にも出ない。流石に元の姿だと本当の小山になってしまうので、今日は初めから人化しているらしい。
「オルテゲイオスの所はまだなのかい?」
ベネルフューゲルが問う。
「ああ、いつも通り、ゆったりと構えているのだろう。時間について、彼に今更何を言おうとも思わんよ。」
若干の呆れが見え隠れするクルフルストの表情。多分、大地の神様は時間感覚が朝日が昇ったら起きて、夕日が沈んだら寝る、みたいな感じなのだろう。
大地の神がやってくるまで、暫くはここでお茶でも頂くとしよう。
神様たちが木製の立派な椅子に腰かけるのを見て、俺も腰を下ろす。目の前には樹齢何年の木材で創ったのか解らない、巨大なテーブルがある。その上に、緑茶のような鮮やかなエメラルドグリーンの飲物が置かれている。
ベネルフューゲルのバーと同じような、いつも何してるんだろ?みたいなメイドさんが、お茶を入れてくれていた。神様の空間は相変わらず良くわからん。
「この木材、凄いだろ。」
ゴライアが突然俺に話しかけてきた。以前に見た時と違い、キラキラとした目で、テーブルを凝視している。木材?に興味が?ああ、そうだ、前世は大工さんか。
「そうだな、一体樹齢何年の樹を切り出したんだろう。日本では、こういう木材も手に入ったのか?」
「いや、ここまでの代物は俺の所に入ってきたことは無い。昔親方が受け持ってたお寺の修繕の時に、一度だけこれに近いモノを扱ったことがあったが、あれでもここまでじゃ無かったな。」
いつもより饒舌なゴライア。きっと、仕事が楽しかったタイプの奴なんだろう。俺と違って、不慮の事故でこっちに来たんだもんな。
「前世の仕事が楽しかったみたいで、俺としては羨ましいよ。」
そんなことを漏らしてしまう。
「ああ、済まない、つい夢中になってしまったな。」
少し、申し訳なさそうな表情を浮かべるゴライア。いやいや、良い雰囲気に水を差したのは俺だし。逆に悪かったかな。
前世の事は今となってはどうでもいいことだが、仕事場で楽しめた時間はすごく少ないように思う。そう言う意味では、今楽しめている現状には感謝だな。死と隣り合わせではあるけど。
「おお、ベネルフューゲルももう来ていたか。相変わらず早いな。」
空間が突然割れ、中から2人の人外が降り立つ。大地の神ご一行だ。
「オルテゲイオス…毎回君が遅いだけだよ。」
「よく来たな、オルテゲイオス。歓迎しよう。」
苦笑するベネルフューゲル。クルフルストは微笑んで迎える。
「なに、時間などいくらでもあろう。急いでも仕方あるまい。」
鷹揚に笑うと、俺たちの集まっているテーブルの空いている椅子に腰を下ろす。アバドンも同様だ。ゴライアの横に腰を下ろすと、「おい、このテーブル、スゲエな。」などと声をかけている。ああ、職工組合だ。
全員が落ち着いたところで、ホステスのクルフルストが声をかける。
「さて、今日、皆に集まってもらったのは他でもない、一つは、ゼノンの動きについてだ。ゼノンの召喚した異世界の勇者たちは、どうやら一神教の宗主国ベツレヘイムの首都アグラダーヴェルを出発し、国境を越えてこちらに向かって来ている。それを受け、私の所に先日ルバイヤートが援助の申し出をしてきた。」
「あら?僕の所にも来たけれど、もしかして手あたり次第援助の申し出をしているのかな?」
「ワシの所にもやって来たぞ。どうも挙動不審だったな。勇者たちの第一到達地点がヘルフリートなのはほぼ間違いないから、不安で居ても立っても居られない、という所なのかもしれんな。」
「そうか、皆の所にもやって来たのだな。どうやらルバイヤートが同盟を結んでいる炎の神、海の神はおよそ余裕が無いと見える。ルバイヤートは、はじめから我々の同盟の中に取り入っておこうという魂胆だったと言えそうだな。」
「そうだね、アンティオキアやカルカベキアの所にも遠からず勇者がやってくることが解っているわけだし、ダンジョンの建設は進んでないようだから、協力要請をしたら早速おざなりな返事が返された、なんてところかもしれないね。」
「まったく、何のための同盟か。ルバイヤートも腰が軽すぎるわい。」
「誠に。それに関連してなんだが、我々はルバイヤートを支援する、という方向で舵を切って良いと思うか?」
「まあ、僕も彼女がゼノンに良いようにやられるところを見たいわけじゃ無いからね。それについては賛成だよ。」
「ワシもルバイヤートに言いたいことが無いではないが、助けてやらんとは言わん。」
「では方向性はそれで宜しいか。次だが、我々がルバイヤートの援助をしている間に、別の勇者がダンジョンへと攻め込んでこないとも限らん。その場合は、各々、風の神のダンジョンから手を引き、同盟を優先するという事で良いか?」
「もちろんだよ、助けてあげるとはいえ、ルバイヤートにそこまで肩入れをしてやる義理は無い。」
「ワシもそれに賛成だ。ただ、一応援助する旨の約束をしてしまった以上、さっさと撤退する、という事にも抵抗はある。」
「その辺りは、僕のダンジョンから階層主を数名貸し出す予定だから、それらを残して撤退したらいい。上層階の階層主を出すつもりでいるし、うちはダンジョンが深いから、勇者たちが頑張って攻略しても早々上がってこれない筈だ。」
「おお、それは助かるな。我々としてはベネルフューゲルにばかり負担を強いるようで申し訳ないが。」
「二人とも、まだダンジョンは完成していないんでしょう?それまでの間は、こういう関係で仕方ないんじゃないかな?階層主だったら1ヵ月あればダンジョン内に回復できるわけだし、そのくらいの痛手は覚悟の上だよ。」
「だが、それだと、ワシらのダンジョンを支援する兵はどうするつもりなのだ?」
「その頃には、ヒュプノス君が出ても問題ないレベルに達している筈さ。ルバイヤートには階層主しか貸さないつもりだけど、2人には眷属を直々に向かわせるつもり。」
「そうか、痛み入る。我々も早いところダンジョンを完成させて、体制を整えたいものだな。」
…俺は、何しに来たんだったか?あんまり役に立てていない気がするのだが。
このまま壁の花に徹するか。
「じゃあ、本題に入ろうか。」
と、思ったら、ここからが本題らしい。
「そうだな、眷属達よ、これから、お互いのダンジョンへとそなた等を案内する。実際に同盟を組むにあたり、ダンジョン内での戦闘が予想されるのでな、予備知識をもって臨んでもらおうという訳だ。」
にやり、とクルフルストが口角を上げる。軍神、っぽいところが有るよなこの方。多分、多神教の時は兼任だったんじゃないだろうか。鎧着てるし。
「では、早速、私のダンジョンへと向かおうではないか。ベネルフューゲル、オルテゲイオスも、一緒に来てくれるか。」
「もちろん、2人のダンジョンがどのくらい進んだのか、見てみたいしね。眷属を召喚した
瞬間なんかは、ただの洞穴かと思ったからねぇ。」
クスクス、とベネルフューゲルが悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「あ、あの時はダンジョンの作成も十分出来ると思っていたのだ!」
「ワシも、まさか眷属呼び出したら貧血で倒れるとは思っとらんかったわい。」
貧血で倒れたんかいな。神様も大分お疲れ、というか本当に信仰心が少ないと、パワーが出ずに中々しんどいのかもしれないね。
「ともかく!移動するぞ!それぞれの眷属は神に着いて参れ!」
頬を赤くしながら気恥ずかしさを隠すように声を荒げる女神は、右手をかざして空間に巨大な穴をあけると、ゴライアを連れて一足先にその中へと潜りこんでいく。大地の神と俺たちもそれに続いて、穴の続く先、彼女のダンジョンへと足を踏み入れた。
そこは、岩石と疎らな灌木が支配する、高山地帯だった。時折強い風が吹きつけ、神々の頭髪を煽る。
スゲー、これ、ダンジョン?青空と深い谷、渓谷。遥か地上を見下ろすと、そこにはキラキラと陽の光を反射して、河が流れているのが解る。一体、高低差はどれほどあるのか?
「へえ、これは凄いね。あれから随分がんばったんだねー、クルフルスト。」
感心するように顎に手をやりながら呟くベネルフューゲル。当然だ、というように腕を組んでクルフルストが頷く。
「私とて大神の一柱。侮られてばかりも居られまい。」
それにしても、このフロア、どうやって分かれているんだ?見るからに大部屋、というイメージだが。ちょっと直接聞いてみるか。
「クルフルスト様、一つ質問をよろしいでしょうか。」
「うむ、申してみよ。」
「このダンジョンのフロア分けはどのようになっているのですか?」
腕を組んだままのクルフルストは、よくぞ聞いてくれたというように笑みを浮かべて、嬉しそうに答えてくれた。
「このダンジョンはな、今私達の居る山頂付近を頂点にした、ワンフロアのダンジョンだ。一つの疑似世界、異界を呼び出していると言ってもいい。この山の生態系そのものが、私のダンジョンだ。」
この山自体がダンジョン!
一瞬、呆気に取られて俺はもう一度辺りを見回した。遥か山の頂には冠雪。麓には大きな森。先ほど見た谷底の河、そして今俺たちの立っている高山の平原。これ一つがダンジョンだってのか。一体どれだけのエネルギーを持っているんだ…。
「驚いているようだな、だが私も山の神だからな。山ひとつくらい、持っていたっておかしくはあるまい?」
まあ、そう言われますとそういう気もしますが。
「驚きました。神の偉大さには敬服するばかりです。」
いや、これはお世辞じゃなくて。本当に神様なんだなぁ、と思ってさ。
「むぅ、ヒュプノス君は僕にはそんな風に言ってくれたこと無かったじゃないかー!」
あ、すいません。何かこう、スケールに圧倒されまして。だって、山ひとつですよ?しかも高尾山とかそういうスケールじゃなくて、富士山みたいな。
ふん、と鼻を鳴らして、そっぽを向くベネルフューゲル。へそを曲げてしまったのか、その振りなのか。そのやり取りをオルテゲイオスがニヤニヤしながら見ている。
「ベネルフューゲルも眷属と仲が良いことで何よりだな。」
「仲良くなんて無い!」
肩を怒らせて叫ぶ神様。この人は本当に色々な顔を持ってて、捉えどころが無いな。急にこうして子供みたいになったり、かと思うと妖艶な大人になってみたり。まあ、そこが楽しくて良いんだけど。
「説明を続けてもいいかな?」
クルフルストが首を傾げ、少し困ったような顔つきで俺たちを見る。
「もちろんです、失礼いたしました。」
俺は場を取り繕うと、クルフルストの説明に聞き入った。